命廻の花

文字の大きさ
26 / 27
桜花昇天之章

   下界を見入る花 弐

しおりを挟む
 そして、時を進めてほんの数日後。
指導はこれといって特別変わりのない新体操の光景から
大きな音を出さずに始まっていった。
部活で行う動作と開花を違和感なく交え、
かたわら邪魔にならないよう周囲に交えて進んでゆく。
サーカスの演技からスッと舞咲の型に代え、
上部の棒に跳び上がる。やっている事はそれだけ。
知り限りだと、空中ブランコなどで宙吊りポーズを
とったりしている。
雅也一人だけというのもさぞ寂しいだろうと思うが、
何のそのと気にも留めずに練習を通常のものと分けて
普通の部員達と共に指導をこなしてゆく。
分かった事はここの人達はこれといった偏見の目もなく、
身体の花を不思議がらないところだ。
元から雅也がいたから、物珍しさもあまりないのだろう。
自然の物を側の動物が警戒せずに通るのと同じなのか。
常識人と交じりつつ、午前の練習時間を一旦休憩に入る。
サーカス、劇団にまで開花師が展開しているとは意外だ。
花の華を曲芸の一部として表現する道もある。
寺の教えとしては別に違法でもない。
昇華さえきちんと行えば、仕事であれ芸であれ
植物の生業に抵触ていしょくしておらず。
規制など昔よりは緩く変わってきたようだ。
そんな開花師の一人が内の一人に物申し。
まだ数日だけど、彼について分かった事があった。

「君は分家で他県の子だったのか」
「そうです、本当は有名な団の所の近くが良いと
 思ってましたが、学力の事もあってここに入りました」
「まあ、僕もそんな感じかな。
 将来の事はあまり考えてこなかったから」
「学園祭での演舞もすごかったですね。
 先輩は柳碧町でトップクラスの開花力をもつそうで、
 あらゆる花を咲かせられるみたいですね!」
「全部・・・ってわけでもないんだ。
 僕ですら上手に咲かせられない物もあって、
 できる人は、まあ、さらに上の人が・・・ね」
「それでも、やっぱり他の人よりすごいセンスです。
 俺の花・・・どうですか?」
「う~ん、鉄棒に着いた瞬間の上下運動からの舞も、
 中々良いタイミングだと思うよ。
 フジの花弁もけっこうつやがある」
「そ、そうですか。花のテカテカさは日頃から欠かさず
 気をつかっています」
「ハハハ、人をせる仕事だからね。
 そういえば、いつ頃から持ち花にできたの?」
「う~ん、子どもの時からとしか。
 俺は・・・とにかくやたら木に登ったり、
 高い所に行ったりするくせがありまして
 それでフジに目覚めて今に至っています」
「わ、分かりやすいね・・・」

という事情でそういった行為をしていた理由であった。
フジは日光を好み、山林の表に向かって咲く。
なかの花がそうさせているから同化の影響、
人間社会にとってスポットライトを浴びやすい
似た場所を選んだのだろう。
人の意思の強さにもよるけど、ムズムズさせてゆき
植物の習性がその気にさせてゆくのは自分も覚えがある。
様々な花を咲かせられるからあまり実感が湧かないのか、
一種の行動原理は心臓と深く照らし合わせるかの様に
ここぞと決められないのかもしれず。
ただ、習性が思わぬところでチャンスを生み、
将来への一目標を決まるきっかけも生まれやすい。
花に翻弄ほんろうされては、また動機を起こす。
彼にとってはどんな感じなのかまでは分からない。
床に腰を下してストレッチをする。
柔軟さというものは身体だけでなく、心身と共に馴染なじみ、
理想とする場所へどこまでも目指してゆくのか。

「大原君、ちょっと話が」
「はい」

顧問の先生に呼ばれる。
ただ、自分と舞咲の仕方が少し異なるのが分かった。
分家と異なる開花方法もあり、
ほんの少しだけ動きが変わっている。
自分の術を教えるべきかと考えたけど、
いざこざが生じる懸念もある。
だから、型そのものよりモーションのキレや速さを
優先して教えていくつもりだ。
先生の忠告を聞き終えて体育館に戻る。
アドバイスがてら、食事についてはどうしているのか。
この事を言っておくべきか、聞こうとしたがいない。
そういえば、練習がいつの間にか終わっていた。
休憩時間を迎えていたから、いつもなら昼食の時間。
自分も少しお腹が空き始めてきた。
食堂に行ってみる、すると。










・・・雅也はもう定食を食べていた。
ちゃっかりと食事バランスについて考えていたら、
思いっきりありついている。
ずいぶんと油分をっているけど、良いのか。
自分の空腹も重ねてウンヌン言ってやろうと思った時。

(あれ、こんなメニューあったっけ?)

彼は揚げ物を食べていたようだが、形がおかしい。
それに、注文から時間的にもずいぶんと早い。
しかし、大学食堂にこんな天ぷらはないはず。
まさかまさかと凝視ぎょうしして得たものは確信へと変わる。
形からして、あの植物そのものだった。

「これ、君のフジか!?」
「そうです、最近また内から新しく生まれてきて、
 食べても体に良いんですよ」

なんと、自分で生成した物を食べていた。
見る限り、きちんと昇華し終えたものを食していた。
だからとはいえ、自身の持ち花を食べるのか。
これも違法行為ではないが、ずいぶんとストイックで
自家製花を売らずに自ら買ってるようなものだ。
ちなみにこれは自分の栄養価となりえるのかというと、
大して変わらないらしい。
元から心臓の壁部から生成した部分は翠の同化で
出現させていて、そこを食しても出戻るだけのようだ。
養分も地面に生えているものとは場合が違う。
肉体の神経も血も繊維とつながるからだ。

