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7・長い一日の終わり
しおりを挟む揺れるシャンデリア、磨かれた床、洗練されたスタッフさん達…。
そしてここは、何なの?
入ったばかりの店内には、何も置かれていない。
「鷹司様、お待ちしておりました。どうぞこちらへ。」
案内されたのは店の奥、ソファに専務が座った。
あまりの場違い感に、立ち竦む。
「何してるんですか、渡辺さんも座ってください。」
「あっ、はい!」
ワタワタしながら、距離を取ってソファに座る。フカフカしていて体が沈む…不慣れである。
温かな紅茶を振舞われ、いただきながら待っていると、スタッフさんが可動式のラックを何台も持って来て、目の前に服の波が押し寄せた。
ここは、服屋だったのか。
「鷹司様、ご要望通りライトラインを揃えさせていただきましたが、いかがでしょうか。」
「こちらの女性に合うものを何点か見繕ってもらえますか。」
「かしこまりました。それでは、こちらへどうぞ。」
有無を言わせず試着室へ連れて行かれ、百戦錬磨なスタッフさんがたくさんの服の中からスッスッと選んでくる。
私は着せ替え人形。ただただ充てがわれた服に腕を通す。
普段着ている服と生地が全然違う。滑らかで着心地が良い。
これ買うお金…ないんですけど、どうやって断ろう。
値札がないんだよ…いくらかも分からない。怖すぎる。
生きた心地のしない中、選ばれた何着かを着て、専務の前に出された。
口元に手を当てて考えているのか、無言で観察されている。
「そうですね、二番目と三番目と五番目をお願いします。」
「かしこまりました。」
スタッフさんが美しい所作で新しい服を用意している。
私は慌てて専務に近寄り、小声で訴えた。
「専務!私、お支払いできません!だから、お洋服はいらないです!」
「あなたの経済事情は知ってますよ。経費で落としますから、ご安心を。」
いやいやいや、経費で落とせないでしょ。服だよ?!
「でも…」
食い下がる私にイラッとしたのか、鋭い視線で静止される。
「僕の秘書として紹介するのに、見すぼらしい格好をしないでいただきたいので。」
言い方ー!
むっかつくー!なんなのこの猛禽!
偉いからって!偉いからって!
喉元まで来た怒りを飲み込んで、深呼吸をする。
「分かりました。」
そっちが経費で落とすって言うなら、こっちもそのつもりでいますからね!
経費ってことは会社の服になるんだから、制服だと思って着てやる。
くるりと回れ右をして、自分の服に着替えに戻る。
ムカムカしてるけど、絶対に出さないんだ。
あーやだ、さっさとお家に帰ろう。
試着室を出ると、専務が立ち上がるところだった。
「渡辺さん、帰りましょう。」
「あ、はい。」
「ありがとうございました。」
スタッフさん達の前を通り過ぎ、スタスタ歩いていく専務の後ろを、早歩きでついて行く。足の長さが違うから、置いていかれないように歩くのが精一杯。
店外に出ると、専務がドアを開けて待っている。
うー、恐縮するからやめて欲しい。
でもドアを触るのも怖いくらい高級だから、まだ開けてもらった方がいいのかもしれない。
お辞儀をして乗り込み、シートベルトをする。
専務も乗り込み、すぐに発進した。
音もせず滑らかに道を走る。
どこに行くんだろう。早く帰りたい。
「専務、あの…会社に戻っていただけたら、自分で帰りますので。」
「それじゃあ遠回りになるので結構です。」
うん、どこへ行くのに?
