ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥

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第六章:領主三年目、さらに遠くへ

義父たちの元へ(二)

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 ヴァジ男爵一家は二泊ほどしてから帰っていった。今後ディオン殿の屋敷に転移ドアを置けば、そこを使わせてもらえばいい。サン=サージュからゲルランまで移動すれば、直接来るのと違って二か月以上も馬車に揺られることはない。

 ベルナール殿にはディオン殿が首を縦に振れば設置させてもらうと言っているが、ディオン殿が断ることはないだろう。ディオン殿が断るとしてもクロエ殿とレティシアは断らないはずだ。ただ勝手な約束はできないので、ディオン殿の許可を取ってからということにしてある。

 俺がゲルランに行けばあっという間に許可は出るだろうが、そうすると何から何まで俺がしなくてはいけなくなる。[転移]というのは移動時間を大幅に短縮してくれる反面、その移動時間にできるはずのことができなくなるという欠点がある。

 先日ドラゴネットにやって来たイニャスという名前のディオン殿の使者は、ここまで一か月以上かけて馬でやって来た。もし俺が[転移]を使わなければ、そこから話を持ち帰るのに一か月かけて戻り、ディオン殿の許可を得てからまた一か月かけてドラゴネットに来る。そこから俺と一緒にゲルランに向かってまた一か月馬に乗る。四か月から半年は往復のためだけに使ってしまう。

 俺が[転移]だけで済まそうと思えばできなくはない。だがそうすると全てが前倒しになってしまい、つまり俺だけが忙しくなる。

 このことについてはジョゼが言っていた。「高速な移動手段、高速な通信手段は人から時間を奪います」と。最初はどういうことかよく理解できなかったが、今ならよく分かる。

 次は……マルクブルク辺境伯になるだろうな。あの親父さんは少々苦手だが、義父になるなら筋は通さなければならない。



◆ ◆ ◆



「おお、ノルト男爵もコジマも元気そうだな」
「おかげをもちまして。クリストフ殿もお元気そうで」
「お父上もお元気そうで」
「儂なら元気にしておる。懸念事項だったコジマの件が片付いたからな」

 辺境伯は呵々と笑い、コジマは何とも言えないような表情を作った。自分でも父親に迷惑をかけていたことが分かっているのだろう。「自分よりも強い男にしか嫁がない」と口にするのはコジマの自由だが、辺境伯からしてみればどこの誰かも分からない輩が勝っては困る。だが家柄まで考えると相手はどうしても限られてくる。たまたま俺が戦場で会ったことは渡りに船だったのだろう。

「残りは跡取りの問題だな。男爵、この領地はいらんか?」
「それよりもまずアルノルト殿でしょう」

 辺境伯は俺か俺の息子をここの跡取りにと言っている。長男のアルノルト殿は詩と歌を愛する性格だそうだ。息子もいるが、無理に剣を持たせようとはしていないらしい。だからといって俺というのはおかしいだろう。

「分かった分かった。して今日は何用だ? 単に挨拶でもないだろう」
「実は……」

 俺はコジマが妊娠したことを説明した。会ってから数か月、することをすれば子供はできるものだ。

「そうかそうか。それなら娘を押し付け……いや、送り出した甲斐があったというものだ」

 ……あまりキッパリと押し付けたと言われるのもな。さっきからコジマが渋い顔をしっぱなしだ。そのうち父親に斬りかかるんじゃないかと心配している。

「それともう一つですが、転移ドアと呼ばれるものがありまして……」

 辺境伯の家族も同じようにドラゴネットに招待しようと思っていた。ヴァジ男爵一家と同じように二、三日滞在してもらおうかと。

「それはいい。ところであのクラース殿も向こうにいるのだな?」
「ええ、向こうにいますが、彼が何か?」

 戦争の時にはクラースは俺を運んだり怪我人の治療をしたり、八面六臂の活躍をしていた。辺境伯と話もしている。

「うむ、彼と一度手合わせをしたいと思ってな」
「クラースは大人しい性格なのですが」
「それでも力はあろう」
「それはそうですが」

 ああ、これは無理だなと思った。辺境伯の顔はクラースとの戦いを想像してか、ニヤニヤしっぱなしだ。クラースならいい感じで手加減してくれるだろう。真っ二つにだけはしないでもらいたい。

