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3章

28・誘われ

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 訓練が終わり、シャワーを浴びて部屋に戻ると、デスクの周りに隊員が集まっていた。
「どうした、面白いことでもあったか。」
 振り向いた一人の隊員がニヤニヤと笑っている。
「いやあ、隊長も隅に置けないねえ。」
「よっ、色男!」
「秘匿の花って、どんな感じなんですか。」
「涼しげな美人だけど、男慣れしてなくて、あとおっぱいが大きい!」
「マジかよ、やべえ。」
 得意げに話すのは、オスマンである。
 オスマンの所業は団内で周知の事実である為、女性に関しての発言は、皆が信じるのであった。
「反省の色が見えないな。増やすか?」
 アレクが片眉を上げれば、慌てて制止する。
「あっ、ごめんごめん!反省してます!これ以上、メニュー増やされるの本当キツいから!」
「あー、そういうことか。そりゃあ、オスマンが悪いわ。」
「オスマン、ちゃんと反省した方がいいぞ。あのアレクが怒るって相当だからな。」
「隊長、もっと増やしていいと思います。」
「いや、マジで反省してるから!本当だから!」
 デスク周りにいた隊員達を手でどかし、騒ぎの元を確認しようと自席に着くと、見慣れないものが置いてあった。
「それっすよ、隊長!秘匿の花と、どんな関係なんですか。」
「それはねえ…」
 スパンッと小気味の良い音がすると、オスマンがお腹を押さえていた。
「…なんでもない。」
「オスマンは色仕掛けは出来ても、諜報活動は向いてねえな。」
「逆に諜報される側だな。」
「そっすね。」
 アレクは手に取ったものをバッグに仕舞うと、室内を見回した。
「仕事に戻れ。まだ活動報告書が出てない奴がいるから、忘れず今日中に提出するように。」
 隊員達は三々五々、デスクに戻った。

 自宅に戻り、ちょうどタイミングの合った家族と夕食を取った後、自室でバッグから取り出した。
 リバーサイド公爵家の封蝋がされた手紙。
 隊員達は色めき騒いでいたが、もしかしたら公爵やその長男からかもしれない。あの騒ぎがあって、こんなに穏やかなものかと、アレクは思っていた。
 ペーパーナイフで封を開け、手紙を取り出すと、甘く柔らかな香りが漂った。
 その瞬間、あの夜抱きつかれた感触を思い出す。
「ジャズからか。」
 開くと、踊るように滑らかな文字がたくさん連なっている。しかも、何枚も。
「多いわ…昔からそうなんだよなあ。」
 独りごちて、読み出す。
 お茶を飲みながら、何回も繰り返し読み、文と字を楽しんだ。
 手紙の内容は、要約すればこうだった。

 前回の舞踏会は友人の為に参加したが、自分がオスマンに誘われてしまい上手くいかなかったので、友人が再挑戦することとなった。
 ただ、また見知らぬ男から声をかけられるのは憚られる。
 ついては、同行してもらえないだろうか。

 たったこれだけのことが、何枚にも渡って記されていた。
 不器用さに、思わず笑ってしまう。
「ずっと変わんないね、ジャズは。」
 アレクは引き出しから便せんを取り出し、さらりと返事を書いた後、封蝋をしてバッグに仕舞った。
 甘い香りの手紙は、鍵のかかる引き出しに入れる。
「さて…騎士服以外の礼装なんて、あったっけかな。」
 普段は開ける機会のないクローゼットをザッと見渡し、そっと閉じた。

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