まおうさまの勇者育成計画

okamiyu

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第六章:奪われた王冠に、炎の誓いを――動乱の王都で少女は革命を選ぶ

第110話『Der Erlkönig』──魔王は歌う

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──深更の王宮。玉座の間は死の如く静まり返っていた。
二階中央にそびえる王座。その部屋の「新たな主」となってから、まだ七日も経っていないというのに──早くも、その座は軋み始めている。
クセリオス・ヴェスカリア。
クーデターの剣で王冠を刈り取った男。
だが今、この広間には彼ひとり。
「セバスはいるか」
虚しく声が反響するのみ。最後の忠臣と信じていた男の姿は、どこにもなかった。
(逃げたか……あの利己的な狐めが)
「乱世を泳ぎきる目利き」として、長く我が側に仕えていたというのに。
「ふん……この私に、『勢いが失せた』とでも言うつもりか!」
拳を玉座の肘掛けに叩きつけ、今度は別の名を呼ぶ。
「パイモン! 出でよ!」
返答の代わりに、ふと──
ピアノの音が暗がりから響き渡った。
悪魔は語る:
『Wer thront so spät bei Nacht und Graus?』
(かくも深き夜に、誰が玉座に巣くう?)
『Es ist der Herzog Xerses Vescaria.』
(クセリオス・ヴェスカリア公なり)
『Er hält die Macht in seinem Arm,』
(その腕に権力を縛り付け)
『Er drückt sie fest, er hält sie warm...』
(貪るように抱き締めながら)
──まるで、嘲笑する運命の調べのように。
クセリオスはこの曲を知らなかった。
だが、その旋律が魂の奥底を抉る。
ピアノの音色が血管を伝い、脳髄に染み渡る。
(これは……)
本能が咆哮した。
──『魔王』が来る。
この曲の名こそ、まさしく……
『魔王(Der Erlkönig)』。
玉座の間の気温が急激に低下する。
壁に掛かったタペストリーが無風に靡き、燭台の炎が青く変色していく。
「……来るな」
クセリオスの喉から、思わず零れた言葉。
彼の王権など、
童を攫う――力ではなく恐怖によって従わせる、神話の魔王の前では、
ただの戯れ言に過ぎないのだから──
王座の間の扉が、ゆっくりと開いた。
軋む音。それはまるで、
古びた棺の蓋が滑るような、不吉な響きだった。
扉の向こうから差し込むのは──
クセリオスそのものを飲み込むほど巨大な「影」。
(……ッ!)
思わず息を殺す。
自分自身の鼓動さえもが、この存在への冒涜に思えて。
(次の瞬間、この曲の終わりと共に、命も消える……)
やがて、扉が静かに閉じる。
影は徐々に縮まり、本来の姿を現した。
「また会ったな、クセリオス・ヴェスカリア」
冷たい声が、玉座の間に響き渡る。
「“私が納得する対価”は、用意できたか?」
一瞬、空気が震えた。
「私は──退屈が嫌いだ」
最後の言葉が、
人間の魂の重さを計る刃のように、
クセリオスの喉元に突き立てられる。
「失望させるなよ、“人間”」

