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第三章:領主二年目第二部
サン=エステルにて(五):下交渉
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あれから三日、馬車で王城に到着した。この王城はヴァーデンの王城と比べると、優雅と言えばいいのか、装飾が多いと言えばいいのか、華やかではあるが無駄が多く思えてしまう。俺の好みとは少し違うな。
ドラゴネットの城は優雅ではなく荘厳と言えばいいのか、領民たちに言わせると、背筋が伸びる感じなのに親しみやすいらしい。シュタイナーが施した装飾によって、日に日に厳かになっている。
王城の門を通って馬車回しに馬車を止めたところでちょっとした騒動があった。レティシア王女とそっくりのエルザが馬車を降りると、「殿下のお腹が大きい!」「ようやくか!」「あれがお相手か?」「祝宴だ!」などと聞こえた。だが王城の中から「お姉様!」と王女本人が飛び出してくると、みんなが一斉に首を捻った。
先日王妃殿下と話した通り、大使としてディオン陛下に会う前に、まずエルザの件で打ち合わせをすることになっている。レティシア王女が叫んだせいで、もう内密で打ち合わせをする必要はないかもしれないが、すり合わせは重要だ。
レティシア王女に案内されたこの部屋は極秘の話をするために用意されているようで、ディオン王とクロエ王妃、リシャール王子、レティシア王女、ジョゼフィーヌ、俺、エルザだけがいる。
王子は王太子であるリシャール王子だけらしい。第一王女と第二王女はすでに嫁ぎ、第三王女は不在、そして第四王女のレティシア王女になっている。
「うーむ、レティシアと瓜二つだ。違うと言われても、余にはそうだとしか思えない。なあ、クロエ」
「はい、陛下。私も先日エルザさんを見た時、彼女が娘だと直感で分かりました」
「お前がそう言うのなら間違いないだろう」
「兄の私から見ても、腹に子がいなければ区別が付かなさそうだ。双子とはこれほど似るものなのだな」
ディオン王もリシャール王子も二人を見比べて驚いている。
「ところでレティシア」
「お兄様、何でしょうか?」
「残すところはお前だけになったな」
「何がですか?」
「自分の将来を任せられる相手がいないのがだ」
「それは今ここで口にすべきことですか⁉ この私に対する挑戦ですか⁉」
レティシア王女とリシャール王子の口喧嘩が始まった。レティシア王女は怒るとエルザと話し方が同じだな。
「悪い悪い、冗談が過ぎた。許してくれ。これまで一度も口に出さなかったようだが、姉のことがあったから結婚を渋っていたのか?」
「はい。私に双子の姉がいるらしいとは以前お母様から聞きました。そのことは誰にも言ってはいけないとも。その姉が見つかるまでは自分だけ嫁ぐわけにはいかないと思っていましたが、私の方が後になってしまいましたね」
そう言われてエルザが困った顔をしている。王女の姉だと言われても、そもそも孤児として育った彼女だ。「はいそうですか」と切り替えるのは難しいだろう。
そんなことを考えているとディオン王が二人のやり取りを手で制した。
「リシャール」
「父上、何でしょうか?」
「余はこれまでお前に人心を掴むこと、国を動かすことの何たるかを教えた。手を抜かず、勉強は続けているな?」
「はい、精進の毎日です」
こちらも王太子は真面目なようだ。レオナルト殿下に比べれば少しノリがいいだろうか。
「なら大丈夫だな。今年の年末、お前の戴冠式を行う」
「は?」
「余は退位する。これまでの責任を取ってな。新しい国にするためにも丁度いい機会だろう」
ディオン王の発言に誰もが固まった……と思ったら、おそらく王妃は聞いていたのか、特に驚いてもいないようだ。だがカミル王といいディオン王といい、そこまで早く退位する必要があるのか? とりあえず誰も何も言えない状態になっている。
「……いやいやいや」
「いずれにせよアルマン王国に対しては正式に謝罪せねばならん。エルザのことも戦争のことも、元をたどればエルザス辺境伯が原因だとしても、私的なことが理由で彼に好き勝手させてしまい、両国の多くの将兵が命を落とすことになったのは、余とクロエの責任によるところが大きい。後はお前が頑張れ」
「頑張れって……」
リシャール王子が眉を寄せて困った顔をしている。レオナルト殿下とは別の意味で大変なようだ。
