転々と追いやられてもなんとか生きてます

みやっこ

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第二十三話

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『フクっ。起きておるか?』

 ドンドンっ

 ドアを叩く音で跳び起きたら、横ですやすや眠っていたらしいハミグと目が合った。

『リリョス殿がっ』

 起き抜けの寝ぼけた頭に、フラミアさんの一言が、刺さった。
 他の言葉は何一つ聞き取れなかった。
 私は、カツラをつけることもせずに走り出し、裸足で外へ――あっというまにずぶ濡れになった。

 あれ? リリョスさんがどうしたんだっけ。

『リリョス様っお待ちください! さすがに中へ入られるのはっイグライト様がご帰還されてからの方がっ』

 ザァザァ激しい音に交じって、揉めている声が聞こえた。

 門の方だ……。
 私は、裸足なので一度帰ろうかと思いつつも、声がする方に足を向けた。

 そこで

「あっ」

 たたずむ黒い影、黒い……翼。
 二人の門番に阻まれている彼の姿を見つけた。

 その瞬間。

 次はここでなんとか生きていこう、という考えが吹っ飛んだ。

 迎えに来てくれたっ。

「リリョス!!」

 嬉しくて名前を呼ぶと、門番二人の間からこっちを覗くリリョスさんの顔が見えた。

 私は、両手を広げ、走り出していた。
 久しぶりにあった友人にもしたことない。そんな文化に出会ったこともないのに、飛びつかんばかりに駆けて

 あと少し――というところだった。

 ゆっくりと。
 まるでスローモーションみたいに、彼の体が前のめりに傾いでいった。

 手を伸ばしたけれど、足がもつれて……届かない。

 ばちゃっ!! ドチャっ!!

 大きな水音が、二つ。
 すぐに体を起こして前を見たら、彼の姿が消えていた。
 黒い大きな布が地面に落ちている。黒いマント……だ。そこから白い手がニュっと伸びて……動かない。

『リっ……リリョス様!?』

「リリョス!?」

 四つん這いで彼の元へ行き、大きな体を転がしてあおむけにした。

「っ!?」

 ドロで汚れた白い顔は生気がなく。瞳が固く閉じられている。

「え……」

『城医師を呼べっ! 旦那様に至急連絡を! まだ報告はないが近くまで帰還しておるか陛下の元におるはずじゃ! そこのものっ! 運ぶのを手伝え!』

 後ろから走って来たフラミアさんが門番に向かって命令したようだが、二人共すぐには動かなかった。

『運ぶっ!? しかし…………その獣化してっ……鱗が』

 気の弱そうな長髪の門番が、怯えた顔で首を振り、坊主の門番が、ズイっと前に出た。

『イグライト様の帰還も確認せずに、戦帰りのリリョス様を邸に入れるのはフラミア様にとってよろしくないかと。先日のことも怪しまれておりますし……』
『弟を頼って来た手負いの兄を家に入れぬとは非情な嫁よのう』
『っ……そのような』

