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旅の目的編
第10話 退魔の剣
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アイラが差し出されたものを受け取り、布をめくると、錆びに錆びて真っ黒になっているやや小さめの剣があらわれる。
「……これは……?」
「…………‼」
かすかにお宝のニオイを感じたような気がして、サルマは思わず身を乗り出す。
そして剣を手に取り匂いを嗅いでみるが、つんとした錆のきつい匂いに顔をしかめる。
「……剣? にしてもボロっちいな。爺さん、何だよこれは」
「その前に、アイラちゃんの話を聞かせてもらおうか。コンパスをどこで手に入れたのか、そしてなぜメリス島から旅に出ることになったのか……ここに来るまでにあったことをね」
アイラはうなずいて話し出す。
「コンパスは、メリス島でミンスさんにもらったの。わたしを育ててくれた人……なんだけど。ミンスさんに、持ち主の進むべき方向を示すコンパスの話を聞いて、わたしが持つと針がカモメ島の方を示したから、そこに行ってみようってことになって。ちょうど島にサルマさんが来てたから、船に乗せてってもらって……。でも…………」
アイラの声が震える。
「次に針がこの島の方を指してたから、カモメ島を出発してこっちに向かってる途中、黒い波が襲ってきて、黒い船の集団が現れて……メリス島が…………その人たちに襲われて…………」
「黒い船……! もう奴らはこちら側に出てきているのか……」
その話を聞いたオルクの顔が険しくなる。サルマとアイラはその言葉を聞いてはっとして身を乗り出し、同時に尋ねる。
「爺さん、いい加減はぐらかさねぇで教えてくれよ! コンパスのこと、そこのボロっちい剣のこと……知ってること全部!」
「黒い船のこと、何か知ってるの⁉ 闇の大穴の方から来たんだけど……闇の大穴のこととかうねりのこととか、わたし何も知らなくて! お願い、教えて!」
オルクは両手を前に出して二人を制す。
「まず落ち着いて座りなさい。……わかった。全部話そう。少し長くなるかもしれないが聞いてくれ」
そう言ってオルクはあぐらをかいて座り、アイラとサルマも腰を下ろすのを確認すると、ぽつぽつと話し始める。
「まず、闇の大穴についてだ。この世界の裏側……海の奥底の世界には、別の世界があることをアイラちゃんは知っているかい?」
「ううん……知らない」
アイラは首を横に振る。
「海の底の世界には、魔王が治める闇の世界があるんだ。そして魔王は常に海上の……私たちのいるこちら側の世界をも支配しようと企んでいる」
「そ、そうなの? 海の底をずっと潜っていったら……その、闇の世界にたどり着くの?」
「そういうわけじゃあないんだ。闇の世界とこちらの世界をつなぐ入口、『闇の大穴』からしか行き来できないようになっている。だから魔王は、自身の力で闇の大穴を広げ、自らの手下……私は『闇の賊』と呼んでいるのだが……彼らを闇の大穴に送り込んで、この世界を支配する為に攻め込もうとしている」
「それが、あの黒い船の集団と、黒い服の人たちなんだね……?」
「その通り。そして、闇の世界に魔王がいるように、こちら側には神と呼ばれる存在が……この空の果てのどこかにある、天上の世界におられる。神は闇の大穴を広げようとする魔王に対抗し、闇の賊の侵略から私たちを守るため、大穴を閉じようと常に尽力されているんだよ。そのおかげで大穴は渦巻いているだけで、穴の近くを通らない限りは闇の世界に引き込まれていったりはしない。また、闇の世界から地上に上がるにはなかなかの力が必要らしく、大穴を閉じようとする神の力が働いている間は、闇の賊がこちらに来ることはかなわない。しかし……」
オルクは岩場を釘らしきもので削ってぐるぐると円を……闇の大穴の図を描き、そこから矢印を外に向かって書いて説明を続ける。
「神と魔王の攻防の際に、穴を広げようとする魔王の力が少しでも勝ると……闇の世界の海の水がそこから流れ出て、いわゆる『闇の大穴のうねり』が生まれる。賊たちはその大波のようなうねりの流れに乗って、こちらの世界に攻め入ることができる。少々のうねりならば、闇の世界の黒い海水がこちらに流れこむだけで済むのだが、大穴が……黒い船が通れるほど大きく広がり、うねりの勢いが強い場合…………」
