異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第8章:春、急カーブと思っていたらまさかのクランク

第10話:祝う者たち(一)

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 その手紙が届いたとき、モーガンはトリスタンを部屋に招き、新しく作る町のことで話をしていていました。

「旦那様、今しがたライナス様から緊急と書かれた手紙が届きました」
「ライナスから? トリスタン、読んでくれ」
「はい」

 執事のブライアンから手紙を受け取って中を確認したトリスタンは、いぶかしげな表情になりました。そして、真面目なトリスタンが、珍しく「はあっ?」と気の抜けた声を口からもらしました。

「どうした?」
「あ、いえ、失礼しました。レイが男爵になったと書いてありましたので」
「男爵? 何があった?」

 そう言いながらもモーガンは、レイとライナスが屋敷を離れてから起きたことを思い返します。
 レイは一年ほど前、サラと一緒に冒険者になってマリオンを離れました。それからしばらくすると、アシュトン子爵からモーガン宛てに手紙が届きます。それは自領で行われた不正にギルモア男爵領の冒険者ギルドを巻き込んでしまったという謝罪の手紙でした。
 アシュトン子爵からの手紙の内容を裏付けるかのように、レイからも裏事情が書かれた手紙が届きます。モーガンは冒険者ギルドのギルド長であるブルースに確認させ、その三人を捕縛しました。
 隣の領地の問題に巻き込まれたわけですが、モーガンはアシュトン子爵に対して腹を立てませんでした。どの領地でも、大なり小なり不正は起きるものだとわかっているからです。だから謝罪を受け入れた上で、それ以上の謝罪は不要だと伝えています。
 それからしばらくして、またアシュトン子爵から手紙が届きます。レイたちが子爵領を荒らしていた盗賊団を退治したことへの礼の手紙でした。これにはモーガンもアグネスも喜びました。危ないことはしてほしくないと思いながらも、他人のために働ける息子を誇らしいと思ったのです。
 そして、冬も終わりに近づいたころ、今度は親戚で友人でもあるテニエル男爵の末の娘ケイトから手紙が届きます。レイが元気にしているかどうかをモーガンに確認する手紙だと思わせておきながら、実際の中身はレイに対するラブレターとしか思えませんでした。残念ながらレイはすでに町を離れていましたので、そのことを伝える返事の手紙をメッセンジャーに渡しました。
 それからしばらく何もありませんでしたが、夏が近づいたころ、次男のライナスが王都で働くためにマリオンを離れました。そのライナスからモーガンに宛てた手紙が届いたのが夏の初めのことです。
 王都に向かう途中、ライナスの家族が乗っていた馬車がクラストンの町の手前で魔物に襲われ、そこを偶然にもレイたちに助けられたということでした。到着の報告を伝える手紙の中には、どうやらレイの周りにはサラだけではなく、数人の女性がいたことも書かれていました。その中にはケイトの名前もありましたので、無事に合流できたことに安心しました。
 そしてまたライナスから、今度は「緊急」と書かれた手紙が届いたのです。

「レイの手紙が同封されていました。代官を任される予定だった町にダンジョンができたそうです」
「なるほど、ダンジョンか」

 モーガンはトリスタンから二通の手紙を受け取ると、今度は自分で目を通しました。

「代官を任されるという時点で、よほど評価されていたのだろう」

 この手紙には、レイがダンカン子爵から新しく作る町の代官を頼まれ、建設を始めたところでダンジョンが現れたと書かれていました。いきなりの話であっても、レイが領主になったのは事実です。それなら父親として、モーガンにはすべきことがあります。

「トリスタン、貴族になれば早めに結婚せねばならん。私やお前と違って、レイは独身のまま爵位を得たわけだからな。その祝いも兼ねて贈り物をしようと思うが、何がいいと思う?」
「贈り物となりますと……」

 父親から問われてトリスタンは考えます。普通なら屋敷に飾る絵画、揃いの燭台、名工の作った食器や花瓶、ガラス細工。これらの美術品や工芸品、実用品は贈り物として喜ばれます。ところが、今はそれらでは都合が悪いのです。
 ライナスの手紙によると、どうやらレイは教会やギルドなどの建物を先に用意し、自分たちは暫くの間、最初に作った倉庫のような仮住まいで暮らすつもりらしいと書かれています。それはレイらしくて微笑ましく思えますが、美術品などは飾る場所はないかもしれません。
 贈り物を先に渡しておき、屋敷ができてから飾ってもらっても悪くはありませんが、どちらにせよ、その領地まで荷物を運ぶ人手と馬車は必要になります。
 そこまで考えたところで、トリスタンの頭に妙案が浮かびました。

「使用人はどうですか?」
「使用人か……」

 たしかに妙案でした。この屋敷にいるメイドたちに聞いてみて、手が上がればよし、上がらなければ別で探せばいいとモーガンは考えました。

「そろそろアーサーとハリーを呼び戻すころでしょう。アーサーはブライアンの仕事を継ぐでしょうから、ハリーをレイに仕えさせるのも一つの案だと思います」

 ここのところ町や村が増えつつあります。それに伴って、執事であるブライアンの仕事が増えていたのです。いずれブライアンを家令にして領地全体の統括をさせ、執事の後任として彼の息子たちを呼び戻すことをモーガンは決めています。しかし、その予定を早める必要があると、トリスタンは感じていました。
 ブライアンにはアーサーとハリーという二人の息子がいます。長男のアーサーはブライアンの跡を継ぐことが決まっています。親から子へ、子から孫へ仕えさせることで、主人に対する忠誠心を育てさせるこの方法は、どこの領地でも行われています。トリスタンが爵位を継ぐころには、アーサーは立派に領地を取り仕切っているでしょう。
 アーサーはそう決まっていますが、その弟のハリーには、今のところ決まった仕事はありません。だからこそ融通が利くというものです。

