56 / 193
第二部
上弦の月・9
しおりを挟むどんよりとした週末が終わり、また平日がやってきた。
普段は仕事なんて行きたくなくて、サンキュウ!の為に働いているだけだったけれど、今は集中出来ることがあって助かっている。
ちなみに、スマホの電源は切ったまま二日経過した。
今、SNSを見たり、ばんばんの声を聞いてしまったら、自分から別れを告げてしまいそうで、怖いのだ。
別れたくなんかないよ…大好きだもん。
でも、現実逃避をしがちな自分の性格はよく分かってる。こうなった時は、必ず最悪の選択肢を選んでしまうんだって。
何故なら、最悪より下はないから。
だから私は、わざと最悪を選ぶ。
「菜果音ちゃん、顔色悪いけど、大丈夫?」
「さきさき、心配してくれてありがとう。ちょっと眠りが浅くて。」
「寝不足は辛いねえ…あっ!そういえば、金曜日見たよ!ばんばんのドラマ!面白かったし、カッコよかったよ。あの、助手さんに言い寄られて喋っちゃうところが、コミカルで。」
励まそうとしてくれる、咲ちゃんの優しさよ…
私の胸は張り裂けそうだけれど、気持ちは嬉しいです。
「うん、ありがとう。可愛かったよね。」
それしか言えなくて、急に泣きそうになってしまって、一言断ってお手洗いに駆け込んだ。
はあ…無理だ…
こんなこと、誰にも言えない。だから、何を言われても平然と返さなきゃいけないのに。
どうしよう、どうしようもできない。
それでも涙は溢れてくる。
苦しい、吐きそう。
やっぱり、連絡を取ろう。
うっかり、別れてくださいって、口から出そうになってしまうかもしれないけど。
そうなったら、そうなっただよね。
ああ、だけどやっぱり辛いんだ。
嫌われたくない、だって大好きだから。
湯畑さんと一緒にいたとしても、私とはスマホだけのつながりだとしても、嫌いになんてなれない。
好きすぎて頭がおかしいんだね。
トイレの個室の中、ドアを見つめながら、涙が止まるまでしばらくそのままでいた。
定時で退社して、家路に着く。
勇気を出してスマホの電源を入れれば、メッセージが20件、着信が6件入っていた。
全部、きいくんから。
【おはよう、昨日はおかげでよく眠れました。なかちゃんは、起きられたかな?】
【やっとお昼休憩だよー!今、8話の撮影が終わって、これから最終話のロケに入るよ。】
【なかちゃん!もしかして、まだ寝てる?】
【なかちゃん、忙しい?】
【なかちゃん?もしかしてまた具合悪い?】
【なかちゃーん、生きてるー?】
【着信】
【充電のし忘れ?なかちゃんならありそうw】
【お仕事終わりました。まだ忘れてるのかな?ちょっと寂しいです。】
【着信】
【なかちゃんおはよう!今日はサンキュウ!のロケで海外に一泊二日してきます。なかちゃんの声が聞けなくて寂しいよ。】
【まだ既読付かないから、とても心配です。なかちゃんに何もないといいんだけど…】
【ホテルに着いたよ!Wi-Fi通ってるから、スマホ使える!でも既読付いてないから、めっちゃ心配!これ見たらすぐメッセージか電話ください!】
【着信】
【なかちゃん、生きてる?事故とかに合ってないよね?】
【みねねちゃんと連絡先、交換しておけば良かった…】
【スマホ無くしたとかだったら、いいのに。】
【今日の仕事終わり!おやすみなさい。】
【着信】
【まだ既読がつかないので心配です。なかちゃん、どうしちゃったの?】
【着信】
【今日帰ったら、声だけでいいから、聞きたいよ。】
【仕事が終わったので、これから帰国します。着くのは夜になるから、会えないかもだけど…】
【着信】
【なかちゃん、これを見たら連絡ください。】
【お願い。】
帰宅中なのに、また泣いてしまった。どうしようもできなくて、マスクで顔を隠していた。
私は、大好きな人をこんなにも心配させてしまった。実音々の言う通り、早めに言えば良かったんだよね。
きっと今、飛行機に乗っているはずだから、スマホは見ていないと思う。
だから、私は、メッセージを送る。
ずるい奴だって、罵ってくれていい。
なか【きいくん、心配かけてごめんなさい。ちょっと色々あって、スマホの電源を落としていました。
ご存知の通り、私はきいくんが大好きです。一生、応援し続けるし、一生、大好きです。これは絶対に揺るぎません。
だけど、もしきいくんが私のことを好きじゃなくなった日が来て、私とさよならをしなきゃいけなくなったら、ちゃんと諦めてファンに戻るので、安心してください。