「……黒い船に乗って、闇の賊がこっちの世界に攻めてくる……んだね。さっきみたいに」
「……そういうことなんだ」
「おい、ちょっと待て」
二人のやりとりに、サルマが割って入る。
「さっきから黙って聞いてりゃ、信じられねぇ話ばっかりしやがって……。神だとか魔王だとか、そういうのは大昔の伝説に過ぎないんじゃねーのかよ」
「しかしサルマ。お前はその、闇の賊の乗る黒い帆船を見たのだろう?」
「う……。でも闇の大穴から出てきたところを直接見たわけじゃねぇし……」
オルクは再びアイラの方に向き直り、話を続ける。
「サルマの言うように、今の話は単なる昔の伝説として言い伝えられていて、今でも本当に神や魔王がいる……と考える人は少ない。しかし、今回闇の賊がこちら側に出てきた以上、奴らの侵略が他の島まで広がると……今まで信じていなかった人々も信じざるを得ないようになるだろうな」
アイラは不安げな表情でオルクを見る。
「神さまは……魔王に負けちゃったの? だから闇の賊があんなに……?」
オルクはゆっくりと首を横に振る。
「しかし、完全にやられたわけではないよ。うねりはまだ全世界に……この島までは広がっていないようだから、神はまた、穴を閉じることに成功したのだろう。だが長年の攻防で、もしかすると力が弱まっているのかもしれない。これから闇の賊が入ってくる覚悟はしておいたほうがいいだろう」
「……大丈夫なのかな。これからこの世界はどうなっちゃうの……? 闇の賊が攻めてくるのを、なんとかして止める方法はないの……?」
オルクはアイラをじっと見つめたあと、先ほどの剣をすっと差し出す。
「その唯一の方法として……この剣がある。この剣は、今の状態では剣の鞘も取れないくらい錆び付いてしまっていて使い物にならないのだが、実は退魔の剣というもので……魔王や闇の賊などの、闇の世界の勢力を抑える力を持っている」
アイラはそれを聞いて目を見開く。
「ええっ! それ本当なの⁉」
「ああ。そこでアイラちゃんに頼みたいのだが……この剣を持って、コンパスの示す方向へ旅をしてくれないか」
「えっ……⁉」
「な、何を言い出すんだよ爺さん」
二人が戸惑っているのを気にせずオルクは続ける。
「この剣は……このままでは使えない。そして持っている者の行くべきところを示すコンパス……。存在は知っていたが、もしそれが本当ならば、コンパスの持ち主に剣を託すことで、闇の世界の勢力を打破する道が開けるかもしれない」
「で、でもこんなガキにそんな……」
サルマが思わず口を挟むと、オルクは言い聞かせるように言う。
「サルマ、アイラちゃんだからこそできることなんだよ。私はコンパスの持ち主と、その針が見える者を探していた。そのコンパスは、神のご加護のある者にしか見えない特別なコンパスで……そして加護のある者は、メリス島にいると伝え聞いている」
「メリス島……!」
アイラははっとしてオルクを見る。
「そう。メリス島は、大昔に神メリスが降り立った場所という伝説からその名がつけられ、神に愛されし島だと昔の書物の中に記されている。もっとも、今そのことを知っている人は少ないようだがね」
オルクはアイラに微笑み、話を続ける。
「そしてこの剣は、神の落し物とされる退魔の剣で、神の加護を持つコンパスの持ち主にこの剣を渡すよう……私はその使命を受けてこの剣を託されていたんだ。もし……」
オルクはアイラの目をまっすぐに見つめる。
「もしアイラちゃんに、この世界を救いたい、闇の世界の勢力に立ち向かいたいという意思があるのなら……この剣を受け取ってほしい。その意思があるのなら、きっとコンパスは世界を救う道を示してくれると思う。……どうだね」
アイラはオルクの目を見た後、下に置いてある剣をじっと見つめる。
「……わたしは……わたしの大切な故郷、メリス島を襲った闇の賊……あの平和な島を炎の島に変えて、大切な人たちを奪ったあの人たちを許さない……。でも、わたしには力がないから復讐とかするのは無理だって……そう思ってた」
