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第五章:領主二年目第四部
元貴族(一)
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「ようやく見えた……」
視界の先には村らしきものが見えます。ここまで二週間ほど、たった一人で山と荒れ地を歩き続けました。
◆ ◆ ◆
私の名前はミリヤム。かつては王都に近いところに領地があった伯爵家の娘でした。そう、かつては。
昨年の春、父が叛逆の廉で処刑になり、私は平民に落とされて修道院に送られることになりました。何もしていないのにっ!
蝶よ花よと育てられたのは間違いありません。使用人たちも私の腰まで伸びた美しい髪を褒めてくれました。その髪も見るも無惨にカサカサになり枝毛も増えました。ここには最低限のものしかありません。付き添いなんていません。何もかも自分でしなければならないのです。
この修道院はこの国でも一番南東の端にありました。周りには何もなく、あっても森と山だけです。一番近い人里でも一〇日はかかるそうです。どうしてこのような場所で暮らせましょうか。
しかも清貧を旨とするという理由でロクな食事も用意されません。たまに出されるワインは年代物ではなく、この修道院で作られたものだそうです。それでもせっかく出されたものです。無駄にはしません。
この修道院は国の管轄になります。兵士もいますが、それほど厳重に監視されているわけではありません。逃げようと思えば逃げられなくはないそうです。ですが逃げても行く場所がありません。
ここは山の斜面にあります。遠くに町や村があるのが見えますが、どれだけ離れているのでしょうか? たまにいなくなる人がいるそうです。ですが捜索に行くことはないそうです。なかなか人里まで辿り着けることがないのでしょう。それなら私がその最初の人物になりましょう。
◆ ◆ ◆
脱出に成功しました。思った以上にあっさりと。ある意味では拍子抜けです。食料も袋に詰めて持ち出しました。聞いていた通り、警備は厳重ではありませんでした。逃げても行き場がないと思われているのでしょう。いるのは女子供のみ。
しかし今後どこに私を知っている者がいるか分かりません。ここは見た目を少し変えましょう。見た目といえば髪型です。傷んでいることもありますし、ここはバッサリと切りましょう。
手を後ろに回してナイフで髪をバッサリと……。
あ……。
……。
そうですよね……。これまで刃物なんて持ったことがありません。いきなり自分の髪を切るなんて無理ですよね。しかも後ろ。鏡なんてあるはずがありません。
切りすぎました。ええ、右の後ろが何もありません。これでは男の子のようではないですか? 首筋がスースーします。しかし後ろの半分だけというのはバランスが……。仕方ありません。残り半分もバッサリと!
……。
右よりもさらに短くなりました……。こんなことなら裁縫をきちんと学んでおくのでした。そうすればせめて刃物くらいは使えたでしょう。
こうなれば仕方ありません。バランスを取るために横と後ろも……。
……。
…………。
どのような髪型になったかは想像にお任せします。シクシク……。
◆ ◆ ◆
「ようやく見えた……」
修道院を逃げ出してから二週間近く経ったはずです。持ち出した食料が心許なくなってきました。
食料といってもカチカチに焼かれた堅パンばかりで、石で叩いて砕いて口の中に入れます。口の中の水分を持っていかれるような感触になりますが、それでも食べないわけにはいきません。死んでは元も子もないからです。
それにしても足も痛い。足の裏は水脹れだらけになっています。一部は破れてボロボロです。でも歩かないわけにはいきません。馬車に乗りたい……。
あ、向こう村がありますね。そこで食べ物を手に入れましょう。できれば路銀も手に入れたいところですが、さすがにそこまでは無理でしょうね。痛い足を引きずって進みます。
「ボウズ、こんな小さな子がこんなところでどうしたんだ?」
ボウズ……。
たしかに動きやすいように男の子の服装をしていますが。私って男の子っぽかったのですか? やっぱり髪型ですよね。そうですよね?
「攫われて途中で逃げ出してきたんだけど、ここどこ?」
思わず男の子の真似をしました。プライドが……。いえ、この際全て捨てましょう。
「ここか? ここはロルフ様のご領地の端にできた村だ。名前は何だったかな? まあ名前なんて誰も名乗らないな。一番東の村でいい」
「そんなんでいいの?」
私はその村で一泊させてもらうと、翌朝西へ向かう馬車に乗せてもらうことになりました。
「ボウズ、堅パンとミカンくらいしかないが、ないよりはマシだろう。持っていけ」
「ありがとう」
「体に気をつけてな。無理はするんじゃないぞ」
心に沁みました。
この馬車は西からこのあたりまでやって来る行商人のものです。乗り心地はけっして良くはありませんが、贅沢は言いません。足が痛いんです。足の裏の皮がボロボロなんです。地面に着ければ「ヒッ!」ってなるくらい痛いんです。
そのようにして何度も商人の馬車に乗せてもらいました。行く先行く先で宿泊場所が見つかりました。これも私の人徳のおかげなのか、単に哀れんでもらっただけなのか。
◆ ◆ ◆
「やっぱり女の子だったね」
「一応そうなんです」
たまにこうやって女の子と思われることもあります。今夜は農婦の方の家に泊めてもらうことになりました。今日は夫は寄り合いでいないそうです。
「でも男の子のフリをしてる方が変なことをされないからいいかもね。頼りになる人を見つけるまでは男の子になってた方がいいとアタシは思うよ」
女の子が一人で旅をすると襲われることもあるのだとか。だから男の子のフリをした方がいいと教えてもらいました。
「そんなことってあるんですか?」
「あるよ。アタシの若い頃だけどね。村で一二を争う綺麗な女の子と幼児で隣村に行くことになってね。それで……」
その美人さんとこの人と二人で隣村まで一時間ほど徒歩で向かったそうです。ところがいきなり男たちが現れて、美人さんだけを連れ去って……。まあそういうことがあったそうです。何があったかは私でも分かりますよ。でもそれって、最初からその美人さんが狙われてたのでは? 誰かの恨みでも買ったのでは? そう思いましたが、その場では何も言いませんでした。
たしかに女性一人で外を歩くのは危険です。私も貴族なら結婚してもいい年齢です。それなら安全な場所に行くまでは男の子になりきりましょう。どうせ髪も男の子みたいなので。
「それじゃ、こんな感じでどう?」
「ああ、いいねえ。歩く時もこうやって、少しがに股気味にして。それで股間にタオルを詰めておいたら余計に男っぽいだろうね」
「これは大きすぎない?」
「男なら大きい方が堂々とできるさね」
そういうもの?
◆ ◆ ◆
「大変だなあ、嬢ちゃん。まあこれでも持ってけや」
「ありがとう、おじちゃん」
「おいおい、お兄さんだろ?」
「ごめん、カッコいいお兄さん」
「よしよし。これもやるよ」
「ありがとうね~」
髪が伸びたからか、たまに嬢ちゃんと呼ばれるんだよね。女の子を演じるのも意外と大変、ってあれ? 男の子を演じていたはずなんだけど、気がつけば普通に男の子みたいになってる? これって戻るの? まあいいか。
いや、最初は男の子の方がおかしな目に遭わないと聞いたからそうしてたんだけど、男の子って楽だね。お上品に振る舞わなくていいし。男の子サイコー!
視界の先には村らしきものが見えます。ここまで二週間ほど、たった一人で山と荒れ地を歩き続けました。
◆ ◆ ◆
私の名前はミリヤム。かつては王都に近いところに領地があった伯爵家の娘でした。そう、かつては。
昨年の春、父が叛逆の廉で処刑になり、私は平民に落とされて修道院に送られることになりました。何もしていないのにっ!
蝶よ花よと育てられたのは間違いありません。使用人たちも私の腰まで伸びた美しい髪を褒めてくれました。その髪も見るも無惨にカサカサになり枝毛も増えました。ここには最低限のものしかありません。付き添いなんていません。何もかも自分でしなければならないのです。
この修道院はこの国でも一番南東の端にありました。周りには何もなく、あっても森と山だけです。一番近い人里でも一〇日はかかるそうです。どうしてこのような場所で暮らせましょうか。
しかも清貧を旨とするという理由でロクな食事も用意されません。たまに出されるワインは年代物ではなく、この修道院で作られたものだそうです。それでもせっかく出されたものです。無駄にはしません。
この修道院は国の管轄になります。兵士もいますが、それほど厳重に監視されているわけではありません。逃げようと思えば逃げられなくはないそうです。ですが逃げても行く場所がありません。
ここは山の斜面にあります。遠くに町や村があるのが見えますが、どれだけ離れているのでしょうか? たまにいなくなる人がいるそうです。ですが捜索に行くことはないそうです。なかなか人里まで辿り着けることがないのでしょう。それなら私がその最初の人物になりましょう。
◆ ◆ ◆
脱出に成功しました。思った以上にあっさりと。ある意味では拍子抜けです。食料も袋に詰めて持ち出しました。聞いていた通り、警備は厳重ではありませんでした。逃げても行き場がないと思われているのでしょう。いるのは女子供のみ。
しかし今後どこに私を知っている者がいるか分かりません。ここは見た目を少し変えましょう。見た目といえば髪型です。傷んでいることもありますし、ここはバッサリと切りましょう。
手を後ろに回してナイフで髪をバッサリと……。
あ……。
……。
そうですよね……。これまで刃物なんて持ったことがありません。いきなり自分の髪を切るなんて無理ですよね。しかも後ろ。鏡なんてあるはずがありません。
切りすぎました。ええ、右の後ろが何もありません。これでは男の子のようではないですか? 首筋がスースーします。しかし後ろの半分だけというのはバランスが……。仕方ありません。残り半分もバッサリと!
