さかなのみるゆめ

ruki

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「とにかく、母さん。僕は智と別れて一人で暮らす。僕は大丈夫だから心配しないで。あと、今僕が言ったこと、絶対に智に言わないで。絶対だよ」

特に僕の智明への気持ちは絶対に言わないで。

そう念を押して僕は電話を切った。

それから僕は一人でのんびりしながら足りないものを買い足したり、新しい街を散策しに出かけたりしていた。

年末も年始も実家に帰らず、元気なことだけを電話で告げた。

その間智明にはもちろん連絡を取らず、聞くこともしなかった。

きっと智明は僕から解放されて、新しい生活を始めてるはずだ。

高学歴で高身長、高収入。おまけにアルファでフリー。周りがきっと放っておかない。
今から相手を見つけて付き合って、プロポーズして結婚して、そして子供が生まれる。

僕達はいま25才だから、ちょうどいいんじゃない?

僕となら無理だけど、きっと理想通りの人生設計を築ける。

10年も僕のために使ってくれたのだから、これから先は本当に幸せになって欲しい。

僕も早く智明への思いを忘れて、新しい人生をスタートさせたい。

子どもはいらないっていう人もいるかもしれないし・・・。
僕のこと、好きになってくれる人がいいな。

10年も傍にいたのに好きになってもらえなかったんだから、僕は余程魅力がないオメガなのだろう。だけど蓼食う虫も好き好き。こんな僕でも気に入ってくれる人がいるかもしれない。

うん。
今年の目標はそれにしよう。

人生のパートナーとまでは行かなくても、恋人になってくれる人を探そう。

そう思うそばから智明の顔が浮かぶ。

・・・その前に先ずは智を忘れよう。

今年の目標を『智明を忘れること』にランクダウンさせて、僕は今日からお世話になる新しい会社に向かった。

僕が新しくお世話になる会社は、まだ設立して3年の新しいデザイン事務所だ。
大手のデザイン事務所を独立して個人で立ち上げた会社で、主に地域に密着した仕事をしている。
Webデザインはもちろん商店街のポスターやタウン誌などもしていて、基本、来るものは拒まず、の仕事ぶりだ。

まだ新しいからね。会社の名前を売らなきゃね。

でも、新しいからこそバイタリティがあってやりがいがありそうだった。決まった仕事ではなく、なんでも経験できそうなところもいい。

社長も30代とまだ若く、それに賛同して引き抜かれた社員もみんな若かった。
これまで設立以来の社員だけでやってきたけど、最近仕事も増えて社員を増やすことになったらしく、それに応募したのが僕だ。

社長を含め、身内のように仲の良い社員しかいない会社へ入るのは少々どころか大いに不安だけど、そんな心配をよそに、僕はみんなから温かく迎えられた。

そして仕事にも人間関係にも慣れた頃、僕はいい具合にこき使われている。

「本当に水森くんは飲み込みが早くて助かるわ」

デザイナーの柳瀬さんがそう言ってくれるけど、こういうことを言う時は何か頼みたいことがある時だ。

「おだてても何も出ませんよ。ところで何をすればいいですか?」

そう言うと、柳瀬さんの顔がぱっと明るくなる。

「さすが水森くん、分かってる。これ、お願いできるかな?」

少し申し訳なさそうに出してくる書類を、僕は笑顔で受け取った。

「いいですよ。どうせ暇なので」

この『暇』は仕事じゃなくて、プライベートの事だ。つまり、残業可能と言うこと。

「ありがとう。ほんと助かる。今度おごるわね」

先輩に拝むように手を合わせられると恐縮してしまう。

「いいですよ。これくらい。もっと大変なことをお願いされた時におごってもらいます」

すると横から経理の神田さんが顔を出す。

「水森、残業はちゃんと申請するんだぞ。うちはサービス残業は許さないからな」

「分かりました」

以前少しだからと申請しなかったら怒られたのだ。

そこに営業の戸田さんが帰ってきた。

「ただいま。今日めっちゃ寒いよ」

そう言って手を擦りながらエアコンの風の下に行く。

あとここに社長の木佐さんがいれば社員全員なんだけど・・・。

「あれ?木佐さんは?」

帰ってきた戸田さんがいう。そう言えば姿が見えない。

「・・・さっきまでいたわよ」

と柳瀬さん。
確かにいたけど、いつの間にかいない。するとドアが開いて当の木佐さんが入ってきた。

「差し入れ買ってきた」

そう言って笑顔でテーブルに置いたのはコンビニの中華まんだ。
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