異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第9章:夏、順調ではない町づくり

第6話:愛の巣の完成

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「領主様、遅くなって申し訳ありません」
「いやいや、十分早いから気にしないでくれ。こっちこそ無理な変更を頼んで悪かった。あとでいい酒を持っていくから、今日は目いっぱい飲んでくれ」
「ありがとうございます」

 レイに頭を下げたのは大工の代表をしているグレン。クラストンの大工ギルドから派遣されていて、ダンカン男爵領の各地からやって来た大工たちをまとめています。彼が頭を下げたのは、屋敷の完成が遅れたからです。
 そもそも作業が遅れたのは、レイがマイを通じて変更を指示したからです。いずれ使用人を雇うことは考えていましたが、まさか一気に一〇人も二〇人も来るとは思っていなかったからです。
 そもそも、使用人の扱いというのは主人によってまったく違います。一般的な話をすると、個室が与えられるのは執事などの上級使用人のみです。メイドなどは部屋を与えられればまだマシなほうで、倉庫になっている地下室で毛布にくるまって寝ることすら珍しくありません。大貴族になればなるほど使用人が多くなり、寝泊まりする場所がなくなっていきます。
 マリオンでは、モーガンが爵位を継いでからは使用人の待遇を改善しました。さすがにメイドに個室は与えられませんが、きちんとした部屋で寝泊まりできるようになっています。レイも使用人たちを狭い場所に押し込めるつもりはなく、できれば部屋を与えたいと思っていました。そのため、屋敷の裏に使用人寮を建て、渡り廊下を通すことになったのです。

 レイは完成した領主邸の中を見て回ることにしました。領主の屋敷は単なる家ではありません。ここは仕事場でもありますので、二階建てでかなりに広くなっています。日本で例えるなら役所なんです。しかも県庁レベルの仕事を扱いますので、各町のギルド長や代官たちが代わる代わる訪れます。
 一階は半分が仕事用で、残り半分が生活空間です。二階はレイたちの部屋が並んでいます。一階は天井の高さがかなりあり、実際には三階建てに近い高さになっています。

「本当に一人一部屋を使わせていただいてもいいのですか?」
「四人一部屋でも十分だと思っていましたが」
「建物を別にするなら窮屈にする必要はないだろ?」

 メイドたちの一部は、全員が個室を与えられたことに恐縮しています。

「ほら、あれだって。私たちがいたら夜中に大きな声を出せないんだよ」
「そうだね。旦那様って夜がすっごく激しいらしいから」
「聞こえてるぞ。そういうことじゃない。ちょっと手間が増える程度で済むなら広い方がいいだろってことだ」

 若いメイドたちは離れが建てられた理由を勝手に想像していますが、レイの考えとは大きく違っていました。
 レイとしては、使用人の人数がそれなりになるのなら、屋敷の中よりも別棟にしたほうが融通が利くと考えたのです。そこが満室になれば、さらに増築すればいいのです。何もない町なので、土地だけはいくらでもあります。
 マイの図面によると、この屋敷にはまだ壁をぶち抜ける場所があります。増築が必要なら、どんどん裏手に離れを建てればいいだけです。離れと離れの間に渡り廊下を通せば、移動が楽になるでしょう。
 これは屋敷だけの話ではありません。ギルドの建物にも寮を併設しています。その寮も増築を前提に作られています。サラとマイは、公的な建物に関しては拡張性を考えて町作りをしているのです。

「どこに誰が入るかはハリーとブレンダに任せる。あまり違いはないけどな」
「かしこまりました。引っ越しは本日中に終わらせます」
「無理はしなくていい。急ぐ意味もあまりないから」

 レイたちも同じですが、マジックバッグがあるので、引っ越しそのものは大変ではありません。これが家財すべてを手で運ぶことになっていたら大変だったでしょう。

 ◆◆◆

 領主の屋敷が引っ越しでバタバタしているときのことでした。大きな黒い塊がぶーんという音を立てながらグリーンヴィルに到着しました。モリハナバチの大集団です。その数は一〇〇〇や二〇〇〇どころではありません。何万という数で、しかも一匹一匹が数センチはあります。それがそのまま城壁を超え、屋敷の庭にやって来ました。

「これは……ああ、ディオナがいるのか」

 レイには先頭に近いあたりにディオナがいるのが見えました。この集団はクラストンにいたモリハナバチたちということです。レイにも正確にどれくらいの数がいるのかはわかりません。

