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第3話 仮面の男(4)

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        4 悪の策略

 1人の男が、ゆったりと通りを歩いていた。しかも確実に大地を踏み締め、まるで辺りに己の存在を知らしめているかのごとく。
 すると、それに合わせたように1台の車がどこからともなく現れた。そして男に接近したなら、すぐ側で止まり、
「おい、山下、済んだか?」と突然、車の後部座席に座っていた男、斉藤が話しかけてきた。
 それには、歩いていた男も待ってましたとばかりに「へい、終わりやした」と返答して、車に乗り込む。
 これで車は、2人の男を乗せて走り出した。うしろの座席に、どう見ても一般人ではない風貌の2人が並んだ。
 早速、斉藤は隣の男に向かって訊いた。「東を殺ったのか? 上溝はどうした?」
 対して男は、その問いかけに、いかにもわざとらしく微笑んで答える。
「東はコンクリートでペシャンコですわ、たぶん生きてないですな。上溝は捕まえて監禁してますわ」
「よし、よくやった。しかしこれからが本番だからな、気を入れろよ」
 この斉藤と言う族は、山下を拾う目的で車を流してたようだ。
 すぐに車は、厳鬼たちと合流するためであろう、先を急ぎ始めた。

 午後2時、この時間帯ともなれば、某銀行の支店では比較的客の入りも多い。
 色々な人々が各々の事情で来店していた。OL風な女性、個人事業主、主婦らしき人、みんながせわしなく動いていたが、その中に一風怪しげな男の存在もあった。ボストンバッグを持ち、野球帽とサングラスをつけて、さらにコートまで羽織っている。ただ、その動向は他の客と同じで、取り敢えず順番を待っているだけだったが……
  だが、客足も減ったと見定めたところで、漸くその男が動き出した。徐に受付に近づいたなら、「すみません、これを支店長に渡して下さい」とポケットから出した封筒を行員に手渡したのだ。
 行員の方は、何も疑う理由がないため、「はい、少々お待ちください」と言ったのち、ただちに店の奥へ向かい、支店長らしき男に封筒を渡す。
 続いて支店長は、封を切って書かれた紙を何気なく見た。だがその後、突然顔色が変わり、何故かブルブルと指を震わせ行員たちに指示しだした。明らかに様子がおかしい? それから彼は、かなりの客が来店しているにも拘らず、他の客を無視して怪しい男の近くまで寄り、少し距離を取ってから変に小声で言った。
「少し時間をいただけますか?」と。
 すると男は、その声に全く動じることなく「はい」と一言だけ答えた。そして、バッグを持ったまま悠然と佇むのだった。

 警察署の正面入り口には、常時2名の警官が配置されていた。彼らは、車の通行も少なくない活気のある本通りを前にして、警護に当たっていた。
 どうやら今日も変わらず、平和な午後が単単と過ぎているだけで、何の事件も起こりそうになかった。2人の警官は、多少のんびりとした気分で職務を果たしていた。
 ところが、その時!――大爆音が轟いた!――道沿いに駐車していた車が、突如爆発炎上したのだ。
「ど、どうしたんだ? 何が起こった!」それを見た警官は、驚きとともに即座に燃え盛る車に向かって走った。同時に署内の警官3人も、この爆発音を聞きつけたのか、血相変えて飛び出してきた。まさかこんな所で、唐突な爆破が起ころうとは思いも寄らなかったに違いない。
 現場に着いた警官たちは、すぐに原因を探ろうとした。ただ、酷く破壊された車は炎の塊と化し、そのうえ黒煙がもうもうと立ち上っている。そうそう生身の人間が、簡単に近づけるものではなかった。
 どう対処しようか迷っていると、今度はどこからともなくガスの噴射音が聞こえ白煙までも辺りに漂い始めた。
 彼らはこの異常な状況に、眉をひそめたが、「うっ、目が沁みる……。これは……催涙煙か?」と言った途端、鈍い発射音と同時に次々と倒れていた!
……麻酔弾を撃たれた? 確かに、彼らは知らぬ間に襲撃を受けていたのだ。
 その直後、煙の切れ目からゆらりと姿を見せる人影――手には蛇頭を模した取っ手のステッキを持っている――言うまでもなく、厳鬼の登場だった! 8人の子分を引き連れて姿を現したのだ。奴は仮面の上にあつらえたガスマスクをつけ、子分たちもガスマスクを被り、腕には麻酔銃と催涙筒を所持していた。
 とうとう奴らの策略が始まったようだ。続いて奴らは、戸惑うことなく警察署内部に入って行く。白昼堂々、まるで世間に見せつけてやりたいと言わんばかりに署内を物色し始めた!

 一方、その騒ぎに警視も気づいていた。彼は、役所で行われた午前の定例会議から今しがた帰ってきたところで、先に自室に入り書類の整理をしていた。そこに、この襲撃事件が始まったのだ。そのため、対策を練る必要があると考えて、大急ぎで部下たちのいる大部屋へ移動することにした。けれど、部屋へ入るなりいつも目にする風景とは異なっていることに驚く。と言うのも、常日頃大勢の署員がたむろしているはずが、今日に限ってたったの4名しかいなかったからだ。その事実に目を丸くして、
「どうなっている。他の署員はどこだ?」とその中の1人に尋ねたなら、署員は少々焦り気味に、
「今日は、皆出払ってます」と答えた。
「何?」忽ち警視の顔色が変わった。それは、全く想定外の返答だったせいだ。それでも彼は、信じられないと思いながらも今一度問いかけた。
「何故だ?……数百名以上の署員が、どこへ?」

 通報を受けた警官たちが某銀行の支店に到着した。
 すぐさま支店長が彼らを出迎える。怪しい男を指差し、受け取った封筒を見せた。
 当然、入り口では物々しい警官の様子に客がざわめき始めた。しかし当の男は、まるっきり留意する兆しを示さないままだ。
 ならば、今のうちに包囲しようと考えた警官たちは、徐々に男との距離を詰めた。そうなると、流石に周りの客が慌てたように飛び退き、それを目にしたことで漸く男も気づいたか?
「な、何ですか?」とオドオドした態度を見せて言った。
 警官は、すぐさま拳銃に手をかけて怒鳴った。
「バッグをゆっくり置け! その後に両手を上げるんだ」と。
 遂に、ただならぬ雰囲気が辺りを覆った! 一触即発の様相だ。男も何を仕出かすかもしれない、と警官たちは警戒した。
……が、「ちょ、ちょっと待ってよ! 僕は関係ないですよ」と怯えた口調で、男は素直にバッグを置き、手を真直ぐ上げた。
 うむ? 意外にも、神妙な姿勢を見せた? これには、首を傾げる警官たち。何か変だ。そのため、不審ながらも彼らは確かめた。
「爆弾はどこだ?」
「ええー! 爆弾て、何のこと? 僕はただ頼まれただけのバイトですよ!」と間髪入れず必死に否定した。その顔つきを見る限り、嘘はなさそうにも思えた。
 なおも警官は問い質す。
「お前、爆弾犯ではないのか?」
「ち、違いますよ! 冗談じゃない」と同様に、男はきっぱりと否定した。
 どうなっているんだ? 警官たちは顔を見合わせるしかなかった。何故なら、通報では、巨悪な強盗が爆弾を所持して金銭を要求しているという話だったからだ。それが皆目異なっている……。そこで、
「バイトだ? 何を頼まれた?」もう少し詳しく訊いてみることにした。
「はい、ここの支店長に日頃お世話になっているから贈り物を届けて欲しいと言われ。で、誰が来たか支店長に分かるために帽子とサングラスとコートを渡されて、身に着けろと……そうそう、それからまず最初に封筒を渡すよう言われたんです」との回答だった。
 一見それらしい答えではある。とはいえ、警官は納得し難い。それ故、今度は男の持ち物を調べてみるも、爆弾どころか危険な物さえ持っていなかった。
「うーん」警官は思わず唸る。何とも不可解な捕物劇に対処の仕様がなかった。結局、彼らは呆然と立ち尽くし、その脇に置かれた、多量の蜜柑が詰めこまれたバッグと男の渡した封筒の紙を見詰めるだけだった。そして1人の警官が、もう一度その紙を広げて見ている。
 そこには[警告、爆弾あり、金を出せ、俺に危害を加えると振動で爆発する]とタイプされていた。

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