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第5章:初夏、新たなる出会い
第5話:お嬢様と戦闘
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「ふんっ!」
ゴスッ‼
「キュオーーーッ!」
「はっ!」
ラケルがグレーターパンダを盾で止めて【シールドバッシュ+】で倒します。サラが腰の日本刀を鞘走らせると、モゾモゾと起き上がりかけたパンダの頭がごとりと地面に落ちました。
「レイ様、わたくしもよろしいですか?」
「いいけど、無茶はするなよ?」
「大丈夫ですわ!」
サラを見ていたケイトが、自称メイスを手にして前に出ます。
「グオーッ‼」
ラケルの盾で宙に飛ばされたグレーターパンダが起き上がって怒りを表します。ケイトは自称メイスを握りしめて腰を落とします。
「ケイトッ、口を狙えッ!」
「はいっ!」
ドゴンッッ‼
すばやく突き出された自称メイスの先端が、グレーターパンダの口の中に深々と突き刺さり、大きな衝撃音が響きました。そして一瞬だけ間を置いて
ドパンッッッ‼
パンダの頭が弾け飛びました。まるで経絡〇孔を突かれたかのように。
「やりましたわっ!」
「「「……」」」
頭のなくなったパンダがゆっくりと後ろ向きに倒れました。
「問題なさそうだな」
「なさそうだね。あのハルバード以外は」
「……そうだな」
ハルバードは日本語で槍斧や鉾斧などと呼ばれるように、槍の穂先の片側に斧が、その反対側には鉤爪が付いています。槍で刺し、斧で斬り、鉤爪で叩き、さらに引っかけて転倒させることもできる万能武器です。ところが、ケイトのハルバードは少し形が違っています。
「それはどこで買ったんだ?」
「買ったのではなく、お抱えの鍛冶師が作ったものですわ。どうぞご覧ください」
ケイトからハルバードを渡されて穂先を見ます。そこは普通のハルバードとは作りが違っていました。
「どうしてこんな形にしたんだ? 威力はあるみたいだけど」
穂先の先端が槍ではなく真っ平らになっています。これでは刺さりません。単なる棒の先端から少し下のところに斧と鉤爪が付いているだけでした。ケイトはこれをメイスと呼んでいます、たしかにハルバードではありませんがメイスにも見えません。例えるなら、やたらと柄の長いバトルアックスに近い武器です。
「鍛冶師に相談したところ、魔物を少しでも高く売るためにはできる限り毛皮に傷を付けないことだと。それでしたら刺さなければいいかと思いまして」
「まずは倒すことが一番だろ?」
「冒険者になるのでしたら、たとえ一キールでも多く稼がないといけないと聞きましたわ。違いますの?」
ケイトが言うことは間違いではありません。しかし、毛皮に傷を付けずに倒すことにこだわりすぎると、それはそれで怪我をしたり死んでしまったりする原因になるでしょう。
レイたちもできる限り高く売れるように仕留めていますが、それはその倒し方でも問題ないと確認してからです。さすがにどんな魔物でもきれいに倒そうとは思っていません。
「それで、単に棒で突いただけで倒せるはずはないけど、あれはどうしたんだ?」
「先端部分に【衝撃】を組み込んだ魔法武器になっていますの」
「なるほど。それであの威力か」
突いただけなのにドゴンと大きな音がしてパンダの頭が弾け飛びました。その先には誰もいなかったからよかったものの、もし誰かがいたなら血と肉片と脳漿のシャワーを浴びることになったでしょう。
「それは常時発動なのか?」
「いえ、発動させようと思わなければ出ませんわ」
「それならできる限り頭には使わないように」
「なぜですの?」
「魔石はどうなった?」
「……」
魔石はほとんどの魔物では頭部にあります。頭がなくなったということは魔石も砕け散ったか、それとも飛んでいったか、あるいは魔石が砕けたから頭が吹き飛んだのか。いずれにせよ、魔石が手に入りません。
レイたちは魔石を売ることはせず、ラケルの魔力補充用として使っていますので、収入的には影響はありませんが、もったいないことには変わりません。
「それに討伐依頼の中には頭部が証拠品になることもあるぞ」
「それではどこを狙えとおっしゃいますの?」
