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面倒見の良いねえさん
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「フスタフっ。先週ぶり」
私の肩を支えたのは、長い金髪のウィッグを付け、水色のパフスリーブシャツにスキニージーンズを履いたフスタフだった。
三十前のおねえ姿なんてキツイ……ということもなく相変わらず似合っている。
「体調は良好? 先週来たとき熱中症になりかけてたでしょう」
「大丈夫」
「じゃあシフト見して?」
「じゃあって……今持ってない」
「取って来て」
「なくしたかも」
「事務所行って聞いてくるわ」
私は、慌ててフスタフの腕を掴んだ。
一応立ち止まってくれたけれど、表情が怖い。ただでさえ鋭い目が、更に鋭くなっている。
「ほかの人と同じ仕事量こなすのは無理だって、俺お前に何年言い続けてると思う?」
出た。男口調。これが素なのか、怖がらせるためにあえてやっているのか。未だにどちらかわからない。
「大丈夫だって言って引き受けて、体調崩してシフト減らして貰って、治ったらまた大丈夫だって言って。一体お前はコレを何回繰り返す気だ? ここに居る奴らが嫌々仕事をしてるってわかってるだろ? 大丈夫って言えば何度でもいくらでも仕事増やされるってわかってるだろ? 俺が何回事務所行ってお前のシフト減らしてくれって言ったと思う?」
「何回……」
「俺も覚えてないわ。来るたびに言ってるしさっきも言ってきたとこだ」
それは誠に申し訳ない。申し訳ないが、こちらにだって言い分がある。
「ここの職員のユニたちの扱いが嫌で」
「人間扱いしろってんだろ。それは俺も同感だが」
「ユニみたいな子から憑かれたって例は未だにないんでしょ?」
「報告されてないだけだ。かもしれないで恐怖心は取り除けないさ。わかるだろ?」
フスタフが、ポンポンと私の頭を撫でた。これでこの話は終わりっていう合図だ。
「…………」
わかってる。
彼が私のためにいろいろと動いてくれているのはわかっている。けれど現場に居る身としてはほおっておくことも出来ず、何年ももやもやしっぱなしで。
「…………」
「……頭に藁つけて。疲れて眠ってたんじゃないの?」
フスタフは出会った頃と違う優しい声、優しい手つきで私の頭についているらしい藁をつまんだ。
女装男子。中世的な魅力を持つ彼の傍は、なんだかとても安心できる。
妖魔とか憑いてないけれども、浄化されるような、ふぁーっとした心地になる。
しかしこれに関しては絆されたくない。
「私……何か出来ないかな……」
曖昧なことしか言えない自分に速攻がっかりした。こんな聞き方、何かイロイロ押し付けてるみたいで嫌だ。実際頼りっきりなのだし。
もっと年相応にしっかりしたことを言いたい。
何かじゃなくて。具体的なことを。あるだろう。あるある。あるはずだ。
「いやそのっ何かっていうかえっと」
「もう……十分だろ」
呟くような小さな声に遮られた。
「え?」
「ん?」
「あの。何が十分?」
「ん?」
ん?
フスタフは心ここにあらずな様子で、私の頭に絡んだ藁を一本一本取っては、自分のポケットにつっこんでいる。
そこらに落とせばいいのに……。
「いたっ」
藁と共に髪を抜かれた。
しかしフスタフはまだぼーっと考え事をしているようで、気付かない。
どうしたんだろ。
なんとなく話しかけることも出来ず、目の前をちらちら動くたくましい腕を見ていたら、白が目に入った。ゆったりした袖の中に白い……包帯が巻かれている。
「えっ? 怪我?」
サっと心が冷えた。
「妖魔獣?」
「いや」
「じゃあどうしたの? 妖精の治癒で治せないほどの怪我?」
癒しを呼ぶ歌と踊りが常に身近にある妖精一族は、少しくらい、いや、結構な重症でもその場で治すことが出来るはずだ。
「ああ……まあちょっとちぎれかけたからね」
「え!?」
思わず飛びのいたら、フスタフもハっとして手を引っ込めた。
暫し目を見開いて見つめ合い。
萎縮した喉の奥からなんとか声を絞り出した。
「どっどうしたの? 妖魔じゃないなら何? 他に怪我してないの? 大丈夫なの!?」
腕がちぎれるなんてただごとじゃない。
ぐっと胸を押さえたら、心臓がドクドク鳴っていた。
数年前……『ヨウヨル』クリアまでの道程で起きた数々の血なまぐさい事件をハムスターがぎゅうぎゅう押し込もうと頑張っているがーー
『殺したなんて……嘘でしょっ……』
暗い牢の向こうでミーキアが怒鳴っている。エーゼンが泣いている。オルレシアンが私を見下ろしてーー
「リリっ大丈夫だ。大丈夫」
フスタフの低い声に呼び戻された。
背中に温もりを感じる。大きな手で撫でられている。
「う……うん」
いかん。これはいかん。いろんなことを経験して乗り越えたはずなのに。強くなれたと思ったのに。ちょっとしたことで、体が強張ってしまう。
ゆったりした暮らしになれたせいだろうか。
駄目だ駄目だ。安心と甘えは一緒にしちゃいけない。私は私の足であの暖かい場所を去ることに決めたんだ。
経験よ、選択よ、頼むから足を引っ張らずに血となり肉となり、財産になれ。
私は、腹の底に力を入れて、フスタフを見上げた。
「あの。私大丈夫だから。それで……その、フスタフの怪我、本当に大丈夫なの?」
フスタフは、眉間に皺をよせ、辛そうな顔で笑った。
痛いのかな……。
私を安心させるためだけのその笑顔は、見ていて苦しいけれど、なんだかとても綺麗で。
これだけ時がたっても乙女ゲームであるという認識があるのか、少し萌え……照れた。
「大丈夫……は大丈夫なんだけどね。でも大丈夫じゃないっていうか……うん」
彼にしては珍しく歯切れが悪い。
これじゃあ大丈夫なのかどうかわからなくて余計に気になる。
あと、フスタフの後ろにまわり込んだユニが、彼の金髪をハムハムしているのも気になる。噛みちぎったりしちゃわないだろうか。
ぶふもぶぶっふーー
「ユニっ」
「実は兄弟喧嘩でこうなったのよ」
「えっ」
ユニを注意しようとして伸ばした手が、空を切った。
「兄弟……喧嘩? って……」
イマイチぴんとこない。目の前に居る女装男子と喧嘩という言葉がうまく結びつかないってのもあるし。彼の兄弟というと。
兄弟といえば。兄弟……だ。喧嘩は……喧嘩だ。
その二つが合体して。兄弟喧嘩だ。
私は、三つ編みハムスターとツインテールハムスターの喧嘩を思い出した。
やっぱりピンとこない。
「兄弟ってハム……じゃなくて……え~~エイラス陛下?」
フスタフはそんなわけないって顔で首を振った。
「じゃあ誰……」
「ヘイツとウラガよ」
「…………」
久しぶりに聞いた二人の名前。
毎晩のように思い出す二人の姿は、まだ少年のまま。とてもじゃないが腕がちぎれそうになるほどの喧嘩なんて想像出来ない。
何の反応も出来ずに彼を見つめ返していると。
フスタフは少し間を開けて、ものすごく嫌そうに口を開いた。
「二人……ね。思い出したのよ。アンタのこと」
「……へ?」
「アンタと過ごした日々と……アンタが死んだってこと。それでまあ二人そろって怒り狂ってエイラスに飛びかかって。それを仲裁しようとしてこのざまよ」
「…………え……ええっ……えええええ!?」
私の叫び声に驚いたユニが、フスタフの髪をおもいっきりひっぱった。
金髪のウィッグがスポーンと取れて現れたのは青灰色の短髪。化粧はしたままだけれど、髪が短いだけで男らしさがぐっとます。
「綺麗な色の髪……」
「そりゃどうも」
「っじゃなくて!」
私は頭を抱え、天を仰いだ。
二人が思い出した。私のことを思い出してしまった。それで兄弟喧嘩。それで喧嘩? なんで喧嘩? 私に対して怒ってるんならまだ……いやでも死んだことになってるし。
「で。いろいろ問題が出てきちゃって。アンタに協力してもらわなきゃいけない事態になったわけよ」
「………………え。でも私、死んだことになってる」
「まあそうなんだけど。うん。ここじゃ落ち着かないから、アンタの個室へ行っていいかしら?」
ユニが金髪を振り回して飛び跳ねている。
とっても楽しそうで、今にも満足して消えてしまいそう……。
ユニと遊んでいると、いつもそんな不安に襲われる。
満足して消えることは、妖魔にとっては最上だ。良いことだ。わかっているのに不安になる。
だってきっとまだたくさんあるはずなのに。私と一緒に過ごすよりも、たくさん楽しいことがあるはずなのに。
それを経験する前に消えるなんて……。
『じゃなくて?』
「うん」
私は、ガクっと頷いた。
私の肩を支えたのは、長い金髪のウィッグを付け、水色のパフスリーブシャツにスキニージーンズを履いたフスタフだった。
三十前のおねえ姿なんてキツイ……ということもなく相変わらず似合っている。
「体調は良好? 先週来たとき熱中症になりかけてたでしょう」
「大丈夫」
「じゃあシフト見して?」
「じゃあって……今持ってない」
「取って来て」
「なくしたかも」
「事務所行って聞いてくるわ」
私は、慌ててフスタフの腕を掴んだ。
一応立ち止まってくれたけれど、表情が怖い。ただでさえ鋭い目が、更に鋭くなっている。
「ほかの人と同じ仕事量こなすのは無理だって、俺お前に何年言い続けてると思う?」
出た。男口調。これが素なのか、怖がらせるためにあえてやっているのか。未だにどちらかわからない。
「大丈夫だって言って引き受けて、体調崩してシフト減らして貰って、治ったらまた大丈夫だって言って。一体お前はコレを何回繰り返す気だ? ここに居る奴らが嫌々仕事をしてるってわかってるだろ? 大丈夫って言えば何度でもいくらでも仕事増やされるってわかってるだろ? 俺が何回事務所行ってお前のシフト減らしてくれって言ったと思う?」
「何回……」
「俺も覚えてないわ。来るたびに言ってるしさっきも言ってきたとこだ」
それは誠に申し訳ない。申し訳ないが、こちらにだって言い分がある。
「ここの職員のユニたちの扱いが嫌で」
「人間扱いしろってんだろ。それは俺も同感だが」
「ユニみたいな子から憑かれたって例は未だにないんでしょ?」
「報告されてないだけだ。かもしれないで恐怖心は取り除けないさ。わかるだろ?」
フスタフが、ポンポンと私の頭を撫でた。これでこの話は終わりっていう合図だ。
「…………」
わかってる。
彼が私のためにいろいろと動いてくれているのはわかっている。けれど現場に居る身としてはほおっておくことも出来ず、何年ももやもやしっぱなしで。
「…………」
「……頭に藁つけて。疲れて眠ってたんじゃないの?」
フスタフは出会った頃と違う優しい声、優しい手つきで私の頭についているらしい藁をつまんだ。
女装男子。中世的な魅力を持つ彼の傍は、なんだかとても安心できる。
妖魔とか憑いてないけれども、浄化されるような、ふぁーっとした心地になる。
しかしこれに関しては絆されたくない。
「私……何か出来ないかな……」
曖昧なことしか言えない自分に速攻がっかりした。こんな聞き方、何かイロイロ押し付けてるみたいで嫌だ。実際頼りっきりなのだし。
もっと年相応にしっかりしたことを言いたい。
何かじゃなくて。具体的なことを。あるだろう。あるある。あるはずだ。
「いやそのっ何かっていうかえっと」
「もう……十分だろ」
呟くような小さな声に遮られた。
「え?」
「ん?」
「あの。何が十分?」
「ん?」
ん?
フスタフは心ここにあらずな様子で、私の頭に絡んだ藁を一本一本取っては、自分のポケットにつっこんでいる。
そこらに落とせばいいのに……。
「いたっ」
藁と共に髪を抜かれた。
しかしフスタフはまだぼーっと考え事をしているようで、気付かない。
どうしたんだろ。
なんとなく話しかけることも出来ず、目の前をちらちら動くたくましい腕を見ていたら、白が目に入った。ゆったりした袖の中に白い……包帯が巻かれている。
「えっ? 怪我?」
サっと心が冷えた。
「妖魔獣?」
「いや」
「じゃあどうしたの? 妖精の治癒で治せないほどの怪我?」
癒しを呼ぶ歌と踊りが常に身近にある妖精一族は、少しくらい、いや、結構な重症でもその場で治すことが出来るはずだ。
「ああ……まあちょっとちぎれかけたからね」
「え!?」
思わず飛びのいたら、フスタフもハっとして手を引っ込めた。
暫し目を見開いて見つめ合い。
萎縮した喉の奥からなんとか声を絞り出した。
「どっどうしたの? 妖魔じゃないなら何? 他に怪我してないの? 大丈夫なの!?」
腕がちぎれるなんてただごとじゃない。
ぐっと胸を押さえたら、心臓がドクドク鳴っていた。
数年前……『ヨウヨル』クリアまでの道程で起きた数々の血なまぐさい事件をハムスターがぎゅうぎゅう押し込もうと頑張っているがーー