土日に会いに行くので、それまで、少しだけ、そっとしておいて欲しいです。ワガママを言って、ごめんなさい。】
送信して、メッセージアプリの通知を切った。
実音々から電話が来る時は、番号の着信で来るし、もう間違えて取ったりもしない。
だから、大丈夫。
なんて、ずるい奴なんだ、私は。実音々が褒めてくれるような、いい女なんかじゃない。惨めで恥ずかしくて不甲斐ない彼女だ。
世界でたった一人の人を、幸せにすることもできない。
これじゃあ、許せなかったあの人と同じだ。
なんて、恥ずかしいんだろう。
申し訳ない、シャボン玉みたいに破裂して消えてしまいたい。
私のメッセージには、既読がついていた。
それに、たくさんの着信と、たくさんのメッセージが届いていたけれど、画面を開くことができなかった。
きっともう、嫌われてしまう。
週末、会いに行ったらどうなってしまうかな。
怖いな。
嫌われたくないのに、嫌われるようなことを、最悪の選択をしてしまう自分に嫌気がさしている。
ほら、こんな私のこと、きいくんが好きになる訳がない。
だって、私が自分のことを好きになれないんだから。
独りよがりで、最低。
そうやって、自分の世界に浸っていたせいで、私はもっと深い、果てのない…地獄に落ちたのだ。
木曜日の昼休憩。
一人でいたくて、お弁当を持って公園にいた。
少しずつ気持ちが回復してきて、土日はきちんときいくんに話を聞いてみよう、と上昇し始めたところに、実音々から着信があった。
「お姉ちゃん、見た?」
「…何を?」
「そっか、まだ見てないね。オーケー、今からURL送るから見て。でも、これが真実だって受け止めちゃダメだからね!ちゃんと、本人に確認するんだよ!」
「えっ…なに…怖い。」
「私はお姉ちゃんが幸せになるなら、何でも良いけど、お姉ちゃんはばんばんと幸せになりたいんでしょ?だから、ばんばんと話すんだよ!絶対だよ!約束だからね!破ったら1週間口聞いてあげない!」
必死な実音々の声に、思わず頷いた。
「えっ、やだ無視されるの無理!分かった、話す。」
そして、実音々から送られて来たのは、スキャンダラスなネットニュースだった。
【美人女優の湯畑りり、人気急上昇男性アイドルと熱愛焼肉デート!】今話題のドラマで共演中の二人が、火曜日深夜、有名焼肉店から連れ添って出て来た。美人女優でバラエティにも引っ張り凧の湯畑りりと、最近人気急上昇中のアイドル、サンキュウ!のセンター、伴喜一だ。酔ってふらつく湯畑をエスコートするように支える伴は、まるで王子のようで………
ダメ、全文読めない。
火曜日深夜って、一昨日っていうかもしかしたら日付的に昨日とかでしょ…
ネットニュースに載っている写真は、白黒だけれど完全に二人だと分かるほどクッキリと写っていて、きいくんが湯畑さんを支えている写真と、そのまま歩き出す写真の二枚だった。
無理…
自担のスキャンダル…無理…
死にそう…っていうか、死にたい…
もう、無理…何もかも無理…
絶望って、こういうことを言うんだね。
ファンとしても、彼女としても、瀕死。
苦しい…無理…帰りたい…
もうやだ…
あんなに会いたかったのに、今はもう会いたくない…
全部、全部、私が悪いんだ。
ちゃんと話していたら、塞ぎ込んだりしなければ…
ううん、もっと早い段階かもしれない。
もっとプロ彼女の意識が高かったら、ちゃんとやれていたら、もっときいくんに好きになってもらえていたら、何か違ってたかもしれない。
そうやって、たらればを繰り返して、気づけば昼休みは終わっていた。
13
あなたにおすすめの小説
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。
イセヤ レキ
恋愛
ブラック企業に勤める赤羽(あかばね)陽葵(ひまり)は、ある夜、退職を決意する。
きっかけは、雑居ビルのとあるマッサージ店。
そのマッサージ店の恰幅が良く朗らかな女性オーナーに新たな職場を紹介されるが、そこには無口で無表情な男の店長がいて……?
※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。
※他サイトにも掲載しています。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる