85 / 169
第四章:勝者も敗者も、恋を知る――月下の武闘会は乙女を育てる
第77話:ブラックセリナと純白の月夜
しおりを挟む
準決勝が終わり、ついに決勝戦の組み合わせが決まった。
銀の閃光・ユウキ。そして――当代の勇者・セリナ。
王小梅の敗北により、今年のチャンピオンが王国側から出ることは確定した。
だが、あの死闘を目にした今となっては――
王国とか帝国とか、そんなものを気にしている者はもういない。
観客たちの関心は、ただひとつ。
「明日の決勝、どちらが勝つんだ?」
それだけだった。
________________________________________
――一方その頃。
「戻ったァーッ!! 俺のチンコ、帰ってきたァーッ!! ……相棒、会いたかったぞ! もう離さねぇからなッ!!」
「マサキ兄……下品。そんなものが自分の股間に生えてたと思うと……なんか、汚された気がする」
マサキが雄叫びを上げていた。
そう――王小梅が約束通り、レンとの再戦の報酬として、彼を“マサコ”から“マサキ”に戻してくれたのだ。
だがその横で、ふわふわの毛玉のままのマオウが、困ったように眉たぶんを寄せていた。
「ごめんある……この子は“ダーリンの気”で毛玉になったから、小梅にはどうにもできないあるよ」
「戻せぇぇええええッ!!」
レンは涙目で叫んだが、いくら“気”を流しても、マオウは元の姿に戻らない。
……いや、正確には――「戻っていない」のではなく、「戻っていないフリをしている」だけだった。
なぜかって?
この姿のほうが、楽だから。人間のあなたも人間の姿が一番落ち着くだろう?この祭りが終わる前に、まだこの姿でいたい、これは魔王の少しのわがままだ。
――そして、今夜はこの“毛玉の姿”で、果たすべき役目があった。
________________________________________
その夜。
セリナはいつものように、みんなのためにご飯を作り、洗い物を片付け、部屋を整えてから――静かに自分の部屋へ戻った。
明日の決勝戦に備えて、休むつもりだった。
しかし、そこには先客がいた。
ふわふわした、小さな毛玉。
「……マオウさん? ……いえ、マオウさんならきっとレン君のそばにいるはずです。
今の私の所へ来ませんよね…
あなたは……あの時、セルペンティナで出会った……」――」
セリナは、はっとして思い出す。
かつてセルペンティナで出会った、“ちょっと特別な毛玉”。
その姿を見た途端、懐かしさと安心感がふわりと胸に広がり、彼女の表情が少しだけ和らいだ。
静かに膝の上へ毛玉を抱き寄せ、優しく撫でる。
「……私、ひどいことをしましたよね」
ぽつりと落とされたその言葉は、どこまでも静かだった。
「マサコさんを……殺しかけました。
大切な人たちを、傷つけてしまいました……
私、勇者なのに……勇者なのに……っ」
毛玉の上に、ぽたりと温かな雫が落ちる。
彼女は泣いていた。
太極は陰と陽。
陽の中にも陰があり、陰の中にも陽がある。
かつてのセリナに“黒い感情”があったように――
今の“ブラックセリナ”にも、確かに優しさは残っていた。
それが、人間というものだ。
「私は……マオウさんのそばに、ずっといたかっただけなのに」
少女の声が震える。
抱きしめる腕に、少しずつ力がこもる。
困惑しただろう。戸惑っただろう。後悔もしただろう。
初めて知る感情ばかりで、純粋すぎた彼女には――まだうまく、処理しきれない。
毛玉は、黙って彼女の涙を拭った。
そして、部屋の片隅――彼女が日記をつけている机へ、ぺたぺたと歩いていく。
短い足で、ぐらりとバランスを取りながら筆を持ち上げ、ひとことだけ書き記す。
『人生の最短道は、まわり道。急がなくていい』
セリナは、その文字をじっと見つめ――やがて、微笑んだ。
「……やっぱり、あなたはマオウさんですね」
もう一度、そっと毛玉を抱きしめる。
まるで、大切なものを壊さないように。
「いつも難しいことばっかり言って、私を困らせて……」
文句のようでいて、その声にはやさしさと愛情が滲んでいた。
「……でも、セリナは――
そんなマオウさんのことを、愛しています」
そして――月明かりの中で。
少女は、毛玉の唇に、小さなキスを落とした。
毛玉の王子は、キスでは人間に戻ることはない。
けれど、たしかに。
ほんの少しだけ、“人間らしく”なった気がした。
銀の閃光・ユウキ。そして――当代の勇者・セリナ。
王小梅の敗北により、今年のチャンピオンが王国側から出ることは確定した。
だが、あの死闘を目にした今となっては――
王国とか帝国とか、そんなものを気にしている者はもういない。
観客たちの関心は、ただひとつ。
「明日の決勝、どちらが勝つんだ?」
それだけだった。
________________________________________
――一方その頃。
「戻ったァーッ!! 俺のチンコ、帰ってきたァーッ!! ……相棒、会いたかったぞ! もう離さねぇからなッ!!」
「マサキ兄……下品。そんなものが自分の股間に生えてたと思うと……なんか、汚された気がする」
マサキが雄叫びを上げていた。
そう――王小梅が約束通り、レンとの再戦の報酬として、彼を“マサコ”から“マサキ”に戻してくれたのだ。
だがその横で、ふわふわの毛玉のままのマオウが、困ったように眉たぶんを寄せていた。
「ごめんある……この子は“ダーリンの気”で毛玉になったから、小梅にはどうにもできないあるよ」
「戻せぇぇええええッ!!」
レンは涙目で叫んだが、いくら“気”を流しても、マオウは元の姿に戻らない。
……いや、正確には――「戻っていない」のではなく、「戻っていないフリをしている」だけだった。
なぜかって?
この姿のほうが、楽だから。人間のあなたも人間の姿が一番落ち着くだろう?この祭りが終わる前に、まだこの姿でいたい、これは魔王の少しのわがままだ。
――そして、今夜はこの“毛玉の姿”で、果たすべき役目があった。
________________________________________
その夜。
セリナはいつものように、みんなのためにご飯を作り、洗い物を片付け、部屋を整えてから――静かに自分の部屋へ戻った。
明日の決勝戦に備えて、休むつもりだった。
しかし、そこには先客がいた。
ふわふわした、小さな毛玉。
「……マオウさん? ……いえ、マオウさんならきっとレン君のそばにいるはずです。
今の私の所へ来ませんよね…
あなたは……あの時、セルペンティナで出会った……」――」
セリナは、はっとして思い出す。
かつてセルペンティナで出会った、“ちょっと特別な毛玉”。
その姿を見た途端、懐かしさと安心感がふわりと胸に広がり、彼女の表情が少しだけ和らいだ。
静かに膝の上へ毛玉を抱き寄せ、優しく撫でる。
「……私、ひどいことをしましたよね」
ぽつりと落とされたその言葉は、どこまでも静かだった。
「マサコさんを……殺しかけました。
大切な人たちを、傷つけてしまいました……
私、勇者なのに……勇者なのに……っ」
毛玉の上に、ぽたりと温かな雫が落ちる。
彼女は泣いていた。
太極は陰と陽。
陽の中にも陰があり、陰の中にも陽がある。
かつてのセリナに“黒い感情”があったように――
今の“ブラックセリナ”にも、確かに優しさは残っていた。
それが、人間というものだ。
「私は……マオウさんのそばに、ずっといたかっただけなのに」
少女の声が震える。
抱きしめる腕に、少しずつ力がこもる。
困惑しただろう。戸惑っただろう。後悔もしただろう。
初めて知る感情ばかりで、純粋すぎた彼女には――まだうまく、処理しきれない。
毛玉は、黙って彼女の涙を拭った。
そして、部屋の片隅――彼女が日記をつけている机へ、ぺたぺたと歩いていく。
短い足で、ぐらりとバランスを取りながら筆を持ち上げ、ひとことだけ書き記す。
『人生の最短道は、まわり道。急がなくていい』
セリナは、その文字をじっと見つめ――やがて、微笑んだ。
「……やっぱり、あなたはマオウさんですね」
もう一度、そっと毛玉を抱きしめる。
まるで、大切なものを壊さないように。
「いつも難しいことばっかり言って、私を困らせて……」
文句のようでいて、その声にはやさしさと愛情が滲んでいた。
「……でも、セリナは――
そんなマオウさんのことを、愛しています」
そして――月明かりの中で。
少女は、毛玉の唇に、小さなキスを落とした。
毛玉の王子は、キスでは人間に戻ることはない。
けれど、たしかに。
ほんの少しだけ、“人間らしく”なった気がした。
0
あなたにおすすめの小説
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
氷弾の魔術師
カタナヅキ
ファンタジー
――上級魔法なんか必要ない、下級魔法一つだけで魔導士を目指す少年の物語――
平民でありながら魔法が扱う才能がある事が判明した少年「コオリ」は魔法学園に入学する事が決まった。彼の国では魔法の適性がある人間は魔法学園に入学する決まりがあり、急遽コオリは魔法学園が存在する王都へ向かう事になった。しかし、王都に辿り着く前に彼は自分と同世代の魔術師と比べて圧倒的に魔力量が少ない事が発覚した。
しかし、魔力が少ないからこそ利点がある事を知ったコオリは決意した。他の者は一日でも早く上級魔法の習得に励む中、コオリは自分が扱える下級魔法だけを極め、一流の魔術師の証である「魔導士」の称号を得る事を誓う。そして他の魔術師は少年が強くなる事で気づかされていく。魔力が少ないというのは欠点とは限らず、むしろ優れた才能になり得る事を――
※旧作「下級魔導士と呼ばれた少年」のリメイクとなりますが、設定と物語の内容が大きく変わります。
転移特典としてゲットしたチートな箱庭で現代技術アリのスローライフをしていたら訳アリの女性たちが迷い込んできました。
山椒
ファンタジー
そのコンビニにいた人たち全員が異世界転移された。
異世界転移する前に神に世界を救うために呼んだと言われ特典のようなものを決めるように言われた。
その中の一人であるフリーターの優斗は異世界に行くのは納得しても世界を救う気などなくまったりと過ごすつもりだった。
攻撃、防御、速度、魔法、特殊の五項目に割り振るためのポイントは一億ポイントあったが、特殊に八割割り振り、魔法に二割割り振ったことでチートな箱庭をゲットする。
そのチートな箱庭は優斗が思った通りにできるチートな箱庭だった。
前の世界でやっている番組が見れるテレビが出せたり、両親に電話できるスマホを出せたりなど異世界にいることを嘲笑っているようであった。
そんなチートな箱庭でまったりと過ごしていれば迷い込んでくる女性たちがいた。
偽物の聖女が現れたせいで追放された本物の聖女やら国を乗っ取られて追放されたサキュバスの王女など。
チートな箱庭で作った現代技術たちを前に、女性たちは現代技術にどっぷりとはまっていく。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる