悪役令嬢はアクマでテンシだけどタイヨウにもなれる

みやっこ

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回想~ウラガ救出話~

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 月明かりに照らされたセリエンディの森の中。
 風に揺れる木々の騒めきを吸い込むと、土と草の良い香りがした。

 夜の森は少し怖いが、神秘的だ。

 目を閉じて両手を広げ、この音と香に全身を預ければ運気があがったりしないだろうか。

「おいっ」

 真下からツッコみが入った。
 私は、お尻の下に敷いた柔らかな少年……現在、無理矢理地面に押し倒し中なウラガの耳元に唇を寄せ囁いた。

「ヘイツの居場所を知りたければ動かないで。指一本たりとも動かしちゃだめだからね」

 動いたら殺すとか、大事なものを壊すとか、母親をひどい目に遭わせるとか、いろいろ言ってみたなかで、一番効果を発揮したのがこれだった。
 
 ウラガは、何か言いたげに私を見たが。
 
 刹那。

 口を閉ざした。
 場を読んでそうしたのだとしたら、度胸のある子だ。

 私は、長いスカートを丁寧に持ち上げて立ち、ことさらゆっくり振り返った。

「…………」

 何も知らなければ、気付けなかっただろう。
 薄闇に目を凝らすと長い黒髪の少女がじっとこっちを見ていた。

 一見普通の、リリファリアとそう変わらない年頃の彼女が殺し屋だなんて。何度遭遇しても信じがたいし、どういう経緯でそうなったのか、正直気になる。

 が、今はそんなの詮索してる場合じゃない。

「あなたも? 遅かったわね」

 私は、決めていた台詞を言いながら一歩前へ出た。
 本当は近づきたくなんてないが、距離を詰めて少しでも進路を阻んでおかなければ、少女が驚きの身体能力を発揮してウラガに突っ込み、話す間もなくジエンドだ。

「他にも居るなんて聞いてない」

 少女は淡々とした声でそう言った。
 私の出現などどうとも思っていないような、なんでもない表情……何にも見ていないような目で。

「私もよ。依頼主が隠し事してるなんてよくあることよ」

 我ながら棒読み。これじゃ殺しのプロを装いたいのに棒読みのプロだ。
 しっかりしろ私。なんかいろいろ漏れそうなほど緊張してるけど。耐えろ私。

 少女がプロの殺し屋なのだと思い知らされた数々の失敗なんて決して思い浮かべるな私。



 ハムスターが浸水した小舟の上で、水をすくっては捨てる動作を繰り返している。手に持っているのはなんとお玉だ。


 
 うん。もうすぐ沈むわその船。時間の問題だわ。

「……死体。確かめる」

 表情は変わらず。しかし少女の声に微かな苛立ちが混じった。

 よし。今だ。

 私は、俯いてフっと息を吐いた。
 これで笑ったように見えればいいが。

「何?」

 あきらかに少女の苛立ちが増した。

 よし。いける。いけ……いける。いけっ!

 私は、ガクブルな足を奮い立たせ、スカートを翻した。

 本能が、全身の神経が、そんなことをしてはいけないと警告してくるが、何もかも全部無視して、少女に無防備な背中を晒す。

 焦るな。落ち着け。

 私は、優雅な所作でスカートを持ち上げてウラガの傍にしゃがみ、彼の白い頬をするーっと撫でた。

「触らないで。この子。もう私のだから」

 なるべく艶めかしく。
 そう心がけて何度も、ウラガの頬や頭を撫でまわし。
 
 さあ見てと言わんばかりに胸を張り、再び少女の前に立つ。

 気づけ。

 私は、更に更に少女との距離と詰めた。

 冷気に肌を撫でられ、喉の奥が締め付けられる。
 これが殺意というものなのだろうか。

 喉が叫び声を上げんと、震えている。耐えられるかどうか。そんな瀬戸際に。




『びょ~~ん!』




 ハムスターがジャンプして天井に刺さった。


 