……。
右よりもさらに短くなりました……。こんなことなら裁縫をきちんと学んでおくのでした。そうすればせめて刃物くらいは使えたでしょう。
こうなれば仕方ありません。バランスを取るために横と後ろも……。
……。
…………。
どのような髪型になったかは想像にお任せします。シクシク……。
◆ ◆ ◆
「ようやく見えた……」
修道院を逃げ出してから二週間近く経ったはずです。持ち出した食料が心許なくなってきました。
食料といってもカチカチに焼かれた堅パンばかりで、石で叩いて砕いて口の中に入れます。口の中の水分を持っていかれるような感触になりますが、それでも食べないわけにはいきません。死んでは元も子もないからです。
それにしても足も痛い。足の裏は水脹れだらけになっています。一部は破れてボロボロです。でも歩かないわけにはいきません。馬車に乗りたい……。
あ、向こう村がありますね。そこで食べ物を手に入れましょう。できれば路銀も手に入れたいところですが、さすがにそこまでは無理でしょうね。痛い足を引きずって進みます。
「ボウズ、こんな小さな子がこんなところでどうしたんだ?」
ボウズ……。
たしかに動きやすいように男の子の服装をしていますが。私って男の子っぽかったのですか? やっぱり髪型ですよね。そうですよね?
「攫われて途中で逃げ出してきたんだけど、ここどこ?」
思わず男の子の真似をしました。プライドが……。いえ、この際全て捨てましょう。
「ここか? ここはロルフ様のご領地の端にできた村だ。名前は何だったかな? まあ名前なんて誰も名乗らないな。一番東の村でいい」
「そんなんでいいの?」
私はその村で一泊させてもらうと、翌朝西へ向かう馬車に乗せてもらうことになりました。
「ボウズ、堅パンとミカンくらいしかないが、ないよりはマシだろう。持っていけ」
「ありがとう」
「体に気をつけてな。無理はするんじゃないぞ」
心に沁みました。
この馬車は西からこのあたりまでやって来る行商人のものです。乗り心地はけっして良くはありませんが、贅沢は言いません。足が痛いんです。足の裏の皮がボロボロなんです。地面に着ければ「ヒッ!」ってなるくらい痛いんです。
そのようにして何度も商人の馬車に乗せてもらいました。行く先行く先で宿泊場所が見つかりました。これも私の人徳のおかげなのか、単に哀れんでもらっただけなのか。
◆ ◆ ◆
「やっぱり女の子だったね」
「一応そうなんです」
たまにこうやって女の子と思われることもあります。今夜は農婦の方の家に泊めてもらうことになりました。今日は夫は寄り合いでいないそうです。
「でも男の子のフリをしてる方が変なことをされないからいいかもね。頼りになる人を見つけるまでは男の子になってた方がいいとアタシは思うよ」
女の子が一人で旅をすると襲われることもあるのだとか。だから男の子のフリをした方がいいと教えてもらいました。
「そんなことってあるんですか?」
「あるよ。アタシの若い頃だけどね。村で一二を争う綺麗な女の子と幼児で隣村に行くことになってね。それで……」
その美人さんとこの人と二人で隣村まで一時間ほど徒歩で向かったそうです。ところがいきなり男たちが現れて、美人さんだけを連れ去って……。まあそういうことがあったそうです。何があったかは私でも分かりますよ。でもそれって、最初からその美人さんが狙われてたのでは? 誰かの恨みでも買ったのでは? そう思いましたが、その場では何も言いませんでした。
たしかに女性一人で外を歩くのは危険です。私も貴族なら結婚してもいい年齢です。それなら安全な場所に行くまでは男の子になりきりましょう。どうせ髪も男の子みたいなので。
「それじゃ、こんな感じでどう?」
「ああ、いいねえ。歩く時もこうやって、少しがに股気味にして。それで股間にタオルを詰めておいたら余計に男っぽいだろうね」
「これは大きすぎない?」
「男なら大きい方が堂々とできるさね」
そういうもの?
◆ ◆ ◆
「大変だなあ、嬢ちゃん。まあこれでも持ってけや」
「ありがとう、おじちゃん」
「おいおい、お兄さんだろ?」
「ごめん、カッコいいお兄さん」
「よしよし。これもやるよ」
「ありがとうね~」
髪が伸びたからか、たまに嬢ちゃんと呼ばれるんだよね。女の子を演じるのも意外と大変、ってあれ? 男の子を演じていたはずなんだけど、気がつけば普通に男の子みたいになってる? これって戻るの? まあいいか。
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