【R18】富豪鳥人が私を逃してくれません!

はこスミレ

文字の大きさ
6 / 42

6・同行準備

しおりを挟む



手土産を用意した。
相手がどこの会社なのか、誰が来るのか、全く予備知識なしで購入しなければならなかったので、日持ちのする物を選んだ。
デパ地下で人気のスイーツブランドの焼き菓子セット。一箱3種類12個入りで五千円だったので、6箱買った。
こんな高価なお菓子、食べたことない。
会社に戻って来たら、定時が過ぎていた。専務室のドアをノックしてからカードキーで開けると、まだ中に本人がいた。
電話をしながらチラリとこちらを目視して、そのまま話している。
邪魔にならないようサッと戻り、明日の準備をしておこうと荷物をローテーブルに置いた。
すると、デスクに小さな箱が置いてある。
それは、新しい名刺だった。
なんと今日の今日で名刺を印刷…な訳がない。うちの会社で名刺を作るのは、1週間前には申請しないとならない。
ということは、私の異動は少なくとも1週間前には決まっていたということだ。
怪我をしたまま歩いていたのが面白いから、という理由は嘘ということになる。本当に一体どういことなんだろう。
中を開けて見れば、驚愕の肩書き。
「専務秘書…!?」
「そうですよ、言ってませんでしたっけ?」
腕を組んでドア枠にもたれ掛かった専務が、こっちを眺めていた。
一体いつのまに電話を終えて移動して来たんだ。音もなく動くから怖い。さすが猛禽類。
「言われておりませんが。」
「それはすみませんでした。渡辺さんは今日から僕の秘書です。どうぞよろしく。」
雑用係って言ったじゃないか!
「…よろしくお願いします。」
「明日は、出社したらすぐ出ます。服装は…」
上から下まで品定めするように見られる。とても嫌な感じ。
「渡辺さんは、他の服も似た感じですか。」
「はぁ…まぁ。」
入社した時から着続けているスーツと、ファストファッションの無難なオフィスカジュアル、それを常にローテーション。自分の服に使うお金がないので、くたびれているのは否めない。
「これから時間はありますか?」
「はぁ、特に予定はありませんが。」
スッと歩き出し自分の荷物をまとめると、私の方へやって来た。
「ぼさっとしてないで、帰る準備をしてください。」
「は?」
「上司命令です、付いて来てください。」
待って明日の準備をまだ何もしていない。でも、専務はどんどん行ってしまう。
慌ててバッグを持ち、後を付いて行く。
「こっちです。」
常用のエレベーターを通り過ぎ、反対側の廊下へ行くと、もう一つのエレベーターがあった。
「こんなところにもう一つあるとは。」
「一般社員は知らないですね。役員専用の地下駐車場直結のエレベーターなので。」
呼ぶにもカードキーが必要らしく、ピッとかざすとエレベーターが昇って来た。
「すごい。」
「そうですか。」
「はい。」
ものすごく気まずい。
仕事以外で話すことなんてないし、これからどこに行くのかも分からない。

