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第2章:冬、活動開始と旅立ち
第8話:同業種交流会(飲み会)
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ダニールにテーブルを頼んでから三日後の夕方、二人は町に戻るとテーブルを受け取るためにダニールの店に寄りました。
「「こんにちは」」
「おう、できてるぜ」
ダニールは奥からたたまれた状態のバタフライテーブルを運んできました。すると奥からもう一人、ドワーフの女性が同じようにテーブルを運んできす。
「奥さんですか?」
「ああ、妻のナイーナだ。木の扱いはワシより上手いんだ」
「初めまして、ナイーナです。たくさん買い物してくれてありがとうございます」
「冒険者のレイです」
「同じくサラです」
挨拶が終わるとレイは注文してあったバタフライテーブルを確認します。彼が持っていたのは屋内屋外兼用として販売されていたものですが、それよりも重厚かつエレガントな見た目になっていました。
「これは立派ですね」
「かっこいいね」
「ワシとしても気合が入ったぞ。細かな意匠はナイーナが彫った」
下から畳まれた状態の椅子を引き抜き、天板を引き上げて脚をスライドさせます。そうすると六人で食事ができるテーブルになりました。椅子そのものも折りたため、折りたたみ機構の部分には金属が使われています。
強度を保つために椅子は透かし彫りにはなっていませんが、装飾が多めになっています。テーブルも縁の部分には植物をモチーフにした装飾が施されています。
これなら日本でも売れそうだとレイもサラも感じました。
「試しにいろいろ乗せてみたが、そう簡単に曲がったりしねえ。椅子は鎧を着たままでも問題ないくらい頑丈だ」
ダニールはテーブルをバンバンと叩いてみせました。
「しっかし、デカイテーブルを一つ入れておけばいいと思うんだがなあ」
ダニールはそう言いますが、レイにはレイなりのこだわりがあるんです。レイはそれを説明するのに何かいい例えがないかと考えました。ドワーフならお酒です。そこでピンときました。
「ドワーフって、みなさん火酒が好きですよね?」
「そうだな。暑い日ならエールも悪くはねえが、喉を焼く熱さが足りねえな」
「こういう寒い日なら軽く温めた火酒もいいですね」
火酒という言葉は、一般的にはウィスキーやブランデー、ウォッカ、焼酎などのアルコール度数の高い蒸留酒全般を指します。でもドワーフたちは、ジャガイモやノラマメで作られた、安くてキツい蒸留酒をそう呼びます。
ノラマメとは、空豆に似た豆がたくさんできる雑草のことで、この豆は煮ても焼いても青臭く、さすがにドワーフでも食べません。ところが、これを発酵させてから蒸留すると青臭さが抜け、ウォッカのように癖のない蒸留酒ができるんです。
「その火酒をジョッキにちょろっと入れて飲んだら美味いですか?」
「いや、美味かねえなあ。あれは小さいやつでクッと喉に流し込むのがいいんじゃねえか……ってそういうことか」
「はい。ジョッキならエールでもワインでも火酒でも飲めますけど、それぞれ向いた器があるってことです。俺からすれば」
ジョッキに蒸留酒をちみっと注ぎます。そのジョッキを傾けるとつーっとジョッキの内側を垂れるように流れて口の中に入るでしょう。それではちょっと寂しい飲み方に思えてしまいます。
「なるほどな。それぞれ用途に応じて使い分ける。ま、それは当然だな」
「でも全部をきちんと使い分けるのは難しい。それならサイズを変更できればいくつも用意しなくていい」
「そうだな。ジョッキは無理でもテーブルは広げられるか」
レイは冒険に必要なものは一通りそろえたいと思っていますが、できる限りコンパクトにしたいんです。それでも、護身用のダガーや解体用の大きめのナイフ、木の枝を払ったりするナタはサイズも形も用途も違うので一つにはできません。
ところが、バタフライテーブルなら片側だけ広げることもできますし、両側とも広げれば六人まで座ることができます。