「腰とか背中でいいんじゃないか?」
「背後から狙うなんて、スマートではありませんわ!」
「頭を吹き飛ばすのはスマートなのか?」
「手数は少なく一撃必殺。魔物も生き物。苦しみを感じる前に殺すように。父からはそう教わりましたもの」
「あの人って武闘派なのか?」
「そうですわ」
レイがケイトの父親のアンガスに会ったのは二度です。一度はダグラスで、一度はマリオンで。レイの記憶の中のアンガスはごく普通の貴族でした。間違っても「一撃必殺」と口にしそうな人物には見えませんでした。人を見た目で判断してはいけないという恰好の例だということです。
「レイ、少しいいですか?」
レイが困っていると、シーヴが何かを思いついたように話しかけました。
「どうした?」
「グレーターパンダだけケイトを前衛にしたらどうですか? ラケルと組めば、戦闘時間の短縮になると思いますけど」
「そりゃ手っ取り早いけどな」
魔石は飛んでいったのか砕けたのかはわかりませんが、頭を吹き飛ばされれば生きていられないのは人でも猛獣でも魔物でも同じです。ドラゴンですら死んでしまうでしょう。それならいっそのことラケルとケイトを前衛にして、グレーターパンダが近寄ったら頭を吹き飛ばせばいいとシーヴは提案しました。
「ケイトはそれでいいのか?」
「はい、お役に立てるのでしたらどんなことでも」
「それなら……パンダについてはラケルはケイトと組んでくれ」
「わかりましたです」
「俺とサラとシーヴは様子を見つつ危険そうなら参戦。それ以外は他の魔物を相手にする。そんな感じか」
そう言いながらレイが周囲を見渡すと、ケイトが倒したパンダの近くに手のひらサイズの毛皮が散らばっているのが見えました。頭が弾けた瞬間に頭の毛皮も飛び散ったようです。集めなくてもいいでしょうが、もしかしたら何かに使えるかもと思ってレイは拾っておくことにします。
それからバリケードの裏に戻ると、ラケルが腕組みをして考え込んでいました。
「ラケル、どうした?」
「ご主人さま、もっと効率を上げられるかどうか、確認してもいいです?」
「どうやって?」
「グレーターパンダがタケノコの匂いに釣られて森から出てくるのは間違いないと思います。それなら匂いを増やせばいいはずです」
鼻が利いてタケノコが好きなラケルならではの発想です。今のままでは、一頭狩るのにタケノコを一つ使っています。まだ森でいくらでも採れますが、タケノコにはシーズンがあるはずです。タケノコを節約する意味も含めて、タケノコを細かく切って匂いの出どころを増やし、さらに森に向かって風を送り込めばいいのではないかとラケルは力説します。そうですよね、タケノコがもったいないですからね。
「なるほど。タケノコを切って匂いを強くして、【風球】を使ってその匂いを森のほうに向ければこっちにくると」
「たしかにもったいないもんね。でもレイの【風球】があってこそだね」
「俺しかできないよな。前に飛ばないんだから」
いつの間にかレイの魔法が増えていました。それが【風球】です。本来なら風の塊が飛んでいく魔法ですが、レイの場合は手のひらから風が出るだけです。
サラは「風圧で空が飛べるんじゃない?」と言いましたが、さすがにそんなことは不可能でした。地面に向けて使っても土ぼこりが舞っただけです。
空は飛べなかったレイですが、女性陣には喜ばれる魔法でした。【火球】と組み合わせるとドライヤーになったからです。
「それなら、タケノコをこの枝に刺しますね。レイ、どうぞ」
シーヴはタケノコをスライスして木の枝に刺し、それをレイの前に差し出しました。レイはその枝に向かって【風球】を使い始めました。シーヴが位置を変えますので、それに合わせて風の向きを変えます。右に左に。
しばらくそのようにして風を送り込んでいると、森から森の中から二頭のグレーターパンダが現れました。その向こうからもパンダの気配が近づいています。
森から出たグレーターパンダは、レイたちを見ると体を丸めて飛んできます。ラケルが盾で受け止めて、威嚇しようとしたところでケイトが頭を吹き飛ばします。
シーヴが枝を持ち、それに向かってレイが手を伸ばしています。サラが同じようにタケノコを枝に刺して、シーヴの持つ枝と交差させました。
「一人はみんなのために」
「みんなは一人のために?」
「シーヴ、無理して付き合わなくてもいいんだぞ」
「あ、いえ。流すとサラに悪いと思って」
「気を遣われた?」
馬鹿なことをしている三人ですが、【索敵】を使うのは忘れていませんよ。森の奥から魔物が近づいてくるのがわかりました。おそらくかなりのグレーターパンダが動いているのでしょう。
「これはかなり効果があるみたいだな」
「ですね。しかも、次から次へとと呼べるほどでもありませんね」
「あれならラケルとケイトとシャロンだけで十分対処できるね」
しばらくするとシャロンがレイのところに走ってきました。
「旦那様、こちらをお願いします」
「よし」
シャロンが【収納】に入れていたグレーターパンダを取り出しました。これはマジックバッグと同じような機能のスキルです。一辺三メートルですので、グレーターパンダなら二頭くらいしか入りません。他の荷物もありますからね。
レイとシーヴとサラが森に匂いを送り込み、ラケルとケイトが森から出てきたグレーターパンダを倒し、シャロンが【収納】に入れてレイに渡すという流れができました。
◆◆◆
しばらくすると昼食の時間になりました。今日もレイのマジックバッグがパンダだらけになっています。
「みなさま、昼食の用意ができました」
振り向くとシャロンがテーブルと椅子を用意し、そこに料理が並んでいました。これは彼女の【収納】に入っていたものです。
ハーフリングの彼女には戦闘力はほとんどありませんが、生まれ持った【歌唱】【踊り】【大道芸】などのスキルで生計を立て、危なくなれば【俊足】で逃げ切っていました。さらには【収納】がありますので、準備さえしておけば身一つでどこへでも行けるのです。
「この折りたたみ式のテーブルは本当に便利ですね」
先日まではレイのマジックバッグに入っていたバタフライテーブルが一つ、今日からシャロンが持つようになっています。テーブルを出して下から椅子を抜いて広げ、テーブルクロスを敷いて料理を乗せれば、一瞬でガーデンパーティー会場のようになります。
「さすが【奉仕】と【料理】持ち。私にもあるけど」
「ご一緒でしたか」
「私は成人するまではレイの専属メイドだったから」
サラには基本的な家事スキルがあります。成人前にしていたメイドのおかげです。他のメイドたちほど家事をすることはありませんでしたが、レイの身の回りの世話をしていたおかげですね。
「ちなみに【奉仕】はお使いですか?」
「もちろん。夜に大活躍だよ。ね、レイ?」
「んん? ま、まあな」
いきなり夜の話をされて困ったレイですが、役に立っているのは間違いありません。
「ていうか、シーヴにもラケルにもあるからね」
「なぜニンジャとロイヤルガードに奉仕があるのですか?」
「主人に仕えるのが役目のジョブだからでしょう」
「たしかに」
このスキルは使用人が主人の身の回りをする効率が上がるというスキルですが、内容を見ると夜のほうでも役に立ちます。
「お役に立つのが奴隷の役目です」
「そうでなくとも夫を支えるのは妻の役目ですからね」
「ないのはわたくしだけですの?」
「俺もないぞ。ないのが普通だろう」
ケイトはシャロンに仕えさえ、レイはサラに仕えさせていました。【奉仕】がないのは当然ですね。ただし、貴族の息子や娘でも、より王族やより爵位が上の貴族のところに奉公で働きに出れば【奉仕】が付く場合もあります。
「これだけの女性たちから好かれるのですから立派な殿方なのでしょうが……」
シャロンは働きながらレイを横目で眺めます。
「ええ、レイは立派な男性ですよ」
「優しいご主人さまです」
「そうなのですが……立派すぎて私では受け入れられないかもしれません。ケイト奥様、昨日の夜に経験された旦那様の立派なアレはいかがでしたか?」
シャロンは焼きたてのソーセージを皿に並べながらそんなことを言いました。
「……今ここでそれを聞きますか?」
ケイトの目は、思わずソーセージに釘付けになりました。ケイトの前にあるのが一番太いですね。
「はい。直近で目にされたのはケイト奥様でしょう」
ケイトは真っ赤になってモジモジし始めました。昨夜のことを思い出しているのでしょう。
