【R18】愛してる、愛してない、愛してる!〜頑なな君の、いつもそばに〜

はこスミレ

文字の大きさ
9 / 17

9・仮面を捨て、外へ出よう。

しおりを挟む


「1人でいたいのに、1人でいることが嫌なの。」
末ちゃんは、遠い目をして冷めてしまったコーヒーを飲んだ。
俺はどうしたらいいか分からなくて、ただただ末ちゃんの横顔を見つめた。
空っぽのマグカップを横から受け取り、立ち上がる。
「コーヒー、入れ直すよ。」
「ありがとう。」
ヤカンを火にかけ、お湯が沸騰するのを待つ。
「末ちゃんは、どうして1人が嫌なの?」
ヤカンのカタカタ揺れる音が部屋に響く。
「1人でいると、私が嫌いなものに、飲み込まれそうになるの。だから1人でいたくなくて、でも1番になるのは怖いから浮気相手になって。そうやって、どんどん嫌いな自分になるの。今の自分が一番嫌い。」
臆病で寂しがりやの末ちゃん。本当は、泣き虫だ。今だって、目が真っ赤なんだから。
湧いたお湯を、ゆっくりフィルターの中に円を描いて落とす。入れすぎないように、最後の一滴が落ちきるまで待つ。
俺は、末ちゃんのフィルターになろう。本当の末ちゃんが出て来れるようになるまで、そばにいる。
マグカップをテーブルに置き、末ちゃんの前に出す。うっとりした顔で、コーヒーの香りを楽しむ末ちゃんは、俺の知ってる末ちゃんだ。
「末ちゃん」
「なに?」
「どうして、俺に話そうと思ったの?」
切れ長の目を細めて、ゆっくりとコーヒーを飲む。
「この2ヶ月くらいでね、友情は信じてもいいかなって思ったんだ。あんたと灘川見てたら、自然とそう思えた。」
末ちゃんは、ふんわり微笑んで、マグカップを置いた。
「ありがとう、話してくれて。俺のこと、信じてくれて。」
「あんたのこと信じないやつは、よっぽどのバカよ。優しさと誠実が服を着てるって感じなのに。」
ふふっと笑って、末ちゃんは伸びをした。
「末ちゃん、お願いがあるんだけど。」
きちんと向き直り、正座をした。
「何?今なら何でも聞くわよ。」
髪をかきあげて、アンニュイに笑う。でも、2ヶ月前とは全然違う。
「もう、不倫しないで。もっと自分を大切にして欲しい。」
末ちゃんは困ったような顔をしていた。
「どうしても、1人が嫌で、辛くて苦しくなったら、俺を呼んでよ。登山も、マラソンも付き合うから。新しい趣味ができたら、それも一緒にするから。」
だから、お願い。辛いことを忘れる為に、自分を傷つけるのはやめて。これ以上、自分を嫌いにならないで。
「どうして?そんなこと言うの?」
不思議そうな顔で問いかける末ちゃんは、子どもみたいな純粋な目をしていた。
それはね。
「末ちゃんを、愛してるから。」
目を見開いてから笑う彼女は、本当におかしそうだった。
「なんか、ありがとう。私の為にそこまで言ってくれて。」
「本当だよ?」
嘘偽りなく、本当の気持ち。
「でも、私は愛を信じないよ。」
「それでもいいよ。末ちゃんが、自分を大切にしようと思えるまで、1人で立てるようになるまで、俺がそばにいる。」
ぽかーんとした末ちゃんは、かぶりを振った。
「甲斐甲斐しいとかお節介とか通り越して、マリア様にでもなるつもり?」
「えー、末ちゃん専用だから、そんな高尚なもんじゃないよ。」
末ちゃんに向かって、にこっと笑ってみせる。
「末ちゃんが、大好きだよ。」
「やめてよ。」
「寂しくなったらいつでも呼んでね。飛んでいくよ。」
「やめて。」
耐えるように唇をギュッと結ぶけれど、切れ長の瞳から、キラキラ輝くジルコンが、コロコロとこぼれ落ちる。
俺はそれを、指と唇で受け取った。
「やめて…止まらなくなるでしょ。」
「止めなくていいよ、末ちゃんの心が生きてる証だよ。泣きたくなったら、俺が隠すから、いくら泣いたっていいんだ。」
末ちゃんの頭ごと胸に押し込むように抱きしめた。
小さくて華奢で、温かくて、壊れそうなのに、本当は強い。俺の好きな人は、芯の通ったいい女なんだ。
末ちゃんの細い手が、俺の服を掴み、背中を搔き抱いた。小さく声を漏らしながら、震えて泣く末ちゃんは、しばらくすると疲れて眠ってしまった。
起こさないように抱き上げてベッドに下ろそうとしたけれど、掴んだまま離す様子がないから、一緒に眠ることにした。
冷静な自分が、朝起きたら化粧を落とし忘れたことを悔やむ末ちゃんに、理不尽に怒られるんだろうなと予想していて、なんだか楽しくなった。
さらさらの髪を指ですきながら、ゆっくりと眠りに落ちた。

