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Chapter16 - Side:EachOther - E
231 > 終業後 ー05(紗妃ー中編)(Side:Salt)
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(Side:Salt)
「……私の名前と……証人には……秋彦兄さんに……今さっき、書いて……もらった、の」
「!!!」
「……秋彦兄さんに……取りに、行ってもらって……」
「っそんな……!」
ぼんやりした紗妃の視線はオレを見ているが、焦点はオレを透過していた。焦点の合わない紗妃の顔を覗き込むと、ほんの少しだけ目に理性を宿したみたいだった。
「……ちょっと……気を抜くと、ぼんやりしてしまって……でも、大丈夫……」
その目元は泣いた後のようにうっすらと赤い。だがそれ以外の顔色は死人のように白く感じられた。まるで、蝋人形のように……
「秋兄さんから……聞いたわ……慰謝料の、件……」
「っ! あ、ああ! だ、大丈夫だぞ、色々なんとかなる!」
紗妃が、ぼんやりとオレを見て、微かに口元だけで笑う。いつもの覇気も何もない、抜け殻のように感じられた。
「ご、めん、ね……私が、やったこと、なのに……」
「紗妃……」
紗妃の虚な瞳の奥に、理性の光が見える。だがそれはか細くて、今にも消えそうだった。
「……秋、兄さんに、ね……私が、ちゃんと……正常、じゃないと……あなた、のこと、を、覚えて、ないと……」
切れ端のような断片で紗妃は言葉をつづる。まるで、言葉を覚えたての子供のように……
「……書いても、意、ミないから……って言われ、たから……頑張った、の……」
「? な、なに、を……」
「……あ、の子たち、が……出て、こないように……」
「!!」
「……タ、ぶん……また……」
「紗妃!」
自分の名前で呼ばれたことで、ようやく少しだけ目の奥の光が強くなったように感じた。
ずい、とその、緑色っぽい紙と封筒を出して
「これ……あなたの名前、を記入したら、役所に。持って行ってほしい、の」
「で、でも、これは……!」
少しずつだが、ゆっくりと、紗妃の頬と視線に熱が灯りつつあるのをオレは確信した。
意識が戻り始めている、というのだろうか。
ようやく意思を持った眼差しをした紗妃が、初めてオレの脇腹を見て、そして、指差した。
「……痛かった、よね……」
「!!!」
その目と声には静かな知性が宿っていた。
「ごめん、なさい。……あの子が……あなたを…………私、上から見ていたわ……」
ゆっくりと、紗妃の大きな瞳から綺麗な大粒の涙がポトリとこぼれた。
「でも……止められ、なかった……」
それは、今、目の前にいる、オレが知っているはずの『紗妃』の懺悔だった。
震える声で紗妃がオレを刺した箇所を凝視して
「……ほんと、に……ごめんなさ……」
我知らず、紗妃を抱きしめていた。
「紗妃っ! お、オレはっ!」
紗妃は、抱きしめるオレの体を押し戻すようにオレの胸に手をついて、体を離すと
「……生きていてくれて……本当に……良かった……」
顔を上げてオレと視線を合わせ、しゃくり上げながら、泣きながら、あの綺麗な顔で微笑んだ。
「紗妃! こんな傷、どうってことない! ちゃんと治る! っだから!」
「……ええ、でも」
「?」
落ち着いた紗妃の声のトーンは、いつもよりも低く、静かで
「私とあなたの関係は、壊れていたわ。……もう……1年も前に……」
「!!」
「……いえ、違う……」
「紗妃?!」
その表情は、今までに見たこともないほど大人びていた。
それは、ついさっきまで見ていたオレが知る紗妃でもなく、子供の紗妃でも、そして暴れ出す乱暴な紗妃でもなく───
「私たち、間違ってたね……」
「!?」
「……知ってたの……私……最初から……」
紗妃が、強い理性と知性の光を取り戻した視線で、オレを見た。
「知らないふりをした、の……」
紗妃は、悲しそうな表情で、憐れむような視線でオレを見返した。
「佐藤さんの視線の意味も……あなたの、私を見る、視線にも……」
