異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第1章:目覚めと始まりの日々

第14話:形から入っても中身があればOK

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 冒険者ギルドを出たレイとサラは、今度は薬剤師ギルドにやってきました。冒険者ギルドから徒歩で五、六分です。

「イメージ通りかもしれないけど、静かだな」
「医者や薬屋が多いからだろうね」

 どちらも公的機関なのは間違いありませんが、冒険者ギルドの立ち位置が市役所に近いのに対して、薬剤師ギルドは病院に近いでしょう。扱っているものの一部は共通ですが、冒険者ギルドは日雇い仕事の斡旋所としての役割が業務の中心です。

「新規登録の窓口は……ないな。あっちの相談窓口は違うだろうな」
「普通に並ぼっか」

 窓口は冒険者ギルドよりも少なく三つのみのようです。人が多いわけではありませんので、二人は並ばずに窓口に到着しました。

「ギルドへの登録をお願いします。二人です」

 レイはそう言いながら二人のステータスカードと銀貨を二枚を渡しました。

「本日の担当は私チェルシーが務めます。ではお二人で二〇〇〇キール、銀貨二枚、たしかに受け取りました。ステータスカードをお預かりします」

 チェルシーは冒険者ギルドのシーヴと同じように、箱の上にステータスカードを乗せてボタンを操作しました。

「ではお返しします。お二人とも冒険者ギルドでの登録があるようですね。素材の売却だけなら冒険者ギルドとほぼ同じ手順になります。薬屋として素材を購入したいということであれば別ですが、そちらの説明は必要ですか?」
「いえ、薬草などの素材を売るだけになると思います」
「それでしたらあちらの掲示板に貼り出してあります。常時依頼は手続きは必要ありませんので、素材をそのまま窓口へお持ちください。大きなものはあちらの別窓口になりますので係の者に伝えてください」

 冒険者として素材を売却するだけなら何も変わりません。薬屋を始めるつもりもありませんので、二人はそのまま掲示板のほうに移動します。
 出したままのステータスカードを見ると、こちらは「デューラント王国薬剤師ギルド/マリオン支部」と書かれていました。

「ステータスカードにギルドの登録をするのってさ、スマホにアプリを入れるみたいなものかな?」
「それに近いよな」

 二人は壁に張り出された常時依頼をチェックし始めました。するとシーヴの言ったとおり、冒険者ギルドよりも高いものがあります。

「やっぱり薬関係はこっちのほうがだいぶ高いな。薬草はほぼ同じだけど」
「そうだね。薬の材料になるものはこっちで売った方がいいね」

 レイとサラは冒険者ギルドで素材の買い取り価格をメモしています。比べてみてわかったのは、たとえばホーンラビットという魔物なら、毛皮と魔石と肉は冒険者ギルド、角と内臓の一部は薬剤師ギルドのように、二つのギルドで分けて売ったほうがかなり高くなることです。
 冒険者は安定した仕事ではありませんが、特別な技術がなくてもなることができます。成人したらとりあえず冒険者ギルドに登録するという人が多いので、薬剤師ギルドよりも冒険者ギルドの方が登録者数は多くなります。
 登録者数に差がありますので、集まる素材の量にもかなり違いがあります。だから冒険者ギルドで扱わない素材を薬剤師ギルドが買い取るという形になっています。
 ところが、それでは必要量を入手できない場合があります。その対策として、直接持ち込んでくれた人には冒険者ギルドよりも多めに払うようになっています。

 二人は薬剤師ギルドを出ると、次は装備を手に入れるために商業地区に向かいました。

 ◆◆◆

「日本刀はあるかな?」
「いや、さすがにないと思うぞ」
「それなら薙刀なぎなたくらい?」
「ふつうの槍やハルバード、バルディッシュあたりならありそうだけどな」

 話しながら大通りを歩きながら脇道を覗くと、そこに剣とフォークを合わせたような看板が見えました。

「あれは武器屋か?」
「店先にテーブルも置いてあるね。雑貨屋?」

 前まで行くと、剣に槍、鍋に包丁、クワにシャベルなど、武器や金物が並べられているのが見えました。テーブルや椅子もあるようです。

「らっしゃい」

 太い声とともに店主が奥から顔を出しました。少し低めの身長、太い胴体、大きい顔、少し尖った耳。間違いようのないドワーフです。
 ドワーフは精霊族に含まれる種族で、優秀な職人であり、その技術は鍛冶や酒、さらには細工物や土木技術など、非常に幅広くなっています。山の近くで暮らしていることが多いですが、職人として人間の町に住む者もたくさんいます。体が丈夫なので冒険者となる者もいます。冒険者をするなら前衛向きでしょう。

