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6巻
6-1
しおりを挟む1 新たな住人
「きょ、恭一郎……なの?」
ぽつりと、小さな声が草原に落ちる。その声の主は、思わず足元を見下ろした。夢じゃないかと、その足の裏側にあるしっかりとした大地を確認する。
「美希っ!」
最初に駆け寄ったのは佐藤恭一郎だった。唯一彼だけが、今の状況を理解している。
ホテルグランドシャロンのオーナーにして大貴族のシャロン・ロプスから賜った領地に赴き、葉汁――お茶用の葉を栽培している畑の様子を見ていた恭一郎と牛の亜人クゥ。
二人が小屋に帰ろうとしたその時、突然空が裂けた。
そこから降ってきたのは、恭一郎の見知った一台の車。
異世界にあるはずのない物体が現れたことに恭一郎は驚愕したが、その車から出てきた人物を見て、さらに目を見張ることになる。
日本にいた頃の元恋人、渡辺美希だったのである。
しばらく会っていないが、確信できた。どこか……そう、髪型が変わっている。しかし、見間違えるはずもなかった。
「美希っ! うわっ、ほんとに美希だっ!」
「えっ、うそ。きょ、恭一郎。恭一郎がいる……」
嬉しそうに美希の肩を揺らす恭一郎とは裏腹に、美希は唖然とした表情で恭一郎を見つめていた。それもそのはず。あまりの事態に、脳も身体も追いついていない。
「さ、触れる。うそ。……ゆ、幽霊じゃないわよね?」
「そんなわけないだろ、生きてるよ」
実際のところ恭一郎は一度死んでいるのだが、今はどうでもいい。恭一郎は美希の顔を見つめた。
毛先がカールした茶髪。白い肌は、自分がよく知る美希の努力の賜物だ。
その耳に自分が送ったエメラルドのピアスが光っているのを見つけて、恭一郎はじわりと目尻に涙を溜める。
「きょ、恭一郎っ。ほんとに、ほんとに恭一郎なのねっ!?」
「そうだよっ! 佐藤恭一郎だよっ! 何だよ、忘れたのか?」
美希の目も、じんわりと湿り気を帯びる。その様子に、恭一郎はにこりと微笑んだ。美希がぐっと足に力を入れたのを見て、恭一郎は両手を広げる。
二年ぶりの再会。美希は、恭一郎の腕の中に飛び込んだ。
「こ、の、馬鹿一郎うぅううううううッ!!」
「って、うぎゃああああああっ!!」
飛び込んだ胸。そこから美希は標的を、広げられた恭一郎の右腕に変更する。
地面に背を向けて恭一郎の肩にジャンプし、そのまま引き倒す。両手でがっしりと掴んだ右腕は、地面に背をつけてもなお放しはしない。
押さえつけられる恭一郎の身体。腕をホールドする美希の太もも。密着した尻。しっかりと締められた膝の向こうで、恭一郎の右親指が天を指さした。
腕十字。誰でも一度は聞いたことがある、ポピュラーな関節技だ。
「なぁにが『忘れたのか?』、よぉおおおおおおおっ!!」
「おれ、折れる折れるっ!! ぎぶっ、ぎばーっぷっ!!」
ぎちぎちと伸ばされる右腕。恭一郎は必死に地面をタップした。それを受けて美希が、ふっと右腕を解放する。
「って、ててて……。お、おま。マジで折れるところだったぞ」
「そんなことどうでもいいのよっ! な、なんで恭一郎がここにいるのよっ!」
立ち上がり、指をさして見下ろす美希。相変わらず短いホットパンツを視界に収めた後、恭一郎は顔を上げた。
「なんでって、そりゃあ。……な、なんでだろう?」
そういえば説明するのが難しいなと、恭一郎は頬を掻く。
久しぶりに見るその仕草に、美希は怒りを忘れてへたりと座り込んだ。
◆ ◆
「はぁ? 異世界ぃ?」
畑から少し歩いたところにあるクゥの小屋。その中で、美希は恭一郎の説明に眉を上げた。
今はクゥに席を外してもらって二人きり。隠す必要もないと、恭一郎は美希に自分たちの現状を説明したのだ。
「あ、あんた。……頭大丈夫?」
