悪役令嬢はアクマでテンシだけどタイヨウにもなれる

みやっこ

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ひとまず回想一時停止

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「具合はそこそこですわ」

「そう」

 ミーキアは木製の椅子二つを軽々運んでベッドの横に置き、ドカっと腰をおろした。

「エーゼンも座れば?」

 隣に座るよう促されたエーゼンは、慌てて椅子に座った。
 つい先日お茶をしたときにお互い自己紹介はしていたが、二人一緒に訪ねてくるということは、仲良くなったのだろうか。

「二人してどうし……」

「じゃあ何か心配事?」

 遮るようにそう聞かれた。

「……やっ別にその……大したことじゃないっていうか」

 どことなく漂う冷たい空気にエーゼンがびくびくしている。
 ミーキアのマスクの奥にある瞳が、鷹のように鋭い……ような気がする。

「へ~~」

 声も低い。
 なんでかめちゃくちゃ怒っている。

 最近ミーキアを怒らせてばかりだけど、今日はまた一段と怒っている。

「あの……えっと。その……うーんと……なんかモチベーションが上がらないんですわ」

 咄嗟に嘘をつけず、曖昧なことを言ってしまった。

「それは何に対して?」

「何……うんと……あまりやりたくはないこととかかな」

「例えばどんな?」

 詰めてくる。
 どうしよう。

「どちらかといえば良くないこと……?」

「良くないことを、やらなければならないんですの?」

 今度はエーゼンが聞いてきた。

「まあその……」

 ミーキアが前のめりで、だんだん顔を近づけて来る。取調室でライトを当てられた犯罪者はこんな感じなのかもしれない。あまりの威圧感に、今までついてきた嘘を暴露してしまいそうで、軽々しく口を開けない。

「えっと……あの」

「あっ! 良い行いもすればいいのではないですか?」

 エーゼンが、ポムっと手を打った。
 この空気でよくぞ助け船を……と感動したのも束の間。

「この間読んだ本の悪役がね、本当はそんなに悪い人ではなかったの。その人は、好きな人を助けるためにあえて悪役をかってでて、でも本当は良い人だから、いつも罪悪感に押しつぶされそうでね。それを癒してくれたのが、孤児の女の子だったんだけど。彼はその子を助けることでなんとか自分を保ってて。それが良い行いっていうかどうかはわからないのだけれども……」

 キラキラした瞳で詰め寄って来た。
 
「良い……行い?」

「あっええっと。気持ちが少しは相殺されたり……しないかしらって……」

「エーゼン」

「っはいすみません」

 ミーキアに呼ばれ、項垂れるエーゼン。

「リリ。それで? 良くないことって?」

 ミーキアの声から、曖昧なままで話を進めさせたりしないぞという気概を感じた。
 思わずピンと伸ばした背筋を汗が伝う。

 話を逸らさなければ。誤魔化さなければ。なんとかしなければ。

「あ……う……そ……相殺かぁ」

 今しがた頭に残った単語がしか出なかった。
 こうなったら、エーゼンの話を広げるしかない。

 相殺する行い。行い。相殺だから同じくらいのってことだよね。同じ……同じ。

「殺人を相殺できるレベルの良い行いってなんだろ」

「っ!?」

 鈍い音がした。

 一拍おいて、自分が何を言ったのか気が付いたが。
 椅子から落ちたエーゼン、口を半開きで凍り付いているミーキア、二人を見れば、いや、見なくても空気でわかる。

 もう遅いと。

「えっと……」

 私は、目を瞬かせ、手をぱたぱた動かした。
 ものすごく重いことをものすごく軽く聞いてしまった。広げ方間違えた。間違えすぎた。

「な……なんちゃって」
 
 愛想笑い……愛想笑い……笑顔笑顔。

 口の端がひくひく痙攣した。

 適当言って上手くいくこともあれば、そうでないときもある。これがアドリブというものか。嘘をつくというのは本当に難しいものなのですね。

 ハムスターさん。

 