「ところでいつ向こうへ——」
「今すぐ行けるのか?」
「……行けることは行けますが……」

 コジマの里帰りも兼ねているのだが。すぐに応接室に通されて話を始め、そして今だ。

「父上、せめて母上が戻ってきてからにしてください。後で怒られますよ」
「う、うむ、そうだな。揃ってからにするか」

 隣の家にお邪魔するわけではない。向こうに寝泊まりする場所はあるが、ジョゼのところでもそうだったように、使用人を何人かは連れていくことになるだろう。食事時には全員が揃うということなので、食後にドラゴネットに移動することになった。



◆ ◆ ◆



「ほうほうほう、これはこれは」

 辺境伯は城の三階から身を乗り出しながら俺の説明を聞いている。むしろ聞いているふりをしているだけだろうか。

「して、儂はその調査隊とやらに参加はできんのか?」
「まさか魔獣狩りをするつもりですか?」
「これでも爵位を継ぐ前は無邪修行として各地を回っておった。南にも東にも行ったことがある。船に乗って海の魔物と戦ったこともあったわ。儂の胴体よりも太い足を持つ大ダコなど、足を切り落として焼いて食ってやったわ」

 生粋の武人らしく、貴族として屋敷で過ごすよりも戦場で馬を駆る方が肌に合うらしい。若い頃はシエスカ王国からエトルスコ王国に入り、船で東の大陸に向かったこともあったそうだ。

「アルノルト」
「はい、何ですか?」

 城から見える風景をスケッチしていたアルノルト殿は筆を止めて父親を見た。

「お前が今から新しいマルクブルク辺境伯だ。いいな?」
「はい? いや、いいなと言われても……」

 小遣いはこれだけだからな、とでも言わんばかりの軽い口調にアルノルト殿は困っている。

「いきなりって、私には領地を治めるんなんて無理ですよ」
「領地を治めるのは部下に任せればいい。お前は黙って座っていればいいだけだ。儂でもできたんだからお前ならもっと上手にできるだろう」
「ですが戦争があっても私は戦えないですよ?」
「なに、ゴール王国とは和解した。シエスカ王国にはビアンカ殿下が嫁ぐ。そう簡単に戦争にはならんだろうよ」

 それは間違いないだろう。レオナルト殿下にはバーレン辺境伯の娘が嫁ぐ。バーレン辺境伯はマルクブルク辺境伯の東にあり、シエスカ王国側の国境を守っている。昨年から殿下たちの結婚の話もあり、シエスカ王国とは役人が行ったり来たりしている。そのあたりには俺は詳しくないが。

「クリストフ殿。アルノルト殿も急に言われては返事は難しいでしょう。一日二日でどうなるわけでもないでしょうし、一度持ち帰ってからゆっくりと話をされてはどうですか?」
「それはそうなのだが……」
「転移ドアは隣国ではありますがコルム大公のお屋敷に置いてもらう予定です。エルシャースレーベンからでしたらゲルランまで国境を越えればすぐです」
「なるほど。アルノルトを説得してからまた来たらいいということだな?」
「……まあそういうことです」

 この父親は絶対に引かないと思ったアルノルト殿が絶望的な表情をしているが、俺にはどうしようもない。いや、俺が辺境伯を連れてきたせいでこうなったのかもしれないが、面倒だからと引き延ばしていたアルノルト殿にも責任はあるだろう。もう少し親子で話し合ってほしい。

「あなたはこうと決めたら急ですからね。ここに来ることは止めませんから、せめてきちんと引き継いでから来てくださいね?」
「あ、ああ、分かった」

 夫人のアルビーナ殿がやんわりと辺境伯をたしなめていた。



◆ ◆ ◆



 マルクブルク辺境伯一家は二泊してからエルシャースレーベンに戻った。アルノルト殿が新しい辺境伯になるのかならないのか。俺はそこには関係していないが、来週にでもアルノルト殿が新しい辺境伯になる気がした。
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