──「魔王……」
クセリオスの視界に映ったのは、小さな毛玉のような姿だった。
(……あの時と同じ威圧感)
たとえ幼児のような大きさでも、
この存在が一瞬で自分を殺せることは、
骨の髄まで理解していた。
人畜無害な見た目こそが、最大の不気味さ。
──まるで、
可愛らしい皮囊の内側に、
“言葉にできない何か”が蠢いているようで。
「よく一目でわかったね」
毛玉が口を開く。声は前と同じく、
冷酷で、慈悲の欠片もない。
「それで?」
「なぜ人間の味方をする! お前は魔王のはずだ!」
クセリオスは怒りを燃料に、声を振り絞る。
「それは違うな」
魔王の声が、氷の刃のように静かに響く。
「君だって、私に協力を求めたじゃないか」
(ぐっ……!)
「それとも──
いつから“人間”をやめたつもりだった?」
皮肉を重ねるその口調は、
実験台を見下す学者のようだった。
「それに、今回、私は何もしていない」
「嘘だ! 北門周囲の惨劇はお前の仕業だろう!
人間にあの程度の力はない!」
「人間がやったんじゃない、とは正解」
魔王の毛玉がふわりと浮かぶ。
「だが、私じゃない。私ならもっとスマートにやる」
そして──
悪意のない笑みを浮かべて、
付け加えた。
「君が気づかない程度に、ね」
魔王の言葉が、クセリオスの神経を逆なでした。
(なぜ...なぜだ)
彼は歯を食いしばり、玉座の肘掛けを握り締める。
これまでの完璧な計画に、ほころびが生じ始めてからというもの
全てが思うようにいかなくなっていた。
「王になった途端、すべてが変わってしまった」
クセリオスが呟く声には、初めて弱音が混じっていた。
「私は勝利を手中に収めたはずだ...いったい何が間違っていた?」
魔王の毛玉は涼しい目で彼を見下ろす。
「そんなことを魔王に聞いてどうする?
たとえわかったところで、次に活かせるわけでもあるまい」
クセリオスの目が鋭く光った。
「ならば取引だ。帝国女帝ツバキの情報と交換しよう」
彼は机の上の資料をさっと掴むと、
「彼女は今回、親の死を理由に戦争を仕掛けてくる。
私の勝敗に関係なく、この国を飲み込むつもりだ」
資料を投げつけるように差し出す。
「ここに帝国三将軍と女帝の全情報がある。
取引に応じてくれないか?」
資料は魔王の前に漂うと、
触れることもなく異空間に吸い込まれていった。
(罠の防止か...)
「『力を貸して』というような取引かと思ったが...
まあ、それでも構わん」
魔王の声には、どこか楽しげな響きがあった。
「だが、この程度の代償では無理というものだ。
今の私が与えられるものは...ほんのわずかしかない」
クセリオスは唇を噛んだ。
「いいだろう...交渉に応じてやる」
彼の目には、かつてないほどの必死さが浮かんでいた。
王座の間は、二人の静かな駆け引きで、
一層冷たい空気に包まれていった。
魔王は黒檀のチェス盤を出現させた。盤面が玉座の間に鈍い音を立てて設置されると、漆黒の指先が駒を並べ始める。ひとつひとつの動作に、千年の時を感じさせる正確さがあった。
「君はチェスを嗜むか?」
クセリオスは眉をひそめながら頷く。
「...戦略の基本として学んだ」
「では」魔王の指がポーンの駒を摘み上げる。
「この駒についてどう思う?」
クセリオスは冷笑した。
「ナイトのように機動的でも、ルークのように強力でも、ビショップのように狡猾でもない。ましてや女王のような万能性など──」
駒を指で弾く。
「最弱の駒だ。敵陣最深部に達しない限り、捨て駒以上の価値はない」
「ふふ...」魔王の笑声が静かに響く。
「現実の盤面はそう単純ではない」
突然、チェス盤が歪んだ。無数の半透明な駒が盤面を埋め尽くし、ポーンはその波に飲まれていった。
「見よ。ポーンの何千倍ものシビリアン(非戦闘民)がこの盤上にいる」
魔王の目が不気味に輝く。
「個々は弱くとも...無視すれば痛い目に遭う」
そして──
ガシャン!
魔王は盤面をひっくり返した。駒たちが玉座の間に散乱する。
「現実はいつだってこうだ」
転がるポーンの駒を踏みつけながら、
魔王は囁くように付け加えた。
「王でさえ、盤をひっくり返せばただの木切れ同然」
クセリオスの喉が乾いた。散乱した駒の影が、王宮の民衆のようだった。
魔王の声が、玉座の間に冷たく響いた。
「君はシビリアンの力を、甘く見過ぎた」
「それが敗因だ」
その瞬間、
ピアノの旋律が不自然に途切れ、
虚空からモリアの語りが降り注ぐ。
『Der Herzog ringt verzweifelt, keuchend...』
(公爵は喘ぎ、必死に抗い──)
『...erreicht den Thron mit letzter Kraft.』
(最後の力で玉座に辿り着いた)
『Doch was ihm bleibt als End' und Lohn...』
(しかし彼に残された結末は)
『...ist nichts als Tragödie und Hohn.』
(嘲笑に満ちた悲劇のみ)
クセリオスの視界がゆがむ。
玉座の間の色彩が褪せ、
豪華な装飾が塵へと崩れ落ちていく。
『Doch was er fasst mit blut'ger Hand...』
(血塗れた手で掴んだものは)
『...ist nur ein leerer Traum von Sand.』
(砂の夢に過ぎなかった)
最後の言葉と共に、ピアノの音が完全に消えた。
クセリオスの眼前で、
魔王の小さな毛玉がふわりと浮かび上がる。
その瞳には、千年の時を超えた憐憫が浮かんでいた。
「さあ、お前の『砂の夢』の続きは──」
「もう、誰も見届けてはくれない」
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