 ………。



 こんなときだけ他人事だなんて許さないぞ。一蓮托生だからね。そうだよね。一緒に考えるんだよね。

「っ?」

 背中に軽い衝撃を受けた。目の前に紫色のトンガリが……。

 ハっと短く息を吸い込んだら、二人の姿も倒れた椅子も消えていた。
 壁かけ時計を見ると、二人が来る十分前だった。

 
ーーーーーーーーーーー

「はぁ……」

 一先ず窓から外へ逃げることで、二人との話し合い (二度目) を避けることにした。

 幸い庭には誰も居ない。
 日差しが強いから、テラスでお茶してる令嬢もいない。

「ふはぁ」

 逃げられた安堵と逃げてしまった罪悪感で、ため息ばかりついてしまう。

「ああ……だめだ。このままじゃだめの上に更にだめが重なっていく」

 これ以上うだうだしてたら周りの人に申し訳なさすぎる。
 しっかりしなければ。十代だけど中身は二十代なんだから。大人なんだから。

 やりたくない事。やりたい事。やらなければならない事。

 どれもこれも自分の意志だけでは決められないが、嘆いてるだけじゃ解決できない。

 仕事場でだって、何度もそういうことがあった。臨機応変に動けなくて、無理に頑張ってもどうしようもなくて、けれどやらなければならないのは確かで。
 
 自分なりのやり方を探して探して、ぐるぐる考えて、落ち込んだり開き直ったり、それでも私は、なんとかギリギリでもやってきた。
 階段から落ちるあの日までは……なんとか……。

 ほんというと、あそこから先、自分がどうなっていたかを想像すると怖くなる。

 私は一体何がしたくてあんなに息苦しい毎日を送ってたんだろう。よくよく考えたら、よくよくわからん。

 ただただ必死にこなして家に帰ってた。誰も居ない家目指して歩いて……。

「うわ……なんか寂し……」

 ポロっとこぼれた。

 途端に。
 忘れようとしていた感覚が、足元から這い上がってくるような、寒気がした。
 青い屋根の家へ来てからというもの、一人になることが少なくなった。ドアを開ければ誰かが居る生活に、体が慣れてきた。でも心の中では、警鐘が鳴り続けていた。



『でもエーゼンは一生懸命考えて答えてくれたよ。ミーキアもイファンも心配してくれてるよ』


 
 うん。
 でも、私、上手く境界線が引けなくて。



『でもでもでも本当のこと話したら戻されちゃうしね』



「で……うん。そうなの。距離が近づいたってどうせなかったことに……」



『ことに?』



「……そっか」

 そうだ。どのみち戻されるんだ。戻されて、何もかもなかったことになるんだ。相談したとしてもなかったことに出来る。
 戻れるっていうのは、未来を変えるってだけじゃなくて、起こったことを消すことでもあるんだ。
 誰に何を言ってもなかったことに出来るなんて、卑怯極まりないけど、でも……でも出来ることは出来る。
 


『でもったらいろいろ相談しちゃう?』

 ボヨーンと出て来たのはハムスターではなく、泡の塊に耳が生えたものだった。
 泡の塊は華麗にジャンプして、フィギュアスケートのようにくるくる回った。
 飛び散った泡がシャボン玉になり、その一つ一つにハムスターがモフモフしゃべる映像が映っている。


『問題その一。

 モチベーションが上がらない。人を傷つけるなんて良心が痛む。無理。

 問題その二。

 モフモフマリモがこっちの言うこと聞いてくれない。謎のスーパーパワーと、過去へ戻ーるを自由に使えたらいいのに。

 問題その三。
 
 先代王は絶対毒殺しなきゃならないらしい。

 問題その四。

 ヘイツ、ウラガが気になってしかたない。

 まだまだたくさんあるけど。
 主なのはコレくらいかな』

 泡が消えたらハムスターも消えていた。中に居ると思っていたのに、イリュージョンだ。
 それと、飛び散った泡が床の上に文字を描いていた。

 ぼくもいるよ。と。



 う。なんかごめん。違うの。ハムスターが役に立たないとかそんなんじゃないの。ハムスターが居るから私、いろんなこと考えられてるもん。
 本当にただの一人きりだったら、嫌なこととかあんまり考えないようにしちゃうし。

 あれ? 聞いてる?

