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失われた愛を取り戻したのは、夫ではなく私の方だった──。
1話完結
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ある日を境に、愛する夫の様子がおかしくなった。
私が話しかけても、上の空で……私の顔を見ては、何度も溜息をついた。
そんな日が続くと……私は、どうにもその理由を知りたくなった。
だから、いけないとは思いつつ……夜に出かけて行く夫の跡を、こっそりとつけたのだ─。
するとそこには……暗くて顔は良く見えないが、一人の女を抱き締める夫が居た。
「あの夜、あれっきりという訳にはいかない……君を、もう離したくないんだ!俺達、せっかく再び巡り合ったというのに──」
夜は、古い友人と会う予定だと言っていたのに……話の内容からするに、全く違うじゃない!
どう見ても、あなたの元恋人……昔、関係のあった女ではないの。
そして夫は、私に隠れその女と、再び関係を持とうとしている──!
日付も変わる頃……彼は、漸く家に帰って来た。
私は、ベッドで眠る振りをし……何も知らない彼はそこに潜り込むと、すぐに寝てしまった。
彼の身体からは、嗅ぎ慣れない匂いがした。
酷く甘い、鼻に絡みつくような不快な匂い……これはきっと、あの女の香水ね─。
でも……この香り、昔どこかで──。
※※
俺には、心から愛したある女が居た。
彼女とは婚約し、いずれ結婚を……という話になっていたが、ある事情で叶わなかった。
母と姉から、大反対にあったのだ。
そんな二人から逃れる為、俺と彼女は駆け落ちをしようとした。
だが……いつまで待っても、彼女は待ち合わせ場所には来なかった。
そして、俺たちはそのまま──。
再会した際、彼女は母達の妨害のせいで、あの場に行けなかったと言って詫びた。
聞けば、彼女は当時、母達に陰湿な嫌がらせを受け……俺との仲を裂かれようとしていたそうだ。
俺の愛する彼女を虐め、追放するなど……母達は、とんでもない事をしてくれた。
だが……その母は病死し、もうこの世に居ない。
そして姉も、他の地へ嫁ぎ……あの時のような邪魔は出来まい。
妻は……あんな女は、どうとでもなる。
何せ、俺に従順な女だ。
俺が別れろと言ったら大人しく従い、すぐに別れてくれるさ。
元々……俺は、あの女が好きで結婚した訳じゃなかった。
傷心の俺の近くにたまたま居た、都合のいい女……ただ、それだけの事だった。
あいつを愛するより……失った彼女との愛を取り戻す方が、今の俺には遥かに大事だ──。
※※
「…そういう訳で、お前とは離縁する。俺はこれからも、お前を愛する事などない。俺は……早く彼女をこの家に迎え、失われた時間を取り戻すかのように愛し合いたいんだ!それには、お前が邪魔なんだ!」
「考え直して下さい!実は、あの女は──」
「おい、お前も俺の母達と同じように、俺と彼女の愛を邪魔する気か!?そんな事をしてみろ……タダじゃ済まないぞ!いいか?俺に養って貰ってるだけのお前など、如何様にも出来るんだ。俺に愛されなくて寂しいというなら……いっそ、他の男に相手をして貰え。何なら、娼婦にでもなったらどうだ?俺が、良い娼館を教えてやろうじゃないか」
こんな、悪魔のような事を平気で言えるなんて……!
あなたは、いつからこんなふうに──。
否……私が気づいていなかっただけで、夫は最初からこういう人間だったのかも知れない。
あの女と再会した事で、それが前面に出て来ただけで──。
失った愛を取り戻そうとする夫に、もはや私の愛は届かない。
ならば……私は、もうこの愛は捨てます──。
こうして、私は離縁を受け入れた。
私が家を出た後、元夫はすぐに彼女を家に招き入れ、再婚に向け動き出した。
自分の邪魔をする者は誰も居ない、ついに望みが叶う。
彼は、正に幸せの絶頂に居たのだ。
ところが…彼女はある日突然、姿を消してしまった。
彼に、多額の借金を押し付けてだ。
それだけではない。
その後元夫は、犯罪者を匿った男として捕らえられ、牢に入れられてしまったのだ──。
「……何故、こんな事に──!俺の、何が間違ってたんだ!?」
「何もかもです。そもそも……あなたは、彼女に愛されてなどなかったのです。彼女はあなたの愛ではなく、あなたの家の財産が欲しかっただけ──。そういう卑しい女だといち早く気付いたあなたのお母様達は、ありとあらゆる手を使い、あなたから彼女を遠ざけようとしたのです。」
「え……?」
「あの女は、とんでもない性悪です。あの女は、私の知り合いの男性に詐欺を働きました。恋人として付き合う中嘘を付き、その人からお金をむしり取っていた。あの鼻に付く香水の匂い……それで漸く思い出しました、あの時、その人と一緒に居た女だと──。そして彼女は、あなたと付き合いながら何人もの男にそういう事をしていたのです。それをあなたのお母様達に知られ……彼女は自ら、この地から逃げたのです」
「何だって!?」
