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序章:すべての旅は、茶番から始まる――剣も魔法もまだいらない
第4話:読むことに意味があり、そして、世界は丸だった
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「なんだか機嫌いいじゃない、男でもできたの?」
今日もマオウさんからいただいた本を胸に抱き、夜の楽しみに取っておこうと目を細めていた私に、ルームメイトのマリさんが、いたずらっぽい笑みを浮かべながら声をかけてきました。
「ちがいます。ただ、マオウさんというとても親切な方が、読み書きを教えてくださっているだけです」
「ふーん、そのマオウさんが"いい人"ってわけね。お姉さん寂しいなあ、まさか年下に先を越されちゃうなんて。しかも相手が玉の輿候補だなんてさ、憎いわこのこの!」
「だからちがいます。マオウさんはそういう方じゃありません。とても立派で、親切な方です。マリさんも一緒に授業を受けてみたらどうですか? きっと真面目な生き方を学べます」
「私は遠慮しとく。文字が読めなくても、今まで特に困ったことなかったし。そういうのはお坊ちゃまとお嬢様たちのものでしょ。私たちは家事を覚えるだけで手一杯」
マリさんは私より一つ年上で、メイド学校に入ったばかりの私をずっと助けてくれた大切な先輩です。その優しさには感謝していますが、不真面目なところだけはなかなか直りそうにありません。
「でも、文字が読めれば、きっといいことがありますよ」
「へえ、例えば?」
「……本が読めます」
「セリナちゃん、本ってのはね、すごく貴重なものなのよ。私ら使用人が触れられるものじゃないの。あんたが特別なのは、その"素敵な彼氏"がいるからでしょ」
「か、彼氏じゃありません。それに……マオウさんって、やっぱり身分の高い方なんでしょうか」
「そりゃそうよ。文字を読めるのはこの国じゃ貴族の特権よ。王様がどんなに庶民教育を広めようとしても、貴族たちが制度を握ってる限り、簡単には変わらない。だからこの学校でも勉強の授業なんてないんだし。あの人はきっとどこかの名家の方よ。いいなあ、私もどこかの貴族様に見初められたいわ。妾になれたら一生安泰なのに」
そう言いながら、マリさんはベッドの上でクッキーをかじっていました。まったく、寝室で食べちゃダメって言われてるのに、行儀が悪いんですから。
私は制服を脱いで、今日いただいた本をもう一度読み返しました。明日はどんなことを教えてもらえるんだろう。そう思いながら、私は素敵な夢を見られそうな気がしました。
「聖剣の儀は明日だな。そろそろ我々の計画も動かす頃合いか……ところで、その格好は何だ、モリア。ふざけてるのか?」
「まあ、そんな言い方なさらずに。お好みかと思いまして」
そう答えたのは、金髪を優雅に揺らす一人の女。身に纏うのは高級感あるメイド服。服装と容姿の釣り合いは不思議なほど取れておらず、それでもなお、彼女の気品を損なうことはなかった。
「随分と、あの人間の娘には優しかったですね。あの子に姿を見られた時、てっきりその場で殺すかと思いましたよ。妬けてしまいます。……これは、ささやかな対抗心というやつです」
「いいか、魔王は姿形を変えられるが、王都で派手に動くのは目立つ。我々は最小の接触で最大の情報を得る必要がある。掃除に入るメイドという立場は、その点で最適だ。しかも、あの娘は純粋だ。利用しやすい。仮に何か喋ったとしても、誰も本気で取り合わないだろう。『メイドの妄言』として済まされる。脳筋はすぐ殺すが、賢者は使う。ところで、ルーはどうした? 君一人とは珍しいな」
「あのおバカな天使なら、『人間の町はどこだ!』と聞いてきましたので、せっかく親切に正しい方角を教えて差し上げましたのに――『悪魔の言うことなんか信じるもんか!』って、真逆の方向に飛んでいきましたわ。まあ、世界は丸いですから、一周して戻ってくるでしょう」
堪えきれず、モリアは小さく笑った。しかしその声音にも品は失われていない。
「……君、それ分かってやったな? まあ、ルーなら時間はかからんだろう。さて、次期勇者は恐らく、前勇者の息子、マサキだろうな。あれは良い。英雄の血筋にしては甘く、感情的だ。挑発に弱く、見事に利用しがいがある。しかもプライドが高く、仲間に嫉妬する傾向がある。……内部分裂も狙える。ふふ、明日が楽しみだ」
