タイムスリップできなくなった私と一緒に居たがる王子の話

みやっこ

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私が三人に追い詰められた訳

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「……えっと」

 引き戸をぶっとばし社務所内に突撃してきた佐原先輩に抱きしめられている。現状そいうことでよろしいのだろうか。
 体感しているはずなのに理解が遅れるのは、そりゃもう先輩の行動がぶっ飛んでるからで私は何も悪くない。

「先輩? どうしてここに……」

「体は? 体調は? どこか怪我してるのか?」

 先輩は、私の体を見回し、膝に貼られたキズテープの上で視線を止め、するっと私のひざ裏に手を入れて脚を持ち上げようとした。

「ひぎゃーーーー!!」

 必然的に見えそうになるパンツ。
 両手でスカートを押さえたせいで変な体勢になってしまい、上半身が後ろに倒れる。

 いかんこのままでは丸出しに。

 最大のピンチにスローモーション現象が起きた。いや。なんだったっけ。ピンチにスローモーションな感じで見えることをタキ何とか現象……。

 なんてことまで考えられるほどスローモーション。
 走って来たおばちゃんが、豆大福の乗ったお盆を佐原先輩の頭の上におもいっきり振り下ろす。
 佐原先輩はその上をゆくスピードで私を押し倒しておぼんを避け……。

 ガシャンという音と同時に世界がスピードを取り戻した。

「理子。大丈夫か?」

 いや。全然。まったく。大丈夫ではない。

 覆いかぶさられている。
 艶やかな黒髪。綺麗な瞳。首元が汗で湿っている。

 これは駄目

「だっ!」

 私は、先輩の顎に逆転の一撃、頭突きをお見舞いした。
 
「いっ……」

 私も痛かった。いや、私だけが痛かった。
 顎に一撃くらったはずの先輩は、心配そうな顔を少したりとも崩さない。ぶれない。怖い。

「理子っ大丈夫? 痛かった?」

 痛いわ! 
 とはさすがに自業自得なので言わないけれど。

「コウっ」

 思わず名前を呼ぶ。
 すると

「……ん」

 蕩けるような声で返事をして、艶やかなその瞳に私の姿を映し……たかと思いきやわかりやすく視線を逸らす。

 悲しそうで、寂しそうで、嬉しそうな、よくわからない佐原先輩の横顔に、気持ちが急降下していく。

 たぶん。いや確実にこの目は、この感情は、私へ向けられてるものじゃない。
 証拠もなにもないけれどそうとしか思えない。

「落ち着いてください」

 私は、自身にもそう言い聞かせた。

「心配してくれたみたいなんであれなんですけど、今日の早退はずる休みで私はすこぶる元気です。だから今すぐ起きて、おばちゃんと宮司さんに謝って、あと戸も直して」

「膝の怪我は?」

「階段で転んだの。でも大丈夫だから。ちょっと擦りむいただけだし。社務所のおばちゃんに消毒してもらいました」

「なんで荷物置いてった? 靴も……電話も」

「宮司さんが腰悪くして、上まで運ぶのに夢中だったの」

「なんで転んだ? 眩暈か?」

 佐原先輩は、私が何を答えても質問し続け、手首を握って脈まで取ってくる。

「だからっ」

 突き放そうとして腕を突っぱねたら、引っ張り起こされた。

 今のは起こしてくれって意味で手を伸ばしたわけではないんだけども。
 なんだろうこの心配性は。転校した彼女の病弱具合はどれほどのものだったのだろうか。

 どんどん沈みゆく気持ち。

 ……って違う。今はそんなこと置いといて引き戸だ。引き戸をなんとかせねば。
 先輩がやらないなら私が直そう。

「私は大丈夫なんで。引き戸なんとかしないと」

 立ち上がろうとしたら上から肩を押され、目で制される。
 気おされ頷く私に、真剣な顔で頷き返す佐原先輩。

 何か違うことで頷きあっている気がしたのだが。
 
「すみませんでした。すぐに直します」

 何事もなかったかのような顔で二人に謝罪した佐原先輩は、砂地に落ちた重そうな引き戸を軽々持ち上げ、故障個所がないか確かめつつ、ドア枠に嵌める作業を開始した。

 宮司さんとおばちゃんは、口をポカンと開けたまま。
 私も、まったく現状がわからない。

 誰も付いていけてないよ佐原先輩。そのおかしな切り替えは一体どうやってやってるの? もう何考えてるかわからなすぎるから、毎日あなたのことを考えてしま……いやいや……いやいやいや。