「山に入って魔物をいっぱい狩って、それでマジックバッグがいっぱいになったとしましょう。それでもし俺が『テーブルが邪魔になったから捨てました。また作ってください』と言ったら、二人とも気分が悪くなりませんか?」
「そりゃ当然だな」
「こだわって作ったものなら当然ですね」
ダニールたちでなくても怒るはずです。
「仕方がない場合もあるでしょうが、できれば無駄に物を捨てたくはありませんので」
レイの説明を聞いてダニールはうなずきましたが、どうしてもレイに聞きたいことがありました。
「折りたたむんじゃなくて、脚を抜けるようにするだけじゃダメだったのか?」
「それも考えましたけど、毎回外すのは面倒じゃないですか」
質問にあっさりと答えられたダニールは、ナイーナと二人、真顔で向き合いました。心の中では「な? やっぱおかしいだろ?」「そうですね。いい人なのに」という会話が起きていたのは間違いないでしょう。
「まあいいか。一つは領主様に渡してくれ」
「はい、間違いなく」
ダニールは店で売る分も含めて全部で六つ作り、レイは予定どおり二つ購入しました。そしてさらに二つ受け取りましたが、その一つはダニールからモーガンへの献上品になり、レイが預かって渡すことになりました。
残り一つは面白いアイデアを教えてくれたお礼ということで、ダニールとナイーナからプレゼントされました。
一つはサラのマジックバッグに、残り三つはレイのマジックバッグに入れ、二人はギルドに向かいました。
◆◆◆
「調子はどう?」
「え? ああ、順調ですよ」
夕方、冒険者ギルドを出ようとしたレイは、小柄な女性に声をかけられました。
「私は『天使の微笑み』のアンナ。こっちはリリー」
「よろしくお願いしますね」
「俺たちは『行雲流水』です。俺がリーダーのレイです」
「私はサラ。よければ一緒に飲まない? レイ、いいよね?」
「いいぞ」
おかしな相手でもなさそうなので、サラは二人を飲みに誘いました。多少は他のパーティーと交流があってもいいですからね。
レイとサラは屋敷で朝食をとってから出かけるので、他の冒険者たちと比べるとギルドに着くのが遅くなります。通常依頼は狙っていないからです。
依頼料が高くて楽な仕事は真っ先に持っていかれるので、二人は常時依頼ばかり受けていました。実は、二人ならそちらのほうが何倍も儲かるんです。
「私たちは三年目なのね。二人は一年目みたいだけど、何か困ったことはない?」
「今のところはないかな。サラ、何か思いつくか?」
「ん~、特にないね」
これはアンナたちを警戒して言わないのではありません。本当に困っていないだけです。
二人は毎日同じスケジュールで動いているわけではありませんが、だいたい午前八時から九時の間に屋敷を出てギルドを覗きます。正午までは町の外で魔物を狩って、昼食後は町に戻りつつ薬草を集め、午後三時あたりには素材を売り払って現金を手にして屋敷に帰ります。
それに、毎日町の外に出ているわけでもありません。冬なので土砂降りは少ないですが、粉雪が吹雪いて前が見えなくなることもあります。天気の都合で仕事を早めに切り上げて帰る日もあれば、午後から買い出しに出かけるだけの日もありました。
真面目な冒険者なら怒りそうなものですが、真面目な冒険者というのは意外と少ないので、怒られることはないでしょう。
そうしているうちにエールとミードが運ばれてきました。
「それじゃ出会いに、かんぱ~い」
「「「かんぱ~い」」」
四人がジョッキをぶつけ合います。
「じゃあそこそこ稼いでるのね。どれくらい稼いでるか、誰にも言わないからお姉さんたちに教えてみなさい。アドバイスしてあげるから」
それを聞くと、レイとサラは顔を見合わせてうなずきました。
「一日に五〇〇〇キールくらいだよな?」
「それくらいかな」
「え⁉ 私たちよりずっと多い⁉」
「そうですね」
レイが口にした金額を聞くと、アンナとリリーは顔を見合わせました。彼女たちは稼ぎが多い日でも三〇〇〇キールを超えるか超えないかくらいです。
レイたちは薬草採集がメインなら一〇〇〇キールを少し超える程度でしたが、魔物を狩るようになってからは、常に五〇〇〇キールは超えています。五〇〇〇という数字は、最低これくらいは冒険者ギルドで受け取っているという数字です。薬剤師ギルドのほうはまた別です。