深夜、王都の図書館にて。
世界の誰よりも、魔王は勇者の誕生を心待ちにしていた。
今日もマオウさんからいただいた本を胸に抱き、夜の楽しみに取っておこうと目を細めていた私に、ルームメイトのマリさんが、いたずらっぽい笑みを浮かべながら声をかけてきました。
「ちがいます。ただ、マオウさんというとても親切な方が、読み書きを教えてくださっているだけです」
「ふーん、そのマオウさんが"いい人"ってわけね。お姉さん寂しいなあ、まさか年下に先を越されちゃうなんて。しかも相手が玉の輿候補だなんてさ、憎いわこのこの!」
「だからちがいます。マオウさんはそういう方じゃありません。とても立派で、親切な方です。マリさんも一緒に授業を受けてみたらどうですか? きっと真面目な生き方を学べます」
「私は遠慮しとく。文字が読めなくても、今まで特に困ったことなかったし。そういうのはお坊ちゃまとお嬢様たちのものでしょ。私たちは家事を覚えるだけで手一杯」
マリさんは私より一つ年上で、メイド学校に入ったばかりの私をずっと助けてくれた大切な先輩です。その優しさには感謝していますが、不真面目なところだけはなかなか直りそうにありません。
「でも、文字が読めれば、きっといいことがありますよ」
「へえ、例えば?」
「……本が読めます」
「セリナちゃん、本ってのはね、すごく貴重なものなのよ。私ら使用人が触れられるものじゃないの。あんたが特別なのは、その"素敵な彼氏"がいるからでしょ」
「か、彼氏じゃありません。それに……マオウさんって、やっぱり身分の高い方なんでしょうか」
「そりゃそうよ。文字を読めるのはこの国じゃ貴族の特権よ。王様がどんなに庶民教育を広めようとしても、貴族たちが制度を握ってる限り、簡単には変わらない。だからこの学校でも勉強の授業なんてないんだし。あの人はきっとどこかの名家の方よ。いいなあ、私もどこかの貴族様に見初められたいわ。妾になれたら一生安泰なのに」
そう言いながら、マリさんはベッドの上でクッキーをかじっていました。まったく、寝室で食べちゃダメって言われてるのに、行儀が悪いんですから。
私は制服を脱いで、今日いただいた本をもう一度読み返しました。明日はどんなことを教えてもらえるんだろう。そう思いながら、私は素敵な夢を見られそうな気がしました。
「聖剣の儀は明日だな。そろそろ我々の計画も動かす頃合いか……ところで、その格好は何だ、モリア。ふざけてるのか?」
「まあ、そんな言い方なさらずに。お好みかと思いまして」
そう答えたのは、金髪を優雅に揺らす一人の女。身に纏うのは高級感あるメイド服。服装と容姿の釣り合いは不思議なほど取れておらず、それでもなお、彼女の気品を損なうことはなかった。
「随分と、あの人間の娘には優しかったですね。あの子に姿を見られた時、てっきりその場で殺すかと思いましたよ。妬けてしまいます。……これは、ささやかな対抗心というやつです」
「いいか、魔王は姿形を変えられるが、王都で派手に動くのは目立つ。我々は最小の接触で最大の情報を得る必要がある。掃除に入るメイドという立場は、その点で最適だ。しかも、あの娘は純粋だ。利用しやすい。仮に何か喋ったとしても、誰も本気で取り合わないだろう。『メイドの妄言』として済まされる。脳筋はすぐ殺すが、賢者は使う。ところで、ルーはどうした? 君一人とは珍しいな」
「あのおバカな天使なら、『人間の町はどこだ!』と聞いてきましたので、せっかく親切に正しい方角を教えて差し上げましたのに――『悪魔の言うことなんか信じるもんか!』って、真逆の方向に飛んでいきましたわ。まあ、世界は丸いですから、一周して戻ってくるでしょう」
堪えきれず、モリアは小さく笑った。しかしその声音にも品は失われていない。
「……君、それ分かってやったな? まあ、ルーなら時間はかからんだろう。さて、次期勇者は恐らく、前勇者の息子、マサキだろうな。あれは良い。英雄の血筋にしては甘く、感情的だ。挑発に弱く、見事に利用しがいがある。しかもプライドが高く、仲間に嫉妬する傾向がある。……内部分裂も狙える。ふふ、明日が楽しみだ」
深夜、王都の図書館にて。
世界の誰よりも、魔王は勇者の誕生を心待ちにしていた。
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