まおうさまの勇者育成計画

okamiyu

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第九章:魔王とは何か、王が王になる前の話――千年前の地獄と九つの罪

第161話:虚栄の王、嘘つき兎は地獄を歩き出す

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「嘘でしょう…」
物陰からアスタロトの戦いを観察していたザガンは、信じがたい光景を目に焼き付けていた。
アスタロトが意識を失い、空から堕ちてくる。
彼女が着地した瞬間、数万の鎖がその身を縛り上げた。毛玉もまた、逆鱗の再生を防ぐため、すかさず手で彼女の顎を押さえつける。弱点を知られ、しかも毛玉の仕掛けた陣地に堕ちた彼女には、もはや勝ち目はないだろう。
毛玉はアスタロトの顎を軽く持ち上げ、その目を自分に向けさせた。
「吐け、龍よ。ザガンは今どこにいる」
遠くないところに隠れていたザガンは、その言葉を聞いて背筋に悪寒が走った。毛玉はまだ自分のことを諦めていない。それに、自分を守ってくれる最強の部下も、今や彼に倒されてしまった。
「なにそれ、女性の顎くいするなんて、口説いているんですか」
流石は龍のアスタロト、致命傷を受けてもすでに意識を取り戻していた。だが逆鱗の回復がまだ終わっていない彼女はかなり弱っており、この鎖の拘束を自力で解くことはできない。
「セリナもちょっと…マオウさんにされたいかもです。その『顎くい』」
続いてセリナも合流した。顎くいされているアスタロトを見て、少し羨ましくなったりして…
「茶化すな。悪いが、こっちに余裕はない。吐かないつもりなら、拷問をかけても吐かせてやる」
毛玉はアスタロトの逆鱗のある場所に力を込めた。全身をえぐられるような痛みが彼女を襲う。だがアスタロトは表情一つ変えない。
「言えるわけないでしょう。ザガン様はあたしの主人。あたしはザガン様のメイドです。主人を売るメイドがどこにいますか。そこのメイドちゃんだって、あたしと同じ状況になっても、あなたを売りますか」
「売りません。セリナも、自分がどうなってもマオウさんを裏切りません」
同じメイドとはいえ、セリナはアスタロトに親近感を覚え始めていた。何度も彼女に殺されかけても、それはザガンを守るためなら──セリナはそんな彼女を憎むことができない。
「美しい主従愛だ。だけど、こっちも引けるわけにはいかない」
ザガンにパンを作り出す力があるかもしれない。それは毛玉にとってはどうでもいいことだが、レンとセリナにとっては命綱となる。レンは衰弱しすぎて、これ以上食事を摂らなければ危ない。体力が常人よりあるセリナも、この戦いで激しく消耗していた。「悠久涙雨」は彼女の傷を癒せても、その空腹を満たすことはできない。今の彼女は天使化で無理矢理立っているが、天使化が解けたら…
一方、肝心のザガンは逃げる準備をしていた。彼女は毛玉と同じ永遠の命を持っているが、不死性はない。致命傷を受ければ普通に死ぬ。アスタロトを騙し、手下にしたのも自分の安全を守るためだ。彼女が倒された以上、もう逃げるしかない。
(うちが悪いのです…アスタロトに勝てる相手に、うちが勝てるわけがないのです。どうせアスタロトは不死身なんだから、そのうち相手も諦めるはずです。うちは悪くないのです。)
自分に言い聞かせるように、ザガンは何度も心の中で弁解した。そうすることで、アスタロトを見捨てることに対して、少しだけ楽になろうとした。
「哀れな龍よ。騙されたことも知らず、偽りの王に忠誠を誓うとは。最強の種族と聞いて呆れるよ。あの虚栄の王は見かけ倒しの嘘つきだ。君よりもはるかに弱い。そんな相手に命を張って守る必要がどこにある?どうせ君が敗れたと知ったら、自慢の逃げ足で逃げるだけだ。君を捨てて」
毛玉の言葉はナイフのようにザガンの心を抉った。それはでたらめな嘘ではなく、紛れもない真実だから、ザガンに効いた。真実は彼女の嘘を暴き、弱い彼女を赤裸々に晒す。でもそれでいい。アスタロトもそれを見て、彼女を見限るだろう。そう思うと、ザガンの心は逆に楽になった気がした。それで、心置きなく逃げられる。
「最初から知っていますわ。龍を舐めないことですね」
だがアスタロトはそれを許さなかった。アスタロトの言葉を聞いたはずの、逃げるべきザガンの足が、そこで止まった。
(最初から知っていたんです!?嘘よ…ならなぜ、自分より弱いうちに従うのです?彼女の方が、うちよりも王に相応しいのに)
「見栄を張るな。そんな実力もない嘘つきに従うことに何の意味がある?騙されたからって知っているふりをするのは、さらに自分の格を下げることになるぞ」
「マオウさん、ちょっと酷すぎです。まるでこっちが悪役みたいですよ。」
毛玉の言葉攻めは容赦なかった。彼の目的は、アスタロトとザガンの主従関係を徹底的に破壊し、アスタロトの口を割らせること。それは、食事への道を開くためだ。
「格?あたしは龍よ。他人の評価で動きませんわ。あの娘は生まれながらに何も持っていないのに、生きるために必死でもがく健気な姿…あたしは美しいと思います。生まれながらにすべてを持っているあたしより、ずっと生き生きしている。そこが愛おしい。あなたには分からないでしょうけど」
「そうだな、わからないさ。私だって何も持たずに生まれた。魔法がまだ存在しない世界で、魔力の精霊である私は誰よりも弱かった。同じ精霊の仲間にも見放され、野良精霊になった。だけど、私はそんな運命に甘んじてはいなかった」
毛玉はさらに顎を上げ、強く言った。
「愛する者のためなら、私はこの地獄で六千年以上をかけて歩いてきた。死にかけた回数は数えきれない。それでも、私は必死に積み上げ、柱の悪魔たちを倒してきた。嘘は生きるための手段だ。私も生きるために、覚えきれないほど嘘をついた。だけど、嘘に依存したらそこで終わりだ。嘘は『使う』ものであって、『使われる』ものじゃない」
「アスタロトを放すのです!」
一匹のピンクのウサギのぬいぐるみが、二人の会話に割り込んできた。
ザガンの本体が、堂々と登場した。