シャロンはわざとそうしているのかと思えるくらいに話をずらすのが得意です。彼女はハーフリングという種族なので、自然と他人をからかうかのような言い方をしてしまいます。特にケイトに対しては。
ところが、シャロンには他人を馬鹿にするつもりは一切ありません。歩くためには足を使うのが当然のように、彼女には他人をからかって楽しむことが日常の行為になっているだけなんですね。
「では今夜はシャロンがレイ様のお相手をなさい」
「はい、もちろんそのつもりです。順番ですので」
「えっ?」
自分が言い出したことなのにケイトは思わず声を上げました。
「旦那様、それでは今夜はねちっこく激しく情熱的にお相手をよろしくお願いいたします」
「ねちっこく激しく情熱的に何の相手をするんだ?」
「バックギャモンはいかがでしょうか」
「それくらいだな」
「バックギャモン……」
二人のやり取りを聞いたケイトがあっけにとられた顔になりました。
「おや、ケイト奥様、何をする思ったのですか? ご自身の経験を元に、具体的に説明をお願いできますか? 旦那様と部屋で二人きり。お互いに裸になって旦那様のナニを奥様が手や胸や口でああしたりこうしたり。さらに大きくなった旦那様のナニを奥様がソコに導いてドウすることで、最終的に旦那様のナニから出たアレが奥様のソコに放たれて——」
「し、知りません!」
シャロンはケイトが真っ赤になるのを見て微笑ましく思っていますが、シャロンにも男性経験はありません。酒場に入って芸をしたり歌ったりしておひねりを受け取っていましたが、酔っぱらいに絡まれそうになるとヒラリとかわして逃げ出すのです。
ゴスッ‼
「キュオーーーッ!」
「はっ!」
ラケルがグレーターパンダを盾で止めて【シールドバッシュ+】で倒します。サラが腰の日本刀を鞘走らせると、モゾモゾと起き上がりかけたパンダの頭がごとりと地面に落ちました。
「レイ様、わたくしもよろしいですか?」
「いいけど、無茶はするなよ?」
「大丈夫ですわ!」
サラを見ていたケイトが、自称メイスを手にして前に出ます。
「グオーッ‼」
ラケルの盾で宙に飛ばされたグレーターパンダが起き上がって怒りを表します。ケイトは自称メイスを握りしめて腰を落とします。
「ケイトッ、口を狙えッ!」
「はいっ!」
ドゴンッッ‼
すばやく突き出された自称メイスの先端が、グレーターパンダの口の中に深々と突き刺さり、大きな衝撃音が響きました。そして一瞬だけ間を置いて
ドパンッッッ‼
パンダの頭が弾け飛びました。まるで経絡〇孔を突かれたかのように。
「やりましたわっ!」
「「「……」」」
頭のなくなったパンダがゆっくりと後ろ向きに倒れました。
「問題なさそうだな」
「なさそうだね。あのハルバード以外は」
「……そうだな」
ハルバードは日本語で槍斧や鉾斧などと呼ばれるように、槍の穂先の片側に斧が、その反対側には鉤爪が付いています。槍で刺し、斧で斬り、鉤爪で叩き、さらに引っかけて転倒させることもできる万能武器です。ところが、ケイトのハルバードは少し形が違っています。
「それはどこで買ったんだ?」
「買ったのではなく、お抱えの鍛冶師が作ったものですわ。どうぞご覧ください」
ケイトからハルバードを渡されて穂先を見ます。そこは普通のハルバードとは作りが違っていました。
「どうしてこんな形にしたんだ? 威力はあるみたいだけど」
穂先の先端が槍ではなく真っ平らになっています。これでは刺さりません。単なる棒の先端から少し下のところに斧と鉤爪が付いているだけでした。ケイトはこれをメイスと呼んでいます、たしかにハルバードではありませんがメイスにも見えません。例えるなら、やたらと柄の長いバトルアックスに近い武器です。
「鍛冶師に相談したところ、魔物を少しでも高く売るためにはできる限り毛皮に傷を付けないことだと。それでしたら刺さなければいいかと思いまして」
「まずは倒すことが一番だろ?」
「冒険者になるのでしたら、たとえ一キールでも多く稼がないといけないと聞きましたわ。違いますの?」
ケイトが言うことは間違いではありません。しかし、毛皮に傷を付けずに倒すことにこだわりすぎると、それはそれで怪我をしたり死んでしまったりする原因になるでしょう。