「気持ちは分かるけど、正常だよ。美希も見ただろ、さっきの子。ああいう人間じゃない人たちが、大勢いる。というか、そういう人たちしかいない世界なんだ」
こぽこぽと、恭一郎は茶こしにお湯を注いでいく。手製の緑茶。知り合いの河童の亜人レティに作ってもらった茶具のおかげで、見た目はほぼ完璧だ。
そのお茶を、恭一郎は美希の目の前にことりと置いた。この世界でのお茶の貴重さを知らない美希は、ごく自然にそれを口に運ぶ。
「そ、そんなこと急に言われても。……ボディペイントとかじゃなくて?」
「地肌だよ。角も本物」
クゥの牛柄の肌を思い出した美希が、信じられないと恭一郎に視線を送る。確かに、まだ人間に近いクゥの見た目ならば常識のほうが勝ってしまうだろう。
「まぁ、美希も街に行けば信じるよ。……それより、なんでここに来たんだ? まさか、美希まで自殺したんじゃないだろうな」
「はぁ? わたしがそんなことするわけないでしょ。……って、ちょっと待ちなさい。どういう意味よ、それ」
ぎろりと、美希の眼光が恭一郎を射抜いた。
しまったと恭一郎は思ったが、すでに遅い。美希は怒りの表情を隠しもせずに、恭一郎を睨みつけていた。
「そういえば、わたし、車で事故った気がするわ。……あんたまさか」
がたりと椅子から立ち上がった美希が、恭一郎に詰め寄る。恭一郎は、乾いた笑いを浮かべながら一歩後ろに退いた。
「あんたまさか、自殺してここに来たとかじゃないでしょうね?」
「え、えっと。……はは」
恭一郎の視線が泳いだのを見て、美希の血管がぷつりと切れる。その瞬間のボディブロー。思わず衝撃に頭を低くした恭一郎の首を、背後に回り込んだ美希が締め上げた。
「ふっざけんなぁああああああッッ!!」
「ぐっ、ぐふぅっ!!」
一瞬で止められた酸素の供給が、恭一郎の意識を奪っていく。遠くなる意識の中で、恭一郎は美希の腕を必死にタップした。
それを受けてか、腕の力が徐々に緩まる。
「……ばか、いちろぅ」
しかしその腕は、そのまま前に回されて抱擁となった。そして恭一郎の頭の上を、温かな水滴が叩いていく。
「ふっ、ふざけんなよぉ。わたしが、どれだけっ。し、心配したと思ってっ……」
次第に、その雨粒は大きくなる。どしゃぶりの雨を頭に受けて、そこで初めて恭一郎は己の間違いに気がついた。
「美希、お前……」
「わたしが、わたしがあんなメール送っちゃったからぁ。きょ、恭一郎がっ。し、死んじゃったってぇ。どっか行っちゃったってぇ。ふぐっ、うおおおおおおおっ」
天井に向かう、美希の泣き声。そういえば、豪快に泣く奴だったと、恭一郎は美希の顔を見上げた。
メールの文面ははっきりとは覚えていないが、『もぅ無理。二度と連絡してこないで』とか、そんな内容だったと思う。あの頃は就職活動がうまくいかずに余裕がなかった。
「ごめんな」
「ゆ、ゆるさなぃいいいい。うぐっ、うおおおおおおおッ。でも許すぅううううっ。生きてたから許すぅうううううッ」
落ちてくる美希の涙を顔で受け止めて、恭一郎は美希の頬に手を伸ばした。美希はそれを掴むと、めきょりと小指を捻り上げる。
「って、痛い痛いっ! どういうことだよそれっ!?」
「うおおおおおっ。痛がってるぅううう。生きてるよぉおおおお」
めきめきと小指は軋み続けるも、恭一郎はまぁいっかとタップを止めた。
「……痛ぇ」
それが尊いものだと、今の自分は知っているから。
「……ごめん」
「いいよ。俺も、勝手に死んじゃってごめん」
我ながらとんでもない台詞だなと呆れつつ、恭一郎はテーブルに突っ伏す美希を見つめた。目を赤く腫らした美希は、むくりと顔を上げて恭一郎を睨みつける。
「で、なんで死んだりなんかしたのよ」
ぎろりとした視線。そこを聞くのかと笑いながら、恭一郎は困り顔で頬を掻く。今となっては大変恥ずかしい記憶である。
「うーん。なんでだろな。就職上手くいかなくて、疲れちゃって……美希に振られて、なんか全部どうでもよくなっちまった」
言ってしまえば衝動的だ。きっと、一晩寝ればあんな馬鹿なことはしなかった。
しかし、あのときは――本当にあのときは、世界が終わったと、そう思ったのだ。
「や、やっぱりわたしのせいじゃん。ふぐっ……」
「わぁっ! 泣くな泣くなっ! 美希は悪くないからっ!」
恭一郎の言葉に、美希がぐっと涙を呑み込んだ。ほっとした恭一郎はゆっくりと壁に背を預ける。
「……ほんとに、美希は悪くないよ。俺が、何にも分かってなかっただけだ」
この世界に来て痛感した。自分は生きていたいのだと。そんなことすら分からないまま、恭一郎は人生の幕を自ら下ろした。
少し大人になった恭一郎の表情を覗き見て、ぐすりと美希は顔を上げる。
「て、てゆーか。わた、わたし……別に恭一郎振ってない」
「へっ?」
美希の真剣な表情に、恭一郎は小さく声を上げた。
そんなはずはない。もう連絡をしてくるなと、そう言われて自分は美希に振られたはずだ。だからこそ、恭一郎はあの柵に足をかけた。
「振ってないって……。美希、メールで言ってたじゃないか。もう連絡してくんなって」
「ああいうときは、連絡してこいって意味に決まってるじゃんかあああ! 本気にすんなよおおおおお! 何年付き合ってんだああああ! なんで死ぬんだよぉおおおお!」
美希の泣き声が再び小屋を揺らす。
言われてみれば、あれくらいのことは付き合っているときに何度も言われたなと、恭一郎は今さらながらに思い出した。いつだって当然にも理不尽にも怒られて、その都度仲直りをしてきたのだ。
「あー、すまん。ついに愛想尽かされたかと思った」
「うぐぅっ。た、確かにちょっと本気だったけどぉ。し、死ななくてもいいじゃんかよぉ」
美希の声に、恭一郎の肩ががくっと落ちる。本気だったのかよと、美希を半ば呆れて見つめた。
「だ、だってぇ。きょ、恭一郎怖かったんだもん。いっつも苛々してるしさぁ。誘っても、全然抱いてくれないし……き、嫌われたと、思って」
「……あー、ごめん」
確かに、美希にそれまで通りの態度が取れていたかを考えると、恭一郎自身、甚だ疑問だ。
結局、あのときを乗り越えるには二人はお互いに子供すぎた。恭一郎が崖から飛び降りたりしなくとも、二人の間で何かが変わってずれていっただろう。
それを何となく悟った二人は、恥ずかしそうに顔を見合わせた。
「……とりあえず、どうするよ? これから」
「う、うーん。わたしに分かるわけないでしょ」
困り顔の美希に、それもそうかと恭一郎は頬を掻く。どんな経緯だろうと、美希はこれからこの世界で生きていかないといけない。
「あっ、わたし。恭一郎の家に行きたい」
ふいに、美希が手を挙げた。考えてみれば至極当然の流れだ。
しかし、とある食堂を思い浮かべて、うぐっと恭一郎は喉を詰まらせる。
「……え、えと。お、俺の家……ね」
頭に浮かんだのは、ネコミミの少女とエルフの魔法使いの何とも言えぬ表情。汗を一筋流しつつ、恭一郎は美希を見やった。
きょとんとした顔の美希が、どうしたんだと視線を送る。
実のところ、恭一郎はこの世界で未だに家を持っていない。
「だ、大丈夫だよな」
何となくよぎった嫌な予感に恭一郎は不安を抱きつつ、街の方へと視線を向けるのだった。
◆ ◆
ある日の夕方、「ねこのしっぽ亭」の店長であるメオは、いつも通りに夜営業の準備をしていた。
今日は恭一郎のホテルグランドシャロンでの仕事はない。
週に半分以上は夜に店を開けるので、恭一郎と一番長く一緒にいるのは自分だといえるが、それでもメオは恭一郎と過ごせるその時間を楽しみにしている。
昼営業が終わり、恭一郎は領地の方の仕事をしに街の外へ出かけた。
少し寂しいメオだったが、楽しげに仕事に向かう恭一郎を微笑ましく見送ったものだ。
その恭一郎が今、女性を連れてねこのしっぽ亭の入り口に立っている。
