155 / 253
Chapter10 - Side:EachOther - D
151 > 汐見のイド [Side:Other]
しおりを挟む
【Side:Other】
その告白は、もう誤魔化せないと悟った佐藤が苦しげに絞り出したものだった。
汐見の誘導尋問によるものだったので、告白というより自白のようなものだ。
佐藤本人の気持ちとしては、汐見と同様、懺悔に近い。
想定していた汐見は、佐藤の告白を聞いても驚きはしない。
佐藤の気持ちを確認したくて問い詰めるような質問をしたのは自分だったから。
だが───
〝ウレ、しぃ……〟
汐見の内の奥深くから、か細い子供の声がする。
その声に耳を塞ぐようにして汐見はまた己の疑問に立ち返る。
〝なんで、オレなんだ?〟
出会ってから長く佐藤の一番近くにいる自覚はある。
そんな佐藤が最初から恋愛感情を抱いてたとは思えない。
少なくともそういう感情を佐藤の行動から感じたことはない。
だがそれは、佐藤が万全を期して汐見に悟られないように動いていたからに他ならない。
鈍感な汐見は、事前に佐藤のあの部屋と大量の写真を見ていなければ、告白されたところで佐藤の本気を冗談と受け流して終了しただろう。
それにしても。と冷静な汐見が考える。
〝友情が恋愛感情に変わるなんてことが、あるのか?〟
汐見にはわからない。
友情は友情で、恋愛は恋愛だと最初から線引きできるはずだ、と思っているから。
〝同性愛者じゃない、ノニ…………同性に……〟
感情は理屈じゃないと言われるが、その言説が今の汐見の頭からはすっぽり抜けている。
そして、その間にも汐見の中の何かが汐見に囁く。
〝チガウダロ。オマエ、ハ〟
汐見の中の誰かが感情の赴くまま動くことを抑圧している。
「……ごめん……気持ち悪いよな……でも……」
哀しげに、苦しそうに佐藤が汐見に告解する。
「? 気持ち、悪い?」
汐見は、ぼんやりと佐藤の顔を眺めていた。
「……だろ……」
近くで佐藤の顔を見ているのに焦点が合わず、輪郭すらぼんやりしている。
「だって……お前は俺のこと、友人と思ってるんだろ……」
汐見の視線を受け止めきれず、佐藤は罪悪感から目を伏せた。
佐藤に言われた汐見は、自分自身に問い返す。
〝気持ち悪い……ノカ? オレ、は……〟
汐見は自問自答していた。
〝チガぅ……〟
気持ち悪さで言うなら、紗妃の不倫を、不倫相手の写真を見た時の方がよっぽど気持ち悪かった。
あの時、吐き気が止まらないほどの憎悪と嫉妬と悍ましさで頭からもう一人の自分が這い出そうとする感覚で寒気がした。
〝ぁのトキと……チガぅ……〟
また、小さな声が囁く。
気持ち悪さを尺度にするなら──佐藤の部屋や行動を知って、ソレに何某かのマイナス感情は一瞬生まれたが──佐藤のソレを気持ち悪いとは思わなかった。思えなかった。
〝どうして……〟
『普通なら』盗撮行為など、誰にされようと『気持ち悪い』と一蹴して終わりだろう。
だが、佐藤は、その行動と行動から得られる結果以上に、汐見に迷惑をかけたくない、と細心の注意を払って汐見自身に気づかれるようなことすらしなかった。
嫌われたくない、というただその一心だったのかもしれない。
それでもその『純粋で真っ直ぐで、想いが強すぎるが故の好意を起源とする行動』を汐見は気持ち悪いと一刀両断することができなかった。
そんなことができないほど、汐見にとって佐藤はもう替えの効かない存在だった。
〝……お前は……オレが気持ち悪いと思うと……思ってたノカ……〟
汐見への好意が執着に変容し、盗撮写真をあの部屋の壁いっぱいに敷き詰めていても。
佐藤は決して汐見に自分の片想いの見返りを強要しなかった。それどころか一欠片も求めようとはしなかった。
あろうことか、告白すらずっと躊躇っていた。今も。
それは、汐見に
『気持ち悪がられるくらいなら』
『嫌われるくらいなら』
『そばにいられなくなるくらいなら』
告げる必要がない。と────
汐見の気持ち。そばにいること。
ただそれだけを最優先にした結果だった。
ただひたすら、汐見自身が、親友以上に思ってくれる日を待っていた。
〝……違うンダナ……お前ハ……〟
佐藤が、自分の片想いを告白しなかった理由。
汐見を尊重し、慮り、自分の好意を押し付けようとしなかった、佐藤の行動がようやく理解できる。
そしてその理由を無意識に『ウレしぃ』と感じる自分の気持ちに、汐見は────
佐藤のまっすぐすぎる想いとは逆に、汐見の気持ちはぼんやりしている。
輪郭すら覚束ないその気持ちを、なんと名付ければいいのかわからない。
〝お前に応エる資格ナンカ……オレにハ……〟
※イド:エスともいう。フロイトによって提唱された精神分析的人格構造論を構成する主要概念。
