異世界転移を拒んでたら転生した話

みやっこ

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さらば屋敷よ

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「サクラごめんなさい! 私あなただなんて思わなくてっ! 追いかけて来てくれたのにっ走り去ってしまってっ」

 メリエルが、へたり込んでいる私を抱き寄せて、涙声を出した。

「さっき聞いて……ラベンダー風呂好きのサクラってっそれで走り回ってたら、ヴィニアス様に教えて貰って、それでっ食堂に行ったらここってっ良かった居てくれて」

 えぐえぐと説明する姿は、とてもじゃないが、大広間で演説なんぞするような人には見えない。
 私は、メリエルの背中をさすりつつ、ヴィニアスさんを見上げた。
 
 睨みあう長身の男二人。
 いや、正確にはヴィニアスさんだけが殺意満々に睨みつけていて、レンディークさんの方は、私たちを見下ろし。

「別人だな」

 と評した。たぶん、私じゃなくて感情が溢れすぎておかしくなったメリエルのことだろうと思う。私が別人なのはわざわざ言わなくてもその通りなので。

「メリエルメリエル。気にしないで。あんなの誰も気付かないし。それにお金貸してくれたし」

 ヴィニアスが、お金というところで一瞬こちらを見たが、気付かないフリをした。
 私は、メリエルの体をそっと離し、にっこり笑ってみせた。
 エメラルドの美しい瞳の奥に、強く燃え盛る炎のような光が見える。

 なんて綺麗な人だろう。金出て来ているみたいな綺麗な髪。近寄りがたい程の美女っぷり。これは……今の私でも張り合えない。私はただの美少女だが、メリエルは貫禄というか、ものすごいオーラのある美女だ。

「サクラっ」

「メリエルっ」

 私たちは、再び抱き合って、暫し現実とは違うところへ行った。
 住む世界が全く違う上に、毎度裸の付き合いという不思議な状態がなければ、メリエルとはここまで仲良くなれなかっただろうと思う。
 本当はずっとずっと、同じ地を踏んでみたかった。彼女の立場をもっと、理解して、気持ちを共有したかった。

 どのくらい抱き合っていたのだろう。

 頭上で我慢できなくなったらしいヴィニアスが。

「お前。僕の妹に何した? ああ?」

「キスだろ。それ以外の何かに見えたか?」

「殺す!!」

 飛びかかろうとしたのを、すくっと立ち上がったメリエルが片手で制止した。
 あまりに突然、なんの前触れもなく動いたメリエルに驚いた私は、完全に出遅れた。

「……」

 なんだろう。三人向き合って立つと、迫力がすごい。すごい怖い。

「二人ともお待ちなさい。今はそれどころじゃありませんわ。聖女が動いたのですから。サクラにいろいろ聞かなければならないこともありますし」

「えっ! 動いたの!?」

 私も立ちあがって、なんとか話に参加……空気を換えようとしたのだが。
 ヴィニアスは、興奮した猫みたいに、肩を怒らせ、レンディークを威嚇、メリエルはさっきとは打って変わって冷たい表情のまま。

「そうなのよさくら」

 声は優しいのでちょっとほっとした。

「先ほど、聖女が魔瘴を浄化するために現場に出向くと連絡がありました。私は今から城へ向かい、聖女の護衛や経路などを決めるための会議に参加いたします。先ほどヴィニアス様にはお伝えしましたが、レンディーク様も参加してください」

 レンディークがあきらかに眉間に皺をよせたのを見て、メリエルが頷いた。

「言いたいことはわかります。ですが貴方を護衛にと、聖女様がご希望なのです」

「それは断わった」

「あなたが安易に断るから、勲章の授与などと、陛下まで巻き込む形になったのですよ。話が来た時点で、一度こちらにまわして下されば対処したのに」
 
 ん?
 おめでたい話かと思ってたけど。勲章の授与も妹か姉の我が儘から来たことなの?

「だったら聖女を見殺しにすりゃ良かったのか? そもそも魔獣が出る場所でわざわざピクニックなんぞしてるあの女とクソ王子が悪いだろ」

「クソでも王子なのですよ。己の立場をわきまえなさい。良い悪いではなく、その後の対処が悪いと……」

「あの……ごめんどういう話?」

 怒鳴り合うでもなく静かに言い合う二人の空気が冷たすぎて耐えられず、口を挟む。
 するとメリエルは、パっと表情を和らげて、私を見た。とても優しい顔だがそのギャップが逆に怖い。

「サクラ。ごめんなさい。私急いでるから。後で話すわね。レンディーク様とも後ほど。一先ず会議には参加してください」

「わかった」

 あ。面倒になったな。レンディークさん。
 そう思って視線を送ると目が合った。

「キルシェっ」

 その間にヴィニアスが割り込み。
 刹那。カっと何かが光った。
 レンディークは後ろに飛び退き。
 彼の立っていた石畳が黒く焦げて、煙が上がる。

「へ……」
 
 私は、震えた。
 いや、震えてる場合じゃない。
 なんとか奮い立たせ、慌てて兄を止めようとしたのだが、そこに今度はメリエルが立ちはだかった。

「あのねサクラ。時間がないから聞かなければならないことだけ聞くのだけれど」

 いやメリエル後ろ見て後ろ。魔法打ったんじゃない? 今。この国最強の魔法使いが、魔法をお使いになられたんじゃない?

「メリエル。後ろ」

「わかってますわ。でも本当に時間がないの。だから教えて」

 私は、こくこく頷いた。

「サクラ」

「はい」

「あなたどうしてお金もなしに城下町へ来たの? あなたがヴィニアス様の妹だというのは道すがら聞いたのだけれど。あのボロボロの服はどうしたの? 何があったの?」

「……え」

 あれ? 
 今聞くべきことそれだっけ。てか私。何かを言いにここに来て。でもそれはさっき……聖女が動いたって聞いて解決したけど。
 そうだ。なぜ聖女が動いたのかってのを言わなくちゃって思ったし、メリエルもそれを聞こうとしてるはず……なのに。
 ものすごく真剣な眼差しでこっちを見るメリエルの後ろから、ついさっきノーモーション魔法攻撃をした兄が、私を見た。

「それは僕も聞きたい。あの家で何があったの? 詳しく教えて?」

「えっと」

「キルシェ。嘘ついても後でわかることだよ」

「サクラ。何かあったら言うって約束。したよね」

 二人の目の奥の光が目に痛い。
 助けを求めてレンディークさんを見てみたら、今度は目が合わなかった。彼はこの事態に興味をなくしたのか、ぼーっと空を見ている。
 興味。
 そっか興味だ。
 
「あのね。私、神様に頼んだの。えっとその前にあれだ。神様がね、二人にどうしたら聖女として動いてくれるの? って聞いたらしいの。そしたら二人とも、私をこの世界に連れてきたらって答えたらしいんだけど。それをほらっ。神様がこうして叶えたわけだから、聖女も己の役割をこなせ、さもなくば時間を奪うぞ。って姉と妹を脅すよう神様に頼んだの。時間を奪うってのは歳をとらせるぞって意味ね。神との契約には代償があるのだふはははって意味深に笑ってねとも神様に言っといた。二人共、今の年齢的に老けるってワードには弱いと思ったの。今まで散々馬鹿にしてきた私が、ぴっちぴちに若返ってこの世界に来てるわけだし余計にね。いやぁそしたら案の定だったね。覿面効いたね。我が儘に物なんて与え続けても動かないわ。脅すしかないってね。いやぁ私ってば悪よのぅ」
 
 ものすごい早口に捲し立てた。
 が、二人の目に変化はなかった。
 なぜに。興味あるでしょこの話。神様の話だよ。聖女の話だよ。今のじゃわかりにくかったでしょ? ちゃんと聞きたいでしょ?

「いやそれは置いといて」「サクラ教えて」

 時間がないメリエルとヴィニアスさん。時間がないのに私が話すまで動かない二人。
 早くしなければと焦る私。でも説明したくない私。
 ありとあらゆる感情がぐるぐる回って、勝手に想像力を増幅させる。
 城がてんやわんやで、魔瘴に犯された人々は次々倒れる。みんなが大変なことになっているのに、私……。
 妙な意地を張っている場合じゃない。

「あの。まああれなの……」

 私は、聞き取るのが面倒になればいいのにという願いを込めて、あの家であった出来事をまたも早口でばーっと言った。
 心を殺し、やられっぱなしで逃げて来た情けない自分を見てみぬふりして、ありのまま話した。

「というわけで。家出しましたとさ。終わりっ」

 すべてを話し終え、ようやく息を吸い込んだそのとき。
 空気が変わった。

「え」

 思わず声を出して見上げた先に、光の輪が浮いており、その中に複雑な紋様と文字が次々刻まれていく。
 これは恐らく魔法陣というやつだ、大規模な魔法を使うとき、脳内だけでは処理しきれない情報が空に現れると、聞いたことがある。
 
 その魔法陣が、なんと三つも空に浮いているではありませんか。

「ちょ。何コレどういうこと?」

 私が疑問の声を上げたと同時に、三つが輝きを増して弾けた。キラキラとした余韻を残して。
 失敗などではなく、発動したのだろうというのは一応わかった。わかったけれど。

「……ねえっ何? 今のなに?」

「サクラ。もう大丈夫よ」

 振り返ったメリエルが私をそっと抱きしめながら言った。

「うん。安心して」

 ヴィニアスが、私の頭にポンと手を置いた。

「つられた」

 レンディークは、妙に穏やかな声でそう言った。何が何だかまったく理解出来なかったので。

「……あの。メリエル。今何の魔法使ったの?」

 一人づつ聞くことにした。

「屋敷中の木材から木や草が生える魔法ですわ。わたくし神子なので、攻撃系の魔法は心得がありませんの」

 屋敷中。屋敷って。

「お兄ちゃんは?」

「屋敷の地盤が沈下する魔法だよ」

 屋敷。ていうともう。私のお家しか浮かばない。今の今だとそれしかない。え。この距離で魔法って届くものなの? 位置把握できるものなの? それよりなにより。

「お兄ちゃん。使用人さんたち……」

「大丈夫だよ。実はさっき使用人に会ってね。キルシェのこと使用人総出で探してるらしい。屋敷には居ないよ」

 ほっ。
 じゃなくて。じゃなくて。一体何事。屋敷がどうなってこうなった? 何が……。

「俺は爆破した」

 レンディークさんが事も無げすぎて、私が爆破しそうだった。

「二階が吹っ飛ぶ程度だったから、地盤沈下が先だろうし、屋根が消えるだけだろ」

 屋根が……。
 私は、またも想像してしまった。
 あの屋敷が。忌まわしいばかりのお家が、ようやく、念願かなって吹っ飛ぶ姿を。

 いやぁ。

 これまったくすっきりしないよね。
 爆破したいとは思ったけどさ。マジでそうなるとか。しかもこんなにあっさり。数秒で。
 青ざめる私を、抱きしめてさするメリエル。
 やさしく私の頭を撫でるヴィニアスさん。
 
 少し離れた場所で、穏やかに空を見つめるレンディークさん。
 ざわつく心とは裏腹に、私の中で妙な既視感があった。
 あの日。
 あの日と同じ。
 
 私は、あの日がわからない。いつなのかまったく。けれどそんなふうに感じた。
 冷たくて寒くて痛くてどうしようもなくて、何も出来ず何も言えず、心の奥底でだけポツリと呟いたあの日の言葉が、この緩い空気の中で、ぷかりと浮いてくる。

「これからは私も……一緒に……」

 一緒に。すべてを共有できるわけじゃないけれど、これからは、私も、メリエルやヴィニアスさん……レンディークさんと、関わって、向き合って、生きてゆきたい。

「ええ」

「うん」

 二人の声と、私を見てふっと微笑む彼の顔。
 すべてが愛おしくて、私は……

 私は我に返った。

「じゃなくてその。屋敷爆破とかさすがにやりすぎだし。みんな会議行った方がいいでしょ」

「その前にコロッケ」

「レンディークさんそれあとでいいから!」

「コロッケって何? こいつキルシェにコロッケ作らせたの?」

「さくら今キルシェって名前なの? 可愛らしいですわ。外見も前と同じで愛らしいです」

「え前と?」

「ところで今後はどこに住むか決めてます? あなたが魔法使いだってことバレないようにしなければならないから、ヴィニアス様の妹ということも内緒ですわよね。ならばわたくしが」

「神子様。その辺りはあと少しでなんとかなります。なんなら早めてもらいますし」

「帰るぞサクラ。着替えたい」

「え。いやちょっと」

「帰るって何かな。君僕の妹にさっきからちょっかいかけてどういうつもりかな」

 あっという間にカオスに陥ったその場に、数分後、私を心配した食堂のおばちゃんが来てくれて、行くところないならうちで住み込みで働きなっ、という救世主な一言をくれたため、私は揉める三人をスルーして、一直線におばちゃんの元へ走って行った。

 おばちゃーーーーーん!!
 と叫びながら。
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