 佐原先輩の修理風景を見ながらポエムってたら。
 先に現状復帰したおばちゃんが振り向いて私にニッコリ微笑んだ。
 
「あららおばちゃん勘違いしちゃって。迎えに来た彼氏さん叩こうとしてごめんなさいね」

「あ……いえ勘違いじゃ……えっと豆大福が無事でなによりです」

 さっきおばちゃんすごい動きしてたはずなのに、なぜかお盆の上は無事だ。
 
「ふふっ」

 おばちゃんは、佐原先輩の無駄に逞しい後ろ姿を見て、再び私を見てさっきと全く同じように微笑んだ。

「カッコイイ彼氏ね」

 思い出してほしい。あれが善意で修理にきた若者ではないのだということを。

「そうだ。おばちゃんもう一個大福もってくるからね」

「いえお構いなくっ」

 今度こそきちんと断ったが。おばちゃんは聞く耳もたず奥に消えていった。
 この違和感ある状況でもぶれずに大福を出すなんて、さすが神に仕える人に雇われている人。

「兄ちゃん。直りそうか?」

 宮司さんが、おばちゃんに負けないくらい普通のトーンで佐原先輩に声をかけた。
 何やっとんじゃい! とか 誰じゃい! とか言わないのは、神に仕える人だから……なのだろうか。これはもうさすがというよりも、それで大丈夫なのかと心配になるレベル。

「はい。どこも欠けたりはしていないので、本当にすみませんでした」

 謝罪にはもう少し心を込めてほしいと思う。さっきの焦っている感じをもう一度出して謝ってほしいと思う。そのぐらい感情のこもっていない謝罪だ。

 あれ。もしかしてこの場で焦ってるの私だけ?
 
 疎外感にそわそわが止まらない。
 ほんと一刻も早く引き戸直してほしい。早くこの場を去りたい。それなのに不器用なのかなんなのか、引き戸は一向に嵌まらない。

「手伝いましょうか先輩」

「いらない。理子はそこに居ろ」

 見もせず断られた。
 ちょっとムっとして上げかけた腰を下ろす……と。

「ああそっか。お嬢ちゃん。この兄ちゃんのことで悩んでたんか」

 宮司さんがパチっと両手を合わせた。

 宮司よ。そう思うなら、この兄ちゃんの居る場所で言わないでほしい。

 ほら。佐原先輩扉をガタガタさせるのをやめちゃったよ。
 聞いているよ。あきらかに。

「いえ別に悩んでるとかじゃ」

「わし一応宮司だよ。嘘つかずに素直に言ってみなて。いろいろアドバイスとか出来るかもよ」

 ガコンっと乱暴な音がした。引き戸がスルスルと横へ移動して、佐原先輩が中に入ってくる。

「理子。最近俺のこと避けてたけど。何か悩んでたのか?」
 
「いやあの先輩。その話ここ出てからで……」

「ごめんなさいね。大福これが最後の一つだったのよ。ナイフで二つに切ったんだけど、切り口ギザギザになっちゃった」

 おばさんが、お盆の上の湯飲みをカタカタいわせながらなんだかよくわからないタイミングで戻って来た。

「いえそれはもう全然いいんでっ」

「理子」

 佐原先輩が逃がさんとばかりに私の前にかがむ。片膝をついて、王子様が求婚するような恰好だが、その瞳には甘さも優しさもなく。

 眼光鋭い。

「美恵子さん。二人今真剣な話してるから。お茶は待って」

「あらら」

 宮司さんと社務所のおばちゃん、いや、美恵子さんが、頷きあって耳をすませる。

 三竦みってやつだよ。
 後ろに腰痛、横に大福、前は武士王子。

 嫌だよ。こんな状況で真相解明なんて。

 佐原先輩気付いて。私が恥ずかしがっているということに。話をするにしてもここじゃない場所がいいと思っていることに。

 必死に目で訴えるも。

「理子」

 と佐原先輩。

「お嬢ちゃん迷惑ならちゃんと言いなよ。いくらイケメンでも乱暴者はねぇ」

 と美恵子さん。

「何にも言わずに避けられると傷つくよ。理由あるなら言ってやんな」

 と宮司さん。

「もしかして。俺のこと嫌いになった?」

 と再び佐原……。

 いかん。佐原先輩が社務所の引き戸を引っぺがすという大迷惑かけた時点でもう、この場をうやむやにしづらい。

「うう……」

 私は、恥ずかしさを……必死に押し殺しに殺して。
 ついさっき。
 神社の階段であおむけになっていたとき浮かんだ気持ちを浮上させた。

 きっと佐原先輩から真実を聞いてしまったら辛いだろう。でも。

 喉の奥に力を入れる。

 このままでいるのは嫌だ。先は怖いけれどでも、ここには居たくない。もう一度みんなとお昼食べたい。楽しく過ごしたい。例えそれが束の間だとしても。もう一度……。

「私……が佐原先輩のこと嫌いって言ったら、佐原先輩もそうなんですよね。私のこと嫌いになるんでしょ」

 違う。こんなことが言いたいのではない。
 私は……。

「何どいういうこと? おばちゃんちょっと事情わかんない」

「宮司もわからんのだけど」

 シリアスが保てない。

「えっとですね……」

 私は、佐原先輩を一時放置して、ヤケクソ気味に過去佐原先輩が言ってきた言葉を宮司&美恵子にかいつまんでお伝えした。

「んん? 最近の若者はそんな風に告白するんかい。逃げ腰な」

「えっ違うでしょ。あれじゃないの。詩人っぽく。すっごい好きだよって意味じゃないの? 墓までとかおばちゃんちょっとロマン感じるよ」

 おばちゃんは、そういいながら持ってきた豆大福を掴んでむしゃむしゃして、今まさにロマンをぶち壊しているが。

 まあそれはいいとして。

 私は、先輩に無理矢理意識を戻し、今度こそちゃんと聞くべきことを聞こうと息を吸い込んだ。

「あの。私聞いたんです。先輩のこといろいろと」

「ん?」

「先輩が見てるのは本当に私ですか?」

 ちゃんと……聞きたいのに回りくどくなってしまうのはなぜだろう。

「私のことちゃんと見てますかっ」

 しかも私ってば何を思ってか、勢いよく立ち上がって先輩に顔を近づけてしまった。
 いつも先輩がやるように、おもいっきり。

「……っ」

 佐原先輩が顔を引こうとしたので、胸倉を掴んで動けないようにする。

 さあもう逃げ場はナイぞ。答えてトドメをさしてくれ。すべてをハッキリさせてくれ。

 勢いにまかせて睨みつける。
 睨みつけている……はずなのに。

 対する佐原先輩は、まるで眩しいものでも見るように目を細め、ふっと息を吐き……笑った。
 私は怒っているのに。笑っている。場違いに笑顔だ。

 唇に吐息がかかって驚き、体を引こうとしたら手首を掴み返されて逃げられない。

 今。視界一杯に佐原先輩がいる。
 横でむしゃむしゃ咀嚼音が聞こえる。お茶をすする音もする。

 勢いで頑張ったけど、美恵子さんと宮司さんのせいで速攻現実に引き戻され、羞恥心で一杯です。

 早く何か言って。潔く自爆させてください。

 ふと手首が自由になった。
 佐原先輩は、私を掴んでいた手を握りしめて……降ろし……笑顔を崩した。

「誰から何を聞いたのかわからないけど、理子が言いたいことはなんとなくわかる。でも俺は……答えられない。わからないんだ」

 とても小さな声に。

 私も、美恵子&宮司も耳を澄ませる。

「夢……見てるような気分で。ちゃんと考えられない。嬉しくなって……でも考えようとしたら辛くなる……目が覚めたら嫌だって……」

「……夢?」

「そう。夢。想像してたよりずっと……」

 ずっと?
 
 その先を聞きたいのに、佐原先輩は口を閉ざ黙ってしまった。

 少し待ってみても。
 
 宮司&美恵子とアイコンタクトしても……一向に続きを話す気配はない。

 え? 今ので終わり? 私結構気合いれて聞いたんだけども。それじゃちょっとわからないんですけれども。夢。という、不穏な単語のみが私の中に残ってしまうよ。

 やっぱり私は誰かの代わりだったんですねーー! と今にも叫んで走り出しそうな自分が居る。

 けれど、美恵子と宮司の視線がそれを封じる。

 私は、勢いと羞恥の狭間から抜け出そうと目を閉じた。

 森の木々の騒めき。夕暮れの切ない色。
 景色と一緒に広がる気持ちは、どこにも引っ掛かることなく

「佐原先輩。うだうだ考えずに私のこと見てください」

 さらっと外へ出た。

 そして目を開ける。

 私はちゃんと見ている。だから。

「私のことちゃんと見て、そして聞かせてください。佐原先輩のありのままの気持ちを聞かせてください。私はそれがどんなものでも。ちゃんと受け止めます」

 これが今のせい一杯。本当は青木さんの名前を出してハッキリ聞いた方が簡単なのに、出来なかった。

「なので取りあえず。先輩先に帰って貰えますか」

「……ん?」

「いや ん? じゃなくてっ。今すぐここで……ここでっ! 聞きたいってわけじゃないですし。一先ずお別れしましょう」

「……」

 佐原先輩の顔つきが。
 何かこう。
 怪しい企みをする悪党っぽい顔になった。
 
 意味わからん。

 でも好き……みたいだ。

 私は佐原先輩のことが何一つとしてわからない。そして自分のこの思考回路もよくわからない。
 好きって……どこをどう通ったらそんなことに……前々から疑問だったけども。改めて自分で自分がわからない。いくらイケメンで優しいからってこんなわけのわからない人をなぜって思うけど。

 しょうがない。

「じゃあ家まで送ってもいい?」

「駄目です。先に帰ってっていいましたよね。帰り道が気まずいでしょう?」

「頼む」

「いえ。結構です。っていうか少しの間距離を置きましょう。その方が……お互い落ち着いて考えられるっていうか」

「何ミリ?」

「ミリから交渉するとかひどっ」

 つい笑ってしまった。
 先輩も笑顔だ。
 
 駄目だ。ハッキリと意識した途端、前よりも、佐原先輩の笑顔が眩しい。消滅しそうなほど眩しい。

 私は、光に滅せられまいと唇をかみしめ、隙間から声を出した。

「佐原先輩。今日は心配してくれてはりがとうございやした。宮司さんも美恵子はんもご迷惑おかけしてふみまへんでした」

 ついで。
 ではないけれど、全員に謝る。
 滑舌悪い感じになってしまったが、もうこうなったら恥ずかしさもなにもない。

「いいのいいの」

 私と佐原先輩の前にお盆を差し出し、今しがた起きたすべてを締めくくる素敵な微笑みを浮かべる美恵子さん。
 絶対何がどうなってこうなったのかわかっていないにもかかわらず締めに入る大人の対応が、今の私にとってどれだけ助かるか。

「ほら。仲直りしたんだから、大福食べ……あら? 半分しかないわ」

 間が。
 静けさが。
 美恵子さんの口の周りに残った白い粉が。

 宮司さんのツボを刺し貫いた。

「ぶっはっ美恵子さんさっき自分で食べうっ!」

 宮司さんの腰から妙な音がした。

「っ……」

 宮司さんが小刻みに震えている。痛みからかと思いきや、まだ笑っている。ものすごく笑っている。
 
 でも白目剥いてる。

 これ以上彼を笑わせてはいけない。

 私と佐原先輩と美恵子さんは、今は笑ってはいけない、どれだけ面白くても耐えるときだと、お互い牽制し合った。

 でも無理だった。

「ぶぷっタクシっ」
 
 美恵子さんは口元を抑えて、タクシー会社に電話しに行き。
 佐原先輩は、器用に鼻息だけで笑いながら、のけ反る宮司さんをなんとか椅子に座らせ。

 私は、佐原先輩が階段で拾って持ってきてくれた鞄から携帯を出して、近所の病院を検索しながら肩を揺らした。

 そんなこんなで。

 帰りが遅くなり、結局佐原先輩に送って貰う羽目になったが。
 少し前の明るい空気はどこへやら、二人共無言を貫き、家の前まで来たらあっさり別れた。
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