101 / 345
第一章:領主一年目
繁盛するアンゲリカの酒場
しおりを挟む
「はい、猪肉のシュニッツェル、四つです」
「はいよ」
アンゲリカが料理を作ると店員がそれを運ぶ。もちろんアンゲリカだけで店が回せるわけではなく、調理の補助と給仕を兼ねた店員が常時何人も働いているのだが……
カチャン!
「なあ、かあちゃん。もう少し丁寧に置けよ」
「アンタもそんな文句を言う暇があったら、冷めないうちに食べちまいな」
夫が店に食べに来るなら妻は自分の分だけを作ればいい、と言えるほど料理は簡単ではない。一人分だけ作るのも手間なので、結局は二人揃って店に食べに来ることが多い。そしてどうして客が料理を持って来たかと言うと、そのような流れができつつあるからだ。
もちろん店員はきちんといるが、客が増えてくると店員は注文を取って調理を手伝うので手一杯になる。そこで自分で注文したものを受け取りにカウンターまで行き、確認した上で受け取って帰ってくる。エールなどは金を払って自分でジョッキに注いでくるくらいだ。
そしていつまでもうちの女中を働かせるわけにはいかないので、店員の数を増やすことにして、調理も接客もできる店員が常時五人になった。開店当日ほどではないが、それでも連日賑わいを見せている。
店としてはどうなのかと思うが、王都の一流店というわけではなく、田舎町の食堂と考えればこれくらいのものだ。店と客がお互いに助け合うのはよく見る光景だ。しかも主婦の誰かしらが店内にいるので、結果としてはアンゲリカの虫除けにもなっているそうだ。
「アンゲリカちゃん、エルマー様もいるんだから、そろそろ奥で二時間くらいゆっくり休憩してきたらどうだい?」
「いきなり何の話だ。とりあえずエールのお代わりを」
「はい、お待ちください」
朝から昼すぎまではトンネルを掘り、それからは運河の工事を手伝い、小腹が空いたので軽いつまみとエールを注文してくつろいでいた。俺の店だから満席でも入れるし、カウンターのところで立って飲んでいるからそれほど邪魔にはなっていない。
ついでに言うと、みんなが忙しそうに働いている中、アンゲリカをそこの小部屋に連れて行って楽しむほど俺は神経が図太くない。妻が全員妊娠したので、結果としてアンゲリカとするのは夜になっている。ここは王都ではないので、この店もそこまで遅くまで開けているわけではないからだ。
「エルマー様、酒場はここだけですか?」
「もう一、二軒くらいあってもいいんじゃないですか?」
主婦たちがそのように聞いてくる。
「やはりすぐに満席になるな」
「そうなんですよ。この時間なら外にテーブルを出しても大丈夫かもしれませんけど。そこまで寒くないので」
「天気のいい日だけですけどね」
「だが席を増やしすぎても店を回すのが難しいだろう。勝手にエールを注いでいって飲むくらいならいいが」
当初の予定よりもかなり席数を増やした。一方で厨房から見えない個室は今も開けていない。店外にテーブルを置いても見えないから、やはり外にテーブルを置くことはしていない。
下手に客席を増やすと調理の方が追いつかなくなる可能性があるが、店内はすぐに満席になって入れなくなる。それならもう一軒くらい作ってもいいのか。それなら誰か店をやりたい者に任せるか。
……ん? 寒い……寒い……何か思い出しそうな気が…………ああ、そうだ。城の風呂を見たときに、農民たちの家の近くに温泉を作れればいいと思ったことがあったな。温泉ではなく大衆浴場というものか。その横にでももう一つ酒場を作るか、それとも酒場のある宿屋を作って、その横に大衆浴場をくっつけるか。トンネルが完成したら人が来る……かもしれないから宿屋は必要だ。宿屋のことを忘れていた。
作るとすれば酒場のある宿屋だろうだな。連れ込み宿ではなく普通の宿屋で酒場を備えたものだ。その横に大衆浴場を作る。飲んでから風呂に入れば酔いが回ることがあるので危険だが、汗を落としてから飲みに来ればいいだろう。そうだな、そうするか。
「そろそろ宿屋を作らなければならないが、宿屋に酒場を作って、そこで食事ができるようにしよう」
「ああ、それなら酔っ払ったうちの主人を部屋の放り込めばいいんですね」
「使い方は任せるが、部屋を使うなら金が必要だぞ。宿屋だからな」
「じゃあ外に放り出して終わりです」
まあ夫婦仲が良好だから言える冗談だが、まあそういう使い方もできなくはないか。どうせ宿屋は必要だから、酒場を兼ねた方がいい。だが……
「誰か宿屋に詳しい者はいるか?」
とりあえず周りに聞いてみる。みんなが首を横に振る。少なくとも俺は詳しくない。泊まったことはあるが。
「泊まったことも見たこともないですね」
「ハイデにはなかったからですね」
「王都では路上生活でしたから宿屋なんてとてもとても」
「生活するだけでギリギリでしたね。給料が安かったので」