ヒュージキャタピラーの群れに遭遇すれば、一万キールから二万キールになるでしょう。もっと遅くまで町の外にいれば連日三万キールを超えるかもしれません。
ところが、今のところはまったく無理はしていません。しっかりと安全マージンを確保するのがレイのやり方です。
それに、一度に全部売ることもしていません。時間があるときに解体して、一部は売却し、一部は屋敷で料理長のトバイアスに渡し、一部はマジックバッグに保管しています。
「解体して持っていくと上がりますし、薬剤師ギルドのほうが高く売れるものって意外に多いですよ」
「でもちょっとだけでしょ?」
「ホーンラビットの角一本だけで一〇〇キール違いますけど」
「「ええっ?」」
その他にも、ピッチフォークスネークの胴体は冒険者ギルド、頭は薬剤師ギルドと分けて売れば、八〇キール高くなります。二人も金額が違うことは知っていましたが、どれだけ違うかは知らなかったようです。
この店のエールやミードは一杯一五キールです。普通に食事をして一、二杯飲んでも、二人で二〇〇キール程度です。一日分の食事代くらい、その差額だけでまかなえるんですね。
「でも薬剤師ギルドにも登録が必要でしょ?」
「一人一〇〇〇キールなら今すぐでも払えない?」
サラが質問に質問で返すと、アンナとリリーは驚いたように顔を見合わせました。
「言われてみたらそうね」
「どうして気づかなかったのでしょうか?」
二人はマジックバッグや収納スキルを持っていません。それに大型の魔物を倒すだけの力もありません。だから小型の魔物だけを狩り、持てるだけ持ち帰って解体せずにそのまま売却していました。
さらには、体力にも時間にも限度がありますので、わざわざ冒険者ギルドに寄ってから薬剤師ギルドに行こうとはなかなか思わないでしょう。
「ねえ、二人は説明は受けてないの? 私たちはシーヴさんに説明してもらったけど」
「俺たちは登録が終わったら冊子を受け取って、それから説明してもらいましたよ」
「私たちは……そのまま帰ったっけ?」
「たしか……当日から薬草の採集を始めた記憶がありますね」
シーヴが言っていたように、大半の冒険者はろくに話を聞かずに仕事を始めてしまいます。
「そっかあ……どんだけ無駄にしてたんだか……」
アンナは凹んでいまいました。この二年間、ほぼ最低限の金額しか受け取っていなかったからです。受け取れなかった金額を合計すれば、一〇万キールや二〇万キールどころではないでしょう。
「まだ大丈夫じゃないですか?」
「そうそう。私たちが言うセリフじゃないけど、まだまだこれからだと思うよ」
アンナとリリーは三年目。つまりまだ二年少々しか活動していません。この先どれだけ活動を続けるかはわかりませんが、まだまだ稼げる期間は長いでしょう。
一時間ほど同じテーブルで話をしてからお開きになりました。レイとサラは屋敷に戻ります。アンナとリリーはもう少し酒場に残るようです。
「私たちのほうがアドバイスしてもらったね」
「今後はもう少し考えて行動しましょうか」
「そうね」
◆◆◆
「レイ、お姉さんたちにフラフラと付いてっちゃダメだよ」
「付いてかないって」
「別に外で泊まっても大丈夫か。でも連絡がないとみんなが心配するからね。あと、【避妊】を使うこと」
「それは余計なお世話だ」
ギルドを出て歩き始めると、ラサが急に下世話な話題を振りました。
「でもムラムラしないの?」
「ムラムラなあ……」
そう聞かれてレイは考えました。性欲がないわけではありませんが、意図的に禁欲しているわけでもありません。ここまで日本と違って性的なものが極端に少ない文化で育ったので、性欲が少ないのではないかというのが彼の結論です。
日本なら少し検索すれば肌色の多い写真や画像がいくらでも見つかるでしょう。ところが、デューラント王国で恋人がいない男性が女性の裸を見ようと思えば、娼館に出かけるか酒場で女給に声をかけるか、それくらいしなければなりません。
「性欲がないわけじゃないけど、あまりないな」
「体の作りが微妙に違うからかもしれないね」
「そうなのか?」
「うん、女性は生理がないよ」