末ちゃんがにこにこ笑って、唐揚げをたくさん頬張って、子リスみたいな顔になってる。可愛いなぁって思って、その頬を指で触るとぷにゅぷにゅだった。唐揚げはどこにいったんだろう、もう消化したのかなと考えながら、末ちゃんのぷにゅぷにゅほっぺを食べるようにキスをした。末ちゃんはキャッキャと笑って擦り寄ってくる。
小さな体を膝の上に乗せて、囲い込むように抱きしめると、柔らかな体がピッタリとくっついて、下半身が気持ちよくてぞくぞくした。ふわふわとした感覚が頭をいっぱいにする。
末ちゃん、末ちゃん、好きだよ。好きだ。
「本当に?」
本当だよ。胸を開いて見せたいくらいだよ。
「勘違いじゃない?」
もし勘違いだったら、もう一度初めから、君のことを好きになれるね。嬉しいな。
「松田って、変なの。」
そうだね、変かもしれない。でも、末ちゃんのことを好きになれたから、変で良かったよ。
「馬鹿ね。」
ありがとう。末ちゃんの、その優しい言い方が、好きなんだ。
愛してるよ。
振り向いてくれなくてもいい、末ちゃんが幸せになってくれるなら。それが1番なんだ。
「ありがとう。」


眩しい光で、目が覚めた。
ベッドの上には俺1人だったけれど、まだシーツが温かかった。洗面所の方で水を流す音がする。
ぼんやりとした頭が一瞬で目覚めた。
「末ちゃん?!」
「なに?っていうか、化粧落とすの忘れた!最悪!お肌が死ぬ!」
良かった、いた。
タオルで顔を拭きながら、ベッドルームに戻ってくる。
「タオル、勝手に借りた。」
「いいよ。あ、お風呂入る?」
「入る。あ、いや下着がないから無理だわ。」
「そう?コンビニで買ってこようか?」
「は?」
ちょっと怪訝そうな顔で問われる。
「女物の下着、買いに行く趣味があるの?」
「ないよ!俺の姉が酷いヤツで、基本パシリにされるの!だから、コンビニで下着買うのなんて日常茶飯事だよ。なんなら、姉の着替えもあるから貸せるよ。」
「あんたの甲斐甲斐しさっていうか、尽くし癖はお姉さんの教育なのね。」
「いやほんと、春はヒドイんだよ。俺のことを奴隷だと思ってるんだ。あ、春って姉のことね。」
へえ、と頷きながらベッドに腰掛ける末ちゃんを、後ろから抱きしめてみる。
「お風呂入ってないから、やめて。」
サッと身を離す。お風呂に入ってたら、抱きしめても良かったんだ。
「そういえば、松田の下の名前って秋って書くでしょ。何て読むの?気になってたのよね。」
「オータム!」
「は?!」
末ちゃんは、驚きと困惑と遠慮が混じった何とも言えない顔をしている。
「えへ!オータムは嘘だよ!当ててみて。まぁ、簡単だよ。」
しばらく考えてから、少しもじもじして、チラッとこちらを見てくる。ああ、これは分かってる反応だなぁ。
可愛い声が、小さく俺の名前を呼ぶ。
「しゅう。」
正解。初めて呼ばれて嬉しくなって、嫌がられたのを忘れて抱きしめてしまった。
「そう、末ちゃんと同じ。しゅう、だよ。」
意外と嫌がらず、そのままになっている腕を持ち上げて髪を撫で、首元に顔を埋める。洗顔料の淡いフローラルの香りがした。
「どっちのこと呼んでるか、分からなくなるわね。」
「俺のあだ名は、あき、だから。呼んでくれるなら、あき、でもいいよ。」
「気が向いたらね。」
触っていた手を剥がされ、ベッドから立ち上がり、末ちゃんの赤い財布を渡された。
「お言葉に甘えて、ショーツだけ買ってきて。サイズは分かるでしょ。」
そりゃ、見た目で分かるけど。その言い方、めちゃくちゃえろいよ。
「分かった。すぐに戻るから、お風呂入って待ってて。」
タオルと姉の着替えを渡して、部屋を出た。もちろん、財布は返したよ。