「……恭さん、そちらは?」
申し訳なさそうな、困ったような、珍しく笑みの割合が少な目の、恭一郎の表情。頬を掻く癖は、もう何千回と見てきたメオである。
「え、えっと……」
「貴女がメオさんですか!? 私、渡辺美希と申しますっ!」
恭一郎が口ごもり、その横にいる女性が頭を地面に向けた。突然の動きに、メオも恭一郎もびくりと身体を震わせる。
「この店で働かせてくださいっ!!」
がばりと、元気よく美希の顔が上がった。
目が合ったのは、それが初めて。
「恭さんの、故郷の方ですか?」
メオは、おそるおそる目の前の人物を見つめる。夜営業までに空いた数時間で、ねこのしっぽ亭では美希の就職面接が行われていた。
テーブルを挟み、メオの対面に美希。その間で恭一郎が二人の様子を心配そうに見守っている。
「はい。日本から来ました」
「ニホン?」
いきなりの美希の発言に、メオが首を傾げ、恭一郎は噴き出した。恭一郎は慌てて美希の腕を掴み、食堂の隅へと連れて行く。
「ば、馬鹿っ! いきなり何言ってんだっ!?」
「ちょ、ちょっと何よっ? 何かまずかった?」
恭一郎の焦りとは裏腹に、美希は何が駄目なのかとぽかんとしている。
そんな美希に、恭一郎は自分が異世界人であることを隠しているので、不用意にバラさないようにと伝えた。
「普通に考えたら分かるだろっ。異世界から来ましたって、誰が信じるんだよっ」
「そんなの言ってみなきゃ分かんないじゃん。……てか、ふーん。そんなことも伝えてないんだ」
恭一郎の小声を受け、美希は細めた目をメオに向けた。美希の視線に不安を覚え、恭一郎は頼むから変なことは言わないでくれよと念を押す。
「へいへい。しょーがないわねぇ、あんたに合わせてあげるわよ」
そう言いながら、美希は恭一郎の鼻を指でつついた。貸し一つだからねと、どう考えても暴利な負債を恭一郎は背負わされる。
「すみません、メオさん。わたし、あまり地元から出たことがないもので」
「……はぁ」
恭一郎とのやり取りを眺めていたメオへ、美希がにこりと笑って近づいていく。そんな美希に、メオはこくんと頷いた。
「えっと、お給料少なくていいなら、うちは大丈夫ですけど。恭さんの知り合いですし」
「ほんとですかっ!?」
メオは、喜ぶ美希を不思議な格好だと思いつつ眺める。しかし、色々と不思議の多い恭一郎の知り合いなら、こんなものかもしれない。
メオが気になるとすれば、ただ一点。
先程からの恭一郎に、違和感を覚える。どうも、恭一郎は美希がここに住み込むことに、あまり乗り気ではないようだ。
「あの、確認なんですけど。……美希さんは、恭さんの親戚か何かで?」
ちらりと、メオは美希の耳を見つめる。エルフとしては、特殊な丸耳。恭一郎は村を出てここまで来たらしいという事情から、同じ丸耳の美希は親戚である可能性が高いとメオは思った。だから耳のことが失礼にならないくらいに、メオは少し探りを入れた。
しかし、次の瞬間に美希から飛び出た一言は、メオの想像していないものだった。その場にいた美希以外の時間が、恭一郎も含め、ビキリと止まる。
「わたしは恭一郎の恋人です」
満面の笑みで告げる美希の声に、メオの意識が一瞬飛んだ。すぅっと戻ってきた意識の中で、美希を見上げる。
「えっ。こ、恋人、ですか? ……えっ?」
わけが分からず、美希と恭一郎の顔を順に見つめた。恭一郎の時が、完全に止まっている。それを見て、メオはゆっくりと意識を脳に染み渡らせた。
「……えと。その。……ふ、不採用ということで」
油の切れた人形のようにメオの口が動く。なんとか絞り出した言葉に、美希が「えっ」と声を上げた。
◆ ◆
「キョーイチローの昔の女ぁ?」
エルフの魔法使いアイジャは、作業の手を止めて眉を寄せる。