「ええっ?」
レイは驚きましたが、この世界の女性には生理がありません。
「そういう話を聞いたことがないでしょ?」
「……ないな。てっきり話に出さないだけかと思ってたけど。そういや毎日一緒に風呂に入ってたな」
「うん。さすがに私でも血が出てたら一緒に入るのは控えるよ」
サラが屋敷に来てから、二人はほぼ毎日一緒に風呂に入っていました。その期間でサラが風呂を断ったのは、記憶が戻って体調を崩した、三年少々前の一日のみです。
「だから男性も違うところがあるのかもね」
「他人に聞くものじゃないのが難しいところだな」
どの世界でも、性に関する相談というものはしにくいものです。
◆◆◆
屋敷に戻ったレイは、モーガンの部屋に向かいました。
「父上、レイです」
「入れ」
中に入ると、レイはマジックバッグからテーブルを取り出しました。
「父上、これをどうぞ。『ダニールのなんでも屋』のダニール殿からの献上品です」
「これは……なんだ?」
モーガンがそう言うのは当然でしょう。彼にはレイがたたまれたバタフライテーブルが、木の板と棒を組み合わせたものにしか見えません。レイはテーブルを伸ばして椅子を広げます。
「おおっ、テーブルセットか」
「はい。今後のために作ってもらったものです」
レイは大通りから入ったところにあるダニールの店をしっかりと宣伝しました。
「なるほど。無駄なスペースを作らないためにか。よくこんなものを思いついたな」
「テーブルをマジックバッグに入れようとしたところ、脚の下のスペースが邪魔になりまして」
「たしかに。あの空間は無駄になる。全体を大きな布で包めば下に物が入れられるが、テーブルそのものをたたむとはな」
レイも最初考えたように、包んでしまえばそれで一つになるので無駄なスペースは減ります。ただし、毎回テーブルと荷物をまとめて布で包むのは面倒です。
レイは夏休みの宿題はさっさと済ませるタイプでした。面倒ごとはさっさと終わらせて、残った時間はゆっくりと過ごすのが彼のやり方です。たった一つだけレイが後回しにしていたのは、前世でのサラとの関係だけですね。
「「こんにちは」」
「おう、できてるぜ」
ダニールは奥からたたまれた状態のバタフライテーブルを運んできました。すると奥からもう一人、ドワーフの女性が同じようにテーブルを運んできす。
「奥さんですか?」
「ああ、妻のナイーナだ。木の扱いはワシより上手いんだ」
「初めまして、ナイーナです。たくさん買い物してくれてありがとうございます」
「冒険者のレイです」
「同じくサラです」
挨拶が終わるとレイは注文してあったバタフライテーブルを確認します。彼が持っていたのは屋内屋外兼用として販売されていたものですが、それよりも重厚かつエレガントな見た目になっていました。
「これは立派ですね」
「かっこいいね」
「ワシとしても気合が入ったぞ。細かな意匠はナイーナが彫った」
下から畳まれた状態の椅子を引き抜き、天板を引き上げて脚をスライドさせます。そうすると六人で食事ができるテーブルになりました。椅子そのものも折りたため、折りたたみ機構の部分には金属が使われています。
強度を保つために椅子は透かし彫りにはなっていませんが、装飾が多めになっています。テーブルも縁の部分には植物をモチーフにした装飾が施されています。
これなら日本でも売れそうだとレイもサラも感じました。
「試しにいろいろ乗せてみたが、そう簡単に曲がったりしねえ。椅子は鎧を着たままでも問題ないくらい頑丈だ」
ダニールはテーブルをバンバンと叩いてみせました。
「しっかし、デカイテーブルを一つ入れておけばいいと思うんだがなあ」
ダニールはそう言いますが、レイにはレイなりのこだわりがあるんです。レイはそれを説明するのに何かいい例えがないかと考えました。ドワーフならお酒です。そこでピンときました。
「ドワーフって、みなさん火酒が好きですよね?」
「そうだな。暑い日ならエールも悪くはねえが、喉を焼く熱さが足りねえな」
「こういう寒い日なら軽く温めた火酒もいいですね」