近所のスーパーでショーツと食材を買って戻ると、お風呂から上がった末ちゃんが、姉のスウェット地ノースリーブワンピースを着て髪を乾かしていた。
「ごめん、遅くなった。」
「ううん、私は早風呂なの。」
「ご飯食べて行く?作るよ。」
「食べるー!!!」
わーい!と喜んで立ち上がる末ちゃんを見て、ハッとする。
「末ちゃん!下着!」
慌てて紙袋を差し出すと、大笑いしながら受け取った。
「そんな焦らなくても、見えないでしょ。」
「そういうことじゃないでしょ!男の部屋でそんなことしちゃダメ!」
えー?と笑いながら、ワンピースの裾を手で持ち上げる。ダメって分かってるのに、目が釘付けになった。
「アッハッハ、あー楽しい。」
慌てて目をそらす。
「そうやってからかって!ちゃんと着て!」
「はあーい。しゅうくんたら、うるさいんだからー。」
胸がドクンと強く鼓動した。
いたずらな顔でウィンクをしてくる末ちゃんは、俺にとって天使で、小悪魔で、女神で、可愛い女の子だ。
「柊子ちゃんの、ばーか!」
「しゅうの方が、もっとばーか!」
ぎゅうっと強く抱きしめる。単純に、分かりやすく、受け止めやすいを心掛けて。君への気持ちを伝え続けるよ。
「愛してるよ。」
「信じないよ。」
「それでも、愛してる。」
「ばーか。」
くすくす笑って、額をつけ、鼻先を触れ合わせ、そして口づけをした。
「ねえ、私、下着つけてないの。知ってる?」
「…知ってる。」
柔らかな体がピッタリくっつく。細い腕が肩の上に乗り、背伸びをして、もう一度額をくっつけて、目を合わせて来る。
「私の不倫を阻止したいんでしょう。」
「うん、絶対して欲しくない。」
目を細めた、君の目に、俺が映る。
「私って、ずるいのよ。それでも、一緒にいてくれるの?」
「柊子ちゃんが、許してくれるなら。」
もう一度、口づけを交わす。
「ねぇ、抱いて。私のこと愛してるなら、抱いて。証明して。」
震える声を抑えるように、小さな唇が俺の唇をついばむ。吐息が熱くて、たまらない。
「分かった。」
君が君を大切にしてくれるなら、俺が君を大切にすることを許してくれるなら。
君だけの為に、そばにいる。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

独占欲全開の肉食ドクターに溺愛されて極甘懐妊しました

せいとも
恋愛
旧題:ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~ 救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。 どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。 乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。 受け取ろうとすると邪魔だと言われる。 そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。 医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。 最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇ 作品はフィクションです。 本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

体育館倉庫での秘密の恋

狭山雪菜
恋愛
真城香苗は、23歳の新入の国語教諭。 赴任した高校で、生活指導もやっている体育教師の坂下夏樹先生と、恋仲になって… こちらの作品は「小説家になろう」にも掲載されてます。

処理中です...