(コ、コイツ、復讐って……心の中でそんなことを⁉ 穏やかで、争いごとなんかは好まない、そんなヤツだと思っていたが……)
サルマは少しの恐れを感じながらアイラの横顔を盗み見る。アイラは顔を上げ、まっすぐにオルクを見つめる。
「……だから、行くよ。何をすればいいのかはわからないけど……剣を持っていくだけで、コンパスの示すとおりに旅をするのは変わらないんだし」
オルクはその言葉にゆっくりと頷き、剣を布で包みなおしてアイラの手に託す。
「ありがとう。故郷を失って大変な思いをしている時に、このような大仕事を任せてすまない。でも……アイラちゃんならきっと大丈夫だ。私はそう思うよ」
オルクはそう言ってアイラに微笑んだ後、サルマを見る。
「サルマ、アイラちゃんのことを頼む。それともう一つ……もし戦士島に寄る機会があれば、警備戦士の長にメリス島が襲撃されたこと、そして……闇の賊がやってきたことを伝えてくれないか」
その言葉を聞いたサルマは、あからさまに不機嫌そうな表情をする。オルクはそれに気づきながらも話を続ける。
「警備戦士は戦闘能力が高い……。彼らなら、闇の賊とも太刀打ちできるかもしれない。せめて今、こちらの世界にいる闇の賊だけでも殲滅できれば……」
「爺さん。俺が断るとわかって言ってるだろ」
サルマは話を遮り、立ち上がる。
「しかしサルマ、この非常事態だ。たとえお前の気が進まなくても……」
「嫌だね。あそこには二度と帰らねぇ。もしコンパスの針が戦士島を指しても、断固俺は上陸しねぇ。必要ならコイツだけ行かせる」
「……帰るって……どういうこと?」
アイラは不思議そうにサルマを見上げて尋ねるが、不機嫌なサルマに一蹴される。
「ガキが首突っ込むんじゃねぇよ!」
そう言い放ってサルマは洞窟の外へ出て行く。オルクは大きなため息をついた後、困ったようにアイラに笑いかける。
「仕方のないやつだ……。さて、今日のところはこの島でゆっくり休んでいきなさい。今から、この島で採れる食材を使った特製のスープを作るから」
アイラは頷き、オルクに尋ねる。
「サルマさんって……戦士島ってところの出身なの?」
「そうだよ。だが、いろいろあって家を飛び出して、ふらふらと旅に出たまま帰っていないようだ。サルマとは、ヤツがこの島にやってきた時に顔見知りになったのだが、ここが気に入ったのか、度々立ち寄るようになって……すっかり馴染みの顔になってな。今では『この島が俺の故郷だ』なんて言っているよ」
「ふうん。確かにいいよね、この島……自然が豊かできれいで。わたしも、ここを二つ目の故郷にしてもいい?」
「ああ。もちろん構わないよ」
オルクはにっこり笑って頷いた。
その夜のこと――。オルクの暮らす洞窟内では焚き火がパチパチと燃え、その上にスープの入った鍋が乗っている。サルマがそこから木のお椀にスープをすくう。
「はあ~やっぱ爺さんのスープは美味ぇや」
「サルマ、お前ちょっと食べ過ぎじゃないか? あ、アイラちゃんはもう少しどうだね……」
オルクがアイラの方を振り返ると、アイラはいつの間にか荷物にもたれかかったまま、すやすやと寝息を立てていた。
「……もう寝てやがる」
「きっと疲れたんだろうね」
オルクは藁の山の上に布を敷いて寝床をつくり、アイラをその上にそっと寝かせる。
「ところでサルマ、話の中で気になってはいたのだが……お前はなぜアイラちゃんを旅に連れて行こうと決めたんだい。誰かの為に、わざわざ面倒なことを引き受けるのはお前らしくないと思ってね……」
「さすが爺さん、俺のことよくわかってるじゃねぇか。そーだよ、俺は盗賊だからな。利益がなけりゃこんなガキ連れた旅なんてやってらんねーよ」
「利益……?」
不思議そうな表情で呟くオルクに対し、サルマは身を乗り出して言う。
「そうだ。爺さん、アイツからはお宝のニオイがするんだ」
オルクは呆れたように肩をすくめる。
「またそれか。お前はいつもそう言ってあちこち出かけていくからな。しかしその宝の匂いとやらが本当なら、今頃は大金持ちになっていてもおかしくはないんじゃないのか? なのにお前はまだふらふらと……」
「う、うるせぇな。でも、今回は特に強烈なニオイがするんだ。そしてニオイをたどってメリス島にたどり着くと、アイツとあのコンパスを見つけた……」
「…………」
「おまけにコンパスからもお宝のニオイがするんだ。これは、アイツの進むべき道に、俺の求める隠されたお宝があるってことだと思うんだよ。今日の話……神だか魔王だかって話は信じがたいが……その剣からもかすかにお宝のニオイがするし、もしかするとアイツの行き先に、神が隠したお宝でも眠ってるのかもしれねぇと思うと、ちょっとワクワクするぜ」
「……‼ もしやサルマ、お前……!」
「……? なんだよ爺さん」
オルクは目を大きく見開いてしばらくの間サルマを見ていたが……やがて軽く首を振ると、にやりと笑う。
「いや、なんでもない。なるほど。そう言う理由で……お前らしいな」
「おう。剣の話もアイツが行くってんなら……俺はアイツに付いて行こうと思うぜ」
「……動機が何であれ……一度そう決めたのならば、どんなことがあっても投げ出さず、最後までやり遂げるんだな。もし危険なことがあったら、アイラちゃんを守ってやってくれよ」
「おう、もちろんだ。アイツに死なれると、お宝を見つけることも叶わなくなるしな」
「……お前というやつは。まぁいい。とにかく、アイラちゃんのことをくれぐれも頼んだぞ」
そう言われたサルマは手を後ろで組み、ごろんと後ろに寝っ転がりながら答える。
「わーーったよ! ったく爺さんにまでそう言われると、さすがに耳が痛ぇよ」
「爺さんにまで、か……」
オルクはサルマから目を離してそう呟き、穏やかな顔で眠っているアイラを見て優しく微笑む。
「……これは……?」
「…………‼」
かすかにお宝のニオイを感じたような気がして、サルマは思わず身を乗り出す。
そして剣を手に取り匂いを嗅いでみるが、つんとした錆のきつい匂いに顔をしかめる。
「……剣? にしてもボロっちいな。爺さん、何だよこれは」
「その前に、アイラちゃんの話を聞かせてもらおうか。コンパスをどこで手に入れたのか、そしてなぜメリス島から旅に出ることになったのか……ここに来るまでにあったことをね」
アイラはうなずいて話し出す。
「コンパスは、メリス島でミンスさんにもらったの。わたしを育ててくれた人……なんだけど。ミンスさんに、持ち主の進むべき方向を示すコンパスの話を聞いて、わたしが持つと針がカモメ島の方を示したから、そこに行ってみようってことになって。ちょうど島にサルマさんが来てたから、船に乗せてってもらって……。でも…………」
アイラの声が震える。
「次に針がこの島の方を指してたから、カモメ島を出発してこっちに向かってる途中、黒い波が襲ってきて、黒い船の集団が現れて……メリス島が…………その人たちに襲われて…………」
「黒い船……! もう奴らはこちら側に出てきているのか……」
その話を聞いたオルクの顔が険しくなる。サルマとアイラはその言葉を聞いてはっとして身を乗り出し、同時に尋ねる。
「爺さん、いい加減はぐらかさねぇで教えてくれよ! コンパスのこと、そこのボロっちい剣のこと……知ってること全部!」
「黒い船のこと、何か知ってるの⁉ 闇の大穴の方から来たんだけど……闇の大穴のこととかうねりのこととか、わたし何も知らなくて! お願い、教えて!」
オルクは両手を前に出して二人を制す。
「まず落ち着いて座りなさい。……わかった。全部話そう。少し長くなるかもしれないが聞いてくれ」
そう言ってオルクはあぐらをかいて座り、アイラとサルマも腰を下ろすのを確認すると、ぽつぽつと話し始める。
「まず、闇の大穴についてだ。この世界の裏側……海の奥底の世界には、別の世界があることをアイラちゃんは知っているかい?」
「ううん……知らない」
アイラは首を横に振る。
「海の底の世界には、魔王が治める闇の世界があるんだ。そして魔王は常に海上の……私たちのいるこちら側の世界をも支配しようと企んでいる」
「そ、そうなの? 海の底をずっと潜っていったら……その、闇の世界にたどり着くの?」
「そういうわけじゃあないんだ。闇の世界とこちらの世界をつなぐ入口、『闇の大穴』からしか行き来できないようになっている。だから魔王は、自身の力で闇の大穴を広げ、自らの手下……私は『闇の賊』と呼んでいるのだが……彼らを闇の大穴に送り込んで、この世界を支配する為に攻め込もうとしている」