 笑わせようとしてくれてるのか、緊張を解こうとしてるのか。なんだかよくわからないけど、息を吐くことは出来た。

「……」

 虚ろだった少女と目が合った。

 たぶん……たぶん気付いた。よね。私の着ているこの服が、セリヌンドュッフェの服だと気付いてるよね。気付いていてください。

 内心激しく願いながら、また俯いてフっと息を吐く。

「手柄ならあげるわ。私はこの子の体が欲しいの。あとで綺麗にするんだから、汚い手で触らないで」

 やはり棒読み。

 せめて動きだけでも……。

 私は、少女に手を伸ばした。

 ホラー絵本。セリヌンドュッフェの主人公。
 少年死体愛好家の変態女セリヌンドュッフェは、その気持ち悪い嗜好とは裏腹にとても美しい女性として描かれている。彼女を前にした人間はみな、その美しさに魅入られて動けなくなり、知らぬ間に命を落としているのだとか……ありえん。

「綺麗な髪。男なら良かったのに」

 これは、セリヌンドュッフェが、殺した少年の幼馴染に言うセリフだ。
 私は、少女の長い髪をするっと手で梳かした。

 少女は微動だにせず、じっと私を見ている。気付いているかどうかはまったくわからない。私の謎行動を疑問に思っている様子すらない。

 ……うん。

 この作戦さすがに無理じゃね? 

 という疑念はずっとある。今まさにある。
 けれど、死体を用意する以外で、殺し屋に死んだと思わせる方法がこれしか……。

 この……異常な模倣犯のフリで殺し屋に、こいつ俺よりヤバくね? ってなって引いてもらうっていう……っていう……っていう案しか、思いつかなかったのだ。

 本好きな少女と、ただの一般女性が頭を捻った結果がこれだ。

 そりゃもう限界は常に感じてるが。
 ギリギリでも数打ちゃ当たると信じ。駄目ならやり直せばいいんだと開き直るしかない。

 少女の暗い瞳に、またもコスプレして、しかも今度はその演技までしている己の姿が映っているのかと思うと、自嘲気味に鼻息が漏れた。

 すると

「サンタクロォウスは居ないけど、あなたは居たのね」

 少女が、招き猫のような満面の笑み。悪意のない子供のような笑顔でそう言った。

 笑顔……だけど。

 恐怖で足が震えそうになった私は、密かに太ももをつねって耐えた。

「ええ」

 もう長い台詞は言えない。声が震えそうだ。

「嬉しい」

「そう?」

「うん。嬉しい。だから死体は焼いたことにする」

 少女は、片頬の筋肉をひきつらせ、下手なウィンクをした。

「大丈夫。私、焼くのが好きなの。ときどき我慢出来なくてやっちゃうの。でもすごく優秀。だから旦那様も許してくれる」

 言葉が出ない。
 頷くことも出来なかった。

 少女は、また下手なウィンクをして、私の肩に触れた。
 
「いつかあなたの宝物たちを見せてね」

 少女が、私の耳元で囁いた。
 私は思わず目を閉じてしまい。

「っ……」

 すぐさま、瞼を持ち上げたが……。

「……え?」

 居ない。
 目を瞬いて暗闇に目を凝らすが、どこにも少女の姿が見えない。

 消えた。居なくなった。脅威は……去った?

「うう……」

 うめき声は……私だ。
 延々我慢してたからか、喉が震えて勝手に出た。

 成功?

 全然喜びが沸き起こらない。体も動かない。思考もまったく動かない。
 何も考えずに両手を広げ、深呼吸しようとしたら。

「っ!?」

 後ろで小さな音がした。
 ビクっと体を揺らし、戻って来たのかと唾を飲み込む。

「なあ。もういい?」

 子供……の声。
 そういえば……。

 そういえばじゃなくてっ後ろにウラガ居るんだった!