「そして彼女は、逃げた先でも同じような事を繰り返し……そこでも罪が知れ渡ると、ほとぼりが冷めたであろうこの地へ舞い戻って来た。そして……あなたと再会したという訳です。でも、自分に追っ手が迫ると……あなたに借金を押し付け、雲隠れしてしまった。でも、最近になり彼女も捕らえられ、牢に入れられたそうですよ」
「俺は、心から彼女を愛していたのに……失われた愛を、取り戻そうとしただけなのに……ただそれだけなのに、こんな目に遭うなど酷いじゃないか!」
「本当に彼女を愛しているのなら……共に牢に入るという、同じ運命を辿れ幸せでしょう?」
「……頼む!元妻のよしみで、俺ここから救い出してくれ!お前の実家は金があるんだから、保釈金を──」
「お断りです。私とあなたはとっくに離縁し、縁は切れていますから。それに……私にはもう好きな人が居るから、これ以上あなたに関わりたくないのです」
実家に帰った私を待って居たのは、自分の家の事業を継ぎ、立派になった幼馴染だった。
彼は……私があの男と結婚した際、どこか悲しい顔をしていたが……それは、私に密かに恋心を抱いて居たからだと告げた。
自分は、彼のような立派な家柄ではなく、まだ事業も色々と覚えて行かなければならない身で……今の自分では、私に苦労を掛けてしまうと諦めたそうだ。
そしてその悔しさをバネに、幼馴染は事業に励み……その結果、彼は今のような立派な立場や裕福な生活を手にする事が出来たのだった。
だが幼馴染は、そうなった今でも独り身を貫いて居て……そして離縁し帰って来た私と、再び巡り合ったのだった。
そうなって、幼馴染の私への恋心は再燃し……そして私にその気持ちを伝え、私達の距離は次第に近くなって行った。
「私は、彼の愛に応える事にしました。私はこの後、自分の気持ちを彼に伝えようと決めているのです。失われた愛を取り戻したのは……あなたではなく、私の方だったようですね」
「そ、そんな……」
元夫は、肩を震わせ、大粒の涙を流した。
「手紙に書かれた通り、こうして一度は面会には来ましたが……あなたに会うのは、今日が最後です。次はありません」
椅子から立ち上がった私に、元夫は私の名を叫んだが……私は振り返る事なく、外で待つ愛する人の元へと急いだ──。
私が話しかけても、上の空で……私の顔を見ては、何度も溜息をついた。
そんな日が続くと……私は、どうにもその理由を知りたくなった。
だから、いけないとは思いつつ……夜に出かけて行く夫の跡を、こっそりとつけたのだ─。
するとそこには……暗くて顔は良く見えないが、一人の女を抱き締める夫が居た。
「あの夜、あれっきりという訳にはいかない……君を、もう離したくないんだ!俺達、せっかく再び巡り合ったというのに──」
夜は、古い友人と会う予定だと言っていたのに……話の内容からするに、全く違うじゃない!
どう見ても、あなたの元恋人……昔、関係のあった女ではないの。
そして夫は、私に隠れその女と、再び関係を持とうとしている──!
日付も変わる頃……彼は、漸く家に帰って来た。
私は、ベッドで眠る振りをし……何も知らない彼はそこに潜り込むと、すぐに寝てしまった。
彼の身体からは、嗅ぎ慣れない匂いがした。
酷く甘い、鼻に絡みつくような不快な匂い……これはきっと、あの女の香水ね─。
でも……この香り、昔どこかで──。
※※
俺には、心から愛したある女が居た。
彼女とは婚約し、いずれ結婚を……という話になっていたが、ある事情で叶わなかった。
母と姉から、大反対にあったのだ。
そんな二人から逃れる為、俺と彼女は駆け落ちをしようとした。
だが……いつまで待っても、彼女は待ち合わせ場所には来なかった。
そして、俺たちはそのまま──。
再会した際、彼女は母達の妨害のせいで、あの場に行けなかったと言って詫びた。
聞けば、彼女は当時、母達に陰湿な嫌がらせを受け……俺との仲を裂かれようとしていたそうだ。
俺の愛する彼女を虐め、追放するなど……母達は、とんでもない事をしてくれた。
だが……その母は病死し、もうこの世に居ない。
そして姉も、他の地へ嫁ぎ……あの時のような邪魔は出来まい。
妻は……あんな女は、どうとでもなる。
何せ、俺に従順な女だ。
俺が別れろと言ったら大人しく従い、すぐに別れてくれるさ。
元々……俺は、あの女が好きで結婚した訳じゃなかった。
傷心の俺の近くにたまたま居た、都合のいい女……ただ、それだけの事だった。
あいつを愛するより……失った彼女との愛を取り戻す方が、今の俺には遥かに大事だ──。
※※
「…そういう訳で、お前とは離縁する。俺はこれからも、お前を愛する事などない。俺は……早く彼女をこの家に迎え、失われた時間を取り戻すかのように愛し合いたいんだ!それには、お前が邪魔なんだ!」
「考え直して下さい!実は、あの女は──」
「おい、お前も俺の母達と同じように、俺と彼女の愛を邪魔する気か!?そんな事をしてみろ……タダじゃ済まないぞ!いいか?俺に養って貰ってるだけのお前など、如何様にも出来るんだ。俺に愛されなくて寂しいというなら……いっそ、他の男に相手をして貰え。何なら、娼婦にでもなったらどうだ?俺が、良い娼館を教えてやろうじゃないか」
こんな、悪魔のような事を平気で言えるなんて……!