「それが、あの黒い船の集団と、黒い服の人たちなんだね……?」
「その通り。そして、闇の世界に魔王がいるように、こちら側には神と呼ばれる存在が……この空の果てのどこかにある、天上の世界におられる。神は闇の大穴を広げようとする魔王に対抗し、闇の賊の侵略から私たちを守るため、大穴を閉じようと常に尽力されているんだよ。そのおかげで大穴は渦巻いているだけで、穴の近くを通らない限りは闇の世界に引き込まれていったりはしない。また、闇の世界から地上に上がるにはなかなかの力が必要らしく、大穴を閉じようとする神の力が働いている間は、闇の賊がこちらに来ることはかなわない。しかし……」
オルクは岩場を釘らしきもので削ってぐるぐると円を……闇の大穴の図を描き、そこから矢印を外に向かって書いて説明を続ける。
「神と魔王の攻防の際に、穴を広げようとする魔王の力が少しでも勝ると……闇の世界の海の水がそこから流れ出て、いわゆる『闇の大穴のうねり』が生まれる。賊たちはその大波のようなうねりの流れに乗って、こちらの世界に攻め入ることができる。少々のうねりならば、闇の世界の黒い海水がこちらに流れこむだけで済むのだが、大穴が……黒い船が通れるほど大きく広がり、うねりの勢いが強い場合…………」
「……黒い船に乗って、闇の賊がこっちの世界に攻めてくる……んだね。さっきみたいに」
「……そういうことなんだ」
「おい、ちょっと待て」
二人のやりとりに、サルマが割って入る。
「さっきから黙って聞いてりゃ、信じられねぇ話ばっかりしやがって……。神だとか魔王だとか、そういうのは大昔の伝説に過ぎないんじゃねーのかよ」
「しかしサルマ。お前はその、闇の賊の乗る黒い帆船を見たのだろう?」
「う……。でも闇の大穴から出てきたところを直接見たわけじゃねぇし……」
オルクは再びアイラの方に向き直り、話を続ける。
「サルマの言うように、今の話は単なる昔の伝説として言い伝えられていて、今でも本当に神や魔王がいる……と考える人は少ない。しかし、今回闇の賊がこちら側に出てきた以上、奴らの侵略が他の島まで広がると……今まで信じていなかった人々も信じざるを得ないようになるだろうな」
アイラは不安げな表情でオルクを見る。
「神さまは……魔王に負けちゃったの? だから闇の賊があんなに……?」
オルクはゆっくりと首を横に振る。
「しかし、完全にやられたわけではないよ。うねりはまだ全世界に……この島までは広がっていないようだから、神はまた、穴を閉じることに成功したのだろう。だが長年の攻防で、もしかすると力が弱まっているのかもしれない。これから闇の賊が入ってくる覚悟はしておいたほうがいいだろう」
「……大丈夫なのかな。これからこの世界はどうなっちゃうの……? 闇の賊が攻めてくるのを、なんとかして止める方法はないの……?」
オルクはアイラをじっと見つめたあと、先ほどの剣をすっと差し出す。
「その唯一の方法として……この剣がある。この剣は、今の状態では剣の鞘も取れないくらい錆び付いてしまっていて使い物にならないのだが、実は退魔の剣というもので……魔王や闇の賊などの、闇の世界の勢力を抑える力を持っている」
アイラはそれを聞いて目を見開く。
「ええっ! それ本当なの⁉」
「ああ。そこでアイラちゃんに頼みたいのだが……この剣を持って、コンパスの示す方向へ旅をしてくれないか」
「えっ……⁉」
「な、何を言い出すんだよ爺さん」
二人が戸惑っているのを気にせずオルクは続ける。
「この剣は……このままでは使えない。そして持っている者の行くべきところを示すコンパス……。存在は知っていたが、もしそれが本当ならば、コンパスの持ち主に剣を託すことで、闇の世界の勢力を打破する道が開けるかもしれない」
「で、でもこんなガキにそんな……」
サルマが思わず口を挟むと、オルクは言い聞かせるように言う。
「サルマ、アイラちゃんだからこそできることなんだよ。私はコンパスの持ち主と、その針が見える者を探していた。そのコンパスは、神のご加護のある者にしか見えない特別なコンパスで……そして加護のある者は、メリス島にいると伝え聞いている」