頭が動く前に、足が動いていた。しかも逃げる方向ではなく、アスタロトがいる方向へ。
もう、おかしいですよ。何をしているのですか、うち。
しかし次の瞬間、アスタロトと同じように無数の鎖に拘束されました。
きつい。中の綿が溢れそうです。アスタロトも、こんな痛い思いをしているんですね。
「鴨が葱を背負って来たか。予想外だが、上々だ」
「あのウサギさんがザガンさん?!ちょっと可愛いかもです」
「違います!あのぬいぐるみ如きがザガン様のはずがありません。あたしの私物です。解放してあげてください」
アスタロトはうちを逃がそうと、慣れない嘘までつきました。だけど、それで信じるほど毛玉は甘くありません。
「あの体型は昨日見つかった足跡と合致している。本物じゃないなら、頭を切っても大丈夫だろ。それで、君が『本物』のザガンの居場所を教えてくれるなら」
「やめて…お願いします。それだけは。彼女は不死ではありませんから」
「ほう、やはりね。それなのに、なぜ飛び出てきた?奇襲ならもっとうまくやれ。これはただの無駄死になるだけだぞ。」
「うちを殺したら、パンはありませんよ」
それを聞いて、毛玉の眉がわずかに動きました。でもすぐに表情を戻しました。やはりそこです。最初に会った時、やけにそれに固執していました。もしかしてと思って賭けてみましたが、ビンゴです。
「私を脅すつもりか。言っておくが、私には食事はいらない。その交渉は意味をなさない」
「でも、そこの人間には必要ですよね」
「なるほど、ただの嘘つきじゃないようだな」
生き延びられました!うちの運だけは地獄一ですから。ここは外せませんでした。
「アスタロトを…解放してください」
「断る。彼女は危険だ。逆鱗が再生したら、局面をひっくり返す可能性は十分にある」
「うちが人質になっている間、彼女はあなたに危害を加えません。先も見ましたね?彼女はうちに絶対の忠誠を誓っています。うちの生死を気にせず攻撃したりしません」
毛玉は深く考え始めました。用心深いです。もし最初に彼に会っていたら、きっと一発で嘘を見抜かれていたでしょう。それが、彼がこの地獄で生き延びてきた術です。うちと同じスタートだったはずなのに、彼は真実を積み上げてきました。それは、うちには眩しいです。
「セリナは、彼女を信じてもいいと思います。悪い人には見えません」
いいですよ、人間のメイドさん、もっと言ってください。
「彼女はこの地獄で一番の嘘つき、そして悪魔だ。いい人でも信頼できる者でもない。今でも、彼女はいくつも嘘をついているはずだ。ただの勢いじゃない。私に勝つ見込みがあったから飛び出たんだろう」
鋭いです。見抜かれています。勝機は少ないですが、確かにうちは賭けました。同じふわふわの彼が、今までどんな強敵よりも手強いです。
「はい。うちは嘘をついています。あなたもそれを知っていますが。うちの要求を呑んでください。さもないと、この場で自決します。パンを手に入れられないと思いなさい!」
必死に体を動かして圧迫させ、首を折ろうとします。
「やめて、ザガン様。あたしなら大丈夫ですから」
アスタロトの声が聞こえます。でも、彼に考える時間を与えるわけにはいきません。嘘がバレる前に決めなければ。
「わかった。交渉に乗ろう」
毛玉はアスタロトを縛る鎖を解きました。
「手を離してください」
「ダメだ」
「アスタロト、彼にコインを渡してください。うちのコインも後で渡します。それで、うちたちの負け。安心できますか?」
「いいだろう」
アスタロトは毛玉に逆鱗を抑えられたまま、スカートの裾から自分のコインを取り出しました。毛玉はそれを受け取り、次の瞬間、人間のメイドの手を取って、うちの後ろに空間魔法でジャンプしました。完全に解放されたアスタロトを警戒しているのですね。でもそれで、目的は果たされました。
「ザガン様、すぐお助けに──」
「アスタロト、うちの命令です。城に戻りなさい」
「ですが…」
「うちを殺したいのですか?あなたが彼らを殺す前に、うちがこの鎖でバラバラになります。うちを主人だと思うなら、城に戻りなさい」
「はい…かしこまりました。必ずご無事で…」
アスタロトはうちに一礼し、空へと消えました。せめて彼女だけは安全です。
これからうちが無事でいられるかは、運と毛玉の機嫌次第です。
うちの鎖も大半が解かれましたが、両足だけは厳重に残されました。うちが逃げられないように。