聞きにくい。
「はあ、そうですか。」
窓の外、キラキラのイルミネーションが流れて行くのを、どんよりした気持ちで眺める。
今日一日目でこれって、明日からやっていけるんだろうか。やっていくしかないけれど。
ふっと気づいたら、風景が変わっていた。
やばい…私、専務の車でうたた寝してた。
そろりと専務の方を伺うと、パチリと目が合う。
「渡辺さんは神経が図太いんですか。よく上司の車で眠れますね。」
「…申し訳ございません。」
言い訳も出来ない。自分でもびっくりだわ。
嫌な汗が背中を伝う。
帰りたい…そう思って窓の外を見れば、見慣れた道を走っていた。
「あれ?」
「この辺でしょう、ご自宅は。」
何で知ってるんだ。いや、調べれば分かるか、社員情報だし。
「はい、ありがとうございます。」
まさか送ってもらっているとは思わなかった。
「あ、この辺で大丈夫です。」
「いえ、夜は危ないので、ご自宅近くまで送ります。」
うちの近くって…高級車が停まってるって噂になったら嫌だなぁ。なんて思うのは罰当たりだよね。
「すみません。」
次の角を曲がり、すぐに家が見えてきた。
ゆっくりと停車する。
専務が降り、また助手席のドアを開けてくれた。これはもう、こういうものだと思っていよう。慣れるしかない。
トランクから紙袋を二袋ほど取り出して、私の両手に渡してきた。
「ありがとうございました。」
「明日、よろしくお願いしますね。」
「はい。」
暗闇の中で、金色の瞳が光る。
宝石みたいでキレイだな。
「お疲れ様でした。」
「お疲れ様でした、お気をつけて。」
嘴がカタカタと小さく鳴って、専務が帰って行った。
リビングにたどり着き、グッタリとした体を休める。
「疲れた…。」
階段をドタドタと降りる音がし、嵐がやって来た。
「姉ちゃん!今の人、誰?すっごい高級車じゃん!玉の輿?」
ほら、これだよ。だから家に着けてもらうの嫌だったんだ。
「会社の上司がついでに送ってくれただけ。玉の輿じゃない。業務の一環です。」
「本当にー?」
「嘘つく必要ないでしょ。もう、嫌味な上司だから本当に疲れた。」
グッタリした姉を見兼ねたのか、嵐がお茶を持って来てくれた。
それを、ゴクリと飲み干す。
「ありがとう。」
「その紙袋、どうしたの?高級ブランドじゃん。」
目敏い、さすが嵐。
「明日、上司と挨拶周りに行くことになって、きちんとした格好しろって渡された。」
「何それ…その人、ほぼ会社のトップなんじゃないの。」
「あー…うん。鷹司専務っていう…」
「えーーー!本当に?姉ちゃんそんなすごい人の下についてるの?」
嵐がびっくりして大声を上げた。
「知ってるの?」
「うちの大学のOBで、一番有名っていうか、最早伝説だよ。成績も常にトップで、いつも教授があんなにすごい学生はいなかったって、何かにつけて自慢してるんだ。」
「そういえば、嵐と大学一緒だって言ってたわ。」
そんなすごいのか。嵐の目がキラキラしている。
「姉ちゃん、すごいじゃん!」
「いやぁ、どうかなぁ。今日、急に辞令出て、秘書になれって言われたけど。ただの雑用係だよ。」
「そんなことないよ!すごいよ!カッコいいよ姉ちゃん!」
全力で喜んでくれる嵐を見ていたら、明日から頑張るかと思える。
姉は、大事な家族の為にお金を稼ぐよ。お母さんにも楽して欲しいしね。
「お母さんは、具合どう?」
「まだちょっと辛いみたい。本人は仕事に行くって言うんだけど、無理して倒れたら職場にも迷惑かかるし、休ませたよ。」
「それがいいよ。私も頑張り次第でお給料上げてくれるって言ってたから、お母さんは無理せず休養して欲しいな。」
「そうだね。」
コップを片付けて、明日の準備をしよう。
「じゃあ、私はお風呂入って寝るね。」
「うん、おやすみ。」
嵐がにこっと笑って、自室に戻って行った。
長い一日だった。
明日はできるだけヘマしないように、ひっそりしていよう。
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