レイたちもできる限り高く売れるように仕留めていますが、それはその倒し方でも問題ないと確認してからです。さすがにどんな魔物でもきれいに倒そうとは思っていません。
「それで、単に棒で突いただけで倒せるはずはないけど、あれはどうしたんだ?」
「先端部分に【衝撃】を組み込んだ魔法武器になっていますの」
「なるほど。それであの威力か」
突いただけなのにドゴンと大きな音がしてパンダの頭が弾け飛びました。その先には誰もいなかったからよかったものの、もし誰かがいたなら血と肉片と脳漿のシャワーを浴びることになったでしょう。
「それは常時発動なのか?」
「いえ、発動させようと思わなければ出ませんわ」
「それならできる限り頭には使わないように」
「なぜですの?」
「魔石はどうなった?」
「……」
魔石はほとんどの魔物では頭部にあります。頭がなくなったということは魔石も砕け散ったか、それとも飛んでいったか、あるいは魔石が砕けたから頭が吹き飛んだのか。いずれにせよ、魔石が手に入りません。
レイたちは魔石を売ることはせず、ラケルの魔力補充用として使っていますので、収入的には影響はありませんが、もったいないことには変わりません。
「それに討伐依頼の中には頭部が証拠品になることもあるぞ」
「それではどこを狙えとおっしゃいますの?」
「腰とか背中でいいんじゃないか?」
「背後から狙うなんて、スマートではありませんわ!」
「頭を吹き飛ばすのはスマートなのか?」
「手数は少なく一撃必殺。魔物も生き物。苦しみを感じる前に殺すように。父からはそう教わりましたもの」
「あの人って武闘派なのか?」
「そうですわ」
レイがケイトの父親のアンガスに会ったのは二度です。一度はダグラスで、一度はマリオンで。レイの記憶の中のアンガスはごく普通の貴族でした。間違っても「一撃必殺」と口にしそうな人物には見えませんでした。人を見た目で判断してはいけないという恰好の例だということです。
「レイ、少しいいですか?」
レイが困っていると、シーヴが何かを思いついたように話しかけました。
「どうした?」
「グレーターパンダだけケイトを前衛にしたらどうですか? ラケルと組めば、戦闘時間の短縮になると思いますけど」
「そりゃ手っ取り早いけどな」
魔石は飛んでいったのか砕けたのかはわかりませんが、頭を吹き飛ばされれば生きていられないのは人でも猛獣でも魔物でも同じです。ドラゴンですら死んでしまうでしょう。それならいっそのことラケルとケイトを前衛にして、グレーターパンダが近寄ったら頭を吹き飛ばせばいいとシーヴは提案しました。
「ケイトはそれでいいのか?」
「はい、お役に立てるのでしたらどんなことでも」
「それなら……パンダについてはラケルはケイトと組んでくれ」
「わかりましたです」
「俺とサラとシーヴは様子を見つつ危険そうなら参戦。それ以外は他の魔物を相手にする。そんな感じか」
そう言いながらレイが周囲を見渡すと、ケイトが倒したパンダの近くに手のひらサイズの毛皮が散らばっているのが見えました。頭が弾けた瞬間に頭の毛皮も飛び散ったようです。集めなくてもいいでしょうが、もしかしたら何かに使えるかもと思ってレイは拾っておくことにします。
それからバリケードの裏に戻ると、ラケルが腕組みをして考え込んでいました。
「ラケル、どうした?」
「ご主人さま、もっと効率を上げられるかどうか、確認してもいいです?」
「どうやって?」
「グレーターパンダがタケノコの匂いに釣られて森から出てくるのは間違いないと思います。それなら匂いを増やせばいいはずです」
鼻が利いてタケノコが好きなラケルならではの発想です。今のままでは、一頭狩るのにタケノコを一つ使っています。まだ森でいくらでも採れますが、タケノコにはシーズンがあるはずです。タケノコを節約する意味も含めて、タケノコを細かく切って匂いの出どころを増やし、さらに森に向かって風を送り込めばいいのではないかとラケルは力説します。そうですよね、タケノコがもったいないですからね。
「なるほど。タケノコを切って匂いを強くして、【風球】を使ってその匂いを森のほうに向ければこっちにくると」
「たしかにもったいないもんね。でもレイの【風球】があってこそだね」