火酒という言葉は、一般的にはウィスキーやブランデー、ウォッカ、焼酎などのアルコール度数の高い蒸留酒全般を指します。でもドワーフたちは、ジャガイモやノラマメで作られた、安くてキツい蒸留酒をそう呼びます。
ノラマメとは、空豆に似た豆がたくさんできる雑草のことで、この豆は煮ても焼いても青臭く、さすがにドワーフでも食べません。ところが、これを発酵させてから蒸留すると青臭さが抜け、ウォッカのように癖のない蒸留酒ができるんです。
「その火酒をジョッキにちょろっと入れて飲んだら美味いですか?」
「いや、美味かねえなあ。あれは小さいやつでクッと喉に流し込むのがいいんじゃねえか……ってそういうことか」
「はい。ジョッキならエールでもワインでも火酒でも飲めますけど、それぞれ向いた器があるってことです。俺からすれば」
ジョッキに蒸留酒をちみっと注ぎます。そのジョッキを傾けるとつーっとジョッキの内側を垂れるように流れて口の中に入るでしょう。それではちょっと寂しい飲み方に思えてしまいます。
「なるほどな。それぞれ用途に応じて使い分ける。ま、それは当然だな」
「でも全部をきちんと使い分けるのは難しい。それならサイズを変更できればいくつも用意しなくていい」
「そうだな。ジョッキは無理でもテーブルは広げられるか」
レイは冒険に必要なものは一通りそろえたいと思っていますが、できる限りコンパクトにしたいんです。それでも、護身用のダガーや解体用の大きめのナイフ、木の枝を払ったりするナタはサイズも形も用途も違うので一つにはできません。
ところが、バタフライテーブルなら片側だけ広げることもできますし、両側とも広げれば六人まで座ることができます。
「山に入って魔物をいっぱい狩って、それでマジックバッグがいっぱいになったとしましょう。それでもし俺が『テーブルが邪魔になったから捨てました。また作ってください』と言ったら、二人とも気分が悪くなりませんか?」
「そりゃ当然だな」
「こだわって作ったものなら当然ですね」
ダニールたちでなくても怒るはずです。
「仕方がない場合もあるでしょうが、できれば無駄に物を捨てたくはありませんので」
レイの説明を聞いてダニールはうなずきましたが、どうしてもレイに聞きたいことがありました。
「折りたたむんじゃなくて、脚を抜けるようにするだけじゃダメだったのか?」
「それも考えましたけど、毎回外すのは面倒じゃないですか」
質問にあっさりと答えられたダニールは、ナイーナと二人、真顔で向き合いました。心の中では「な? やっぱおかしいだろ?」「そうですね。いい人なのに」という会話が起きていたのは間違いないでしょう。
「まあいいか。一つは領主様に渡してくれ」
「はい、間違いなく」
ダニールは店で売る分も含めて全部で六つ作り、レイは予定どおり二つ購入しました。そしてさらに二つ受け取りましたが、その一つはダニールからモーガンへの献上品になり、レイが預かって渡すことになりました。
残り一つは面白いアイデアを教えてくれたお礼ということで、ダニールとナイーナからプレゼントされました。
一つはサラのマジックバッグに、残り三つはレイのマジックバッグに入れ、二人はギルドに向かいました。
◆◆◆
「調子はどう?」
「え? ああ、順調ですよ」
夕方、冒険者ギルドを出ようとしたレイは、小柄な女性に声をかけられました。
「私は『天使の微笑み』のアンナ。こっちはリリー」
「よろしくお願いしますね」
「俺たちは『行雲流水』です。俺がリーダーのレイです」
「私はサラ。よければ一緒に飲まない? レイ、いいよね?」
「いいぞ」
おかしな相手でもなさそうなので、サラは二人を飲みに誘いました。多少は他のパーティーと交流があってもいいですからね。
レイとサラは屋敷で朝食をとってから出かけるので、他の冒険者たちと比べるとギルドに着くのが遅くなります。通常依頼は狙っていないからです。
依頼料が高くて楽な仕事は真っ先に持っていかれるので、二人は常時依頼ばかり受けていました。実は、二人ならそちらのほうが何倍も儲かるんです。
「私たちは三年目なのね。二人は一年目みたいだけど、何か困ったことはない?」
「今のところはないかな。サラ、何か思いつくか?」
「ん~、特にないね」
これはアンナたちを警戒して言わないのではありません。本当に困っていないだけです。
二人は毎日同じスケジュールで動いているわけではありませんが、だいたい午前八時から九時の間に屋敷を出てギルドを覗きます。正午までは町の外で魔物を狩って、昼食後は町に戻りつつ薬草を集め、午後三時あたりには素材を売り払って現金を手にして屋敷に帰ります。
それに、毎日町の外に出ているわけでもありません。冬なので土砂降りは少ないですが、粉雪が吹雪いて前が見えなくなることもあります。天気の都合で仕事を早めに切り上げて帰る日もあれば、午後から買い出しに出かけるだけの日もありました。
真面目な冒険者なら怒りそうなものですが、真面目な冒険者というのは意外と少ないので、怒られることはないでしょう。
そうしているうちにエールとミードが運ばれてきました。
「それじゃ出会いに、かんぱ~い」
「「「かんぱ~い」」」
四人がジョッキをぶつけ合います。
「じゃあそこそこ稼いでるのね。どれくらい稼いでるか、誰にも言わないからお姉さんたちに教えてみなさい。アドバイスしてあげるから」
それを聞くと、レイとサラは顔を見合わせてうなずきました。
「一日に五〇〇〇キールくらいだよな?」
「それくらいかな」
「え⁉ 私たちよりずっと多い⁉」
「そうですね」
レイが口にした金額を聞くと、アンナとリリーは顔を見合わせました。彼女たちは稼ぎが多い日でも三〇〇〇キールを超えるか超えないかくらいです。
レイたちは薬草採集がメインなら一〇〇〇キールを少し超える程度でしたが、魔物を狩るようになってからは、常に五〇〇〇キールは超えています。五〇〇〇という数字は、最低これくらいは冒険者ギルドで受け取っているという数字です。薬剤師ギルドのほうはまた別です。
ヒュージキャタピラーの群れに遭遇すれば、一万キールから二万キールになるでしょう。もっと遅くまで町の外にいれば連日三万キールを超えるかもしれません。
ところが、今のところはまったく無理はしていません。しっかりと安全マージンを確保するのがレイのやり方です。
それに、一度に全部売ることもしていません。時間があるときに解体して、一部は売却し、一部は屋敷で料理長のトバイアスに渡し、一部はマジックバッグに保管しています。
「解体して持っていくと上がりますし、薬剤師ギルドのほうが高く売れるものって意外に多いですよ」
「でもちょっとだけでしょ?」
「ホーンラビットの角一本だけで一〇〇キール違いますけど」
「「ええっ?」」
その他にも、ピッチフォークスネークの胴体は冒険者ギルド、頭は薬剤師ギルドと分けて売れば、八〇キール高くなります。二人も金額が違うことは知っていましたが、どれだけ違うかは知らなかったようです。
この店のエールやミードは一杯一五キールです。普通に食事をして一、二杯飲んでも、二人で二〇〇キール程度です。一日分の食事代くらい、その差額だけでまかなえるんですね。
「でも薬剤師ギルドにも登録が必要でしょ?」
「一人一〇〇〇キールなら今すぐでも払えない?」
サラが質問に質問で返すと、アンナとリリーは驚いたように顔を見合わせました。
「言われてみたらそうね」
「どうして気づかなかったのでしょうか?」
二人はマジックバッグや収納スキルを持っていません。それに大型の魔物を倒すだけの力もありません。だから小型の魔物だけを狩り、持てるだけ持ち帰って解体せずにそのまま売却していました。
さらには、体力にも時間にも限度がありますので、わざわざ冒険者ギルドに寄ってから薬剤師ギルドに行こうとはなかなか思わないでしょう。
「ねえ、二人は説明は受けてないの? 私たちはシーヴさんに説明してもらったけど」
「俺たちは登録が終わったら冊子を受け取って、それから説明してもらいましたよ」
「私たちは……そのまま帰ったっけ?」
「たしか……当日から薬草の採集を始めた記憶がありますね」
シーヴが言っていたように、大半の冒険者はろくに話を聞かずに仕事を始めてしまいます。
「そっかあ……どんだけ無駄にしてたんだか……」
アンナは凹んでいまいました。この二年間、ほぼ最低限の金額しか受け取っていなかったからです。受け取れなかった金額を合計すれば、一〇万キールや二〇万キールどころではないでしょう。
