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序章と果てしない回想
卒業間近の約束
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どんなつらい経験でも嫌な思い出でも、それなりに時間が経ってから振り返ってみれば、多少はいい想い出になるんじゃないかと思える場合もある。もちろん誰もがそう考えるとは思えないが。つらいことや嫌なことはあっても、人生そればかりではないからだ。
軍学校の最初の半年ほどは本当にろくでもないことが多かった。今だから言えるが、正直なところ、父に勧められて入ってはみたものの、入らない方がよかったと思ったことは何度もあった。それでも殿下と知り合うことができたし、エルザが側にいてくれた。何度も毒を盛られたことは間違ってもいい想い出には入らないが、それでもその後のことを考えれば役に立ったのは間違いない。
卒業が近づいた頃、俺はそれなりにあの生活を楽しんでいたんだなという気分になっていた。
◆ ◆ ◆
王都での暮らしもそろそろ三年になる。つまり軍学校の卒業が近づいたということだ。この三年間、本当に色々なことがあった。
最初の一年間は激動と言えるほどだった。ろくでもない連中に散々絡まれたし、毎週のように新しい毒を飲まされる羽目になった。それでも殿下と知り合えたし、エルザと一緒にいられた。この二人と会っていなかったら俺の軍学校時代がどうなっていたか、まったく想像できない。実家でのんびり暮らすのもそれはそれで悪くはないが、それはそれで変化がなさすぎて退屈に感じたかもしれない。
俺は自分のことをそれほど慌ただしい性格だとは思っていない。だがやり残した課題は気になるし、やるべきことは先に終わらせてからゆっくりしたいと思える性格だ。後になってから慌てたくないというのはある。
二年目からはそれなりに落ち着いた生活が送れた。最初の頃に絡んできたやつらがあまり近づいて来なくなったからだ。さすがに何度も毒を盛られれば慣れるというものだ。普通に手に入る毒の中で俺に効くものはもうないはずだ。他にどんな毒を盛られる可能性があるかと近くの薬師に聞いたら「よく生きていられますね」と呆れられた。
俺に毒が効かないとなればそれ以外の方法しかないが、俺の方が体が大きいので一対一の戦いでは俺には敵わない。そうなると闇討ちくらいしか手段はないが、それも殺気を読めば問題ない。俺もずいぶんと戦うことに慣れたものだ。
また、敵ばかりでもなくなり、多少は友人もできた。主に文官志望のやつらだ。実践訓練のときに剣で殴られるよりは落とし穴にはまった方がマシだと考えたやつらだ。彼らとはある意味では仲良くやってきた。なるべく怪我をしないようにするためにはどのような落とし穴にしたらいいかを真面目に議論したこともあった。
そして三年目の後半、学生たちはそれぞれが自分の将来について気にし始める頃だ。上級貴族なら実家に戻るやつがほとんどだろう。下級貴族の中には在学中に作った人脈を頼りに仕官先を探そうとするやつもいる。あるいは国に仕える道を探す者もいる。俺の場合は実家に戻っていずれ領地を継ぐしかないから、戻ればそのための勉強をすることになる。
俺はつい先日は殿下の誕生パーティーに招かれ、周囲の貴族たちからは一体何をしに来たのかというような視線を向けられつつ、ひたすら食べて殿下と話をして帰ってきた。あれだけの料理を口にできることはもうないだろう。俺の周りには誰も近寄ってこなかったから、あのあたりのテーブルの料理はほぼ独占していた。さすがに全部食べてはいないが、あいつらが料理を口にするとも思えなかった。
あの場にいた他の貴族たちは料理よりも自分の娘を殿下に押しつけられるかどうかの方が大事だった。間違ってもドレスを汚してはいけないので料理は口にしないように、などと自分の娘に言っているのを聞くともなしに聞いてしまった。もったいない。
「殿下、調子はいかがですか?」
「調子が悪そうに見えるか?」
「なんとなくですが、疲れて見えますね」
「体調は悪くはないんだが、なあ」
殿下とはパーティーで分かれてから一週間以上会わなかった。体調は悪くはなさそうだが、疲れた顔をしているのはやはり婚約者を押しつけられそうになったのを防いだか、それとも諦めて受け入れることにしたか、そのあたりじゃないかと考えている。多少気にはなるが、こちらから挨拶代わりに聞いていい話でもない。
「とりあえず報告だが、婚約者の件は何とか言質は取られずに済んだ。私はまだ学生の身分だし、王太子としてある程度の実績を上げるまでは結婚は考えないとあの場で伝えた。これから数年くらいはごまかせるだろう。もちろん叔父も何かを仕掛けてくるだろうが」
「しかし、結婚せずに済ませるわけにもいかないと思いますが、どなたか心に決めた方でも?」
「いや、誰もいない。正直なところ、私個人としては身分に関係なく相手を選びたいところだが、立場上そういうわけにもいかない。ある程度の家柄の娘となると叔父の息がかかっている家が多くて、他から選ぼうとすると妨害があるだろう」
大公が攻めれば殿下が躱す。殿下に攻める手段がないとすればそれしかないだろう。いつまで躱し続けられるかだ。簡単な足運びでもずっと続けていればそのうち足がもつれる。あるいは息が切れることもあるだろう。そうなったら転倒するしかない。
「大公の嫌がらせを躱し続けてどうにかなるのならそれが一番ですが、それも難しいですね。反撃の手段があればいいのですが」
「まあな。政治力という点では私は足元にも及ばない。父ですらそうだ。今のところはなんとか切り抜けているところだが、このままではな。それにこの前も急に四人目の妹がなあ……」
「ひょっとしてお生まれになったのですか?」
「あ、いや、妹ではなかった。間違いだ。気にしないでくれ」
「分かりました」
まあ言いたくないこともあるだろう。相談されたら乗ったらいい。
「そうだ、エルマー。ここを卒業してしまえば会うことは難しくなるのは分かるが、もし将来私が困ったことになったときには、また手を貸してくれないか?」
殿下が真剣な顔つきでそう聞いてきた。三年間仲良くさせてもらった。同い年なのは分かってはいるが、なんとなく弟のように思えなくもない。真面目で少し気弱な弟だ。
「もちろん臣下として、あるいは学友として、殿下をお助けすることをお約束いたします。もっとも我が家はお歴々からはかなり煙たがられていますので、私自身がどうなるか分かりませんが」
「そのときは私もお前に力を貸すさ」
書面にはしていない。保証人がいるわけでもない。だがそれが俺とレオナルト殿下の間で交わされた約束だった。
軍学校の最初の半年ほどは本当にろくでもないことが多かった。今だから言えるが、正直なところ、父に勧められて入ってはみたものの、入らない方がよかったと思ったことは何度もあった。それでも殿下と知り合うことができたし、エルザが側にいてくれた。何度も毒を盛られたことは間違ってもいい想い出には入らないが、それでもその後のことを考えれば役に立ったのは間違いない。
卒業が近づいた頃、俺はそれなりにあの生活を楽しんでいたんだなという気分になっていた。
◆ ◆ ◆
王都での暮らしもそろそろ三年になる。つまり軍学校の卒業が近づいたということだ。この三年間、本当に色々なことがあった。
最初の一年間は激動と言えるほどだった。ろくでもない連中に散々絡まれたし、毎週のように新しい毒を飲まされる羽目になった。それでも殿下と知り合えたし、エルザと一緒にいられた。この二人と会っていなかったら俺の軍学校時代がどうなっていたか、まったく想像できない。実家でのんびり暮らすのもそれはそれで悪くはないが、それはそれで変化がなさすぎて退屈に感じたかもしれない。
俺は自分のことをそれほど慌ただしい性格だとは思っていない。だがやり残した課題は気になるし、やるべきことは先に終わらせてからゆっくりしたいと思える性格だ。後になってから慌てたくないというのはある。
二年目からはそれなりに落ち着いた生活が送れた。最初の頃に絡んできたやつらがあまり近づいて来なくなったからだ。さすがに何度も毒を盛られれば慣れるというものだ。普通に手に入る毒の中で俺に効くものはもうないはずだ。他にどんな毒を盛られる可能性があるかと近くの薬師に聞いたら「よく生きていられますね」と呆れられた。
俺に毒が効かないとなればそれ以外の方法しかないが、俺の方が体が大きいので一対一の戦いでは俺には敵わない。そうなると闇討ちくらいしか手段はないが、それも殺気を読めば問題ない。俺もずいぶんと戦うことに慣れたものだ。
また、敵ばかりでもなくなり、多少は友人もできた。主に文官志望のやつらだ。実践訓練のときに剣で殴られるよりは落とし穴にはまった方がマシだと考えたやつらだ。彼らとはある意味では仲良くやってきた。なるべく怪我をしないようにするためにはどのような落とし穴にしたらいいかを真面目に議論したこともあった。
そして三年目の後半、学生たちはそれぞれが自分の将来について気にし始める頃だ。上級貴族なら実家に戻るやつがほとんどだろう。下級貴族の中には在学中に作った人脈を頼りに仕官先を探そうとするやつもいる。あるいは国に仕える道を探す者もいる。俺の場合は実家に戻っていずれ領地を継ぐしかないから、戻ればそのための勉強をすることになる。
俺はつい先日は殿下の誕生パーティーに招かれ、周囲の貴族たちからは一体何をしに来たのかというような視線を向けられつつ、ひたすら食べて殿下と話をして帰ってきた。あれだけの料理を口にできることはもうないだろう。俺の周りには誰も近寄ってこなかったから、あのあたりのテーブルの料理はほぼ独占していた。さすがに全部食べてはいないが、あいつらが料理を口にするとも思えなかった。
あの場にいた他の貴族たちは料理よりも自分の娘を殿下に押しつけられるかどうかの方が大事だった。間違ってもドレスを汚してはいけないので料理は口にしないように、などと自分の娘に言っているのを聞くともなしに聞いてしまった。もったいない。
「殿下、調子はいかがですか?」
「調子が悪そうに見えるか?」
「なんとなくですが、疲れて見えますね」
「体調は悪くはないんだが、なあ」
殿下とはパーティーで分かれてから一週間以上会わなかった。体調は悪くはなさそうだが、疲れた顔をしているのはやはり婚約者を押しつけられそうになったのを防いだか、それとも諦めて受け入れることにしたか、そのあたりじゃないかと考えている。多少気にはなるが、こちらから挨拶代わりに聞いていい話でもない。
「とりあえず報告だが、婚約者の件は何とか言質は取られずに済んだ。私はまだ学生の身分だし、王太子としてある程度の実績を上げるまでは結婚は考えないとあの場で伝えた。これから数年くらいはごまかせるだろう。もちろん叔父も何かを仕掛けてくるだろうが」
「しかし、結婚せずに済ませるわけにもいかないと思いますが、どなたか心に決めた方でも?」
「いや、誰もいない。正直なところ、私個人としては身分に関係なく相手を選びたいところだが、立場上そういうわけにもいかない。ある程度の家柄の娘となると叔父の息がかかっている家が多くて、他から選ぼうとすると妨害があるだろう」
大公が攻めれば殿下が躱す。殿下に攻める手段がないとすればそれしかないだろう。いつまで躱し続けられるかだ。簡単な足運びでもずっと続けていればそのうち足がもつれる。あるいは息が切れることもあるだろう。そうなったら転倒するしかない。
「大公の嫌がらせを躱し続けてどうにかなるのならそれが一番ですが、それも難しいですね。反撃の手段があればいいのですが」
「まあな。政治力という点では私は足元にも及ばない。父ですらそうだ。今のところはなんとか切り抜けているところだが、このままではな。それにこの前も急に四人目の妹がなあ……」
「ひょっとしてお生まれになったのですか?」
「あ、いや、妹ではなかった。間違いだ。気にしないでくれ」
「分かりました」
まあ言いたくないこともあるだろう。相談されたら乗ったらいい。
「そうだ、エルマー。ここを卒業してしまえば会うことは難しくなるのは分かるが、もし将来私が困ったことになったときには、また手を貸してくれないか?」
殿下が真剣な顔つきでそう聞いてきた。三年間仲良くさせてもらった。同い年なのは分かってはいるが、なんとなく弟のように思えなくもない。真面目で少し気弱な弟だ。
「もちろん臣下として、あるいは学友として、殿下をお助けすることをお約束いたします。もっとも我が家はお歴々からはかなり煙たがられていますので、私自身がどうなるか分かりませんが」
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