 慌てて振り返ろうとした瞬間。

「っ!?」

 激しい音。金属がぶつかり合う音がした。

 それもすぐ近く。

「何っ!?」

 私は、ウラガを気にする余裕もなく、音のする方へ走り出した。
 再び鳴り響く金属音。

 この音は一体。

「っ!?」
 
 弾ける銀の光に足を止め、木の後ろに身を隠す。

 二つ。二人。森の中に人が居る。

 片方は……さっきの少女だ。

 ナイフを右手に構え、左手で腹部を押さえている。
 負傷したのか。荒い息遣いでもう一方の……女性……男性……フスタフを睨んで……。

 ってなぜにフスタフ!?

 フスタフが、長い刀らしきものを担ぐように肩に置き、ものすごく低い姿勢で左手を前に出す、それどうやって動くの? っていう独特の構えで、少女と対峙している。

「誰に頼まれた」

 いつもとまったく違う雰囲気で少女に問うフスタフ。
 
「知らない」

 少女は、ナイフを逆手に持ち、ぽんぽんとステップを踏んだ。
 
「今会ってた女か?」

「知らない」

 軽やかな動きでナイフを投げ、地を蹴る少女。

 危ない!

 叫びたくても声が出ない。
 
 フスタフは突きでナイフを弾き飛ばし、突進して来る少女を串刺しにしようと更に腕を伸ばした。

「っふ」

 少女は片腕を犠牲に。
 フスタフの胸めがけてもう一本のナイフを振り上げ、強引に一歩踏み込むっ。

「っつ!」

 フスタフは体を捻り、肩を切り裂かれた。

「くそっ!」

 お互いを突き飛ばし、再び距離を取る二人。

 少女の腕が大変な状態になっているし、フスタフの立っている地面にも血だまりが出来ている。
 
 二人共深手だ。大変だ。どうしよう。どうしよう。どうし……。

「なに……やってんだよ。兄さん」

 二人の視線が、ザクっと私の背後を刺した。

「ん?」

 少女が殺意に満ちた瞳で私を睨んだ。

「来るなっ!!」

 フスタフが私とウラガの方へ。
 少女が地を蹴って、ナイフを振り上げる。

 スローモーションに見えるが実際はそうじゃない。風が鳴り、空気が動く。

「戻ってぇ!!!」

 私は、叫んだ。
 溢れだす感情のままに。気持ちいいくらい叫びーー

 戻った。
 ウラガを助ける前……作戦を決めた日に。なんとかギリギリ戻れていた。

 ここは私のお部屋だ。誰にも脅かされることない素敵なお部屋だ。森じゃない。大丈夫な場所だ。

「っだ…………うぅっ……うあっ」

 危なかった。

 私は、心の底からモフモフマリモにお礼を言い、床をゴロゴロ転がって恐怖を散らした。

 暫くの間そうした。
 息が切れて気持ち悪くなるまで転がりまわって、なんとか落ち着きを取り戻した。

 それからじっと座って一息つき。

「なんで……フスタフあんなとこに居たんだろう」

 ハムスターと共に、なぜあんなことになってしまったのかを考えた。

 途中までは、びっくりするほどうまくいっていたのになぜ……。

 ベッドに突っ伏して考え続けていたら、フスタフの使妖精が紅茶を入れようかと提案してきた。
 私は二つ返事でベッドから起き上がり。

 台所へ向かう使妖精の背中を見送……りながら首を傾げた。
 
 使妖精。フスタフの使妖精。フスタフ。

 ねえハムスター。
 回線切った使妖精ってさ、それを作り出して本人にだけは情報がいっちゃう的なことないよね。まさかとは思うけど。

 


 ハムスターがパカっと口を開けた。その姿はさながらくるみ割り人形のよう。みごとな口パカだった。



 
 マジカ。




『実は、よくわからないんだ。回線切るって出来る人少ないらしいし。どういうものなのかわからない』




 なぜに今までそれを言わなかった。




『だってリリにとって便利だし。便利だなぁって。便利に水を差すほどハムスター空気読めなくない』




 どすこい!!



 
 あまりにあまりすぎて、怒りの言葉が出ず、力士が出た。
 ハムスターはテヘペロしながら、霧のごとく霧散した。
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