「まだ時間はある。余はその間に後片付けをするとしよう。できる限りきれいに、あの青々とした海の水のごとく清廉にしてからな」
「……父上の心の中ではもう決まっているのですか?」
「ああ、今回の話を聞いた時に決めた」
「はあ、分かりました。では私も覚悟を決めます」
リシャール王子は二〇代後半。俺やレオナルト殿下よりも上だが、性格的には仲良くやれそうな感じがした。
「それで、ノルト男爵」
「はい」
「エルザは公的には第三王女のままだ。王家の名簿に名前は書かれていないが、これまで生死については一切触れていない」
今さらの話なので、一応の確認ということだろう。
「今でも王女だということですね」
「そうだ。それでエルザはこの国に戻るつもりはないということだが、それでいいのか?」
「はい、私の家は向こうにありますので」
「それなら名簿に名前を記載後、改めて籍の離脱を行うことにする」
「よろしくお願いします」
「形は王女が隣国の男爵に嫁いだということになる。それでノルト男爵、いずれカミル王に謝罪する際には仲立ちをお願いしたい。男爵も形としては余の義理の息子ということになるからな」
「エルマー様、王族の親戚が増えましたね」
待て、エルザ。余計なことを言うな。
「増えたとは、他にも誰かいるのか?」
ほら見ろ。リシャール王子が耳ざとく気付いたじゃないか。身を乗り出して聞いてきた。こんなところで余計なことを口にすると厄介事が増えるのは分かっているだろう。
「……今年に入ってからですが、第二王女を迎え入れまして」
「なるほど、それなら向こうの王太子とは血の繋がりはないが義理の兄弟となるのか。素晴らしい。ちなみに卿から見て自国の王太子はどのような男だ? 答えにくいかもしれないが」
答えにくいに決まっているが……。そうだなあ、あの方は欠点の少ないな。少しずれていると感じる時があり、多少頼りなくはあるが、欠点とまでは言えないだろう。真面目で努力家。面白みはほどほどか。
「……そうですね。私はレオナルト殿下とは軍学校で同期で、それからの付き合いになりますが、リシャール殿下と仲良くできると思います」
「ほほう。どこか似ているとか?」
「このように口にするのは恐れ多いことですが、根が真面目ながらユーモアの感覚をお持ちです」
「なるほ——」
「お兄様が真面目⁉」
「……何か言いたいのか?」
「私のこの口にその答えを言わせたいのですか?」
向かいで兄妹の口喧嘩が始まった。
ドラゴネットの城は優雅ではなく荘厳と言えばいいのか、領民たちに言わせると、背筋が伸びる感じなのに親しみやすいらしい。シュタイナーが施した装飾によって、日に日に厳かになっている。
王城の門を通って馬車回しに馬車を止めたところでちょっとした騒動があった。レティシア王女とそっくりのエルザが馬車を降りると、「殿下のお腹が大きい!」「ようやくか!」「あれがお相手か?」「祝宴だ!」などと聞こえた。だが王城の中から「お姉様!」と王女本人が飛び出してくると、みんなが一斉に首を捻った。
先日王妃殿下と話した通り、大使としてディオン陛下に会う前に、まずエルザの件で打ち合わせをすることになっている。レティシア王女が叫んだせいで、もう内密で打ち合わせをする必要はないかもしれないが、すり合わせは重要だ。
レティシア王女に案内されたこの部屋は極秘の話をするために用意されているようで、ディオン王とクロエ王妃、リシャール王子、レティシア王女、ジョゼフィーヌ、俺、エルザだけがいる。
王子は王太子であるリシャール王子だけらしい。第一王女と第二王女はすでに嫁ぎ、第三王女は不在、そして第四王女のレティシア王女になっている。
「うーむ、レティシアと瓜二つだ。違うと言われても、余にはそうだとしか思えない。なあ、クロエ」
「はい、陛下。私も先日エルザさんを見た時、彼女が娘だと直感で分かりました」
「お前がそう言うのなら間違いないだろう」
「兄の私から見ても、腹に子がいなければ区別が付かなさそうだ。双子とはこれほど似るものなのだな」
ディオン王もリシャール王子も二人を見比べて驚いている。
「ところでレティシア」
「お兄様、何でしょうか?」
「残すところはお前だけになったな」
「何がですか?」
「自分の将来を任せられる相手がいないのがだ」
「それは今ここで口にすべきことですか⁉ この私に対する挑戦ですか⁉」
