【第1部完結】佐藤は汐見と〜7年越しの片想い拗らせリーマンラブ〜

有島

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Chapter05 - Side:Other - B

71 > 病室での2人ー9(妻の【逃げ場所】)

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 病室に戻ると、汐見は先ほど原口医師から渡されたメモを見て、スマホで色々検索していた。

 佐藤はそのスマホの画面を肩口に汐見の後ろから覗き見ながら、汐見の横顔を観察していた。

「……解離症とパーソナリティー障害って、そんなことあるのか……」
「……医師の診断だから……でもまだ確定じゃないんだろ?」

「……でも……症状はほぼ同じだ……」
「……」

「……オレが不甲斐ないから……」
「それは違うだろ」

 弱音を吐いた汐見に、即座に佐藤は反論した。

「紗妃ちゃんのことは……今後も含めて大変だと思う。けどお前が罪悪感を感じるのは違うだろ」
「……」

「これから色々やることあるんだろ? 紗妃ちゃんのあの様子だとやらないといけないって言ってたことってお前がやらないといけないんじゃないのか?」
「!」

「何やるのか知らないけど」
「……弁護士に……連絡しないと!」

「? あ、あぁ紗妃ちゃんに慰謝料請求した、あの?」
「そうだよ!10日以内に返信しろって……今、何日だ?」

 木曜日に文書が届いて、今日は日曜日。つまり、通知書が届いてから4日が経過していた。

「落ち着けよ、まだ時間あるだろ」
「だ、だが……あんな大金……」

 すると、まだ食事時間には早いのに、ナースコールが響いた。

 汐見が受けるといつもの柳瀬ではなく、原口医師だった。

『大変申し訳ありません。どうやら紗妃さんの様子が急変したらしくて。お昼の面談は中止にします』
「え?! 何があったんですか?!」

 慌てふためいて汐見がコールのマイクに縋り付く。

『私もよくわからないんですが、観察していた看護師の話によると、突然暴れ出したようで……』
「「!!」」

 佐藤と汐見が2人揃って顔を見合わせた。暴れる方の紗妃が出てきたということか──

『怪我の方は問題ないようですが、彼女の内面で何かが起きてるんだと……』
「ど、どうしたら……」

『……とりあえず、このままICUに置いておくのは危ないということで、一旦病室を移動します』
「はい……」

『後程、追って色々と連絡しますね』
「わかりました……」

 自分の退院は明日だというのに、結局紗妃について何も為す術はないのか、と思い、汐見は途方に暮れた。
 ベッドの端に腰掛けて悲嘆に暮れる汐見に、慰めの言葉をかけたかった佐藤はその隣に座る。

「……こんなこと言っても慰めにならないかもしれないけど……紗妃ちゃんをちゃんとした施設で見てくれるならその方が紗妃ちゃんにとってもお前にとってもいいことなんじゃないか?」
「!」

 それが、現実的な落とし所じゃなんじゃないか、と口添えした。

〝そもそも……こんなこと普通起こらないし、こんなの1人で対応できるわけないだろ……〟

「原口先生も言ってたけど、お前は1人で抱え込みすぎなんだよ……俺、何も知らなくて……なのにあんな……」
「……それは言わなかったオレが悪いだろ」

「だから、なんでもかんでも【自分が悪いって思うな】、ってことだよ」
「だが……」

 何でもかんでも自分のせいにしたがるのは汐見の習性だ。
 だが、その思考習慣が、責任感が強く、誠実で、魅力的な汐見を作ったのは間違いない。

 誰かのせいではなく自分のせいだから、自力で解決する、解決したい。
 そうやって汐見は生きてきたんだろう。今も昔も。

〝でも、それと〈春風〉が別人格を持ってることは別だろ〟

「紗妃ちゃんがあの状態なのは、お前のせいじゃないだろ。『辛い記憶が別の人格を作った』って。それはお前が罪悪感を抱えることじゃない」

〝俺は汐見と結婚した〈春風〉が嫌いだが、同情はする。だけど、それだけだ。俺との約束もあっただろう。それはどこに捨ててきたんだ〈春風〉……〟

「……原口先生が、『きっかけがあったんじゃないか』って言ってただろ……」
「ん? あ、ああ、そんなこと言ってたな、そういえば」

「……オレが、紗妃の【逃げ場所】にならなくなったきっかけが……」
「……汐見?」

 佐藤からは俯いた汐見の表情が見えない。
 病院に来てからというもの、汐見らしさが半分もない、と佐藤は感じていた。

「……あったんだ。【きっかけ】が……」
「?!」

 ベッドの端に腰掛けたまま両膝に両肘をついて両手で顔を覆った汐見は、手の隙間から声を絞り出した。

「でもそれを今、話すのは……難しくて……」

〝混乱する……これは、問題を放置していたオレのせいだ……〟

「だから、ちょっと待って欲しい……いいか?」
「……それは、原口先生にも話さないといけないことじゃないのか?」

 ビクッと汐見の肩が震えた。
 紗妃に関わることなら、佐藤ではなく原口医師に言うべきなのでは、という佐藤の素朴な疑問だった。

「まずは……お前にだけ聞いてもらいたい。先生には、それから……」

 戸惑う素振りを見せる汐見は珍しい。
 汐見の心中で何がどうなっているのかわからないが、佐藤は静かに汐見を待った───数分後。

「……でも、今は……無理だ……」
「無理って……」

「オレ自身がまだ整理できてない。それに……こんなこと……」

〝間違ってる……何もかも、最初から間違ってた、のか……?〟

「……わかった。とりあえず……退院してから、だな?」
「……そう、だな……いいか? それで?」

 顔を両手から離して横に座る佐藤を見る。

「……何て言えばいいのかわからない、ってことだろ、それ」
「……そう、かもしれない……」

 大きなため息をついた佐藤は、汐見によく見えるように笑った。

「なら、出て来るまで待つしかないだろ。いいよ、別に。待つのは慣れてる」

〝お前に関しては。7年も待ってるんだ。1日2日、いや数ヶ月なんて、どうってことない。汐見が話してくれる、って言うならいくらでも待つ自信が、俺にはあるよ〟






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