うちのコインを毛玉に渡し、毛玉はパンを要求してきました。ここが正念場です。
私は石を拾い、自分の力を注ぎ込みました。すると石の形が変わり始め、柔らかくなりました。香ばしい香りが漂い、まるでオーブンから出した焼き立てのパンのよう。完璧なパンへと変わりました。
ぐうううーーー
「恥ずかしいです…でももう我慢できません。一口だけ食べさせてください」
人間のメイドはその誘惑に勝てず、今にもパンに嚙みつこうとしています。
だけど毛玉に止められました。そのパンに警戒しているのですね。でもそれは、味も完全に再現したもの。いくら彼でも…
毛玉はパンを一口食べました。うちの全身の綿が震えるのを感じました。お願い、幸運の神様。うちは悪魔だけど、今回だけうちの味方に…
「石だな。やはり、石をパンにできるというのは嘘だった」
神様が悪魔の味方をするはずがありませんでした。一口で毛玉がうちの嘘を見破りました。
「なぜですか?マオウさん、どう見てもパンじゃないですか」
「セリナ君、パンがパンとして一番重要なのは何だ?見た目か、食感か、味か?」
「えっと…味ですか?」
「いいや、栄養だ。パンの澱粉が人体で分解されブドウ糖になり、生命活動を維持する。だから、美味しいかどうかよりも重要だ。今の状況では特にね」
毛玉は残りのパンをすべて食べ、淡々と述べました。
「だけど、これは石だ。パンの形で、パンの匂いで、パンの味の『石』。人間の体に必要な栄養は一切ない。これを食べても、石を食べたのと同じだ。腹の足しにもならず、栄養不良で死ぬ。」
終わりました。何もかも。彼の言う通り、うちは物を別のものに変えられますが、その本質は変えられないのです。これでうちの利用価値はすべてなくなりました。残されたのは、死だけです。
うちは目を閉じました。彼の最後の一撃を待ちました。
「最悪だ。セリナ君、次の地獄へ行こう。ここは外れだ。レンが餓死する前に、食事を出せる王を見つけないと」
「はい!あうう…石でも、パンの味の石を食べたかったです」
…うち、生きていました。
「あの…うちを殺さないんですか?」
「え?なぜだ?もうコインをもらった。君と戦う理由はないが」
「うち、あなたを騙しましたよ」
「見事だ。私から一本取ったからな。素直に凄いと思う。言ったはずだ。嘘は『使う』ものであって、『使われる』ものじゃない。それに…この嘘つきだらけの地獄で、騙された方が悪いに決まっている。」
温かいです。力を認められることが、こんなに嬉しいことだと初めて知りました。アスタロトもうちの生き方を褒めてくれましたけど…うちは、ただの嘘つきで終わりたくないです。自分の本当の姿を探したいです。
「兄貴!」
「え?もしかして、私のことか」
「うちも連れてってください!お役に立ちたいんです」
「わかった。ついて来い」
「いいんですか!?あの、うちから言うのもなんですけど、いいんですか?そんな簡単で」
「セリナ君とレンの食事問題は深刻だ。この時、使えるものはウサギの手でも借りる。その代わり、命の保証はないが」
「望むところです!兄貴に一生付いていきます!」
「セリナは賛成です。ザガンちゃん可愛いですし」
こうして、うちは兄貴の仲間に入り、共に旅することになりました。
「あたしもついて行きます!なんでダメなんですか」
「うちがアスタロトと一緒にいると、甘えたくなるんです。それでは意味がないです。だから、兄貴たちの旅が終わるまで、アスタロトとはちょっと距離を置きたいんです。許してください」
「ふふん~兄貴ですか。ザガン様も女の子ですね。あたし、あの毛玉ちゃんのこともお気に入りだから、ザガン様のお婿さんとしてお城にお迎えしましょう。あああ、可愛いお二人ですから、きっと生まれる子供も可愛いでしょうね。新しい洋服を作らなくちゃ。それでは頑張ってくださいね」
「もう~アスタロト!うちは兄貴とは親分と舎弟、そんなお婿じゃないって、お婿じゃな…」
…ちょっといいかもしれないです。いやいやいや、兄貴は親分。兄貴は親分。でも兄貴からは…いやいやいや。
アスタロトと別れを告げて、うちは兄貴たちと新しい旅に出ました。
次にアスタロトと会う時、彼女の主として胸を張れるほど、立派な悪魔になりたいですね。
依頼期限まで、残り22日。
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