俺の質問にはあちこちから返事が返ってきたが、そもそもハイデには宿屋はなかった。王都の貧民街にいた者たちは路上か掘っ立て小屋で寝泊まりしていた。職人たちも生活にそれほど余裕はなかったようだ。
「私は料理は作っていましたが、店は母が取り仕切っていました。特に上については関わらないように言われていましたので、料理以外はまったく……」
アンゲリカにも聞いてみるとそのように返ってきた。酒場の部分だけならアンゲリカの店とそれほど変わらない。だが宿の部分をどのようにしているか、ハイデには宿屋はなかったから俺にもよく分からない。
「客が泊まる部屋は用意することになる。浴槽を用意するかどうかはともかく、体を洗う場所はあってもいいだろう。シーツなどを洗う洗濯場は必要だろうし、シーツの換えを置いておく場所も必要だ。部屋数が多ければそれなりの量になるだろう。他に何が必要だ?」
要するに、客として使う部分はまだ分かるが、それ以外となるとここにいる誰にも分からない状態だった。適度な大きさの建物でとりあえず始めてもいいが、すぐに改築する必要が出ても困る。それなら最初からきちんとした建物を用意すべきだろう。
「一度持ち帰って検討する。とりあえず食事ができる店はもう一つは増やそう。とりあえず年内にできるのはそれくらいだと思ってくれ」
「期待してます」
宿屋と言えば、エクセンの白鳥亭か。あそこに相談に乗ってもらえれば一番だな。
「はいよ」
アンゲリカが料理を作ると店員がそれを運ぶ。もちろんアンゲリカだけで店が回せるわけではなく、調理の補助と給仕を兼ねた店員が常時何人も働いているのだが……
カチャン!
「なあ、かあちゃん。もう少し丁寧に置けよ」
「アンタもそんな文句を言う暇があったら、冷めないうちに食べちまいな」
夫が店に食べに来るなら妻は自分の分だけを作ればいい、と言えるほど料理は簡単ではない。一人分だけ作るのも手間なので、結局は二人揃って店に食べに来ることが多い。そしてどうして客が料理を持って来たかと言うと、そのような流れができつつあるからだ。
もちろん店員はきちんといるが、客が増えてくると店員は注文を取って調理を手伝うので手一杯になる。そこで自分で注文したものを受け取りにカウンターまで行き、確認した上で受け取って帰ってくる。エールなどは金を払って自分でジョッキに注いでくるくらいだ。
そしていつまでもうちの女中を働かせるわけにはいかないので、店員の数を増やすことにして、調理も接客もできる店員が常時五人になった。開店当日ほどではないが、それでも連日賑わいを見せている。
店としてはどうなのかと思うが、王都の一流店というわけではなく、田舎町の食堂と考えればこれくらいのものだ。店と客がお互いに助け合うのはよく見る光景だ。しかも主婦の誰かしらが店内にいるので、結果としてはアンゲリカの虫除けにもなっているそうだ。
「アンゲリカちゃん、エルマー様もいるんだから、そろそろ奥で二時間くらいゆっくり休憩してきたらどうだい?」
「いきなり何の話だ。とりあえずエールのお代わりを」
「はい、お待ちください」
朝から昼すぎまではトンネルを掘り、それからは運河の工事を手伝い、小腹が空いたので軽いつまみとエールを注文してくつろいでいた。俺の店だから満席でも入れるし、カウンターのところで立って飲んでいるからそれほど邪魔にはなっていない。
ついでに言うと、みんなが忙しそうに働いている中、アンゲリカをそこの小部屋に連れて行って楽しむほど俺は神経が図太くない。妻が全員妊娠したので、結果としてアンゲリカとするのは夜になっている。ここは王都ではないので、この店もそこまで遅くまで開けているわけではないからだ。
「エルマー様、酒場はここだけですか?」
「もう一、二軒くらいあってもいいんじゃないですか?」
主婦たちがそのように聞いてくる。
「やはりすぐに満席になるな」
「そうなんですよ。この時間なら外にテーブルを出しても大丈夫かもしれませんけど。そこまで寒くないので」
「天気のいい日だけですけどね」
「だが席を増やしすぎても店を回すのが難しいだろう。勝手にエールを注いでいって飲むくらいならいいが」
当初の予定よりもかなり席数を増やした。一方で厨房から見えない個室は今も開けていない。店外にテーブルを置いても見えないから、やはり外にテーブルを置くことはしていない。
下手に客席を増やすと調理の方が追いつかなくなる可能性があるが、店内はすぐに満席になって入れなくなる。それならもう一軒くらい作ってもいいのか。それなら誰か店をやりたい者に任せるか。
……ん? 寒い……寒い……何か思い出しそうな気が…………ああ、そうだ。城の風呂を見たときに、農民たちの家の近くに温泉を作れればいいと思ったことがあったな。温泉ではなく大衆浴場というものか。その横にでももう一つ酒場を作るか、それとも酒場のある宿屋を作って、その横に大衆浴場をくっつけるか。トンネルが完成したら人が来る……かもしれないから宿屋は必要だ。宿屋のことを忘れていた。