『言い訳など後でいくらでも考える。手伝えぬのなら、今すぐ目の前から消えろ。わらわを見張ってさえいれば、この箱庭の主は咎めはせぬさ』

 フラミアさんの声が、激しい雨音をすり抜けて凛と響いた。
 二人の門番は、ポカンと口を開け、思わずという感じで背筋をピンと伸ばした。

『…………』

 坊主の門番が、素早く地面に膝をついて、リリョスさんの腕を自分の肩にかけた。

『出過ぎたことを申しましたフラミア様。……おっさん』

『なっ……うう申し訳ございませんでした』

 坊主の門番に呼ばれた長髪の門番は、なんでだよっと言わんばかりの不満顔だが、フラミアさんに頭を下げて、反対側にまわった。

 私も……手伝おうと手を伸ばしたけれど、また届かなかった。

 これしゅぞくの本だ

 なぜか、ハミグの声が、聞こえた。
 ここには居ないのに。

 平和だった時間が、ノイズみたいな雨音の周りをふわふわ漂っている。運ばれていくリリョスさんを追いかけているはずが、足元が覚束ない。

【むかしむかし、龍と呼ばれるものが地上にいました】

 現実逃避しているのか。それとも落ち着こうとしているのか。
 絵本をめくる音までした。

 メモ帳に書いた単語を繋げてなんとか文章っぽくして、本を捲りながら読み返したのはついさっきのことだ。

 龍が主役のはずなのに、絵本の挿絵に、龍の絵はなく、私の頭の中に黒い龍の姿が浮かんだ。

【龍は、破壊と創作の力を持っていました。大きな翼で空を飛ぶことも出来ました。
 どこまでも高く、どこまでも遠くへ行ける龍は、自由で、孤独でした。
 美しいものを見つけるたび、孤独を感じました】

【龍は、己の気持ちを誰かに伝えたくて。
 壊し、振動を生み、空気を震わす音を作りました】

【そして、この世界に生きる動物たちの生活を壊し、誇りを残し、
 言葉を交わせる形にしました】

【動物たちは、人と呼ばれる姿になり、文明を築くようになりました】

【けれど、龍だけは、龍のままでした。
 自分の力を自分に使うことが出来なかったからです】

【龍は、自分の力を宝珠に込めて、翼族の王を名乗る二人に、預けました】

【龍も言葉を話せる形に変えて欲しいと】

【翼族の王たちは、龍の願いを聞き、宝珠を使い、一匹、二匹と龍を人の姿へと変えていきました。
 しかし、すべての龍を人の姿に変えることは出来ませんでした】

【兄弟たちに宝珠を奪われてしまったからです】

【二人の王の兄弟たちは、空を統べるものは翼族だけでいいのだと、宝珠を使って龍を封じました】

【こうして地上には龍以外のものと、龍を封じる力と、龍の呪いが残りました】

(意識は永遠ではないけれど無意識は永遠だ)

 最後の文字は、絵本にある文字と少し違っていた。あとから加えられたもののようだ。

 ハミグに龍の呪いって何? と聞いたら、わからないと首を傾げていた。

 ぼくがしってるしゅぞくの本とちがうんだ。りゅうってのでてこないもん。

 そう言って……た。

『フラミア様。城医師が……来られないと』

『っなぜじゃ』

『その……獣化したリリョス様に触れた手で、城に居る他の方々を診ることは出来ないと……』

『もうよい』

 申し訳なさそうな顔をした使用人の男は、フラミアさんに頭を下げて、逃げるようにその場を去った。

 私のベッドに運び込まれたリリョスさんは、未だぐったりと目を閉じたままだ。

 龍の呪い。

 私が勝手に想像した黒い龍の姿が、いつの間にかリリョスさんに代わっていた。

 やっぱりあの絵本は読まないほうがよかったのかもしれない。不吉な言葉が頭に残っているからか、悪い想像ばかりしてしまう。

『そなたらっ。町へ降りて医者を連れて来てくれ』

 フラミアさんがリリョスさんを運んだ門番二人に指示を出した。二人はさっきのこともあるからか、今度は素直にうなずいて走って行った。

『フク。大丈夫じゃ。リリョス殿は獣化を解いておらぬ。自己治癒能力を高めるために、眠っておるのだと思う……呼吸は安定しておるし……のうロップ』

『っはっはい! フラミア様!』

『フクっだいじょうぶだよ。おいしゃさんすぐくるよ!』

 三人が私に何か言った。
 そんなに難しい言葉じゃないのはわかっても、コクコクと頷いてはみても、不安しかなかった。

 誰か助けてください。

 ギュっと目を閉じて祈ったら。

 頑張るって言ったくせに。

 誰か……じゃない。私の声が聞こえた。

 なんだか情けなくて、思わず廊下へ走り出た。

 このままは嫌だ。

 本当は何かあるたびにそう思っていたけど……その先が怖かった。
 ここがマシなんじゃないの? ってこれよりひどくなることを避けてきた。

 引き留めればよかった。

 私は、両手で顔を覆い、俯いてじっとしていた。
 何かしなければと思うのに、長いこと廊下でそうしていたら、パタパタと部屋を出入りするロップの足音と違う、トントンっとゆったりした足音がすぐ傍で止まった。