「とりあえずエリ、通訳を頼む」
「はいは~い!」

 レイの肩に降りたディオナは身振り手振りも使ってエリと話をします。

「あっちの巣は引き払ったんだって~」
「てことは、これだけあの家にいたのか」

 レイは巣のある四階にはあまり立ち入りませんでした。数千はいるだろうと思っていたところ、すでに数万になっていました。

「それで新しい巣はどこにする?」
「あの木の下がいいって~」

 そこにはレイがドロシーたちに頼んで大きくしてもらった常緑樹があります。シイタケのような見た目なので雨よけにもなります。

「蜂蜜の保管庫だけ建ててほしいそうだよ~」
「わかった。扉のない倉庫みたいなのを用意しておく」

 ディオナを守るようにしながらモリハナバチたちが木に群がります。クラストンのレイの家にあった巣は解体して片付け、残った蜂蜜はエルフたちに譲り、ここへ引っ越してきたのです。

「ディオニージアも、ディリアに巣を譲って近いうちに来るって~」
「ディリアって誰だ?」
「ディオニージアの娘らしいよ~。お兄ちゃんの娘でもあるらしいんだって~。よっ、親子丼だね~」
「そう簡単に生まれないって話じゃなかったか? まあいいけど」

 ディオナはここに引っ越してきました。モリハナバチの森で女王をしているディオナは、その地位を娘のディリアに譲って、やはりここに来るようです。
 
「森を離れてもいいのか?」
「花があるならどこでもいいんだって~」

 モリハナバチが巣作りするのは花が多い場所。レイたちが「モリハナバチの森」と呼んでいる森の周辺は、いつでも花が咲いていました。
 代々の女王蜂はそこで巣を作っていましたが、他の場所があるならそこへ引っ越します。あの森にこだわる必要もないのです。

「クラストンに引っ越してきたくらいだから場所はどこでもいいのか。まあ必要なものがあれば言ってくれ」

 ぶん

 ディオナは羽を振ってから手を上げると庭のほうに飛んでいきました。

 ◆◆◆

 グリーンヴィルは草原に作られた町です。ほとんど木がなかったので、エルフたちに協力してもらって木を生やしてもらいました。逆に、エルフが暮らしているなら、どこにでも木を生やすことができます。木を生やせるということは、花も生やせるということです。これまで木や蔦が絡み合ってできていたグリーンヴィルの城壁ですが、今度はそこに花を増やすことになりました。

「ミードを増産できそうだな」
「ディオナの蜂蜜で作ると美味しいよね」
「お酒は控えないといけませんよ」
「あ、そっか。でも、蜂蜜水は甘すぎるんだよね。ミードやワインを熱してアルコールを飛ばしたらどうなるの?」
「加熱してもアルコールはゼロにはならないぞ。風味は種類によって違う」

 レイはお酒からアルコールを飛ばすとどうなるか、日本人時代にやってみたことがありました。ウィスキー、ブランデー、焼酎、日本酒、ワインなどです。
 まず、蒸留酒であるウィスキー、ブランデー、焼酎は、ほとんど味がなくなりました。そもそも、蒸留酒は蒸留を繰り返してアルコール度数を高めているので、蒸留の回数が増えるほど風味がなくなっていきます。ウィスキーとブランデーはほんのり香りの残る水、焼酎はほぼ水でした。
 蒸留せずに作られたワインや日本酒などは、まだ風味が残ります。しかし、火を通す時間が長くなればなるほど、煮詰まって味が変化してしまいます。
 ミードはやったことはありませんが、ビールは加熱したことがあります。ラガーは苦みが強くなって飲みにくくなりました。日本でミードを飲んだことがなかったので、ミードがどうなるかはわかりません。

「煮詰めるよりも、電子レンジのほうが風味の変化は少なかった」

 大量の蒸留酒を加熱すると、火がついて派手に燃えることがあります。豪快なフランベです。注意してくださいね。

 ◆◆◆

 数日後、また別のモリハナバチの一団がグリーンヴィルに到着しました。

『お父様、お久しぶりです』
「ああ、元気だったか……って、ディオニージアの言葉がわかる?」

 レイは慌ててステータスカードを取り出しました。すると、スキル欄に【念話】がありました。冒険者稼業からはほぼ引退したので、ステータスを気にすることもなくなったのです。

「それならディオナは?」
『♡』
「それだけでわかった」

 蜂なのに表情豊かなディオナでしたが、【念話】のおかげでさらにわかりやすくなりました。
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