「メリス島……!」
アイラははっとしてオルクを見る。
「そう。メリス島は、大昔に神メリスが降り立った場所という伝説からその名がつけられ、神に愛されし島だと昔の書物の中に記されている。もっとも、今そのことを知っている人は少ないようだがね」
オルクはアイラに微笑み、話を続ける。
「そしてこの剣は、神の落し物とされる退魔の剣で、神の加護を持つコンパスの持ち主にこの剣を渡すよう……私はその使命を受けてこの剣を託されていたんだ。もし……」
オルクはアイラの目をまっすぐに見つめる。
「もしアイラちゃんに、この世界を救いたい、闇の世界の勢力に立ち向かいたいという意思があるのなら……この剣を受け取ってほしい。その意思があるのなら、きっとコンパスは世界を救う道を示してくれると思う。……どうだね」
アイラはオルクの目を見た後、下に置いてある剣をじっと見つめる。
「……わたしは……わたしの大切な故郷、メリス島を襲った闇の賊……あの平和な島を炎の島に変えて、大切な人たちを奪ったあの人たちを許さない……。でも、わたしには力がないから復讐とかするのは無理だって……そう思ってた」
(コ、コイツ、復讐って……心の中でそんなことを⁉ 穏やかで、争いごとなんかは好まない、そんなヤツだと思っていたが……)
サルマは少しの恐れを感じながらアイラの横顔を盗み見る。アイラは顔を上げ、まっすぐにオルクを見つめる。
「……だから、行くよ。何をすればいいのかはわからないけど……剣を持っていくだけで、コンパスの示すとおりに旅をするのは変わらないんだし」
オルクはその言葉にゆっくりと頷き、剣を布で包みなおしてアイラの手に託す。
「ありがとう。故郷を失って大変な思いをしている時に、このような大仕事を任せてすまない。でも……アイラちゃんならきっと大丈夫だ。私はそう思うよ」
オルクはそう言ってアイラに微笑んだ後、サルマを見る。
「サルマ、アイラちゃんのことを頼む。それともう一つ……もし戦士島に寄る機会があれば、警備戦士の長にメリス島が襲撃されたこと、そして……闇の賊がやってきたことを伝えてくれないか」
その言葉を聞いたサルマは、あからさまに不機嫌そうな表情をする。オルクはそれに気づきながらも話を続ける。
「警備戦士は戦闘能力が高い……。彼らなら、闇の賊とも太刀打ちできるかもしれない。せめて今、こちらの世界にいる闇の賊だけでも殲滅できれば……」
「爺さん。俺が断るとわかって言ってるだろ」
サルマは話を遮り、立ち上がる。
「しかしサルマ、この非常事態だ。たとえお前の気が進まなくても……」
「嫌だね。あそこには二度と帰らねぇ。もしコンパスの針が戦士島を指しても、断固俺は上陸しねぇ。必要ならコイツだけ行かせる」
「……帰るって……どういうこと?」
アイラは不思議そうにサルマを見上げて尋ねるが、不機嫌なサルマに一蹴される。
「ガキが首突っ込むんじゃねぇよ!」
そう言い放ってサルマは洞窟の外へ出て行く。オルクは大きなため息をついた後、困ったようにアイラに笑いかける。
「仕方のないやつだ……。さて、今日のところはこの島でゆっくり休んでいきなさい。今から、この島で採れる食材を使った特製のスープを作るから」
アイラは頷き、オルクに尋ねる。
「サルマさんって……戦士島ってところの出身なの?」
「そうだよ。だが、いろいろあって家を飛び出して、ふらふらと旅に出たまま帰っていないようだ。サルマとは、ヤツがこの島にやってきた時に顔見知りになったのだが、ここが気に入ったのか、度々立ち寄るようになって……すっかり馴染みの顔になってな。今では『この島が俺の故郷だ』なんて言っているよ」
「ふうん。確かにいいよね、この島……自然が豊かできれいで。わたしも、ここを二つ目の故郷にしてもいい?」
「ああ。もちろん構わないよ」
オルクはにっこり笑って頷いた。
その夜のこと――。オルクの暮らす洞窟内では焚き火がパチパチと燃え、その上にスープの入った鍋が乗っている。サルマがそこから木のお椀にスープをすくう。
「はあ~やっぱ爺さんのスープは美味ぇや」
「サルマ、お前ちょっと食べ過ぎじゃないか? あ、アイラちゃんはもう少しどうだね……」
オルクがアイラの方を振り返ると、アイラはいつの間にか荷物にもたれかかったまま、すやすやと寝息を立てていた。
「……もう寝てやがる」
「きっと疲れたんだろうね」
オルクは藁の山の上に布を敷いて寝床をつくり、アイラをその上にそっと寝かせる。
「ところでサルマ、話の中で気になってはいたのだが……お前はなぜアイラちゃんを旅に連れて行こうと決めたんだい。誰かの為に、わざわざ面倒なことを引き受けるのはお前らしくないと思ってね……」
「さすが爺さん、俺のことよくわかってるじゃねぇか。そーだよ、俺は盗賊だからな。利益がなけりゃこんなガキ連れた旅なんてやってらんねーよ」
「利益……?」
不思議そうな表情で呟くオルクに対し、サルマは身を乗り出して言う。
「そうだ。爺さん、アイツからはお宝のニオイがするんだ」
オルクは呆れたように肩をすくめる。
「またそれか。お前はいつもそう言ってあちこち出かけていくからな。しかしその宝の匂いとやらが本当なら、今頃は大金持ちになっていてもおかしくはないんじゃないのか? なのにお前はまだふらふらと……」
「う、うるせぇな。でも、今回は特に強烈なニオイがするんだ。そしてニオイをたどってメリス島にたどり着くと、アイツとあのコンパスを見つけた……」
「…………」
「おまけにコンパスからもお宝のニオイがするんだ。これは、アイツの進むべき道に、俺の求める隠されたお宝があるってことだと思うんだよ。今日の話……神だか魔王だかって話は信じがたいが……その剣からもかすかにお宝のニオイがするし、もしかするとアイツの行き先に、神が隠したお宝でも眠ってるのかもしれねぇと思うと、ちょっとワクワクするぜ」
「……‼ もしやサルマ、お前……!」
「……? なんだよ爺さん」
オルクは目を大きく見開いてしばらくの間サルマを見ていたが……やがて軽く首を振ると、にやりと笑う。
「いや、なんでもない。なるほど。そう言う理由で……お前らしいな」
「おう。剣の話もアイツが行くってんなら……俺はアイツに付いて行こうと思うぜ」
「……動機が何であれ……一度そう決めたのならば、どんなことがあっても投げ出さず、最後までやり遂げるんだな。もし危険なことがあったら、アイラちゃんを守ってやってくれよ」
「おう、もちろんだ。アイツに死なれると、お宝を見つけることも叶わなくなるしな」
「……お前というやつは。まぁいい。とにかく、アイラちゃんのことをくれぐれも頼んだぞ」
そう言われたサルマは手を後ろで組み、ごろんと後ろに寝っ転がりながら答える。
「わーーったよ! ったく爺さんにまでそう言われると、さすがに耳が痛ぇよ」
「爺さんにまで、か……」
オルクはサルマから目を離してそう呟き、穏やかな顔で眠っているアイラを見て優しく微笑む。
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推しによく似た こわモテ不良イケメン御曹司×真面目なワケアリ貧乏女子高生との、大豪邸で繰り広げられる溺愛同居生活開幕!
※じれじれ?
※ヒーローは第2話から登場。
※5万字前後で完結予定。
※1日1話更新。
※noichigoさんに転載。
※ブザービートからはじまる恋
未来スコープ・コンセプト絵本 ―うその木とフクロウのホウホウ―
米田悠由
絵本
「誰かが…ほんとうを言ったんじゃないか? 裁判を始めよう!」
森の広場に立つのは、嘘で育つとされる「うその木」。
裁判官のフクロウ・ホウホウは、自らの言葉の力に怯え、ただ沈黙を貫いていました。
でも、リッカの笑い、ミナミの強がり、コンの照れ、そしてネネの言葉にならない涙——それぞれの“伝え方の違い”が、木に光をもたらすのを目撃します。
そして、ホウホウもまた、言葉への恐れを乗り越え、心からの「ほんとう」を語り始めます。
「伝えるって、うまく話すことじゃなくて、気持ちを選び取ること」だと知る物語です。
沈黙とことば、うそとほんとう——その間にある揺らぎを描いたこの絵本は、言葉にできない感情の余白をそっと抱きしめるような温かさで、すべての“伝え方に迷う人”にそっと寄り添います。
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