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序章:すべての旅は、茶番から始まる――剣も魔法もまだいらない
第5話:勇者よ、剣を抜け。我らのまおうさまのために
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「なぜ抜けないッ!? この俺以外に、誰が抜ける資格があるって言うんだ!!」
第一王子マサキの怒鳴り声は遠くまで響いた。
だが、それよりも怒り心頭な毛玉がひとつ、ここにいた。
「……あの無能!!! 聖剣を抜くなんて、スライムにだってできる簡単なお仕事だろうが! なぜできないのだ! 私が何日もかけて練った計画が水の泡ではないかっ!」
「無能だからこそ、むしろ当然の結果ではありませんか? 人間であそこまで滑稽になれるとは、地獄でもなかなかお目にかかれない光景でございました。ベルとアスちゃんがそれを見られなかったのは残念でしたわ」
「……いや、今は悔やんでいる場合ではない。我々にはまだ時間の余裕がある。前回の盲点は、あの無能を買いかぶったことと、別のプランを用意していなかったこと。今度こそ主導権を握ってやる。町に出るぞ。ルーはまだ世界一周の旅をしているか? モリア、その服はいつまで着ているつもりだ? 早く着替えて来なさい」
平静を装っているが、実はかなり予定を狂わされて心中穏やかでない魔王であった。
*
今日の私は、聖剣の神殿の掃除を任されました。
本来、新人の私のような者に任される仕事ではありませんが、今の神殿は王子の聖剣儀式の失敗で重たい空気に包まれています。
そんな場所、誰も行きたがらず、白羽の矢が私に当たったのです。
本来掃除すべき正規のメイドたちは、姫様を迎える部屋の準備を理由に仕事を拒否。
拒否権を持たない私たち見習いに押し付けられました。
こわいです。
朝、王子様が怒鳴っていたあの神殿は、今もその怒りを宿しているようで。
でも、誰もいるはずのない神殿に、金色の髪の少年がいました。
見た目は私よりも幼く見えますが、隠しきれない気品をまとっています。
そして、背中には、人にはあるはずのない――金色に輝く翼。
物語にしか出てこない、天使しか持っていない神々しい翼でした。
「おお! 人間? 発見。ここが人間の町か、随分辺鄙なところに住んでるね。何時間飛んで来たと思ってるの。あの悪魔、やっぱり僕を騙したな……でも、賢い僕はそれを見破り、正確な場所に来れたのだ。マスターにはいっぱい褒められるのだ!」
まるでこちらを意識していないように、何かの目印を見つけたかのように一人で話を盛り上げる天使様でした。
「天使様は、どのような事情で天界から舞い降りられたのですか」
全身の勇気を振り絞って、天使様に問いかけました。
王子様がなぜ聖剣を抜けなかったのか――天使様なら、何かご存じのはずです。
「……なぜ僕が、下賤な人間どもに許可をもらってからここに来なきゃいけないの?」
「い、いえっ! 決してそのようなことを申し上げたわけではありません。ただ……」
まるで家畜を見るかのように、天使様の視線は冷たく、鋭く。
だが、その視線は私自身を見ていませんでした。
「ひとつだけ、お聞きしたいことがあるのです。よろしければ、この愚鈍な私に教えていただけませんか」
「嫌だね。人間が僕から何かをもらおうなんて、傲慢にもほどがある。今ここで僕と会話を交わしていることすら、一生の誇りとして胸に刻むべきだよ。それ以上を望むなんて」
「……お願い致します。私たちは、魔王に勝ちたいのです。だから、この命を差し出してもかまいません。どうか、ひとつだけ質問を……」
天使様は、まったく耳を貸さぬようでしたが、「魔王」という言葉に、初めてこちらをまっすぐ見つめました。
「……いいだろう。人間の命なんて一文の価値も生み出さない。けど、ひとつの質問くらいなら答えてやってもいい」
ありがとうございます、神様。
どうやら、私の本気が天使様に伝わったようです。
「なぜ、王子様は聖剣に選ばれなかったのでしょうか」
「聖剣? そんなもの、人間が持てるわけないだろ。……え、まさか、あのガラクタのこと?」
天使様は困惑したように、聖剣が刺さっている場所をじっと観察しました。
「ガブリエルのおもちゃだね。あいつ、こんなものを人間に与えたのか。相変わらず悪趣味」
「人間よ、これはただの武器じゃない。ひとつの"概念"だ。手にする者に『人間を守る』という意思がある者だけが、それに触れ、契約できる。だから、そう思っている者なら、生まれて数年の子供でも、間もなくあの世に行く老人でも、誰でも抜けるのだよ」
「……でも、王子様は」
「そいつは、人間のことなんて何も考えていないだろ? 天界の契約は潔癖症なんだ。私欲を何よりも嫌う。私欲まみれな人間と契約なんか、するわけがない。むしろ、君のほうが適性があるよ」
そ、そんなはずがありません。
王子様は勇者の血統を受け継ぐお方。
そんな人が、人間を何とも思っていないはずが……。
「じゃあ、報酬をもらうか」
「え?」
「これを抜きなよ。世界を救いたいのは口先だけかい?」
「い、いえっ、私なんか恐れ多いです……」
「誰も君の意見なんか聞いてないよ。君が抜けないのなら、僕はこれを回収するだけ。そもそもこれは天界のものだから」
「やめてくださいっ」
決断は迫られている。
王子様が抜けなかった聖剣、私が抜けるはずがない。
――しかし。
「マオウさん、なぜシンデレラは、低い身分でも一夜の輝きのために魔法使いの魔法を受けるのですか?」
「彼女は知っている。下にいる者が上に上がるには、いつでも"諦める努力"と、"決してチャンスを逃さない勇気"が必要だからだ」
マオウさん、私は平凡で、何も持っていないメイドの娘です。
けれど、私にも、守りたいものがあります。
優しく接してくれたメイド学校のみなさん。
町でお世話になった八百屋のおじさん、おばさんたち。
時々通う、あの図書館。
そのすべてを、魔王の脅威から守りたいのです。
だから……お願いします。
私に、"変わる勇気"を。
――魔王様の知らぬところで、一人の少女は勇者になる勇気を得た。
さあ、剣を抜け。我らが魔王のために。
第一王子マサキの怒鳴り声は遠くまで響いた。
だが、それよりも怒り心頭な毛玉がひとつ、ここにいた。
「……あの無能!!! 聖剣を抜くなんて、スライムにだってできる簡単なお仕事だろうが! なぜできないのだ! 私が何日もかけて練った計画が水の泡ではないかっ!」
「無能だからこそ、むしろ当然の結果ではありませんか? 人間であそこまで滑稽になれるとは、地獄でもなかなかお目にかかれない光景でございました。ベルとアスちゃんがそれを見られなかったのは残念でしたわ」
「……いや、今は悔やんでいる場合ではない。我々にはまだ時間の余裕がある。前回の盲点は、あの無能を買いかぶったことと、別のプランを用意していなかったこと。今度こそ主導権を握ってやる。町に出るぞ。ルーはまだ世界一周の旅をしているか? モリア、その服はいつまで着ているつもりだ? 早く着替えて来なさい」
平静を装っているが、実はかなり予定を狂わされて心中穏やかでない魔王であった。
*
今日の私は、聖剣の神殿の掃除を任されました。
本来、新人の私のような者に任される仕事ではありませんが、今の神殿は王子の聖剣儀式の失敗で重たい空気に包まれています。
そんな場所、誰も行きたがらず、白羽の矢が私に当たったのです。
本来掃除すべき正規のメイドたちは、姫様を迎える部屋の準備を理由に仕事を拒否。
拒否権を持たない私たち見習いに押し付けられました。
こわいです。
朝、王子様が怒鳴っていたあの神殿は、今もその怒りを宿しているようで。
でも、誰もいるはずのない神殿に、金色の髪の少年がいました。
見た目は私よりも幼く見えますが、隠しきれない気品をまとっています。
そして、背中には、人にはあるはずのない――金色に輝く翼。
物語にしか出てこない、天使しか持っていない神々しい翼でした。
