【第1部完結】佐藤は汐見と〜7年越しの片想い拗らせリーマンラブ〜

有島

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Chapter10 - Side:EachOther - D

151 > 汐見のイド [Side:Other]

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【Side:Other】



 その告白は、もう誤魔化せないと悟った佐藤が苦しげに絞り出したものだった。

 汐見の誘導尋問によるものだったので、告白というより自白のようなものだ。
 佐藤本人の気持ちとしては、汐見と同様、懺悔ざんげに近い。

 想定していた汐見は、佐藤の告白を聞いても驚きはしない。
 佐藤の気持ちを確認したくて問い詰めるような質問をしたのは自分だったから。

 だが───

〝ウレ、しぃ……〟

 汐見の内の奥深くから、か細い子供の声がする。
 その声に耳を塞ぐようにして汐見はまた己の疑問に立ち返る。

〝なんで、オレなんだ?〟

 出会ってから長く佐藤の一番近くにいる自覚はある。
 そんな佐藤が最初から恋愛感情を抱いてたとは思えない。

 少なくともそういう感情を佐藤の行動から感じたことはない。
 だがそれは、佐藤が万全を期して汐見に悟られないように動いていたからに他ならない。

 鈍感な汐見は、事前に佐藤のあの部屋と大量の写真を見ていなければ、告白されたところで佐藤の本気を冗談と受け流して終了しただろう。

 それにしても。と冷静な汐見が考える。

〝友情が恋愛感情に変わるなんてことが、あるのか?〟

 汐見にはわからない。
 友情は友情で、恋愛は恋愛だと最初から線引きできるはずだ、と思っているから。

〝同性愛者じゃない、ノニ…………同性に……〟

 感情は理屈じゃないと言われるが、その言説が今の汐見の頭からはすっぽり抜けている。
 そして、その間にも汐見の中の何かが汐見に囁く。

〝チガウダロ。オマエ、ハ〟

 汐見の中の誰かが感情のおもむくまま動くことを抑圧よくあつしている。

「……ごめん……気持ち悪いよな……でも……」

 哀しげに、苦しそうに佐藤が汐見に告解こっかいする。

「? 気持ち、悪い?」

 汐見は、ぼんやりと佐藤の顔を眺めていた。

「……だろ……」

 近くで佐藤の顔を見ているのに焦点が合わず、輪郭すらぼんやりしている。

「だって……お前は俺のこと、友人と思ってるんだろ……」

 汐見の視線を受け止めきれず、佐藤は罪悪感から目を伏せた。
 佐藤に言われた汐見は、自分自身に問い返す。

〝気持ち悪い……ノカ? オレ、は……〟

 汐見は自問自答していた。

〝チガぅ……〟

 気持ち悪さで言うなら、紗妃の不倫を、不倫相手の写真を見た時の方がよっぽど気持ち悪かった。

 あの時、吐き気が止まらないほどの憎悪と嫉妬とおぞましさで頭からもう一人の自分が這い出そうとする感覚で寒気がした。

〝ぁのトキと……チガぅ……〟
 
 また、小さな声が囁く。

 気持ち悪さを尺度にするなら──佐藤の部屋や行動を知って、ソレに何某なにがしかのマイナス感情は一瞬生まれたが──佐藤のソレを気持ち悪いとは思わなかった。思えなかった。

〝どうして……〟

『普通なら』盗撮行為など、誰にされようと『気持ち悪い』と一蹴して終わりだろう。

 だが、佐藤は、その行動と行動から得られる結果以上に、汐見に迷惑をかけたくない、と細心の注意を払って汐見自身に気づかれるようなことすらしなかった。

 嫌われたくない、というただその一心だったのかもしれない。

 それでもその『純粋で真っ直ぐで、想いが強すぎるが故の好意を起源とする行動』を汐見は気持ち悪いと一刀両断することができなかった。
 そんなことができないほど、汐見にとって佐藤はもう替えの効かない存在だった。

〝……お前は……オレが気持ち悪いと思うと……思ってたノカ……〟

 汐見への好意が執着に変容し、盗撮写真をあの部屋の壁いっぱいに敷き詰めていても。

 佐藤は決して汐見に自分の片想いの見返りを強要しなかった。それどころか一欠片ひとかけらも求めようとはしなかった。
 あろうことか、告白すらずっと躊躇ためらっていた。今も。

 それは、汐見に

『気持ち悪がられるくらいなら』
『嫌われるくらいなら』
『そばにいられなくなるくらいなら』

 告げる必要がない。と────

 汐見の気持ち。そばにいること。
 ただそれだけを最優先にした結果だった。

 ただひたすら、汐見自身が、親友以上に思ってくれる日を待っていた。

〝……違うンダナ……お前ハ……〟

 佐藤が、自分の片想いを告白しなかった理由。

 汐見を尊重し、おもんぱかり、自分の好意を押し付けようとしなかった、佐藤の行動がようやく理解できる。

 そしてその理由を無意識に『ウレしぃ』と感じる自分の気持ちに、汐見は────

 佐藤のまっすぐすぎる想いとは逆に、汐見の気持ちはぼんやりしている。
 輪郭すら覚束おぼつかないその気持ちを、なんと名付ければいいのかわからない。

〝お前に応エる資格ナンカ……オレにハ……〟










※イド:エスともいう。フロイトによって提唱された精神分析的人格構造論を構成する主要概念。
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