しばらくするとドアが開き、専務に続いて駐車場に降りた。
10メートルほど歩くと、黒くて高そうな車が停めてある。専務が助手席のドアを開けて、乗るように促す。 
「…失礼します。」
の、乗りにくいです、高級車。
革張りの座席はクッション性が高くて、とても座り心地が良い。
それが、落ち着かない!
運転席に乗り込んで来た専務から、ふわりと香水の香りがした。香水をつけてる男の人ってキツめの香りがするけど、専務は嫌な匂いではない。形容するなら、入浴剤専門店みたいな匂い。
「あの、どこへ行くんでしょうか。」
シートベルトをして、車が走り出した。
あまりに滑らかに走るので、車に乗っている感じがしない。これが高級車か。
「僕の贔屓の店…かな。」
ヤバい単語出てきた。
贔屓の店…!どこだよ!?庶民には予想もつかないよ。
それ以上話が盛り上がることもなく、気まずいまま車中が静寂に包まれる。
せめて、専務がラジオか音楽を流してくれたら…!
いや、この車にラジオは合わない。強いて言うならオーケストラやクラシックピアノ曲だろう。そんなの流されたら、私は確実に寝る。
「足、大丈夫ですか。」
「えっ?」
突然の会話に、一瞬何のことか分らなかった。
「先週の怪我、結構酷かったでしょう。」
ああ、不快なストッキング事件。
まさか心配されていると思わなかった。
「大丈夫です。ご心配ありがとうございます。」
「珍しくパンツスーツなので、まだ傷が治っていないのかと思いまして。」
そう早くは治らないよね。
「はい。かさぶたにはなりましたけど、あまり見て気持ちいいものではないですし。」
というか、珍しくって何?確かにスカートのことが多いけれど、私が専務に会ったの先週が初めてだよ。
「やはりそうでしたか。」
そして、途切れる会話。気まずいままの車内。
そうだ、帰り遅くなるって家に連絡しなくちゃ。
「専務、申し訳ありませんが、家に連絡を入れたいので、スマホを使用してもよろしいでしょうか。」
「それくらい、許可を取らずにしてもらって構いませんよ。もう退勤してる訳ですし。」
いや、あなたが付いて来いって上司命令したんでしょうが!私にとっては退勤後じゃないよ。普通に勤務中だよ!
「ありがとうございます。」
バッグからスマホを取り出して、母と嵐にそれぞれ連絡を入れておく。夕飯は昨日のうちに作っておいたし、あとは勝手に食べてもらえばいい。
「渡辺さんは、弟さんがいらっしゃるんですよね。」
「はい、おりますが。何故ご存知で?」
聞いたけど、多分…波琉が言ったんだろうなぁ。情報漏洩の原因は全部波琉に決まってる。
「まあ色々と。弟さん、優秀だそうですね。」
「ええ、まあ!自慢の弟です。」
そこははっきり言っておく。嵐は本当に優秀なのだ。秀才で努力家、人一倍熱心で探究心がある。
「僕も、同じ大学出身なんですよ。学部も一緒です。」
「そうなんですか!?」
「はい、ついてる教授も同じみたいですね。」
専務もめちゃくちゃ優秀なんじゃんよ。そうでしょうね、あの作成リスト見ただけで分かりますわ。
言葉の端々に嫌味を感じるし、性格あんまり良くないなって思ってたけど、嵐と同じ大学なのは見直した。
嘴がカタカタ鳴る。
機嫌がいいと鳴ると言っていたけれど、何が機嫌を良くさせたんだろう。
「だから、生活が大変なのも分かります。」
「…そうですか。」
そういう意味の機嫌が良い、ね。
やっぱり性格悪いわ。
「着きました。」
スッと駐車し座席から降りると、行きと同じようにスマートに助手席のドアを開けられた。紳士感がすごい。
「ありがとうございます。」
車から降りて見えたのは、一等地に立ち並ぶ高級ブランドばかりが揃った店だった。
今の私、口があんぐり開いたままで、とてつもなく阿保みたいな顔をしていると思う。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

龍の腕に咲く華

沙夜
恋愛
どうして私ばかり、いつも変な人に絡まれるんだろう。 そんな毎日から抜け出したくて貼った、たった一枚のタトゥーシール。それが、本物の獣を呼び寄せてしまった。 彼の名前は、檜山湊。極道の若頭。 恐怖から始まったのは、200万円の借金のカタとして課せられた「添い寝」という奇妙な契約。 支配的なのに、時折見せる不器用な優しさ。恐怖と安らぎの間で揺れ動く心。これはただの気まぐれか、それとも――。 一度は逃げ出したはずの豪華な鳥籠へ、なぜ私は再び戻ろうとするのか。 偽りの強さを捨てた少女が、自らの意志で愛に生きる覚悟を決めるまでの、危険で甘いラブストーリー。

処理中です...