ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第一章:領主一年目

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 カレンは「叩き落とすから大丈夫よ」なんて言っているが、本人は狩りをしたことがないからなあ。たぶん大丈夫だとは思うが、空でヒュドラやワイバーンと戦う妻を見たいかと言うとそうでもない。怪我をしないのが一番だ。



 向こうがお互いの紹介も兼ねて雑談をしている間に、こちらも今後の話をすることにする。

「ところで、向こうはどうでしたか? 町が作れそうとか、農地にできそうとか、魔獣が多いとか」
「思ったほどは魔獣も野獣も出ませんでした。土は硬いですが、痩せてはいないようなので農地にできそうです。こんな感じでかなり蛇行していましたので、そこを繋げてその中に町を作ります」
「なるほどなるほど。土魔法と水魔法が得意だと言っていましたね」
「ええ、火魔法はからっきしですけどね。とりあえず堀と城壁を、まだ完成とは言えませんが、ある程度までは作りました」

 デニス殿は魔法使いだけあって好奇心は旺盛のようだ。好奇心がない魔法使いは存在しないと言われている。また魔法の探求は生涯をかけた知の探求だとも言われている。好奇心があってこその魔法使いだな。俺は魔法については使という程度で使っている。細かいことはどうでもよくて、ただ生きていくために使う。冒険者に近い使い方だろう。

「ところでデニス殿、一つお願いというか確認があるのですが」
「確認ですか?」
「はい。領地は山の稜線で分けることになりましたが、それは問題ありません。ただ、今回登ってみて分かりましたが、あの山を越えるのはかなり大変です。普通の人にとっては」
「そうでしょうね。特に馬車で越えるのは……なかなか骨が折れる……いや、ほぼ無理でしょう」
「そこです。この町まで来る商人にうちまで来てもらうためには、そこをなんとかしなければなりません」
「何か面白い案でもありそうですね」
「私は土魔法が得意ですので穴を掘ろうと思いまして」
「穴……ですか。どこに?」

 ここで俺はデニス殿に腹案を話すことにした。

 山を越える道を作ることはできなくはない。つづら折りの道を上まで続けていけば馬車でも上まで行くことは可能だ。だが距離はかなりのものになるし、馬の疲労具合によっては頂上で一泊しなければならない状況だってあり得る。そこまでしてノルト男爵領まで来てくれる商人は少ないだろう。だから山の向こう側とこちら側をトンネルで繋ぎたい。

 トンネルを掘ったことはこれまでにもある。さすがに山のような大きなものをくり抜いたことはないが、実戦訓練で敵軍の後ろに回り込むのに使ったことはある。魔法で固めながら穴を空けるので、山が崩れることはないと保証できる。

「だからトンネルの出入り口を作るために、木を切り出す作業の邪魔にならない場所を貸してもらえませんか?」
「あまり使われていない場所ですか。まあ山自体はどこからでも入れますから、そのときだけ人をどければいいでしょう。作業小屋のあるあたりさえ避けてもらえれば問題ありませんよ」
「ありがとうございます。あ、そうそう、このようなものがあるのですが、もしよろしければどうぞ」
「え? これは……うぉほっ?」

 デニス殿の顔くらいの大きさがある竜の鱗を一枚見せると、彼はおかしな声を上げた。

「こ、これは……?」
「カレンの父親からいただいたものです」
「これを私に?」
「ええ、どうぞ」
「よっしゃっ!」

 いきなりデニス殿が叫んだ。あまりの豹変ぶりに俺もビックリしたが、奥さんたちも振り返って驚いている。

「ふっふっふ。これはこれは素晴らしい。素晴らしい!」

 今までの落ち着きぶりとは打って変わって、目をギラギラさせている。

「夫があれほど喜ぶ姿は見たことがありません」
「あれは本当に父でしょうか?」
「僕もあんな姿は初めて見ました」

 妻子に何と言われようがデニス殿は気にもしていないようだ。おそらく目の前の俺も目に入っていない。鱗に顔を近づけて舐めるように見ている。これは領主でも夫でも父親でもなく、魔法使いの顔だ。調べたくて仕方ないんだろう。もしトンネルがダメだと言われそうなら出してみようかと思っていたが、すんなり許可がもらえたのでお礼のようになった。これだけ喜んでくれるならそれでいい。

 しばらくするとデニス殿が我に返ったので、俺とカレンはデニス殿の邪魔にならないようにおいとますることにした。

「それでは私たちは王都経由でハイデに戻ります。それから領民を連れてまたこちらに来ます。トンネルを掘るのはそれ以降ですね」
「はい、工事の場所や時期についてはそのときにもう一度話をしましょうか」
「ええ、お願いします」

 のデニス殿と別れると宿に向かった。そして親父さんに礼を言って預けていた馬を引き取ると、南へ馬を進めた。



◆ ◆ ◆



「あの人、すごい変わりようね」
「デニス殿は根っからの魔法使いだ。あれが彼のだろう。興味があるものは徹底的に調べたいたちだ。徹夜でもしてニコラ殿に怒られなければいいけどな」

 元からの知り合いではないからはっきりとは分からないが、おそらくこれまでは研究をしたくてもできなかったのではないだろうか。父親の代にここに領地を移され、けっして豊かな領地というわけでもない。中央で魔法を研究をする道も閉ざされたはずだ。

「あなたは違うのね」
「俺は魔法は使うが、基本は軍人だ。鱗は金貨や宝石と同じように価値のある物という扱いだ」
「でも、あれだけ鱗があるのに驚かなかったじゃない」
「まああれだけ多いとな」

 クラース殿が持ってきてくれた包みには竜の鱗や爪や牙がかなり入っていた。さすがの俺でもその価値は分かる。だがあくまで金銭的価値だ。「高いんだろうな」と想像はできるが、それ以外の価値は俺にはよく分からない。さらに言えば、金貨だって山のようにあれば、一枚一枚の価値がどれくらいかなんて考えないだろう。

「カレン、お前が食事として食べる魔獣の中で、好きなのに手に入りにくいものは何だ?」
「うーん……食事としてね……。マンティコアかしら。少し癖になる味ね」
「じゃあ仮にだ、そのマンティコアが毎食山盛りされていたらそうだ?」
「飽きるわね。たまにだから美味しいけど」
「それと同じだ。多すぎると感覚が麻痺する」
「なるほどね」
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