 

 ハムスターが、ばらまいた泡の上を滑って遊んでいる。ぼくもいるよ、という素敵な文字は、ハムスターの腹スライディングに消された。
 


「うん」

 取りあえず、提起された問題と向き合ってみよう。
 相談できるかもしれないと思ったら、少し気力が沸いてきた。今なら冷静に考えられそうだ。

「ふぅ~~」

 私は、息を吐きながら目を閉じた。

 まず、スーパーパワーと過去へ戻ーるについて。これはもう、ずっとずっとそうしなきゃと思いつつ出来てなかったことだけど、モフモフマリモと話合うしか……話し合いぐらいじゃ聞いてくれそうもないか。
 となると。

 ふと怯える意地悪三人娘が浮かんだ。

 脅す。は行き過ぎかな。取り引きを持ちかける?

 私が持ってる取引材料といえば。
 悪役として多少なりともゲームを動かすことが出来るってことしかない。

 ならば。
 悪役として動いて欲しくば、私の言う通り過去へ戻って力も貸してと交渉するべし。
 しかしそれでは、過去へ戻されたくなくば動けっていうのをまんま覆すってことになる。

「う~~ん……でもそれこそやってみるしかない……かな」

 次に、モチベーションについてだ。

 毒殺っていうのがどうしてもひっかかる。モフモフマリモは絶対実行しろって姿勢だが、いくら一度死んだからって、乙女ゲームだからって、わけのわからない状況だからって、そう簡単に割り切れるもんじゃない。

「これは……」

 モフモフマリモには実行すると言っておいて、その間になんとか方法を探すっていう……のは……なんとか方法を探さなければならないものが増えすぎて、夏休みの宿題三十一日に全部やる状態になりかねない。

「ううう~~ん」

 そんな不可能に近いものじゃ、モチベーションは下がる一方だ。

「う~~ん」
 
 相殺。相殺か。

 殺すの反対はやっぱり生きるだよね。

 生きる。

 生かす。

 生かす……生きていてほしい。生きてほしい。死んでほしくない。

 もしかしたら、それどころじゃないとか自分になんて出来ないとか、そういう問題じゃないのかもしれない。倒れてる人が居たら救急車を呼ぶのが常識な国に生まれた私だ。ゴミはゴミ箱にしか捨てないし、優先座席にも絶対に座らない、ごく普通の人間を二十五年やってきた私だ。死ぬとわかっている人が居て、それを知ってるのが自分だけで、まわりに助けを求めるのが難しい状況下なら。
 普通はなんとかするものだ。そういう常識から逃げようとしたって……何かこう……無理だ。

 大きく考えすぎないように。大それたことだと思わないように。

 私は、大きく深呼吸して、風の音に耳をすませた。木々がほんの少し揺れる程度の小さな音に気を紛らわせ、体の力を抜く。

「よ……し」

 声が掠れた。けれど、気持ち、気合、小さな勇気、そういう何かはちゃんと込められた。

 決めた。決めたんだ。決めるんだ。そうしよう。そうするんだ。

 二人を助けよう。

 何かすっと胸の奥のつっかえが取れたような、急に息が吸い込みやすくなった気がした。
 私は、その場で軽く体の節々を伸ばし、暫し瞼の裏から日の光を見つめた。

 真っ暗じゃない。微かに明るい。

 勢いよく目を開けたら、美しい庭が広がっていた。

ーーーーー

 揺れる馬車の上で思い出せたのはここまでだった。

 私は、誰かに抱きかかえられて、暖かなところへ下ろされた。
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