「体に良いってコレ、意味あるの?
 自分で自分を食べているようなものだけど・・・」
「フジは食べられるんですよ。
 揚げるとすごく美味しいんです」

動機はただ、食べたいから。
花をせる以外で、栄養として取り込む事も
あるので、
衛太もアブラナで人生と勝負をしているくらいだ。
食ったり出したり想像するのをためらう。
頭を留めて視線だけ流し目に観る。
ここで箕佐紀がやって来て物言いした。

「あれ、センパイが日曜にもいるなんて珍しいす」
「今、雅也君に開花の練習をさせているんだ。
 フジをもっとよくせるためにってね」
「フジすか」

栄養素をループさせる事に特別な意味があるのか。
分家も時たまよく分からない作法がある。
箕佐紀もさきんじて同じ発言をする。

「雅っちも相変わらずだな。
 自食は栄養素の巡りがループするだけで、
 成長する効果とかないはず」
「まあ、分家も分家でそれなりの意味があると思うよ。
 今は禁止されている断食だんじきも、
 当時は仏に成るための行いだったから」
「正直、柳碧町以外で花に精通しているとこなんて
 そうそうないと思うすよ。
 本家ならではのセンパイが言えば良いのに」
「仕方ないだろ、向こうの方も色々やり方があるんだ。
 細かく体調も診てあげる必要があるんだから!」
「細かくっすか・・・なら、合宿があるから、
 そこでも同行すれば良いんじゃないすか?」
「が、合宿か」

ここで箕佐紀が泊まりで滞在する事を勧めた。
近々、体操部で合宿が始まる。
サーカス以外でも、普通の競技はやらないといけない。
フジに関しては付きっきりで監督するものの、
彼にとって未だに納得できないところがあると言う。
すでに何度か彼に見せていたが、再びここで披露する。
フジの舞咲は脚、胴体を逆にねじらせて1回転させてから
蔓を巻き付ける方向へ腕を伸ばす。

「藤ッ!」

5mの鉄棒へ身体を引っ張らせてぶら下がる。
螺旋状らせんじょうの蔓の巻き付きに従い、数回転して静止。
後のポーズは取る必要ないけど、演出上のため。
これがサーカスで良い見栄えか分からないけど、
一応自分なりのムダ無き開花を打ち放った。

「とまあ、こんな感じかな。
 僕も大したモーションをとれてないけど、
 どこらへんが覚束おぼつかないの?」
「う、う~ん・・・打ち出した後・・・かも」
「ぶら下がる瞬間のところ?
 後は慣性に沿ってそのまま姿勢を保つだけだけど?」
「そこから先がなんだかおぼつかなくって。
 前を向こうとしても蔓が逆方向によじれるんです」
「逆に?」

雅也は開花後の宙吊りポーズに不満があるそうだ。
繊維質が強すぎるのか、前から確認してもこれといった
異常なところは観られない。
そこは彼だけの問題のようで、自分からは粗探あらさがしでも
言いようがなかった。


 そして、就寝時間となり、自分達は床に伏せる。
話だと、この学校は少しでも夜遊びにきょうじようものなら
出場停止を受けるくらい厳しい。
団体行動時だけはとにかく時間通りに寝ろという。
社会進出一歩手前な学業はともかくとして、
後輩のそれを成就じょうじゅさせるのが先だ。
雅也の言う覚束おぼつかないとは一体。
別に病気ではないけど、体内から繋がりのほころびか
何かしら違和感をもっているのだろう。
問題となる逆さまの花に何が不満なのか。
同じ開花師といえど、さすがにそれ以上の細かな差は
手を伸ばしようなく理解できなかった。
彼はすぐ隣の布団で寝ている。
まだ起きていると思うけど、何もしゃべらずに横たわる。
見てみると、布団から植物がはみ出していた。

(体から少しフジが出たまま)

体内からフジの蔓が少し出たまま寝ている。
同じく葉も出しっぱなしで、睡眠など無意識時に
外に出てしまう現象がよくあるそうだ。
まず、衛太が泊まりで一番よく見られていた。
だらしないというか、マイペースというか、
自分は親から“花がはみ出てる”なんて言われた事がない。
そんな几帳面きちょうめんさの裏返しで、
ちょっとイタズラ心が湧いてしまう。
本当に寝入っているのか、こっちの手を伸ばして
試しに葉を少しつついてみると。

「「はうっ!?」」

彼の背中がうねる。
安静時は肉体と植物の感性が静まり、敏感になる。
自分はこんな事をされた経験がないので、どうなるのか
特に意味はないけどつつきたくなっただけ。
彼は起きていたようで、すぐに気付く。

「「ちょっと、先輩ぃ~」」
「「お、起きてたのね・・・ゴメン、つい」」

布団の中でモソモソとやりとり。
周りの部員達には気付かれていない。
人によるが、普段は見られない人の習性が
植物の方から表れる事があるらしい。
例えばイビキの様に無意識状態で轟々ごうごうと声を出し、
正直な外観を見せ始めてゆく。
フジの葉は夜になるとたたむようにすぼめる。
植物も同じ様に呼吸のみで眠り、過ごす。
暗がりの中でひっそりとした折りたたみ具合から、
本当に素直そうなのが分かる。
洒落シャレのある箕佐紀とは異なるつつましさというか。
再び就寝しただろう雅也の背中を見つつ、
翠の在り方を考える。

「・・・・・・」

そして、自らの手のこうにある血管を眺める。
さして太くもない普通の青い静脈は表面から流れている
状態も見られず体の内側にある。
人も植物も見た目が違っても生きているという共通。
古くから種を潜ませてお互いえているのか。
自然界ではただ、留まっているだけの存在も
感受性があるのかと声に出さずに心の内に留めた。

                     参に続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...