あなたは、いつからこんなふうに──。
否……私が気づいていなかっただけで、夫は最初からこういう人間だったのかも知れない。
あの女と再会した事で、それが前面に出て来ただけで──。
失った愛を取り戻そうとする夫に、もはや私の愛は届かない。
ならば……私は、もうこの愛は捨てます──。
こうして、私は離縁を受け入れた。
私が家を出た後、元夫はすぐに彼女を家に招き入れ、再婚に向け動き出した。
自分の邪魔をする者は誰も居ない、ついに望みが叶う。
彼は、正に幸せの絶頂に居たのだ。
ところが…彼女はある日突然、姿を消してしまった。
彼に、多額の借金を押し付けてだ。
それだけではない。
その後元夫は、犯罪者を匿った男として捕らえられ、牢に入れられてしまったのだ──。
「……何故、こんな事に──!俺の、何が間違ってたんだ!?」
「何もかもです。そもそも……あなたは、彼女に愛されてなどなかったのです。彼女はあなたの愛ではなく、あなたの家の財産が欲しかっただけ──。そういう卑しい女だといち早く気付いたあなたのお母様達は、ありとあらゆる手を使い、あなたから彼女を遠ざけようとしたのです。」
「え……?」
「あの女は、とんでもない性悪です。あの女は、私の知り合いの男性に詐欺を働きました。恋人として付き合う中嘘を付き、その人からお金をむしり取っていた。あの鼻に付く香水の匂い……それで漸く思い出しました、あの時、その人と一緒に居た女だと──。そして彼女は、あなたと付き合いながら何人もの男にそういう事をしていたのです。それをあなたのお母様達に知られ……彼女は自ら、この地から逃げたのです」
「何だって!?」
「そして彼女は、逃げた先でも同じような事を繰り返し……そこでも罪が知れ渡ると、ほとぼりが冷めたであろうこの地へ舞い戻って来た。そして……あなたと再会したという訳です。でも、自分に追っ手が迫ると……あなたに借金を押し付け、雲隠れしてしまった。でも、最近になり彼女も捕らえられ、牢に入れられたそうですよ」
「俺は、心から彼女を愛していたのに……失われた愛を、取り戻そうとしただけなのに……ただそれだけなのに、こんな目に遭うなど酷いじゃないか!」
「本当に彼女を愛しているのなら……共に牢に入るという、同じ運命を辿れ幸せでしょう?」
「……頼む!元妻のよしみで、俺ここから救い出してくれ!お前の実家は金があるんだから、保釈金を──」
「お断りです。私とあなたはとっくに離縁し、縁は切れていますから。それに……私にはもう好きな人が居るから、これ以上あなたに関わりたくないのです」
実家に帰った私を待って居たのは、自分の家の事業を継ぎ、立派になった幼馴染だった。
彼は……私があの男と結婚した際、どこか悲しい顔をしていたが……それは、私に密かに恋心を抱いて居たからだと告げた。
自分は、彼のような立派な家柄ではなく、まだ事業も色々と覚えて行かなければならない身で……今の自分では、私に苦労を掛けてしまうと諦めたそうだ。
そしてその悔しさをバネに、幼馴染は事業に励み……その結果、彼は今のような立派な立場や裕福な生活を手にする事が出来たのだった。
だが幼馴染は、そうなった今でも独り身を貫いて居て……そして離縁し帰って来た私と、再び巡り合ったのだった。
そうなって、幼馴染の私への恋心は再燃し……そして私にその気持ちを伝え、私達の距離は次第に近くなって行った。
「私は、彼の愛に応える事にしました。私はこの後、自分の気持ちを彼に伝えようと決めているのです。失われた愛を取り戻したのは……あなたではなく、私の方だったようですね」
「そ、そんな……」
元夫は、肩を震わせ、大粒の涙を流した。
「手紙に書かれた通り、こうして一度は面会には来ましたが……あなたに会うのは、今日が最後です。次はありません」
椅子から立ち上がった私に、元夫は私の名を叫んだが……私は振り返る事なく、外で待つ愛する人の元へと急いだ──。
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