『殺したなんて……嘘でしょっ……』
暗い牢の向こうでミーキアが怒鳴っている。エーゼンが泣いている。オルレシアンが私を見下ろしてーー
「リリっ大丈夫だ。大丈夫」
フスタフの低い声に呼び戻された。
背中に温もりを感じる。大きな手で撫でられている。
「う……うん」
いかん。これはいかん。いろんなことを経験して乗り越えたはずなのに。強くなれたと思ったのに。ちょっとしたことで、体が強張ってしまう。
ゆったりした暮らしになれたせいだろうか。
駄目だ駄目だ。安心と甘えは一緒にしちゃいけない。私は私の足であの暖かい場所を去ることに決めたんだ。
経験よ、選択よ、頼むから足を引っ張らずに血となり肉となり、財産になれ。
私は、腹の底に力を入れて、フスタフを見上げた。
「あの。私大丈夫だから。それで……その、フスタフの怪我、本当に大丈夫なの?」
フスタフは、眉間に皺をよせ、辛そうな顔で笑った。
痛いのかな……。
私を安心させるためだけのその笑顔は、見ていて苦しいけれど、なんだかとても綺麗で。
これだけ時がたっても乙女ゲームであるという認識があるのか、少し萌え……照れた。
「大丈夫……は大丈夫なんだけどね。でも大丈夫じゃないっていうか……うん」
彼にしては珍しく歯切れが悪い。
これじゃあ大丈夫なのかどうかわからなくて余計に気になる。
あと、フスタフの後ろにまわり込んだユニが、彼の金髪をハムハムしているのも気になる。噛みちぎったりしちゃわないだろうか。
ぶふもぶぶっふーー
「ユニっ」
「実は兄弟喧嘩でこうなったのよ」
「えっ」
ユニを注意しようとして伸ばした手が、空を切った。
「兄弟……喧嘩? って……」
イマイチぴんとこない。目の前に居る女装男子と喧嘩という言葉がうまく結びつかないってのもあるし。彼の兄弟というと。
兄弟といえば。兄弟……だ。喧嘩は……喧嘩だ。
その二つが合体して。兄弟喧嘩だ。
私は、三つ編みハムスターとツインテールハムスターの喧嘩を思い出した。
やっぱりピンとこない。
「兄弟ってハム……じゃなくて……え~~エイラス陛下?」
フスタフはそんなわけないって顔で首を振った。
「じゃあ誰……」
「ヘイツとウラガよ」
「…………」
久しぶりに聞いた二人の名前。
毎晩のように思い出す二人の姿は、まだ少年のまま。とてもじゃないが腕がちぎれそうになるほどの喧嘩なんて想像出来ない。
何の反応も出来ずに彼を見つめ返していると。
フスタフは少し間を開けて、ものすごく嫌そうに口を開いた。
「二人……ね。思い出したのよ。アンタのこと」
「……へ?」
「アンタと過ごした日々と……アンタが死んだってこと。それでまあ二人そろって怒り狂ってエイラスに飛びかかって。それを仲裁しようとしてこのざまよ」
「…………え……ええっ……えええええ!?」
私の叫び声に驚いたユニが、フスタフの髪をおもいっきりひっぱった。
金髪のウィッグがスポーンと取れて現れたのは青灰色の短髪。化粧はしたままだけれど、髪が短いだけで男らしさがぐっとます。
「綺麗な色の髪……」
「そりゃどうも」
「っじゃなくて!」
私は頭を抱え、天を仰いだ。
二人が思い出した。私のことを思い出してしまった。それで兄弟喧嘩。それで喧嘩? なんで喧嘩? 私に対して怒ってるんならまだ……いやでも死んだことになってるし。
「で。いろいろ問題が出てきちゃって。アンタに協力してもらわなきゃいけない事態になったわけよ」
「………………え。でも私、死んだことになってる」
「まあそうなんだけど。うん。ここじゃ落ち着かないから、アンタの個室へ行っていいかしら?」
ユニが金髪を振り回して飛び跳ねている。
とっても楽しそうで、今にも満足して消えてしまいそう……。
ユニと遊んでいると、いつもそんな不安に襲われる。
満足して消えることは、妖魔にとっては最上だ。良いことだ。わかっているのに不安になる。
だってきっとまだたくさんあるはずなのに。私と一緒に過ごすよりも、たくさん楽しいことがあるはずなのに。
それを経験する前に消えるなんて……。
『じゃなくて?』
「うん」
私は、ガクっと頷いた。
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