最近立ち上げた電力会社関係の仕事を自室でしていたのだが、そこに突然メオが慌てて飛び込んできた。話を聞いてみれば、恭一郎の元恋人が来たという。
「そ、そうなんですよぉ。雇ってくれって、さっき恭さんが連れてきてっ!」
どうしましょうとメオはアイジャの胸に飛び込む。一度バウンドされながらも、それでもメオはぐいぐいとその大きな胸に顔を埋めた。
「……恭一郎が、そう言ったのかい?」
「にゃうぅ。それは、相手の方がですけどぉ。でも、なんか恭さんに雰囲気似てるし、丸耳だし。というか恭さん固まってたし。嘘は言ってないと思いますぅ」
メオの言葉に、アイジャの肩がぴくりと動いた。唯一、恭一郎が異世界人であることを知っているアイジャは、メオとは全く違う意味で今の状況を察する。
「丸耳……そんなことが。いや、あり得るのか。そもそもキョーイチローがあり得たんだから」
険しい顔でぶつぶつ呟くアイジャを、メオが不思議そうな顔で見つめた。アイジャはそんなメオに、説明できないもどかしさを感じて頭を掻く。
「とにかく、キョーイチローを責めるんじゃないよ。今回のことは、キョーイチローにとっても予想外だ」
「責める気はないですけどぉ。こ、恋人って。どどど、どうすれば……」
メオの悲痛な表情にアイジャは爪を噛んだ。メオの視線は「というより、昔の女を雇ってくれってひどくないですか?」と語りかけてきている。
確かにそうなのだが、恭一郎の葛藤を知っているアイジャには何とも言い難い。おそらく、生き別れた恋人との奇跡の再会だ。もしアイジャが同じ状況になった場合、異世界人の恋人を何処に置いておくかと言えば、やはりこの店を選択するだろう。
「……いや。それは関係ないか。そうだね、いい機会だ。キョーイチローには少し反省してもらおう」
「し、死刑ですかっ?」
アイジャの言葉に、メオが勢いよく反応する。テンパりすぎて妙なテンションになっているメオの頭を、可哀想にとアイジャは撫でた。
◆ ◆
「キョーイチローの愛人のアイジャです。で、こっちは恋人のメオ」
にこやかに登場したアイジャの第一声に、しっぽ亭の客席が凍りついた。
美希がぴたりと動きを止め、恭一郎の意識が消える。一番驚いたのは、アイジャの後ろでびくびくしていたメオである。なんてこと言うのだと、猫口を最大限まで開けてアイジャを見つめた。
「……あんたが? 恭一郎の愛人?」
「はい。この店の宿部屋に住んでいます、アイジャと申します」
もう一度名前を告げて微笑むアイジャを、美希がじとりとした目で見つめる。メオは普段と口調の違うアイジャに、何故か一歩下がってしまった。
美希がアイジャの身体を上から下まで見つめる。黒いとんがり帽子に、セーラー服。そして黒いマント。しかし、そんな服装よりも、美希はアイジャの美貌と胸に目を留めた。
「あんたが? ちょっと信じらんないわね」
女性でも、思わず振り返るほどの美貌。美希とて、この店に来るまでに街の人々を少しは見ている。アイジャがこの世界でもとびきり上等な女であることは、説明されなくても伝わってきた。
「恭一郎が愛人とか。そんな器用なことできるわけないじゃない」
はっきりとした美希の言葉に、危うくメオとアイジャは頷きそうになってしまう。しかし、そこはアイジャ。微笑みながら恭一郎の方を愛おしげに見つめた。
「そんなことないですよ。私たち両方、優しく愛してもらってます」
「ちょっ! アイジャさんっ!?」
アイジャの発言を耳にして、恭一郎の意識が舞い戻った。慌てて立ち上がり、ちょっと待ったと手を挙げる。それをアイジャは満面の笑みで制した。
「キョーイチロー? ここは黙ってて」
「……はい」
すごすごと、恭一郎は椅子に腰を下ろす。それを見届けて、アイジャは美希に自分の着ているセーラー服を見せつけた。
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