ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第一章:領主一年目

無垢と若さと勢いと

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 私は竜の娘らしい。そう言われてもお父さんとお母さんしか見たことがないから、他との違いは分からない。たしかに二人と同じような姿をしている。私の方がずいぶん小さいけど。

 私はこれまでこの家の中で過ごしてきた。入り口からは外が見える。でもそこから外には出してもらえない。それはきちんと成人してからってことらしい。だからいつも外ばっかり見てるのよね。



 あるとき、お父さんとお母さんが全く別の姿になった。それは人という分類の中の人間という種族に近い姿なんだって。人には背が高いのも低いのも、耳が長いのも短いのも、魔法が得意なのも苦手なのもいるんだって。

 私もしばらすくすると人間の姿になれた。竜はこの人間の姿になって、人の町の中で暮らすこともあるみたい。いずれそんな生活をしてみたい、そう思ってたの。

 そして今日はたまたま、どういうわけかお父さんもお母さんも家にいない。入り口からはいつもと同じように外の景色が見えてる……。

 えいっ。

 私は外へ飛び出した。



 初めての空。しばらく飛んでいると、向こうの方に人間らしいものが見えた。川の側で土に何かをしてるような気がするけど、何をしてるのかは分からなかった。じっと見てるとこっちに気付いたみたいで目をそらされた。

 さっきから見てると、ここには人間は他にいなさそう。お父さんかお母さんが狩ってきてくれる魔獣はいるけど、人間は全く見かけない。そういう場所なのかな?

 またしばらく飛んでると、さっきの人間が何かしている。何なのかが気になる。近寄って……でも大きさが違いすぎて逃げそう。人間の姿になれば大丈夫かな?



「それは何?」

 ⁉

 自分でもビックリするくらい、思いっきりぶっきらぼうな声が出た。上手く声が出ない。そう言えば、この姿で声を出したことはほとんどなかった。慌てて言い直そうと思ったけど、やっぱり上手く声が出ない。もっと練習しておけばよかったな。でも目の前の人間は、私が現れてビックリしたみたいだけど、嫌がってなさそう。よかった。

 その後も「これは蜂蜜を使った菓子だ。美味いぞ。お前も食べるか?」とか「濃くした方が絶対に美味い。美味いものを飲みたいならもう少し待て」とか「茶は熱いから、一気に飲んで火傷するなよ」とか気遣ってくれた。人間って優しい。

 人間の食べ物はサクサクしていて甘くて、茶と呼ばれた飲み物も甘くて美味しかった。食べている間、その人間がじっとこっちを見ていた。目を合わせたら恥ずかしくなって、慌てて目を逸らしてしまった。

 それから私は竜だという話になったので角と羽を見せた。人間には角も羽もないから珍しいみたい。触っていいと言ったら喜んで触ってた。角は少し違和感があるくらいだったけど、羽は体が跳ねるくらいくすぐったかった。なんかドキドキした。

 それからしばらくして帰ることになった。邪魔だったんじゃないかと思ったら、「じゃあまたな」と言ってくれたから。よし、また遊びに来よう。そのときはそう思った。でも帰ったら大騒ぎになった。



 ガスッ! 

 ゴンッ!

「つ、角を触らせた⁉」

 お父さんはテーブルの脚に小指をぶつけてうずくまっている。お母さんは白目を剥いて泡を吹いてひっくり返った。竜って泡も吐くの? 私は火しか吐けないわ。

「うん、珍しいって言ったから、触ってみるかって聞いた。ダメだった?」
「……お前から触らせたんだな?」
「そう」
「そうか……。それよりもまずパウラだな」

 お父さんはお母さんを抱えてベッドに運んでいった。ひょっとして、マズいことだった?



 しばらくするとお父さんが戻ってきた。

「カレン、よく聞きなさい」
「はい」

 いつもと違って真面目な顔だったから、思わず背筋が伸びてしまった。こういう顔のお父さんは珍しい。

「お父さんもお母さんも、大事なことはきちんと覚えなさいと言っただろう」
「角のことは聞いてない」
「これから話すところだったのに、その前におまえが飛び出したんだ」
「……ごめんなさい」
「まあ……済んだことは……仕方がないが……相手は人間だったんだな?」
「そう。何か作ってた」
「まあ一度挨拶に行くとするか。おまえも明日、一緒に来なさい」
「分かった」
「それよりもまず、角を触らせることについて話をする。これは大切なことだからきちんと覚えなさい」
「うん」



 竜にとって角は大切なものだから、軽々しく触れさせちゃダメらしい。ピンとこないけどね。角は角じゃないの? 触らせた相手と一緒になるんだって。そのあたりのことをお父さんはあまり話してくれなかったけど、夜になったらお母さんが私を部屋に呼んで詳しく教えてくれた。

 雄と雌——人間は男と女という呼び方らしい——はつがいになる。それはこれからずっと一緒に生きていくということ。そうすればいずれは子供を作ることになる。お父さんとお母さんの間に私ができたように。

 子供? どうやって?

 私は竜であの人は人間。それなら私が人の姿じゃないと子供は作れないんじゃない? そう思っていると、お母さんが何冊かの本を取り出して私に渡してくれた。これは?

「それは人の男女の営みについて書かれた本よ。お互いを喜ばせるためにはどうすればいいのか、子供を作るためにはどうすればいいのか、参考にしてみなさい」

 自分の部屋に戻り、本の表紙に書かれている文字を読む。

 『誰にでも分かる四十八手』
 『誰にでも分かる裏四十八手』
 『相手を喜ばせる一〇〇の方法』
 『魅力アップの秘訣』

 一冊目。男女が裸で絡み合っている。

 二冊目。一冊目と同じように男女が裸で絡み合っている。この二冊には実践編と書かれていた。子供を作るときにする姿勢みたい。へえ、こんな体勢をして大丈夫なの?

 三冊目。これは直接子供を作る行為じゃないみたいね。気分を盛り上げる方法が書かれているみたい。ふーん、こんなので喜ぶのね。

 四冊目。これはさっきの二冊とは少し違うわね。いかに自分を美しく見せるかという本だった。パラパラとページをめくってみる。自分の魅力? ありのままの姿? 挿絵の女を見る。お母さんの姿を思い浮かべる。それから自分の体のことを考える。



 長身、長身、ちんちくりん

 ボンキュッボン、ボンキュッボン、キュッ

 ぺしっ

 思わず本を床に叩きつけた。

 この本の通りなら、活かすべき魅力が最初からないんだけど。ねえ、どういうこと? かろうじて腰はくびれてるんだけど。私はあのお母さんの子供よね? 将来はあんな感じになれるのかなあ。でも人間の姿は変えられない。よく分からないけど、今の私の姿は『もし人がこの年齢ならこんな姿になる』という姿で、これはどうやっても変えられないらしい。年齢に応じて変化はするみたいだけど。

 そうかー、これはもうどうしようもないかー。でもあの人がどんな外見の女が好きかは分からないわ。それに、背が低くても出るところが出ていなくても、子供ができれば問題ない。あの人とは頭一つ、ううん二つくらいは背の高さが違うけど大丈夫かな? それでも大丈夫そうなものが最初の二冊にないかを調べた。

 ある! いっぱいある! ねえ、どうすればこんな風に体が曲がるの? これ、ひっくり返る意味あるの? 普通じゃダメなの? あの人は背が高くて私は低いから、ここがこうなって……こんな風に。うーん、でも考えすぎてもダメかな。実践あるのみね。

 でもホントに色々と考えるわね。人間ってすごい!
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