「まだ大丈夫じゃないですか?」
「そうそう。私たちが言うセリフじゃないけど、まだまだこれからだと思うよ」
アンナとリリーは三年目。つまりまだ二年少々しか活動していません。この先どれだけ活動を続けるかはわかりませんが、まだまだ稼げる期間は長いでしょう。
一時間ほど同じテーブルで話をしてからお開きになりました。レイとサラは屋敷に戻ります。アンナとリリーはもう少し酒場に残るようです。
「私たちのほうがアドバイスしてもらったね」
「今後はもう少し考えて行動しましょうか」
「そうね」
◆◆◆
「レイ、お姉さんたちにフラフラと付いてっちゃダメだよ」
「付いてかないって」
「別に外で泊まっても大丈夫か。でも連絡がないとみんなが心配するからね。あと、【避妊】を使うこと」
「それは余計なお世話だ」
ギルドを出て歩き始めると、ラサが急に下世話な話題を振りました。
「でもムラムラしないの?」
「ムラムラなあ……」
そう聞かれてレイは考えました。性欲がないわけではありませんが、意図的に禁欲しているわけでもありません。ここまで日本と違って性的なものが極端に少ない文化で育ったので、性欲が少ないのではないかというのが彼の結論です。
日本なら少し検索すれば肌色の多い写真や画像がいくらでも見つかるでしょう。ところが、デューラント王国で恋人がいない男性が女性の裸を見ようと思えば、娼館に出かけるか酒場で女給に声をかけるか、それくらいしなければなりません。
「性欲がないわけじゃないけど、あまりないな」
「体の作りが微妙に違うからかもしれないね」
「そうなのか?」
「うん、女性は生理がないよ」
「ええっ?」
レイは驚きましたが、この世界の女性には生理がありません。
「そういう話を聞いたことがないでしょ?」
「……ないな。てっきり話に出さないだけかと思ってたけど。そういや毎日一緒に風呂に入ってたな」
「うん。さすがに私でも血が出てたら一緒に入るのは控えるよ」
サラが屋敷に来てから、二人はほぼ毎日一緒に風呂に入っていました。その期間でサラが風呂を断ったのは、記憶が戻って体調を崩した、三年少々前の一日のみです。
「だから男性も違うところがあるのかもね」
「他人に聞くものじゃないのが難しいところだな」
どの世界でも、性に関する相談というものはしにくいものです。
◆◆◆
屋敷に戻ったレイは、モーガンの部屋に向かいました。
「父上、レイです」
「入れ」
中に入ると、レイはマジックバッグからテーブルを取り出しました。
「父上、これをどうぞ。『ダニールのなんでも屋』のダニール殿からの献上品です」
「これは……なんだ?」
モーガンがそう言うのは当然でしょう。彼にはレイがたたまれたバタフライテーブルが、木の板と棒を組み合わせたものにしか見えません。レイはテーブルを伸ばして椅子を広げます。
「おおっ、テーブルセットか」
「はい。今後のために作ってもらったものです」
レイは大通りから入ったところにあるダニールの店をしっかりと宣伝しました。
「なるほど。無駄なスペースを作らないためにか。よくこんなものを思いついたな」
「テーブルをマジックバッグに入れようとしたところ、脚の下のスペースが邪魔になりまして」
「たしかに。あの空間は無駄になる。全体を大きな布で包めば下に物が入れられるが、テーブルそのものをたたむとはな」
レイも最初考えたように、包んでしまえばそれで一つになるので無駄なスペースは減ります。ただし、毎回テーブルと荷物をまとめて布で包むのは面倒です。
レイは夏休みの宿題はさっさと済ませるタイプでした。面倒ごとはさっさと終わらせて、残った時間はゆっくりと過ごすのが彼のやり方です。たった一つだけレイが後回しにしていたのは、前世でのサラとの関係だけですね。
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※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
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