「?!」
「あなたは、きっと……」
オレの顔面を通過して遠くを見ているこの時の紗妃には、何が見えていたんだろう────
「……私の名前と……証人には……秋彦兄さんに……今さっき、書いて……もらった、の」
「!!!」
「……秋彦兄さんに……取りに、行ってもらって……」
「っそんな……!」
ぼんやりした紗妃の視線はオレを見ているが、焦点はオレを透過していた。焦点の合わない紗妃の顔を覗き込むと、ほんの少しだけ目に理性を宿したみたいだった。
「……ちょっと……気を抜くと、ぼんやりしてしまって……でも、大丈夫……」
その目元は泣いた後のようにうっすらと赤い。だがそれ以外の顔色は死人のように白く感じられた。まるで、蝋人形のように……
「秋兄さんから……聞いたわ……慰謝料の、件……」
「っ! あ、ああ! だ、大丈夫だぞ、色々なんとかなる!」
紗妃が、ぼんやりとオレを見て、微かに口元だけで笑う。いつもの覇気も何もない、抜け殻のように感じられた。
「ご、めん、ね……私が、やったこと、なのに……」
「紗妃……」
紗妃の虚な瞳の奥に、理性の光が見える。だがそれはか細くて、今にも消えそうだった。
「……秋、兄さんに、ね……私が、ちゃんと……正常、じゃないと……あなた、のこと、を、覚えて、ないと……」
切れ端のような断片で紗妃は言葉をつづる。まるで、言葉を覚えたての子供のように……
「……書いても、意、ミないから……って言われ、たから……頑張った、の……」
「? な、なに、を……」
「……あ、の子たち、が……出て、こないように……」
「!!」
「……タ、ぶん……また……」
「紗妃!」
自分の名前で呼ばれたことで、ようやく少しだけ目の奥の光が強くなったように感じた。
ずい、とその、緑色っぽい紙と封筒を出して
「これ……あなたの名前、を記入したら、役所に。持って行ってほしい、の」
「で、でも、これは……!」
少しずつだが、ゆっくりと、紗妃の頬と視線に熱が灯りつつあるのをオレは確信した。
意識が戻り始めている、というのだろうか。
ようやく意思を持った眼差しをした紗妃が、初めてオレの脇腹を見て、そして、指差した。
「……痛かった、よね……」
「!!!」
その目と声には静かな知性が宿っていた。
「ごめん、なさい。……あの子が……あなたを…………私、上から見ていたわ……」
ゆっくりと、紗妃の大きな瞳から綺麗な大粒の涙がポトリとこぼれた。
「でも……止められ、なかった……」
それは、今、目の前にいる、オレが知っているはずの『紗妃』の懺悔だった。
震える声で紗妃がオレを刺した箇所を凝視して
「……ほんと、に……ごめんなさ……」
我知らず、紗妃を抱きしめていた。
「紗妃っ! お、オレはっ!」
紗妃は、抱きしめるオレの体を押し戻すようにオレの胸に手をついて、体を離すと
「……生きていてくれて……本当に……良かった……」
顔を上げてオレと視線を合わせ、しゃくり上げながら、泣きながら、あの綺麗な顔で微笑んだ。
「紗妃! こんな傷、どうってことない! ちゃんと治る! っだから!」
「……ええ、でも」
「?」
落ち着いた紗妃の声のトーンは、いつもよりも低く、静かで
「私とあなたの関係は、壊れていたわ。……もう……1年も前に……」
「!!」
「……いえ、違う……」
「紗妃?!」
その表情は、今までに見たこともないほど大人びていた。
それは、ついさっきまで見ていたオレが知る紗妃でもなく、子供の紗妃でも、そして暴れ出す乱暴な紗妃でもなく───
「私たち、間違ってたね……」
「!?」
「……知ってたの……私……最初から……」
紗妃が、強い理性と知性の光を取り戻した視線で、オレを見た。
「知らないふりをした、の……」
紗妃は、悲しそうな表情で、憐れむような視線でオレを見返した。
「佐藤さんの視線の意味も……あなたの、私を見る、視線にも……」
「?!」
「あなたは、きっと……」
オレの顔面を通過して遠くを見ているこの時の紗妃には、何が見えていたんだろう────
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