作るとすれば酒場のある宿屋だろうだな。連れ込み宿ではなく普通の宿屋で酒場を備えたものだ。その横に大衆浴場を作る。飲んでから風呂に入れば酔いが回ることがあるので危険だが、汗を落としてから飲みに来ればいいだろう。そうだな、そうするか。
「そろそろ宿屋を作らなければならないが、宿屋に酒場を作って、そこで食事ができるようにしよう」
「ああ、それなら酔っ払ったうちの主人を部屋の放り込めばいいんですね」
「使い方は任せるが、部屋を使うなら金が必要だぞ。宿屋だからな」
「じゃあ外に放り出して終わりです」
まあ夫婦仲が良好だから言える冗談だが、まあそういう使い方もできなくはないか。どうせ宿屋は必要だから、酒場を兼ねた方がいい。だが……
「誰か宿屋に詳しい者はいるか?」
とりあえず周りに聞いてみる。みんなが首を横に振る。少なくとも俺は詳しくない。泊まったことはあるが。
「泊まったことも見たこともないですね」
「ハイデにはなかったからですね」
「王都では路上生活でしたから宿屋なんてとてもとても」
「生活するだけでギリギリでしたね。給料が安かったので」
俺の質問にはあちこちから返事が返ってきたが、そもそもハイデには宿屋はなかった。王都の貧民街にいた者たちは路上か掘っ立て小屋で寝泊まりしていた。職人たちも生活にそれほど余裕はなかったようだ。
「私は料理は作っていましたが、店は母が取り仕切っていました。特に上については関わらないように言われていましたので、料理以外はまったく……」
アンゲリカにも聞いてみるとそのように返ってきた。酒場の部分だけならアンゲリカの店とそれほど変わらない。だが宿の部分をどのようにしているか、ハイデには宿屋はなかったから俺にもよく分からない。
「客が泊まる部屋は用意することになる。浴槽を用意するかどうかはともかく、体を洗う場所はあってもいいだろう。シーツなどを洗う洗濯場は必要だろうし、シーツの換えを置いておく場所も必要だ。部屋数が多ければそれなりの量になるだろう。他に何が必要だ?」
要するに、客として使う部分はまだ分かるが、それ以外となるとここにいる誰にも分からない状態だった。適度な大きさの建物でとりあえず始めてもいいが、すぐに改築する必要が出ても困る。それなら最初からきちんとした建物を用意すべきだろう。
「一度持ち帰って検討する。とりあえず食事ができる店はもう一つは増やそう。とりあえず年内にできるのはそれくらいだと思ってくれ」
「期待してます」
宿屋と言えば、エクセンの白鳥亭か。あそこに相談に乗ってもらえれば一番だな。
10
あなたにおすすめの小説
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
『召喚ニートの異世界草原記』
KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。
ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。
剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。
――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。
面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。
そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。
「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。
昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。
……だから、今度は俺が――。
現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。
少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。
引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。
※こんな物も召喚して欲しいなって
言うのがあればリクエストして下さい。
出せるか分かりませんがやってみます。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます
無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる