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第一章:領主一年目
視察の結果(一)
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王都を出てから一週間ほど経った。ここまで野営をせずに済んだのは、やはり大貴族の領地ばかりだったからだろう。公爵、侯爵、伯爵あたりは領地が広く税収も多いため、町が多く、そして町の発展も進んでいる。だがここから北はどんどん小さな領地の貴族が増え、町も小さくなっていく。俺も王都から北にはほとんど行ったことがないので読んだり聞いたりしただけだが、東とよく似たものだろう。それはこの国の地形が理由だ。
王都から南や西の方角は隣国と接しているので国境があり、その手前には辺境伯の領地がある。一方で北や東は国境がないので辺境伯はいない。辺境伯は辺境にいる伯爵ではない。この場合、王都から遠いというだけだ。つまり国境付近に領地を持つ伯爵で、実際には侯爵とほぼ同等の地位にあると言われている。要するに国境の防御を任されている大貴族になる。
南や西は王都付近にも国境付近も大貴族がいるため、王都付近は大都市が多く、離れるに従って中規模の町になり、それから国境に近づくにつれてまた大都市が現れる。一方で北や東は王都から遠くなればなるほど町の規模が小さくなっていく。もちろん辺境伯領の近くにも男爵領や準男爵領もあるが、町の規模が全体的に大きい。同じ準男爵領でも方角によって全然違うわけだ。
そう思っているうちに、どうやらそろそろ大貴族の領地は抜けたようだ。このあたりからは街道が整備されなくなってきている。もちろん道がないなんてことはない。だが街道の両脇に並木がなかったり、道が凸凹していたり、明らかに王都周辺からは変わってきた。
町と町の間に並木を植えなければならない決まりはないが、並木があれば日陰ができる。日陰があれば体を休められる。並木を植えることは旅人に対する配慮であり、歓迎しているという姿勢でもある。誰だって旅は楽な方がいい。まあそれも金があるからできることだが。
昼頃になってノイカーランという町に到着した。ここはまだ大都市に比較的近く、多くの商品が入ってきている。強い個性はないが、中規模都市として商業も農業もどちらもそれなりに盛んだ。
商業都市としては穀物の扱いが多い。東の方ではあまり見かけなかった蕎麦も扱っている。蕎麦は痩せた土地でも育てやすいと聞いたことがある。もし向こうの土地が痩せているようなら、小麦の代わりに栽培する候補にしてもいいだろう。
「食べていかれますか?」
「そうだな、折角だからいただこう」
ガレットという蕎麦粉を使った料理を食べることにした。蕎麦粉に水と塩か。焼いて具材を乗せたら端を折って四角くする。なるほど。小麦でもできそうだが、これは蕎麦の風味によるところが大きいんだろう。うちの近くでは蕎麦はあまり栽培されていなかったから、食べたことは全くないわけではないが数えるほどしかない。
これは美味いな。蕎麦は救荒作物という印象があったが、口にしてみるとなかなかいい。蒔くためだけではなく、食用としてもある程度まとめて買っておこうか。
「蕎麦の実を仕入れている店を教えてもらえるだろうか?」
「二本向こうの道に商店があります。うちはそこからですね。他にも店はありますが、あの道沿いにはその店しかないと思いますのですぐに分かりますよ」
「ありがとう。この後で寄らせてもらおう」
紹介された商店で、食用と蒔く用を合わせて五袋ほど購入した。その商店では蕎麦の実を挽くための石臼も売っていたからそれも購入した。農地をどれだけ用意できるか。その農地がどれだけ肥えているか。結局はそれ次第だな。農地がどれだけあっても痩せていれば麦は育たない。そうなれば芋か蕎麦か。行ってみないと分からないな。
ノイカーランからさらに北へ進むとアルトカーランというやや小さな町があった。このアルトカーランという町から移住した者たちが作ったのが先日通ったノイカーランだ。元々は単なるカーランという名前だったらしいが、いつの間にか変わったそうだ。ノイとアルトだな。
この町は緩やかな傾斜地になっていて日当たりがよく、茶の生産が多いそうだ。茶葉は発酵具合によって色や風味が変わるが、この町では手に入らない茶はないというくらいに種類が多いそうだ。
名前としては茶と呼ばれているが、茶葉ではなく薬草や香草、あるいは花や蕾などを使った茶もある。組み合わせによっては非常に複雑な香りがして、気分を変えるにはいいだろう。
「これは茶葉に三種類の花と二種類の薬草を加えたものです。試されますか?」
「いただこう」
これは鼻から抜ける香りがいい。頭の中がスッキリする。疲れたときにいいだろう。
牛の乳によく合うしっかりとした風味のものや、目覚ましにいい香りのきついものもの、気分転換に向いている優しい香りのものなど、五種類ほど購入した。
茶について、ハイデにも茶の木はあったが、誰が管理しているというわけでもなかった。茶の木を植え直すことができるかどうか確認して、できそうなら持っていくことにしよう。毎日水だけでは面白くないだろう。茶くらいは飲みたいものだ。
さらに北へ向かいうとノーエンの町が見えた。この町の周辺は花が有名なんだそうだ。町外れには広大な花畑がある。
「綺麗な花を選べばいいわけではございません。それぞれの花の持つ意味も重要になります」
「単に挨拶しに行くだけなので、そこはむしろ無難なもので頼む。それなりに見た目が華やかなものから選んでくれると助かる」
「かしこまりました」
中央通りにあった花屋の一つに入り、何種類か鉢に入った花を選んでもらう。花を枯れないように加工した綺麗な飾りもあったので、それも一緒に購入する。マーロー男爵の奥方が気に入ってくれればいいんだが。飾りは教会と孤児院にも買っておくか。俺は花に詳しいわけではないので店員にお任せだ。変に自分で選んで失敗したくはない。
花が多いとなると蜂蜜が名産になる。蜂蜜を使った菓子や蜂蜜酒も多い。道沿いにはそういったものを売る店も並んでいる。俺はそこまで甘いものが好きなわけではないが、それでも頭が疲れたときなどは甘いものが欲しくなる。
「まとめて買っても大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。どれを用意いたしましょうか」
「蜂蜜を二壺、蜂蜜酒を五壺、焼き菓子を……三種類とも二〇枚ずつ頼む」
「すぐに用意いたします」
蜂蜜や焼き菓子は孤児院の子供たちに喜んでもらえるだろう。俺が近づくと怖がられるからエルザに渡してもらうが。蜂蜜酒はハイデに帰ったら慰労のための宴会で使うことになりそうだ。
花がなければ蜜蜂は寄ってこない。逆に考えれば、花さえ大量にあれば蜜蜂は蜂蜜を作ってくれる可能性がある。もちろんその蜜蜂をどうするかだ。山の向こうに花が多くて蜜蜂がいる場所があればいいんだが、そこまで都合は良くないだろうか。
王都から南や西の方角は隣国と接しているので国境があり、その手前には辺境伯の領地がある。一方で北や東は国境がないので辺境伯はいない。辺境伯は辺境にいる伯爵ではない。この場合、王都から遠いというだけだ。つまり国境付近に領地を持つ伯爵で、実際には侯爵とほぼ同等の地位にあると言われている。要するに国境の防御を任されている大貴族になる。
南や西は王都付近にも国境付近も大貴族がいるため、王都付近は大都市が多く、離れるに従って中規模の町になり、それから国境に近づくにつれてまた大都市が現れる。一方で北や東は王都から遠くなればなるほど町の規模が小さくなっていく。もちろん辺境伯領の近くにも男爵領や準男爵領もあるが、町の規模が全体的に大きい。同じ準男爵領でも方角によって全然違うわけだ。
そう思っているうちに、どうやらそろそろ大貴族の領地は抜けたようだ。このあたりからは街道が整備されなくなってきている。もちろん道がないなんてことはない。だが街道の両脇に並木がなかったり、道が凸凹していたり、明らかに王都周辺からは変わってきた。
町と町の間に並木を植えなければならない決まりはないが、並木があれば日陰ができる。日陰があれば体を休められる。並木を植えることは旅人に対する配慮であり、歓迎しているという姿勢でもある。誰だって旅は楽な方がいい。まあそれも金があるからできることだが。
昼頃になってノイカーランという町に到着した。ここはまだ大都市に比較的近く、多くの商品が入ってきている。強い個性はないが、中規模都市として商業も農業もどちらもそれなりに盛んだ。
商業都市としては穀物の扱いが多い。東の方ではあまり見かけなかった蕎麦も扱っている。蕎麦は痩せた土地でも育てやすいと聞いたことがある。もし向こうの土地が痩せているようなら、小麦の代わりに栽培する候補にしてもいいだろう。
「食べていかれますか?」
「そうだな、折角だからいただこう」
ガレットという蕎麦粉を使った料理を食べることにした。蕎麦粉に水と塩か。焼いて具材を乗せたら端を折って四角くする。なるほど。小麦でもできそうだが、これは蕎麦の風味によるところが大きいんだろう。うちの近くでは蕎麦はあまり栽培されていなかったから、食べたことは全くないわけではないが数えるほどしかない。
これは美味いな。蕎麦は救荒作物という印象があったが、口にしてみるとなかなかいい。蒔くためだけではなく、食用としてもある程度まとめて買っておこうか。
「蕎麦の実を仕入れている店を教えてもらえるだろうか?」
「二本向こうの道に商店があります。うちはそこからですね。他にも店はありますが、あの道沿いにはその店しかないと思いますのですぐに分かりますよ」
「ありがとう。この後で寄らせてもらおう」
紹介された商店で、食用と蒔く用を合わせて五袋ほど購入した。その商店では蕎麦の実を挽くための石臼も売っていたからそれも購入した。農地をどれだけ用意できるか。その農地がどれだけ肥えているか。結局はそれ次第だな。農地がどれだけあっても痩せていれば麦は育たない。そうなれば芋か蕎麦か。行ってみないと分からないな。
ノイカーランからさらに北へ進むとアルトカーランというやや小さな町があった。このアルトカーランという町から移住した者たちが作ったのが先日通ったノイカーランだ。元々は単なるカーランという名前だったらしいが、いつの間にか変わったそうだ。ノイとアルトだな。
この町は緩やかな傾斜地になっていて日当たりがよく、茶の生産が多いそうだ。茶葉は発酵具合によって色や風味が変わるが、この町では手に入らない茶はないというくらいに種類が多いそうだ。
名前としては茶と呼ばれているが、茶葉ではなく薬草や香草、あるいは花や蕾などを使った茶もある。組み合わせによっては非常に複雑な香りがして、気分を変えるにはいいだろう。
「これは茶葉に三種類の花と二種類の薬草を加えたものです。試されますか?」
「いただこう」
これは鼻から抜ける香りがいい。頭の中がスッキリする。疲れたときにいいだろう。
牛の乳によく合うしっかりとした風味のものや、目覚ましにいい香りのきついものもの、気分転換に向いている優しい香りのものなど、五種類ほど購入した。
茶について、ハイデにも茶の木はあったが、誰が管理しているというわけでもなかった。茶の木を植え直すことができるかどうか確認して、できそうなら持っていくことにしよう。毎日水だけでは面白くないだろう。茶くらいは飲みたいものだ。
さらに北へ向かいうとノーエンの町が見えた。この町の周辺は花が有名なんだそうだ。町外れには広大な花畑がある。
「綺麗な花を選べばいいわけではございません。それぞれの花の持つ意味も重要になります」
「単に挨拶しに行くだけなので、そこはむしろ無難なもので頼む。それなりに見た目が華やかなものから選んでくれると助かる」
「かしこまりました」
中央通りにあった花屋の一つに入り、何種類か鉢に入った花を選んでもらう。花を枯れないように加工した綺麗な飾りもあったので、それも一緒に購入する。マーロー男爵の奥方が気に入ってくれればいいんだが。飾りは教会と孤児院にも買っておくか。俺は花に詳しいわけではないので店員にお任せだ。変に自分で選んで失敗したくはない。
花が多いとなると蜂蜜が名産になる。蜂蜜を使った菓子や蜂蜜酒も多い。道沿いにはそういったものを売る店も並んでいる。俺はそこまで甘いものが好きなわけではないが、それでも頭が疲れたときなどは甘いものが欲しくなる。
「まとめて買っても大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。どれを用意いたしましょうか」
「蜂蜜を二壺、蜂蜜酒を五壺、焼き菓子を……三種類とも二〇枚ずつ頼む」
「すぐに用意いたします」
蜂蜜や焼き菓子は孤児院の子供たちに喜んでもらえるだろう。俺が近づくと怖がられるからエルザに渡してもらうが。蜂蜜酒はハイデに帰ったら慰労のための宴会で使うことになりそうだ。
花がなければ蜜蜂は寄ってこない。逆に考えれば、花さえ大量にあれば蜜蜂は蜂蜜を作ってくれる可能性がある。もちろんその蜜蜂をどうするかだ。山の向こうに花が多くて蜜蜂がいる場所があればいいんだが、そこまで都合は良くないだろうか。
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