「こんにちは。ここは武器屋ですか?」
「なんでも屋だな」

 よく見ると看板の下に『ダニールのなんでも屋』と小さく書かれていますね。店名を売るつもりがないように思えます。

「だから剣とフォークだったんですね」
「剣と盾なら冒険者ギルドだからな。ワシは店主で鍛冶職人をやってるダニールっていうんだ」
「俺はレイといいます。こっちはサラです。冒険者ギルドで登録したので、装備を買いに来ました」
「そうか。初心者ならここで一通りそろうぞ」

 マリオンには武器と防具の専門店がきちんとあります。そのような店は既製品も扱っていますが、注文を受けて一点物を作ることが多く、値段も全体的に高めです。
 この『ダニールのなんでも屋』は、食料品と衣料品以外の売れ筋商品を一通り扱っているので、駆け出しが必要になりそうなものは間違いなく手に入ります。
 自己紹介を済ませると、二人は店内に置かれている剣の品定めを始めました。いきなり魔物をバッタバッタと倒すことはないでしょうが、護身用のダガーだけで外に出るのは危険です。ただ、見ただけで善し悪しは分かりません。

「手に持ってるだけじゃ武器の良し悪しは分からねえからな。剣なら振って、槍なら突いて確認してくれ。構えた感触はよくても、振ってみたら合わねえってこともあるぞ」

 レイが剣を手に取っては店先で軽く振ってという動作を繰り返していると、サラが何かに気づいてレイの肩を叩きました。

「レイ、あれあれ」
「あれって……日本刀か?」

 サラが指を向けた方を見ると、そこには鞘に入った日本刀らしきものが飾られていました。それも手の届かない場所に。

「あの長さだと、たぶん太刀だね」
「太刀?」

 日本刀に色々な種類があることをレイは知っていましたが、細かなことまではわかりません。レイがわかっていないと思ったんでしょう、サラが解説を始めました。

「簡単に説明するとね、太刀っていうのは平安時代後期からの馬上戦で発展した刀だから、敵に届くように長くて、それでも鞘から抜きやすいように反りが深くて、その鞘を腰から吊り下げるようにするんだよ。それを『佩く』って呼ぶんだけど、そうすると鞘の先が乗ってる馬に当たらないんだよ。打ち刀ってのは、馬上戦から地上戦に変わっていった室町時代以降に増えたんだよね。日常的に持ち歩くから、もう少し短くて腰に差すの。鞘に入った段階で、刃が下を向くのが太刀、上を向くのが打ち刀」