『リリョス様がおられるのはこちらですか?』

 ハっと顔を上げると、大きなカバンを持った白い着物のおじさんが立っていた。
 頷くと、おじさんはにっこりと人の良さそうな笑みを浮かべ、私の部屋へ入って行った。

『そなたは……』

『城下で医者をやっております。フラミア様がお呼びと聞いて急ぎやってまいりました。資格証はこちらに』

 開いたままのドアからやりとりが聞こえる。
 お医者さんが来てくれたみたいだ。

『事情は聴いておるか? 支障があるというのなら、そなたが診たということは隠す』

『いえ。そのようなことはして頂かなくとも結構です。人を助けたくて医者になったというのに、差別など忌むべきことです』

 暫くして二人の会話が止み、フラミアさんとロップが外へ出てきた。

『ぼく、てつだう』

 ハミグの言葉に、フラミアさんの表情が少しだけ和らいだ。
 医者とハミグを部屋に残して、ドアは半分ほど開けたまま、フラミアさんとロップと私は、廊下で待った。

 どれくらいの時間だったかわからない。早かったような気もするし、ものすごく長い時間だったような気もする。

 お医者さんとハミグが廊下へ出てきた。

『怪我は殆ど治りかけておりました。過労と思われますので、暫くお休みいただければよろしいかと。熱を出しておられるので、お辛そうでしたらこの飲み薬を……』

 お医者さんから瓶を受け取ったフラミアさんがほっと肩を降ろし、ハミグが、私の前にまわり込んで、深く頷いた。
 途端に体から力が抜けた。
 私は、廊下の壁にもたれ掛かり、ズルズルその場に座り込んだ。


 あんなにおもいっきり、手もつかず倒れたというのに、リリョスさんは、きっかり一時間後くらいに目を覚ました。

 誰の手も借りず起き上がり、ぼーっと周りを見渡すリリョスさんは、さっきから話しかけているフラミアさんの言葉を、聞いているのかいないのかわからない。

 私は、彼の顔に少し赤みがさしているのを、ドアの隙間からこっそり確認して

『フク?』

 掠れた声で名前を呼ばれ、びっくりしすぎて、顔をひっこめてしまった。

 大丈夫ですか? どこか痛いところは? 

 体調を確かめたいのに、不安が消えなくて、中に入れない。

『そなたが倒れて驚いたのじゃ。もう少し待ってやれ』

『いや……だが』

『その死人顔が怖いんじゃろう。もう数時間でもいいからゆっくりしてから思う存分抱きしめるなりしろ』

『え……』

『ほれ。医者が置いてった薬じゃ』

『医者? 医者が俺を診たのか?』

『町医者じゃがの。解熱剤じゃと言うておったが、そなたの場合寝れば治……飲むのか。早くフクといちゃつきたいんじゃな』

『っ……』

ドタタンっ! ガラっ!

『うっっげほっげほっ!!』

『なっ! なんじゃ急にどうした!?』

 激しい音がして、もう一度中を覗くと、リリョスさんが窓の外に顔を出して咳き込んでいた。

『っ……薬じゃないっ』

『!? なっ……』

 ベッドにドサっと腰を降ろしたリリョスさんの顔色が、見る間に青ざめていく。

『薬じゃない!? どういうことじゃ!?』

『わからっ……龍脈が……反応した……あんたが妙なこと言うからっ少し飲ん……だっ……』
『はぁっ!?』

 リリョスさんは獣化を解いて、浅い呼吸を繰り返しながら胸を押さえた。

ドダダダダッ

『フラミア様!!』

 廊下の向こうから門番二人が走って来た。坊主頭の門番が白髪を結い上げた老婆を背負っている。

『すみません!! 現役ではないらしいのですが!! このばーさんっ……じゃなくてお医者様を連れてまいりました!!』

 振り返ったフラミアさんの大きな目が、すーっと更に大きく見開いた。

『図られた……』
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