ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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序章と果てしない回想

エルザの気遣い、あるいは悪戯

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 エルザは真面目に教会と屋敷を管理してくれていたし、俺の食事もきちんと用意してくれたが、たまにやりすぎることがあった。基本的には真面目なんだが、たまにはっちゃけることがある。一度それでとんでもないことになった。あれがあったから今があるわけだから、結果としては悪くなかったのかもしれない。あれは軍学校に入ってから半年くらい経った頃だっただろうか。



◆ ◆ ◆



 夏になる少し前、私はエルマー様と初めてお会いしました。燃えるような赤い髪、しっかりとした赤い目、そして同い年としてはかなり高い身長。エルマー様はトビアス様を若くして、一回り精悍にしたような方でした。

「エルザです。よろしくお願いします」
「エルマーだ。田舎育ちだから、父に似て言葉が悪いが勘弁してくれ」
「いえ、私も田舎育ちですから……」
「そうか? きれいな言葉だと思うけどな」

 エルマー様は私の言葉遣いをきれいな言葉だと言ってくれました。特に教育を受けたわけではありませんが、教会の運営する孤児院で育ったため、聖書は何度も読んでいました。

 エルマー様は——思い返せばトビアス様も同じような感じでしたが——言葉遣いはぶっきらぼうですが、非常に優しい言葉をかけてくれる方でした。私がエルマー様に惹かれたのは、その言葉がきっかけでした。



 エルマー様はお屋敷から軍学校に通い始めましたが、たまにつらそうな顔をして帰ってくることがありました。そのようなときは「今日は食事はいらない」と言って自室に下がることがほとんどでした。体調がすぐれないのでしょうが、食事を取らなければ体調はよくならないと思って、部屋の前に簡単な食事を置いておきました。ほとんど残されていましたが、次の日には「食べられなくてすまない」と言ってくれました。

 それが半年くらい続いたでしょうか、年が変わった頃から、少しずつ状況が変わってきました。エルマー様が体調を崩すことがほとんどなくなりました。「何か変化があったのですか?」とお聞きすると、「色々なことに慣れた」と返事が帰ってきました。周りは王都周辺の貴族ばかりだそうです。気を遣うことも多そうです。胃を痛めることも多いのでしょう。私としては食事を作るくらいしかできません。できるだけおいしいものを食べていただきたいと思います。

 そう思っていた矢先でした、エルマー様が倒れました。かなり熱が高く、水で湿らせたタオルを固く絞って額に乗せますが、すぐにぬるくなってしまいます。何度も交換したことを覚えています。その間はずっとエルマー様の側にいたために疲れたのでしょう、気が付けば私はエルマー様のベッドに寝かされていました。部屋の中を見回しましたが、エルマー様の姿はありませんでした。

 しばらくするとエルマー様が部屋に戻ってきました。どうやら熱が下がったようで、台所まで水を飲みに行っていたということでした。

「エルザ、看病してくれて助かった。礼がしたいと思うが、何か希望はあるか? 俺にできることがあれば何でも言ってほしい」

 エルマー様は私にそう聞いてくださいました。私は起き抜けで頭が回っていなかったようで、今思えばとんでもないことを口にしました。

「キスしてください」

 口にした瞬間、自分でも何を言っているのだろうと思いましたが、零れたワインは瓶には戻りません。するとエルマー様の顔が目の前に。それから二人はもつれ合うようにベッドに。ああ——



◆ ◆ ◆



 そうか、あれがあってからもう一か月か。あっという間だったな。

「なあ、エルザ」
「あっ、エルマー様。後ろから覗くのはマナー違反ですよ?」

 エルザが堂々と日記のようなものを書いていたので、つい覗き込んで声をかけてしまった。

「いや、見てくださいと言わんばかりにこんなところで書いているからだろう。ところでその内容だが、全体的にものすごく美化されていないか?」
「そうですか? エルマー様は初めてお会いしたときからずっと精悍ですよ?」
「いや、俺のことではなくて話の内容だ。美化というのはおかしいな。脚色されていると言うか、盛られていると言うか、捏造されていると断言すべきか」
「どのあたりでしょうか? できる限り忠実に書いたはずですが」
「……その場面だが、俺は台所で水を飲んで、なんとか気分を落ち着けてから寝室に戻ってきた。そうしたらお前が俺のベッドに入って俺の名前を呼びながら自分を慰めていたと思うんだが。それで俺が部屋に入ったことに気付いたらベッドに引きずり込まなかったか?」