「俺しかできないよな。前に飛ばないんだから」
いつの間にかレイの魔法が増えていました。それが【風球】です。本来なら風の塊が飛んでいく魔法ですが、レイの場合は手のひらから風が出るだけです。
サラは「風圧で空が飛べるんじゃない?」と言いましたが、さすがにそんなことは不可能でした。地面に向けて使っても土ぼこりが舞っただけです。
空は飛べなかったレイですが、女性陣には喜ばれる魔法でした。【火球】と組み合わせるとドライヤーになったからです。
「それなら、タケノコをこの枝に刺しますね。レイ、どうぞ」
シーヴはタケノコをスライスして木の枝に刺し、それをレイの前に差し出しました。レイはその枝に向かって【風球】を使い始めました。シーヴが位置を変えますので、それに合わせて風の向きを変えます。右に左に。
しばらくそのようにして風を送り込んでいると、森から森の中から二頭のグレーターパンダが現れました。その向こうからもパンダの気配が近づいています。
森から出たグレーターパンダは、レイたちを見ると体を丸めて飛んできます。ラケルが盾で受け止めて、威嚇しようとしたところでケイトが頭を吹き飛ばします。
シーヴが枝を持ち、それに向かってレイが手を伸ばしています。サラが同じようにタケノコを枝に刺して、シーヴの持つ枝と交差させました。
「一人はみんなのために」
「みんなは一人のために?」
「シーヴ、無理して付き合わなくてもいいんだぞ」
「あ、いえ。流すとサラに悪いと思って」
「気を遣われた?」
馬鹿なことをしている三人ですが、【索敵】を使うのは忘れていませんよ。森の奥から魔物が近づいてくるのがわかりました。おそらくかなりのグレーターパンダが動いているのでしょう。
「これはかなり効果があるみたいだな」
「ですね。しかも、次から次へとと呼べるほどでもありませんね」
「あれならラケルとケイトとシャロンだけで十分対処できるね」
しばらくするとシャロンがレイのところに走ってきました。
「旦那様、こちらをお願いします」
「よし」
シャロンが【収納】に入れていたグレーターパンダを取り出しました。これはマジックバッグと同じような機能のスキルです。一辺三メートルですので、グレーターパンダなら二頭くらいしか入りません。他の荷物もありますからね。
レイとシーヴとサラが森に匂いを送り込み、ラケルとケイトが森から出てきたグレーターパンダを倒し、シャロンが【収納】に入れてレイに渡すという流れができました。
◆◆◆
しばらくすると昼食の時間になりました。今日もレイのマジックバッグがパンダだらけになっています。
「みなさま、昼食の用意ができました」
振り向くとシャロンがテーブルと椅子を用意し、そこに料理が並んでいました。これは彼女の【収納】に入っていたものです。
ハーフリングの彼女には戦闘力はほとんどありませんが、生まれ持った【歌唱】【踊り】【大道芸】などのスキルで生計を立て、危なくなれば【俊足】で逃げ切っていました。さらには【収納】がありますので、準備さえしておけば身一つでどこへでも行けるのです。
「この折りたたみ式のテーブルは本当に便利ですね」
先日まではレイのマジックバッグに入っていたバタフライテーブルが一つ、今日からシャロンが持つようになっています。テーブルを出して下から椅子を抜いて広げ、テーブルクロスを敷いて料理を乗せれば、一瞬でガーデンパーティー会場のようになります。
「さすが【奉仕】と【料理】持ち。私にもあるけど」
「ご一緒でしたか」
「私は成人するまではレイの専属メイドだったから」
サラには基本的な家事スキルがあります。成人前にしていたメイドのおかげです。他のメイドたちほど家事をすることはありませんでしたが、レイの身の回りの世話をしていたおかげですね。
「ちなみに【奉仕】はお使いですか?」
「もちろん。夜に大活躍だよ。ね、レイ?」
「んん? ま、まあな」
いきなり夜の話をされて困ったレイですが、役に立っているのは間違いありません。
「ていうか、シーヴにもラケルにもあるからね」
「なぜニンジャとロイヤルガードに奉仕があるのですか?」
「主人に仕えるのが役目のジョブだからでしょう」
「たしかに」
このスキルは使用人が主人の身の回りをする効率が上がるというスキルですが、内容を見ると夜のほうでも役に立ちます。
「お役に立つのが奴隷の役目です」
「そうでなくとも夫を支えるのは妻の役目ですからね」
「ないのはわたくしだけですの?」
「俺もないぞ。ないのが普通だろう」
ケイトはシャロンに仕えさえ、レイはサラに仕えさせていました。【奉仕】がないのは当然ですね。ただし、貴族の息子や娘でも、より王族やより爵位が上の貴族のところに奉公で働きに出れば【奉仕】が付く場合もあります。
「これだけの女性たちから好かれるのですから立派な殿方なのでしょうが……」
シャロンは働きながらレイを横目で眺めます。
「ええ、レイは立派な男性ですよ」
「優しいご主人さまです」
「そうなのですが……立派すぎて私では受け入れられないかもしれません。ケイト奥様、昨日の夜に経験された旦那様の立派なアレはいかがでしたか?」
シャロンは焼きたてのソーセージを皿に並べながらそんなことを言いました。
「……今ここでそれを聞きますか?」
ケイトの目は、思わずソーセージに釘付けになりました。ケイトの前にあるのが一番太いですね。
「はい。直近で目にされたのはケイト奥様でしょう」
ケイトは真っ赤になってモジモジし始めました。昨夜のことを思い出しているのでしょう。
シャロンはわざとそうしているのかと思えるくらいに話をずらすのが得意です。彼女はハーフリングという種族なので、自然と他人をからかうかのような言い方をしてしまいます。特にケイトに対しては。
ところが、シャロンには他人を馬鹿にするつもりは一切ありません。歩くためには足を使うのが当然のように、彼女には他人をからかって楽しむことが日常の行為になっているだけなんですね。
「では今夜はシャロンがレイ様のお相手をなさい」
「はい、もちろんそのつもりです。順番ですので」
「えっ?」
自分が言い出したことなのにケイトは思わず声を上げました。
「旦那様、それでは今夜はねちっこく激しく情熱的にお相手をよろしくお願いいたします」
「ねちっこく激しく情熱的に何の相手をするんだ?」
「バックギャモンはいかがでしょうか」
「それくらいだな」
「バックギャモン……」
二人のやり取りを聞いたケイトがあっけにとられた顔になりました。
「おや、ケイト奥様、何をする思ったのですか? ご自身の経験を元に、具体的に説明をお願いできますか? 旦那様と部屋で二人きり。お互いに裸になって旦那様のナニを奥様が手や胸や口でああしたりこうしたり。さらに大きくなった旦那様のナニを奥様がソコに導いてドウすることで、最終的に旦那様のナニから出たアレが奥様のソコに放たれて——」
「し、知りません!」
シャロンはケイトが真っ赤になるのを見て微笑ましく思っていますが、シャロンにも男性経験はありません。酒場に入って芸をしたり歌ったりしておひねりを受け取っていましたが、酔っぱらいに絡まれそうになるとヒラリとかわして逃げ出すのです。
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【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中に呆然と佇んでいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出したのだ。前世、日本伝統が子供の頃から大好きで、小中高大共に伝統に関わるクラブや学部に入り、卒業後はお世話になった大学教授の秘書となり、伝統のために毎日走り回っていたが、旅先の講演の合間、教授と2人で歩道を歩いていると、暴走車が突っ込んできたので、彼女は教授を助けるも、そのまま跳ね飛ばされてしまい、死を迎えてしまう。
享年は25歳。
周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっている。
25歳の精神だからこそ、これが何を意味しているのかに気づき、ショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
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