 マシンガンのように言うべきことを言うと、サラは店主に向かって話しかけました。

「ダニールさん、あれ見せてもらっていい?」
「あれか? 買ってくれるなら見せるが」

 その言い方から、どうも買う気がないなら見せたくないのではないかとレイには思えました。一方のサラは、日本刀の近くから動く気配がありません。

「すみません。サラはああなったら他人の言葉は耳に入らなくなります。買うのを前提であの子に見せてあげてくれませんか?」
「……分かった。ちょっと待て」

 レイが頼むとダニールはハシゴを取り出しました。それを棚にもたせかけて上がると刀を下ろします。

「大切に扱ってくれよ」
「もちろん」

 サラは日本刀を受け取ると腰のベルトから鞘をぶら下げました。それから腰を落とすと、抜刀して鞘に戻すという動作を繰り返しました。

「ここにはあれ一本しかないんですか?」

 レイが見たところ、日本刀は他になさそうです。あるのはバスタードソードやエストックなど、一般的な西洋の剣ばかりのようです。

「ああ、うちは買い取りもしてるからな。まとめて持ち込まれたものの中にあったやつだ。刃が薄くて折れそうだから、勝手に触られないようにあそこに置いてたってわけだ」

 レイとダニールが話をしている間、サラは抜刀の動作を繰り返していました。ダニールはそれを見て、感心したような表情になりました。

「あの嬢ちゃん、すんげえサマんなってんなあ」
「サラはああいうのが好きなんですよ。とりあえずあれは買います」
「まいどあり~」

 サラのことは放っておいてレイは自分の剣を探し始めます。ロードというジョブのおかげで腕力がかなり上がっているので、重めのバスタードソードを選びました。片手でも両手でも持てます。もっと重くても持てるでしょうが、長すぎると刃が地面に当たることがあるので注意が必要です。

「もう一つは短めの剣か槍がいいか」

 メインの武器が決まったレイは、今度は予備の武器を探し始めます。屋敷で守衛たちから様々な武器の扱い方を教わっていましたので、一通りは扱えます。

「これってなんて名前でしたっけ?」
「そいつはグレイブだ。切れるし刺さるぞ。腕力があるなら使い勝手がいい」

 グレイブは長い棒の先に湾曲した大きな剣を取り付けたもので、一見すると薙刀なぎなたに近いものです。

「囲まれると柄が邪魔で振れねえから注意しろよ。そうなったら短く持って、先で切り裂いて、今度は引いて石突いしづきで突くってのもアリだ」

 ダニールがグレイブの取り回しついて説明します。ポールウェポン全体に当てはまりますが、接近されると振れません。ところが、グレイブは先が剣になっているので、力を入れて振り回せば切り裂くこともできます。さらにこのグレイブは石突がかなり尖っていますので、思い切り突いて刺すことも可能なようです。

「それならこれにします。それとメイスも」
「私もグレイブにしよ。ダガーはあるから」

 レイとサラは予備の武器としてグレイブを選びました。大きな魔物ならこちらのほうがいいでしょう。さらにレイはメイスも購入することにしました。こちらは硬い魔物を相手にするときのためです。

「どの武器もそうだが、リーチは確認したほうがいいぞ。感覚の違いっていうのはこええからな」
「そうですね。あとで練習しておきます」

 武器が決まると、次は防具です。

「選ぶ余地はあまりねえけどな」

 そもそも防具はそれほど種類がありません。素材を革にするか金属にするかくらいです。二人とも上級ジョブになったおかげで明らかにステータスが上がった実感がありますが、それでも重いプレートアーマーを着けて走り回るのは大変でしょう。それに、金属鎧はガチャガチャとうるさいのです。

「二人ならこのあたりの革鎧がいいだろう。少しでも怪我を減らしてえなら金属で補強したやつだ」

 ダニールが薦めたのは、ハードアルマジロという魔物の甲皮を使った革鎧でした。基本が革なので軽く、左胸から脇腹、そして背中にかけて、チェストプレートのような金属が当てられています。厚めになっていますので、敵の攻撃で心臓を一突きされて命を落とすことは防げそうです。

「これもダニールさんが作ったんですか?」
「いや、ワシは革は扱ってなくてな。そこに補強はしたが」

 魔物の革で革鎧を作るのは別の職人で、ダニールはそこから仕入れて補強していました。

「俺はこれにします。サラもこれでいいか?」
「うん」

 サラには思うところがありましたが、彼女が欲しいと思うような鎧はここにはありません。サムライというジョブにピッタリ合うのは、室町時代から安土桃山時代の大鎧だと彼女は思っています。

「初心者用としては十分な品だ。でも革だから限度があるぞ。それにもう少し背も伸びるかもしれねえからな」

 鎧は体にピッタリと合わせて着ることはありません。衝撃を吸収したり摩擦で皮膚が痛むのを防ぐため、羊毛や木綿で作られた鎧下を着ます。鎧はゆとりのあるサイズを選び、フィット感は鎧下の厚さと、脇腹にある紐の締め具合で調整するようになっています。
 二人は服の上に鎧下、その上に革鎧を着て、それから軽く体を動かして馴染ませました。
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