「それならアンガス殿と相談するか」
「はい。テニエル男爵もご令嬢のこともありますので、結納品を用意するでしょう。向こうも使用人を用意するのなら、向こうに着くまでハリーにまとめさせ、そのまま仕えさせればいいかと」
「そうだな。その線でいこう」

 モーガンは一つ手を叩くと真面目くさった顔を作りました。

「トリスタン、私とアグネスはレイの結婚式に参加する。これからしばらく、領地のことはお前に任せる。すでに領主になったつもりで取り仕切れ。お前が継ぐのもそう遠くはないはずだ」
「はい。お任せください」

 トリスタンは自信を持ってそう答えました。

 ◆◆◆

「あら、あなた。もうお仕事は終わりですか?」

 中途半端な時間に訪ねてきた夫に向かって、アグネスは不思議そうな視線を向けました。しかも、その夫はなぜか興奮気味です。

「聞いて驚け。レイが男爵になった」
「まあっ!」

 モーガンはレイとライナスからの手紙に書かれていたことを妻に伝えました。それから使用人を祝いの一部として贈るつもりだという考えはどうかと妻に聞いてみました。

「いいと思いますよ。気心が知れた使用人がいれば安心するでしょう。サラもケイト嬢も」
「ああ。ただ、恋人の中にはダンカン子爵の娘のシェリル嬢もいるらしい。使用人が多すぎることにならないかと心配なんだが」
「それですと、子爵令嬢が正室なのですか?」
「いや、それが獅子人族で平民の女性らしい。一年前ほど前のことだが、冒険者ギルドで不正があったと言ったことがあるだろう。アシュトン子爵の甥孫が絡んでいたという。あれに巻き込まれて辞めた職員らしい。レイとサラと一緒にパーティーを組んでいたそうだ」

 モーガンは手紙の該当箇所を読みながら答えます。手紙だけでは細かなことまではわかりませんが、とりあえず理解できたのは、レイには九人の恋人ないしは恋人候補がいて、貴族の娘がケイトとシェリルの二人で、人間はサラともう一人。他には正室候補の獅子人、それに犬人と牛人とエルフとハーフリングが一人ずつだということです。何度読んでも、すんなりと頭に入る内容ではありませんでした。

「あの子らしいですね。変なところにこだわりがあるのでしょう」
「こだわりがあるようでないような気もするが」

 こだわりはないでしょう。ほとんど流された結果ですからね。

 ◆◆◆

「みんな、よく聞いてくれ」

 昼食前、モーガンは使用人たちを集めました。

「レイがこのたび国王陛下に謁見し、スペンスリー男爵の爵位を与えられることになった」

 モーガンの言葉の意味を理解した者から順に驚きの声を上げました。

「ダンカン子爵のところで、新しく作る町の代官に就いたところ、その町の中にダンジョンができたらしい。法によって、その町の周辺は新しい領地になる。子爵の推薦でレイがそこの領主になることが決まり、先日国王陛下に謁見して叙爵されたそうだ」

 そこまで口にしたモーガンは一呼吸入れました。

「私からは祝いの品として、レイに仕える使用人を用意したいと思う。近いうちにアンガス殿とも相談しなければならないので、明日にでもダグラスに向かおうと思う」
「旦那様、どうしてテニエル男爵様の名前が出るのですか~?」

 メイドの一人がそう聞きました。同じことを考えた使用人は他にもいて、彼女の質問にうなずいています。

「うむ。レイの恋人の中にはアンガス殿の娘のケイト嬢もいるそうだ。爵位を得た場合、なるべく早くに結婚して子を成す必要があるので、おそらく年内に式を挙げることになるだろう」
「『中には』ということは、他にもいるということですか~?」
「相手は全部で九人いると手紙には書かれていた」
「「「九人ッ⁉」」」

 その場が一瞬で興奮と混乱のと化しました。それは当然です。以前のレイを知っていれば。
 レイはサラと同じ部屋で何年も生活していました。一緒にお風呂まで入っていたサラが、キスをされたことがないどころか触れられたこともないと言っていたことを、メイド仲間たちは覚えています。そこからこの一年でレイに何があったのかと、誰でも疑問に思うでしょう。

「もちろんサラもその一人だそうだ」

 ブレンダは静かに話を聞いていました。年齢こそ違うものの、サラとブレンダは同期です。年下で大人しく、しかし飛び抜けて物知りなサラを、彼女は姉のように心配しながら見ていました。そのブレンダは小さく手を上げてモーガンに問いかけました。

「旦那様、私をレイ様にお仕えする使用人に加えていただけませんか? 私はサラとは同期ですので、できれば近くにいたいのです」
「ブレンダ、お前なら気心が知れているから問題ないだろうが、まだ町には何もないそうだ。それでもいいのか?」
「はい、問題ありません」
「よし、それなら一人は決まりだ。他に数名、希望者がいればそれでよし、いなければ新しく雇うか、アンガス殿と相談する」

 モーガンはそう言って部屋に戻ると、アンガスへ送る手紙を準備し始めました。
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