レティシア王女とリシャール王子の口喧嘩が始まった。レティシア王女は怒るとエルザと話し方が同じだな。
「悪い悪い、冗談が過ぎた。許してくれ。これまで一度も口に出さなかったようだが、姉のことがあったから結婚を渋っていたのか?」
「はい。私に双子の姉がいるらしいとは以前お母様から聞きました。そのことは誰にも言ってはいけないとも。その姉が見つかるまでは自分だけ嫁ぐわけにはいかないと思っていましたが、私の方が後になってしまいましたね」
そう言われてエルザが困った顔をしている。王女の姉だと言われても、そもそも孤児として育った彼女だ。「はいそうですか」と切り替えるのは難しいだろう。
そんなことを考えているとディオン王が二人のやり取りを手で制した。
「リシャール」
「父上、何でしょうか?」
「余はこれまでお前に人心を掴むこと、国を動かすことの何たるかを教えた。手を抜かず、勉強は続けているな?」
「はい、精進の毎日です」
こちらも王太子は真面目なようだ。レオナルト殿下に比べれば少しノリがいいだろうか。
「なら大丈夫だな。今年の年末、お前の戴冠式を行う」
「は?」
「余は退位する。これまでの責任を取ってな。新しい国にするためにも丁度いい機会だろう」
ディオン王の発言に誰もが固まった……と思ったら、おそらく王妃は聞いていたのか、特に驚いてもいないようだ。だがカミル王といいディオン王といい、そこまで早く退位する必要があるのか? とりあえず誰も何も言えない状態になっている。
「……いやいやいや」
「いずれにせよアルマン王国に対しては正式に謝罪せねばならん。エルザのことも戦争のことも、元をたどればエルザス辺境伯が原因だとしても、私的なことが理由で彼に好き勝手させてしまい、両国の多くの将兵が命を落とすことになったのは、余とクロエの責任によるところが大きい。後はお前が頑張れ」
「頑張れって……」
リシャール王子が眉を寄せて困った顔をしている。レオナルト殿下とは別の意味で大変なようだ。
「まだ時間はある。余はその間に後片付けをするとしよう。できる限りきれいに、あの青々とした海の水のごとく清廉にしてからな」
「……父上の心の中ではもう決まっているのですか?」
「ああ、今回の話を聞いた時に決めた」
「はあ、分かりました。では私も覚悟を決めます」
リシャール王子は二〇代後半。俺やレオナルト殿下よりも上だが、性格的には仲良くやれそうな感じがした。
「それで、ノルト男爵」
「はい」
「エルザは公的には第三王女のままだ。王家の名簿に名前は書かれていないが、これまで生死については一切触れていない」
今さらの話なので、一応の確認ということだろう。
「今でも王女だということですね」
「そうだ。それでエルザはこの国に戻るつもりはないということだが、それでいいのか?」
「はい、私の家は向こうにありますので」
「それなら名簿に名前を記載後、改めて籍の離脱を行うことにする」
「よろしくお願いします」
「形は王女が隣国の男爵に嫁いだということになる。それでノルト男爵、いずれカミル王に謝罪する際には仲立ちをお願いしたい。男爵も形としては余の義理の息子ということになるからな」
「エルマー様、王族の親戚が増えましたね」
待て、エルザ。余計なことを言うな。
「増えたとは、他にも誰かいるのか?」
ほら見ろ。リシャール王子が耳ざとく気付いたじゃないか。身を乗り出して聞いてきた。こんなところで余計なことを口にすると厄介事が増えるのは分かっているだろう。
「……今年に入ってからですが、第二王女を迎え入れまして」
「なるほど、それなら向こうの王太子とは血の繋がりはないが義理の兄弟となるのか。素晴らしい。ちなみに卿から見て自国の王太子はどのような男だ? 答えにくいかもしれないが」
答えにくいに決まっているが……。そうだなあ、あの方は欠点の少ないな。少しずれていると感じる時があり、多少頼りなくはあるが、欠点とまでは言えないだろう。真面目で努力家。面白みはほどほどか。
「……そうですね。私はレオナルト殿下とは軍学校で同期で、それからの付き合いになりますが、リシャール殿下と仲良くできると思います」
「ほほう。どこか似ているとか?」
「このように口にするのは恐れ多いことですが、根が真面目ながらユーモアの感覚をお持ちです」
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