妻の顔に見覚えがない

アミノ酸

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報われないからこそ惹かれる

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 鈴木さんとは大学二年の二十歳になる年に付き合い始め、四年半の交際期間を経て結婚をした。
 結婚式は一年後に催したが、高校時代、大学時代の友人も大勢参加をしてくれたおかげで結婚式は良いものだ、と胸を張って言える
 もっとも、曙高校近くの結婚式場を下見に行った際、俺たちの一つ下の後輩だった元曙高校生がブライダルプランナーとして担当してくれて、かつ鈴木さんと面識があったこともあり、安くない割引を効かせてくれたお陰で予算よりも豪勢な式を挙げられて良い思い出になっているはずだ。人生どこで誰に助けられるかわからない。
 高校の同級生と結婚をした、なんて話をすればまるで漫画のような純愛で、華やかで輝く青春を過ごしていたように聞こえるかもしれない。
 だが、そこまで話は上手くまとまらない。
 俺は高校三年間は別の女子生徒を好きだったし、鈴木さんは高校時代に俺ではない別の男子生徒二人と付き合っていた。
 お互いにそれを知っているし、それぞれ相手の恋愛が上手くいくように時に相談に乗り、時に相手が上手くいくように協力をするような友人関係を築いていた。
 大人になった今だからこそ思う。
 瞬間的に恋焦がれたのは高校時代に好きだった中村さんで間違いない。
 しかし、彼女と結婚することはなかっただろう。万に一つ、結婚をしたとしても俺は休みの日にのびのびと漫画を読んで、来期のどのアニメが楽しみかなんていう話を家ですることは出来なかったはずだ。
 中村さんと暮らせば、中村さんとしか築けない関係が生まれる。だが、俺はそれを選ばないし羨まない。
 鈴木さんと結婚したことに後悔はないし改めて幸せだと思っている。
 しかし、そんなに綺麗な感情だけなわけがない。
 毎日顔が変わる鈴木さんの印象はどうしたって乱高下を繰り返す。
 言葉では説明できないが、好みの顔とそうでない顔はある。そして、顔の違う女性と一緒に風呂に入ったり、キスをしたりセックスをしたり、ふとした時に自分が不貞行為をしたのではないかと、目の前のこの人が本当に鈴木さんなのだろうかと、気持ちがざわめく瞬間は結婚してから十年が経とうとしている今でも訪れる。
 慣れるとはいえ疲れはする。体調が悪ければ頭がおかしくなりそうな日もあった。
 だからこそ、鈴木さんと付き合っていなかったら、あの時あの人と付き合っていたらと考えてしまうことがある。
 高校三年間に思い続けた、鈴木さん以外で唯一交際をした中村さんはそんな妄想にどうしたって登場するし、何より顔の変わらない彼女との思い出はハッキリと色濃く残り、十年以上経過する記憶は当時より何割か増して煌びやかに加工されてしまう。
 中村さんのことを思い出すと、当時の自分はなんて単純な男なんだと笑ってしまう

「これからよろしく! 横でうるさくしたらごめんね」

 高校に入学し、最初の席が中村さんだった。
 サ行とタ行から始まるクラスメイトが少なく、佐藤の隣が中村になるという偶然が彼女と親しくなるきっかけを作ってくれる。
 好きになってしまった当時はその偶然をありがたく感じていたが、恋が成就しなければ苦痛でしかない。
 高校で最初に話した女子生徒であり、翌年のクラス替えを経ても同じクラスメイトなったことで晴れて三年間の高校生活を共にした。
 おかげさまで諦めるきっかけを作ることも出来ず、不恰好にも中村さんを好きでい続けてしまう。

「ハッキリ言っておくけど、彩と付き合うのは難しいから諦めた方がいい。佐藤がダメとかそういう話じゃなくてあの子は難易度が高すぎる」

 ありがたいことに忌憚のない意見はいただいていた。
 中村さんを彩と呼び、俺に遠慮なく辛辣な提言をしてくれたのは幼馴染の小林だった。
 小学校から高校まで同じで隣のマンションに住み、母親同士が仲が良いというまるで漫画やラノベの設定かと思わせるような幼馴染の女の子。
 こうしてみると出来すぎにも思えるが現実はフィクションとは大きく違う。
 なぜなら、そんな幼馴染がいたからこそ言えるが、幼馴染との恋愛は絶対に起こり得ないからだ。
 小林の話は置いておいて、中村さんが高嶺の花なのは周知の事実であり、むしろ二ヶ月だけでもよく付き合えたものだと改めて感心する。
 チアリーディング部に所属する生粋のスクールカースト上位の女子であり、天真爛漫な性格で登校時で会えばどんなクラスメイトにも笑顔で挨拶をし、放課後に顔を合わせばバイバイと明るく手を振ってくれる。
 テンションが上がると自然と肩を触れるといったスキンシップをしてくるし、おまけに同級生の中では胸も大きかった。
 案の定、中村さんを好きな人は多く、俺は沢山いる彼女のファンの一人に過ぎない。

「彩は間違いなく良い女だ。だから彼女を好きになった佐藤の趣味が良いのは認める。三年間報われないで童貞を貫き通す美学は評価したい。だけど、このままだと反動で大学生になってからしょうもない女に引っ掛かるだけだぞ」

 小林が未来でも見てきたかのように断定口調で俺の大学生活を憐れむ。
 フィクションの中の幼馴染であれば、キツい言葉の裏に俺への好意が見え隠れするツンデレを想起させるが、当時の小林にはバイト先で知り合った大学生の彼氏がいた。
 ただ上から目線で俺を小馬鹿にしているだけだった。小林はそういうやつなので異性として見たことはお互いに決してない。

「小林の言い分はもっともだよ。なんで中村さんを好きになっちゃったんだって後悔は何度もしているし、めちゃくちゃしんどい。ただ、こればっかりは自分の意志でどうにかなるもんじゃないんだ」

 一人の女性を好きでい続けることを一途だと思い、それが格好良いと自分に酔っていた面も絶対にある。
 だからこそ、当時の自分を褒めてやりたい。
 大人になってから、こうして話のネタにすることが出来たのだから。

「どうしてみんな報われない恋をするのかね……。そういう馬鹿が友達にいるのは誇らしいけどさ」

 小林の言うみんなとは俺と鈴木さんを指していた。
 そう、俺と鈴木さんは高校時代に別の人を好きでいて、一度はその相手と付き合えるものの、無惨にも振られるという不名誉な共通点があった。
 何も珍しいことはない。振られたもの同士で傷を舐め合っているうちに俺が鈴木さんを好きになってしまったというありきたりな結末だ。
 鈴木さんの泣き顔を見て、俺は鈴木さんを好きになっていった。
 その時に気づいたから。
 愛しい顔というのは顔のパーツやその配置だけじゃなく、感情を表に出したその表情のことを言うのだと。
 理不尽に振られ、泣いて怒る鈴木さんの表情はとても愛しく、その時の顔は今でも忘れていない。
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