 部屋に入ったらずいぶんと色っぽい声が聞こえて、どうしようかと思ったらエルザと目が合い、そのままベッドの方へ引きずり倒されたはずだ。まあエルザがいいならいいかという感じになっていた。

 薬のせいで判断力が落ちていたんだろう。そもそも薬を盛られたと分かっていわけだから、盛った犯人がいる部屋に戻ることはマズかったはずだ。あのときはそんなことすら理解できないほど頭が回っていなかった。その場であったのが殺し合いでなくてよかったが……ある意味では戦いだったな。お互い初めてだったこともあってが外れたようになり、翌朝ベッドがひどい状態になったことは覚えている。

「あはははは、少々美化しすぎたでしょうか。でもほら、自慰をしているときに戻ってきたと書くよりはいいと思いますよ? それに、結局あれからエルマー様に抱かれたわけですから、結果としては間違ってはいないはずです」
「いや、お前を抱いたのを後悔しているわけじゃないが、ちょっといいか?」
「何ですか?」
「あれは明らかに薬を盛られた感じだった。それに俺は一般的な毒なら効きにくくなっているから、あれは毒以外の媚薬か何かだったんじゃないのか? 香辛料を利かせた料理が並んでいたのは、その匂いを隠すためだったと俺は考えたんだが」
「いえいえいえ、エルマー様に一服盛るなんて、そんな——」

 目が泳いでいるぞ。

「そうか、俺の勘違いか」
「ええ、きっとそうですよ」

 俺がそう言うと、あからさまにホッとした表情をした。エルザは嘘がつけない性格だからすぐに顔に出る。

「そうか、そうだな。それならは媚薬ではないな」
「え?」

 俺は小さな包みを取り出すと、それをエルザに見せた。

「実はあのとき台所に行って皿を調べたら、残った汁にが含まれていたことが分かった。それを次の日に探したら、お前の机の引き出し中にあった瓶の中身と一致したわけだ。それでそのときにこっそりと一部を頂戴していて、それが今でもここにあるんだが」
「あー、いやー、それはそのー」
「お前が違うと言うならこれは媚薬ではないんだろうが、近くの薬師くすしに聞いてみたら、お前にこれを売ったことがあったそうだ」
「あー、それはー、ごく少量なら料理の味に深みを加えるために使われますよ?」
「そうだな。少量ならな。だがどう考えても尋常な量ではなかったぞ」
「あはははは。うっかり量を間違えたみたいですね」
「それなら次回は間違えないようにな。ところでこの薬は効き目があるらしいな。エルザ、塗るのはとどっちがいい? ちなみに自分で絶対に触れないように手足は縛るぞ」
「いやーーーーー‼」



 お仕置きが終わったので、グッタリしたエルザにあらためて聞いてみることにした。

「どうしてあのとき薬なんか使ったんだ?」
「あーー……それがーー……まあ……しばらく元気がなかったエルマー様を励まそうと……」
「元気がなかったわけじゃないんだけどな。そうか、心配させたな」

 しかし励ますのに媚薬を盛るか? 励むの間違いだろう。

「それにしても、どうしてあの薬を?」
薬師くすしの方に聞きました。男の人に元気になってもらいたいので何かいい薬はないかと。そうしたらあの薬を紹介されました。まさか倒れるとは思わず」
「男を元気にって、それは意味が違うだろう。まあ元気にはなったな、アレが……。この年では必要ないと思うけどな」
「すみません、量が多すぎたようです。本来なら食事が終わって気分が高揚したエルマー様に襲われる予定でした」
「結局襲われたのは俺の方だったな」

 俺が部屋に入ったときのエルザの目は、餌を見つけた魔獣の目だった。

「自分の食事にも入れたのか?」
「いえ、エルマー様のお皿にだけです」
「お前の様子もかなりおかしかったと思うぞ」
「なぜか分かりませんが、起きた瞬間におかしな気分になっていました」

 大量に汗をかいたからなあ。もしかしたらそれが影響したのか。俺のベッドに顔を埋めていたからな。まあ今となってはどうでもいいが。

「とりあえずあの薬は禁止だ」
「少量でもダメですか?」
「また塗られたいのか?」
「いえいえいえあれはダメです塗っちゃダメですおかしくなりますダメダメダメ」
「それならあれはなしだ。あんなものを使わなくてもいつものように普通でいいだろう。当分は一緒だからな」
「……はい、エルマー様」
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