30 / 89
3章
27・誘い
しおりを挟む「いいじゃありませんか、お誘いしたら。」
ジャスミンは頭を抱えていた。
まるで他人事のように、実際は他人事であるが、ミュゲが嬉々として賛成してくるからだ。
「無理よ…そんなこと言えないわ。」
「気軽に言えばいいんですよ、舞踏会に来ませんかって。」
「絶対無理。だって、変に思われたら今後の付き合い方に支障が出るじゃない。」
ジタバタしているジャスミンを、妹のように諭す。
「私が見てきたアレク様は、それくらいで距離を置いたり、突き放したりするような方ではないと思いますが。ジャスミン様にはどう見えますか。」
ミュゲの微笑みに、ジャスミンは言葉が詰まってしまった。小さくため息を吐いてから、頷く。
「そうね、アレクはそんな人じゃないわね。正直に頼めば、快く引き受けてくれる人よ。」
「私もそう思います。」
お茶をグビッと飲み込んで、行儀よく座っていた椅子にもたれかかる。こんな姿は、自室にミュゲだけでなければできない。
「どうしよう、いつ言おう。」
「そうですね、早い方がいいでしょう。」
「仕事のお休みが、不定期だものね。きっと合わせてもらうことになるし。」
「いいえ、私が言っているのは、そういう意味ではありません。」
不思議に思い見上げると、ミュゲがかぶりを振った。
「ジャスミン様、アレク様が他の女性から誘いを受けないと思い込んでおりませんか。」
「えっ…?!」
正に、考えたことのない方向からの指摘であった。
「あの若さで部隊の隊長をなさっているということは、上司の覚えもよく有能なはずです。しかも、子どもからも人気で、ジャスミン様のように困っている人に、手を差し伸べることを厭わない。」
ミュゲが続けてピシリと言い放つ。
「そして、穏やかで気づかいができ清廉、見た目は精悍でかっこいいじゃありませんか。王宮舞踏会に行った貴族のご令嬢が、放っておくとお思いですか。」
ジャスミンは、ドキリとした。
全くもってミュゲの言う通り、ジャスミンの否定できる点が一つもない。
もたもたしていたら、他のご令嬢から誘われて、アレクは承諾してしまうかもしれない。
「アレク様が他の方と踊っていていいのですか。ジャスミン様は、それを見て笑顔で祝福できるのですか。」
追い討ちをかけるようなミュゲの言葉に、ジャスミンが焦って首を振った。
「そ、そんなのダメよ。私、アレク以外と踊れないわ。」
踊ったことなんて一度もないのに、アレクと踊る姿しか想像できなかった。
「では、お誘いするしかありませんね。教会で会える日を待つよりも、騎士団にお手紙を送る方が速いと思いますが、いかがでしょう。」
素晴らしい提案だ、とジャスミンは思った。
「そうね、手紙を書きましょう。どうしよう、私、男性に手紙を送るのって始めてだわ。」
「ジャスミン様らしくお書きになれば、問題ありません。いつも通り誠実に。」
「分かったわ…あっ、便せんを切らしてなかったかしら。」
落ち着きなく慌てるジャスミンをなだめて、チェストから紙類を取り出した。
「ジャスミン様、とっておきの便せんをお使いになったらいかがですか。」
ミュゲが渡したのは、ジャスミンと同じ名前の花が描かれているものだった。
「お父様が、遠くへお仕事に行った時、お土産で買ってきてくださったのよね…うん、これにするわ。」
文字書き用のデスクにインクとペンを用意し、ジャスミンはさっそく文面を考え始めた。
それを見ながら、ミュゲはニコリと微笑むのだった。
2
あなたにおすすめの小説
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)
透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。
有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。
「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」
そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて――
しかも、彼との“政略結婚”が目前!?
婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。
“報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
バッドエンド回避のために結婚相手を探していたら、断罪した本人(お兄様)が求婚してきました
りつ
恋愛
~悪役令嬢のお兄様はヤンデレ溺愛キャラでした~
自分が乙女ゲームの悪役キャラであることを思い出したイザベル。しかも最期は兄のフェリクスに殺されて終わることを知り、絶対に回避したいと攻略キャラの出る学院へ行かず家に引き籠ったり、神頼みに教会へ足を運んだりする。そこで魂の色が見えるという聖職者のシャルルから性行為すればゲームの人格にならずに済むと言われて、イザベルは結婚相手を探して家を出ることを決意する。妹の婚活を知ったフェリクスは自分より強くて金持ちでかっこいい者でなければ認めないと注文をつけてきて、しまいには自分がイザベルの結婚相手になると言い出した。
※兄妹に血の繋がりはありません
※ゲームヒロインは名前のみ登場です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる