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第一章:領主一年目
宿屋の名前
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ザーラと話しながら、宿屋兼酒場の隣に風呂屋を作ることに決めた。これは前から作りたいと思っていたものなので、本格的に寒くなる前に完成させられそうだ。
「ザーラ、宿屋の厨房は魔道具を入れようと思うが、それでいいか?」
「え? いいのですか? 高いのでは?」
「最初は高いと思うだろうが、料理の味が向上することを考えれば魔道具がいいと思う。薪を使う方がよければ薪でもいいが」
「それでしたら魔道具の方でお願いします。料理の味で有名にしたいと思います」
アンゲリカの酒場も厨房は魔道具だ。火力調節がしやすく、思った通りに料理が仕上がると好評だった。実際に客の反応もいい。「かあちゃんが焼くとだいたい焦げるからな」と言って妻に殴られる農夫が続出した。
風呂屋の方は薪を使うことにする。さすがに魔道具は使わない。火力の微調整が必要なわけじゃないからだ。料理のように火加減の調節をする必要があるなら魔道具を使ってもいいが、風呂は基本的に火を使いっぱなしだ。火を弱める必要はない。
宿屋の裏手に付けるザーラの家の部分だが、こちらの台所は簡易な魔道具の焜炉を付けるだけにした。簡単な料理ならそれで十分だ。小さいながら湯に浸かる風呂も用意することにした。
「ではこの二軒ですね。すぐに建て始めます。ちなみに酒場の石窯や焜炉のところはアンゲリカさんと同じでいいですか?」
フランツが意味ありげにそう聞いてくる。
「愛人とかそういうのは関係なく、その場所を空けておいてくれ。俺が魔道具を用意する」
「愛人ではないのに……もしかしていずれはいうことですか?」
「違う違う。魔道具の方が火力が安定して料理の味は確実に向上する。アンゲリカからも厨房の魔道具が絶賛されたから、客のことを考えれば多少金はかかってもいいだろう」
「分かりました。ではそのようにします。明日にはできると思いますので」
「え? そんなに早いのですか?」
ザーラが驚くが、こういう反応は久しぶりだな。家一軒や店一軒なら一日で完成する、あらためて考えれば恐ろしい町だ。
「おそらくいずれは無理になるだろうが、今までは何か建物を建てる場合、みんなが集まって一気に建てることがほとんどだった。それはこの町では多くの住人が農民で、彼らの手を借りられたのが大きい。運河を掘っているのも彼らだ」
「農民なんですよね?」
「農民だが石を積むのが上手い。自分たちの家は自分たちで建てる、それが当たり前だったからな。運河の工事中は工夫になる」
家を建てられる者がいないから自分たちで建てた。それを繰り返すうちに作業に慣れてきた。元が素人だろうが、きちんと積み上げて固定できれば問題ない。
だがいずれ店が増え、農民から別の仕事をする者が増えていくとしよう。そうすれば農民の人数が減ることになる。農民には畑の世話もある。そうなればまとめて家を建てたり運河を掘ったりできる人員がいずれは確保できなくなるだろう。農民ばかりに無理はさせられないからだ。だが、それでいいのかもしれない。
これまではハイデ時代の名残で、どのようなことでも自分たちでしてきた。今はハイデ以外の者たちも増えた。そうなれば新しいやり方にしなければ違和感のある者も出てくるだろう。農民は農民、工夫は工夫、職人は職人、店員は店員、そうやって仕事は分かれるものだ。兼ねればいいというものでもない。
「私もここに来てびっくりしましたね。建て始めようと思ったらみんなが一斉に石を持って群がりましたからね。ものすごく雑そうに見えてきちんと家になりましたから」
「あれはすごいだろう。王都などで普通に建てているのを見たら、よくあんなにゆっくりやっていられるなと思ったものだ。今はどうだ?」
「私も慣れましたし、町のみなさんも以前よりもっと正確に石を積めるようになりましたね」
◆ ◆ ◆
「本当に二軒ともできています」
「言った通りだろう」
次の日の夕方。もうすでに宿屋と風呂屋は完成していた。風呂屋の方は普通に薪で湯を沸かすので、すでに煙突から煙が出ている。
宿屋の方もこれから酒場の部分に石窯や焜炉を組み込むことになる。酒場の部分の広さはアンゲリカの酒場と同じくらいなので、使う魔道具も同じにした。
「ふわあ。すごい石窯と焜炉です」
「薪はどうしても火力が一定しないからな」
酒場部分が予定よりも広くなったので、二階と三階もそれに応じて広くなった。宿屋と酒場では忙しい時間帯が違うので、働く時間によって店員を交代制にしなければならないだろう。
客は朝食を食べたら出ていくだろうし、そうしたら部屋の片付けとシーツなどの洗濯。それから昼食くらいまでだろうか。酒場としては、夕方以降が忙しくなるだろう。調理や給仕など。何時まで店を開けるかだ。
料理に関しては、アンゲリカの酒場の方とそれほど変わらないかもしれないが、こちらはエクセンの白鳥亭で出てくるものと同じだ。まったく同じではないが。
「店員を雇うのも必要だが、宿屋の名前はどうする?」
「私が付けていいのですか?」
「ああ、店長として店員の指導などを任せるわけだから」
「それでは……」
ザーラは少し考えて俺を見てから口を開いた。
「赤髪亭」
「なんとなくそう言われるんじゃないかと思った。二人とも髪が赤いからな」
「祖母の髪も真っ赤でした。祖母の祖母も赤かったと聞きました」
「ああ、それでか」
マルクさんもズーザンさんも髪が赤くないのに、ザーラと長男のラルフは髪が赤かった。うちの場合、俺の髪の色は父から引き継いだものだろう。祖父や祖母から一代挟んで引き継ぐこともよくある。
「ではそれで看板を作ってもらおうか」
「それがその……看板は……あります」
「……それならなぜ名前を考えた?」
「勝手に決めたら怒られるかなと思いまして……」
「怒らない怒らない。任せると言ったからな。それは名前も同じだ」
「ではそれでお願いします」
ザーラが店長を務めることになる宿屋兼酒場の準備が整いつつあった。そしてこちらは俺の隠し子の経営する店と噂が流れるようになった。
「ザーラ、宿屋の厨房は魔道具を入れようと思うが、それでいいか?」
「え? いいのですか? 高いのでは?」
「最初は高いと思うだろうが、料理の味が向上することを考えれば魔道具がいいと思う。薪を使う方がよければ薪でもいいが」
「それでしたら魔道具の方でお願いします。料理の味で有名にしたいと思います」
アンゲリカの酒場も厨房は魔道具だ。火力調節がしやすく、思った通りに料理が仕上がると好評だった。実際に客の反応もいい。「かあちゃんが焼くとだいたい焦げるからな」と言って妻に殴られる農夫が続出した。
風呂屋の方は薪を使うことにする。さすがに魔道具は使わない。火力の微調整が必要なわけじゃないからだ。料理のように火加減の調節をする必要があるなら魔道具を使ってもいいが、風呂は基本的に火を使いっぱなしだ。火を弱める必要はない。
宿屋の裏手に付けるザーラの家の部分だが、こちらの台所は簡易な魔道具の焜炉を付けるだけにした。簡単な料理ならそれで十分だ。小さいながら湯に浸かる風呂も用意することにした。
「ではこの二軒ですね。すぐに建て始めます。ちなみに酒場の石窯や焜炉のところはアンゲリカさんと同じでいいですか?」
フランツが意味ありげにそう聞いてくる。
「愛人とかそういうのは関係なく、その場所を空けておいてくれ。俺が魔道具を用意する」
「愛人ではないのに……もしかしていずれはいうことですか?」
「違う違う。魔道具の方が火力が安定して料理の味は確実に向上する。アンゲリカからも厨房の魔道具が絶賛されたから、客のことを考えれば多少金はかかってもいいだろう」
「分かりました。ではそのようにします。明日にはできると思いますので」
「え? そんなに早いのですか?」
ザーラが驚くが、こういう反応は久しぶりだな。家一軒や店一軒なら一日で完成する、あらためて考えれば恐ろしい町だ。
「おそらくいずれは無理になるだろうが、今までは何か建物を建てる場合、みんなが集まって一気に建てることがほとんどだった。それはこの町では多くの住人が農民で、彼らの手を借りられたのが大きい。運河を掘っているのも彼らだ」
「農民なんですよね?」
「農民だが石を積むのが上手い。自分たちの家は自分たちで建てる、それが当たり前だったからな。運河の工事中は工夫になる」
家を建てられる者がいないから自分たちで建てた。それを繰り返すうちに作業に慣れてきた。元が素人だろうが、きちんと積み上げて固定できれば問題ない。
だがいずれ店が増え、農民から別の仕事をする者が増えていくとしよう。そうすれば農民の人数が減ることになる。農民には畑の世話もある。そうなればまとめて家を建てたり運河を掘ったりできる人員がいずれは確保できなくなるだろう。農民ばかりに無理はさせられないからだ。だが、それでいいのかもしれない。
これまではハイデ時代の名残で、どのようなことでも自分たちでしてきた。今はハイデ以外の者たちも増えた。そうなれば新しいやり方にしなければ違和感のある者も出てくるだろう。農民は農民、工夫は工夫、職人は職人、店員は店員、そうやって仕事は分かれるものだ。兼ねればいいというものでもない。
「私もここに来てびっくりしましたね。建て始めようと思ったらみんなが一斉に石を持って群がりましたからね。ものすごく雑そうに見えてきちんと家になりましたから」
「あれはすごいだろう。王都などで普通に建てているのを見たら、よくあんなにゆっくりやっていられるなと思ったものだ。今はどうだ?」
「私も慣れましたし、町のみなさんも以前よりもっと正確に石を積めるようになりましたね」
◆ ◆ ◆
「本当に二軒ともできています」
「言った通りだろう」
次の日の夕方。もうすでに宿屋と風呂屋は完成していた。風呂屋の方は普通に薪で湯を沸かすので、すでに煙突から煙が出ている。
宿屋の方もこれから酒場の部分に石窯や焜炉を組み込むことになる。酒場の部分の広さはアンゲリカの酒場と同じくらいなので、使う魔道具も同じにした。
「ふわあ。すごい石窯と焜炉です」
「薪はどうしても火力が一定しないからな」
酒場部分が予定よりも広くなったので、二階と三階もそれに応じて広くなった。宿屋と酒場では忙しい時間帯が違うので、働く時間によって店員を交代制にしなければならないだろう。
客は朝食を食べたら出ていくだろうし、そうしたら部屋の片付けとシーツなどの洗濯。それから昼食くらいまでだろうか。酒場としては、夕方以降が忙しくなるだろう。調理や給仕など。何時まで店を開けるかだ。
料理に関しては、アンゲリカの酒場の方とそれほど変わらないかもしれないが、こちらはエクセンの白鳥亭で出てくるものと同じだ。まったく同じではないが。
「店員を雇うのも必要だが、宿屋の名前はどうする?」
「私が付けていいのですか?」
「ああ、店長として店員の指導などを任せるわけだから」
「それでは……」
ザーラは少し考えて俺を見てから口を開いた。
「赤髪亭」
「なんとなくそう言われるんじゃないかと思った。二人とも髪が赤いからな」
「祖母の髪も真っ赤でした。祖母の祖母も赤かったと聞きました」
「ああ、それでか」
マルクさんもズーザンさんも髪が赤くないのに、ザーラと長男のラルフは髪が赤かった。うちの場合、俺の髪の色は父から引き継いだものだろう。祖父や祖母から一代挟んで引き継ぐこともよくある。
「ではそれで看板を作ってもらおうか」
「それがその……看板は……あります」
「……それならなぜ名前を考えた?」
「勝手に決めたら怒られるかなと思いまして……」
「怒らない怒らない。任せると言ったからな。それは名前も同じだ」
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