「おお! 人間? 発見。ここが人間の町か、随分辺鄙なところに住んでるね。何時間飛んで来たと思ってるの。あの悪魔、やっぱり僕を騙したな……でも、賢い僕はそれを見破り、正確な場所に来れたのだ。マスターにはいっぱい褒められるのだ!」
まるでこちらを意識していないように、何かの目印を見つけたかのように一人で話を盛り上げる天使様でした。
「天使様は、どのような事情で天界から舞い降りられたのですか」
全身の勇気を振り絞って、天使様に問いかけました。
王子様がなぜ聖剣を抜けなかったのか――天使様なら、何かご存じのはずです。
「……なぜ僕が、下賤な人間どもに許可をもらってからここに来なきゃいけないの?」
「い、いえっ! 決してそのようなことを申し上げたわけではありません。ただ……」
まるで家畜を見るかのように、天使様の視線は冷たく、鋭く。
だが、その視線は私自身を見ていませんでした。
「ひとつだけ、お聞きしたいことがあるのです。よろしければ、この愚鈍な私に教えていただけませんか」
「嫌だね。人間が僕から何かをもらおうなんて、傲慢にもほどがある。今ここで僕と会話を交わしていることすら、一生の誇りとして胸に刻むべきだよ。それ以上を望むなんて」
「……お願い致します。私たちは、魔王に勝ちたいのです。だから、この命を差し出してもかまいません。どうか、ひとつだけ質問を……」
天使様は、まったく耳を貸さぬようでしたが、「魔王」という言葉に、初めてこちらをまっすぐ見つめました。
「……いいだろう。人間の命なんて一文の価値も生み出さない。けど、ひとつの質問くらいなら答えてやってもいい」
ありがとうございます、神様。
どうやら、私の本気が天使様に伝わったようです。
「なぜ、王子様は聖剣に選ばれなかったのでしょうか」
「聖剣? そんなもの、人間が持てるわけないだろ。……え、まさか、あのガラクタのこと?」
天使様は困惑したように、聖剣が刺さっている場所をじっと観察しました。
「ガブリエルのおもちゃだね。あいつ、こんなものを人間に与えたのか。相変わらず悪趣味」
「人間よ、これはただの武器じゃない。ひとつの"概念"だ。手にする者に『人間を守る』という意思がある者だけが、それに触れ、契約できる。だから、そう思っている者なら、生まれて数年の子供でも、間もなくあの世に行く老人でも、誰でも抜けるのだよ」
「……でも、王子様は」
「そいつは、人間のことなんて何も考えていないだろ? 天界の契約は潔癖症なんだ。私欲を何よりも嫌う。私欲まみれな人間と契約なんか、するわけがない。むしろ、君のほうが適性があるよ」
そ、そんなはずがありません。
王子様は勇者の血統を受け継ぐお方。
そんな人が、人間を何とも思っていないはずが……。
「じゃあ、報酬をもらうか」
「え?」
「これを抜きなよ。世界を救いたいのは口先だけかい?」
「い、いえっ、私なんか恐れ多いです……」
「誰も君の意見なんか聞いてないよ。君が抜けないのなら、僕はこれを回収するだけ。そもそもこれは天界のものだから」
「やめてくださいっ」
決断は迫られている。
王子様が抜けなかった聖剣、私が抜けるはずがない。
――しかし。
「マオウさん、なぜシンデレラは、低い身分でも一夜の輝きのために魔法使いの魔法を受けるのですか?」
「彼女は知っている。下にいる者が上に上がるには、いつでも"諦める努力"と、"決してチャンスを逃さない勇気"が必要だからだ」
マオウさん、私は平凡で、何も持っていないメイドの娘です。
けれど、私にも、守りたいものがあります。
優しく接してくれたメイド学校のみなさん。
町でお世話になった八百屋のおじさん、おばさんたち。
時々通う、あの図書館。
そのすべてを、魔王の脅威から守りたいのです。
だから……お願いします。
私に、"変わる勇気"を。
――魔王様の知らぬところで、一人の少女は勇者になる勇気を得た。
さあ、剣を抜け。我らが魔王のために。
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