その告白は、もう誤魔化せないと悟った佐藤が苦しげに絞り出したものだった。
汐見の誘導尋問によるものだったので、告白というより自白のようなものだ。
佐藤本人の気持ちとしては、汐見と同様、懺悔に近い。
想定していた汐見は、佐藤の告白を聞いても驚きはしない。
佐藤の気持ちを確認したくて問い詰めるような質問をしたのは自分だったから。
だが───
〝ウレ、しぃ……〟
汐見の内の奥深くから、か細い子供の声がする。
その声に耳を塞ぐようにして汐見はまた己の疑問に立ち返る。
〝なんで、オレなんだ?〟
出会ってから長く佐藤の一番近くにいる自覚はある。
そんな佐藤が最初から恋愛感情を抱いてたとは思えない。
少なくともそういう感情を佐藤の行動から感じたことはない。
だがそれは、佐藤が万全を期して汐見に悟られないように動いていたからに他ならない。
鈍感な汐見は、事前に佐藤のあの部屋と大量の写真を見ていなければ、告白されたところで佐藤の本気を冗談と受け流して終了しただろう。
それにしても。と冷静な汐見が考える。
〝友情が恋愛感情に変わるなんてことが、あるのか?〟
汐見にはわからない。
友情は友情で、恋愛は恋愛だと最初から線引きできるはずだ、と思っているから。
〝同性愛者じゃない、ノニ…………同性に……〟
感情は理屈じゃないと言われるが、その言説が今の汐見の頭からはすっぽり抜けている。
そして、その間にも汐見の中の何かが汐見に囁く。
〝チガウダロ。オマエ、ハ〟
汐見の中の誰かが感情の赴くまま動くことを抑圧している。
「……ごめん……気持ち悪いよな……でも……」
哀しげに、苦しそうに佐藤が汐見に告解する。
「? 気持ち、悪い?」
汐見は、ぼんやりと佐藤の顔を眺めていた。
「……だろ……」
近くで佐藤の顔を見ているのに焦点が合わず、輪郭すらぼんやりしている。
「だって……お前は俺のこと、友人と思ってるんだろ……」
汐見の視線を受け止めきれず、佐藤は罪悪感から目を伏せた。
佐藤に言われた汐見は、自分自身に問い返す。
〝気持ち悪い……ノカ? オレ、は……〟
汐見は自問自答していた。
〝チガぅ……〟
気持ち悪さで言うなら、紗妃の不倫を、不倫相手の写真を見た時の方がよっぽど気持ち悪かった。
あの時、吐き気が止まらないほどの憎悪と嫉妬と悍ましさで頭からもう一人の自分が這い出そうとする感覚で寒気がした。
〝ぁのトキと……チガぅ……〟
また、小さな声が囁く。
気持ち悪さを尺度にするなら──佐藤の部屋や行動を知って、ソレに何某かのマイナス感情は一瞬生まれたが──佐藤のソレを気持ち悪いとは思わなかった。思えなかった。
〝どうして……〟
『普通なら』盗撮行為など、誰にされようと『気持ち悪い』と一蹴して終わりだろう。
だが、佐藤は、その行動と行動から得られる結果以上に、汐見に迷惑をかけたくない、と細心の注意を払って汐見自身に気づかれるようなことすらしなかった。
嫌われたくない、というただその一心だったのかもしれない。
それでもその『純粋で真っ直ぐで、想いが強すぎるが故の好意を起源とする行動』を汐見は気持ち悪いと一刀両断することができなかった。
そんなことができないほど、汐見にとって佐藤はもう替えの効かない存在だった。
〝……お前は……オレが気持ち悪いと思うと……思ってたノカ……〟
汐見への好意が執着に変容し、盗撮写真をあの部屋の壁いっぱいに敷き詰めていても。
佐藤は決して汐見に自分の片想いの見返りを強要しなかった。それどころか一欠片も求めようとはしなかった。
あろうことか、告白すらずっと躊躇っていた。今も。
それは、汐見に
『気持ち悪がられるくらいなら』
『嫌われるくらいなら』
『そばにいられなくなるくらいなら』
告げる必要がない。と────
汐見の気持ち。そばにいること。
ただそれだけを最優先にした結果だった。
ただひたすら、汐見自身が、親友以上に思ってくれる日を待っていた。
〝……違うンダナ……お前ハ……〟
佐藤が、自分の片想いを告白しなかった理由。
汐見を尊重し、慮り、自分の好意を押し付けようとしなかった、佐藤の行動がようやく理解できる。
そしてその理由を無意識に『ウレしぃ』と感じる自分の気持ちに、汐見は────
佐藤のまっすぐすぎる想いとは逆に、汐見の気持ちはぼんやりしている。
輪郭すら覚束ないその気持ちを、なんと名付ければいいのかわからない。
〝お前に応エる資格ナンカ……オレにハ……〟
※イド:エスともいう。フロイトによって提唱された精神分析的人格構造論を構成する主要概念。
0
あなたにおすすめの小説
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる