86 / 345
第一章:領主一年目
ある薬師の旅(一)
しおりを挟む
「さて、とりあえずここまで来ましたか。手に入るといいのですが」
私がいる場所は、この国で一番新しい貴族の領地になった場所、ノルト男爵領のドラゴネットと名付けられた町です。広大な盆地の端に近い場所に作られたこの町は、私が着いたときにはすでに町として最低限のものはできていました。城壁、堀、家、畑、そして領主の屋敷……ではなくお城。
立派なお城ですね。私の父の実家もお城でしたが、ここまで大きくはありませんでした。私の一族の生活は、どちらかと言えば質素だったでしょうか。贅沢は好まない人たちでしたね。食事にはやたらとうるさかったですが。
私のお祖父様、つまり父の父は元々は冒険者だったそうですが、手柄を立てて貴族に取り立てられたそうです。そしてどのような経緯があってそのような話になったのかは私も聞いたことがありませんでしたが、単なる一貴族でいるよりも、いっそのこと独立して一つ国を作ったらどうかと、国王から勧められたそうです。それで近くにある別の貴族の領地がいくつかまとめられ、その一帯が小さな一つの国となり、元の国とは兄弟国として栄えていました。
初代国王、つまりお祖父様は地位や身分に全く興味がなく、領地を治めるよりは旅をしたり料理をしたりする方が好きな人でした。ですのでお祖父様の血を引いている人は年齢のわりには落ち着きがない人が多く、子供が成人すれば地位を譲り、旅をするために国を離れるという人がかなりいましたした。お祖父様も年に一〇日も城に帰ってこなかったという記憶があります。
そのお祖父様から聞いていましたが、この星は非常に大きく、ぐるっと一周歩いたとすれば、もちろん海がありますので歩き続けることは普通は不可能ですが、ざっと一〇年以上かかるそうです。そんなお祖父様から色々な国の話を聞いて育ちました。
私も一族の例に漏れず、許可が出ればすぐに旅に出ました。南の国までは徒歩で旅をし、そこからは船に乗り、ずっと西にあるこの大陸までやってきました。それから流れ流れてこの国までやってきたことになります。
私はエルフとして持って生まれた精霊魔法、そして学んで身に付けた属性魔法と様々な薬に関する知識、これらを使って薬師として生きてきました。戦えないことはありませんが戦うことはそれほど好きではなく、のんびり生きていくのが性に合っています。もちろん冒険者という肩書きはどこへ行くにも重宝しますので、これまで通ってきた国では必ず登録していましたが。
この大陸に着いてからは大陸南部を旅し、そこから西へ向かってシエスカ王国に入りました。さらにシエスカ王国からその北にあるアルマン王国に入ったのはもうかなり前のことになります。それからしばらくこの国の南部を旅し、そして王都にやってきました。そしてこれは偶然ですが、私は情報屋を営んでいるゲルトさんの工房の近くに店を構えることになりました。
ここは貧民街に近く、目立ちにくいのが特徴です。店が目立ちにくくていいのかという話ですが、それはそれでかまいません。有名店になろうとしてるわけではありません。この先一〇〇年ほどは収入がなくても食べていけるくらいの手持ちはあります。ですのでこの目立ちにくい場所で王都をしばらく眺めることにしました。
お爺様から教えられた言葉の一つに、観察する癖を身に付けなさい、というものがありました。その国が、その町が、そこで暮らす人たちが、全体としてどのようなことを考えているのか、何を求めているのか、それをまず把握しなさいと。そしてそこで暮らすためには溶け込みなさいと。出しゃばらず、かつ引きすぎず、常に状況を把握しなさいと。旅に出てからは常にそれを心に留めていました。
しばらく王都で暮らして気付いたことなのですが、この国も含めた周辺国家は……何と言いますか……陰謀渦巻く伏魔殿……になりそうでなりきらない微妙な状況になっています。お祖父様であれば「ちょっとスピード感が足りないかな。まあ悪化する前に対策できるから、それはそれでいいんだけど」と言いそうです。とにかく動きが遅いのです。
国全体がのんびりしているとでも言えばいいのでしょうか。じっくり考えて行動に移すのはけっして間違いではないと思いますが、せっかく機会があるにもかかわらず、無駄に時間をかけ、挙げ句に陰謀が失敗してしまう。そのようなことが多くなっているようです。陰謀が成功しない方がもちろん国としてはいいのでしょうが。
そのあたりの情報はゲルトさんから仕入れています。もちろん彼は情報屋をしている身として、けっして漏らしてはいけない情報は漏らさないでしょう。ですが話してもいい範囲でお互いに情報交換をするのが、このあたりでの日常になっています。
それからは近くの教会の横に準男爵のお屋敷が建ったり、その教会にエルザちゃんという可愛らしい女の子がやってきたり、そのお屋敷に準男爵の息子であるエルマー君がやってきたり、そのエルマー君が気になっているエルザちゃんから、私が渡した媚薬を盛って襲うことに成功したと嬉しそうに報告されたり、そのような話を聞いているうちに、王都が少しずつ辛気くさくなってきました。原因はお分かりだと思いますが、スピード感の足りない陰謀のせいです。ずっとですからね。
ところがその陰謀も、どうやらエルマー君が大本を潰して終わったようで、彼は男爵になって新しい領地をもらったようです。そのころから王都は上を下への大騒ぎになりました。原因は人手不足です。
この国の最大の派閥だった大公派がほとんど消えたため、その埋め合わせをするために、これまで低い爵位に留め置かれていた貴族を陞爵させることになりました。男爵や準男爵が減りましたので、エルマー君のように新しく貴族に取り立てられた人もいたようです。
領地を持つ貴族は税が収入になるわけですが、領地を持たない貴族やその子弟の多くは役人として働いて生活の糧を得ています。つまり王城では役人も不足することになり、猫の手も借りたい状態だそうです。ですが大公派を重要な役職に就かせることはできず、その穴埋めができないままだそうです。
重要な役職に就いている貴族を次々と切ればそうなることは分かると思うのですが、基本的にのんびりした国民性のようですので、これまであまりバタバタと慌てたことがなかったのでしょう。
そのようにして貴族が倒れていく間に、貧民街で貴族が放火するという事件もありました。私は薬師として怪我の治療に当たりましたが、これが私の知る限りでは、王都を騒がせた騒動の一番最後になるでしょう。
私がいる場所は、この国で一番新しい貴族の領地になった場所、ノルト男爵領のドラゴネットと名付けられた町です。広大な盆地の端に近い場所に作られたこの町は、私が着いたときにはすでに町として最低限のものはできていました。城壁、堀、家、畑、そして領主の屋敷……ではなくお城。
立派なお城ですね。私の父の実家もお城でしたが、ここまで大きくはありませんでした。私の一族の生活は、どちらかと言えば質素だったでしょうか。贅沢は好まない人たちでしたね。食事にはやたらとうるさかったですが。
私のお祖父様、つまり父の父は元々は冒険者だったそうですが、手柄を立てて貴族に取り立てられたそうです。そしてどのような経緯があってそのような話になったのかは私も聞いたことがありませんでしたが、単なる一貴族でいるよりも、いっそのこと独立して一つ国を作ったらどうかと、国王から勧められたそうです。それで近くにある別の貴族の領地がいくつかまとめられ、その一帯が小さな一つの国となり、元の国とは兄弟国として栄えていました。
初代国王、つまりお祖父様は地位や身分に全く興味がなく、領地を治めるよりは旅をしたり料理をしたりする方が好きな人でした。ですのでお祖父様の血を引いている人は年齢のわりには落ち着きがない人が多く、子供が成人すれば地位を譲り、旅をするために国を離れるという人がかなりいましたした。お祖父様も年に一〇日も城に帰ってこなかったという記憶があります。
そのお祖父様から聞いていましたが、この星は非常に大きく、ぐるっと一周歩いたとすれば、もちろん海がありますので歩き続けることは普通は不可能ですが、ざっと一〇年以上かかるそうです。そんなお祖父様から色々な国の話を聞いて育ちました。
私も一族の例に漏れず、許可が出ればすぐに旅に出ました。南の国までは徒歩で旅をし、そこからは船に乗り、ずっと西にあるこの大陸までやってきました。それから流れ流れてこの国までやってきたことになります。
私はエルフとして持って生まれた精霊魔法、そして学んで身に付けた属性魔法と様々な薬に関する知識、これらを使って薬師として生きてきました。戦えないことはありませんが戦うことはそれほど好きではなく、のんびり生きていくのが性に合っています。もちろん冒険者という肩書きはどこへ行くにも重宝しますので、これまで通ってきた国では必ず登録していましたが。
この大陸に着いてからは大陸南部を旅し、そこから西へ向かってシエスカ王国に入りました。さらにシエスカ王国からその北にあるアルマン王国に入ったのはもうかなり前のことになります。それからしばらくこの国の南部を旅し、そして王都にやってきました。そしてこれは偶然ですが、私は情報屋を営んでいるゲルトさんの工房の近くに店を構えることになりました。
ここは貧民街に近く、目立ちにくいのが特徴です。店が目立ちにくくていいのかという話ですが、それはそれでかまいません。有名店になろうとしてるわけではありません。この先一〇〇年ほどは収入がなくても食べていけるくらいの手持ちはあります。ですのでこの目立ちにくい場所で王都をしばらく眺めることにしました。
お爺様から教えられた言葉の一つに、観察する癖を身に付けなさい、というものがありました。その国が、その町が、そこで暮らす人たちが、全体としてどのようなことを考えているのか、何を求めているのか、それをまず把握しなさいと。そしてそこで暮らすためには溶け込みなさいと。出しゃばらず、かつ引きすぎず、常に状況を把握しなさいと。旅に出てからは常にそれを心に留めていました。
しばらく王都で暮らして気付いたことなのですが、この国も含めた周辺国家は……何と言いますか……陰謀渦巻く伏魔殿……になりそうでなりきらない微妙な状況になっています。お祖父様であれば「ちょっとスピード感が足りないかな。まあ悪化する前に対策できるから、それはそれでいいんだけど」と言いそうです。とにかく動きが遅いのです。
国全体がのんびりしているとでも言えばいいのでしょうか。じっくり考えて行動に移すのはけっして間違いではないと思いますが、せっかく機会があるにもかかわらず、無駄に時間をかけ、挙げ句に陰謀が失敗してしまう。そのようなことが多くなっているようです。陰謀が成功しない方がもちろん国としてはいいのでしょうが。
そのあたりの情報はゲルトさんから仕入れています。もちろん彼は情報屋をしている身として、けっして漏らしてはいけない情報は漏らさないでしょう。ですが話してもいい範囲でお互いに情報交換をするのが、このあたりでの日常になっています。
それからは近くの教会の横に準男爵のお屋敷が建ったり、その教会にエルザちゃんという可愛らしい女の子がやってきたり、そのお屋敷に準男爵の息子であるエルマー君がやってきたり、そのエルマー君が気になっているエルザちゃんから、私が渡した媚薬を盛って襲うことに成功したと嬉しそうに報告されたり、そのような話を聞いているうちに、王都が少しずつ辛気くさくなってきました。原因はお分かりだと思いますが、スピード感の足りない陰謀のせいです。ずっとですからね。
ところがその陰謀も、どうやらエルマー君が大本を潰して終わったようで、彼は男爵になって新しい領地をもらったようです。そのころから王都は上を下への大騒ぎになりました。原因は人手不足です。
この国の最大の派閥だった大公派がほとんど消えたため、その埋め合わせをするために、これまで低い爵位に留め置かれていた貴族を陞爵させることになりました。男爵や準男爵が減りましたので、エルマー君のように新しく貴族に取り立てられた人もいたようです。
領地を持つ貴族は税が収入になるわけですが、領地を持たない貴族やその子弟の多くは役人として働いて生活の糧を得ています。つまり王城では役人も不足することになり、猫の手も借りたい状態だそうです。ですが大公派を重要な役職に就かせることはできず、その穴埋めができないままだそうです。
重要な役職に就いている貴族を次々と切ればそうなることは分かると思うのですが、基本的にのんびりした国民性のようですので、これまであまりバタバタと慌てたことがなかったのでしょう。
そのようにして貴族が倒れていく間に、貧民街で貴族が放火するという事件もありました。私は薬師として怪我の治療に当たりましたが、これが私の知る限りでは、王都を騒がせた騒動の一番最後になるでしょう。
10
あなたにおすすめの小説
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
『召喚ニートの異世界草原記』
KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。
ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。
剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。
――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。
面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。
そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。
「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。
昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。
……だから、今度は俺が――。
現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。
少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。
引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。
※こんな物も召喚して欲しいなって
言うのがあればリクエストして下さい。
出せるか分かりませんがやってみます。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます
無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる