死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

文字の大きさ
4 / 92
プロローグ

第四節 「ごめんなさい」の言葉

しおりを挟む
 リベリア公国の中央広場――。

 その片隅にあるベンチに座り、ハルとビアンカは談笑をしていた。


「ハルはどこから来た人なの?」

 ハルがこの国に来ることになった経緯いきさつの話をしていると、ビアンカはそんな質問をハルに投げ掛けた。

「ん? 俺?」

 ハルは思わず聞き返してしまうが、その返答にビアンカは頷く。

「どこの出身の人なのかなって思ったの」

「俺もこの東の大陸の出身だ。……この国よりずっと南の方、この国の国境を越えた先にある、小さい里の出だ」

 言葉を選ぶようにしてハルはビアンカの質問に返す。
 ハルの返答にビアンカは「へー」っと、目を輝かせて話を聞いていた。

 ビアンカが楽しそうに話を聞く様子を見て、ハルは「箱入りのお嬢様だから、外の世界のことが珍しいんだろうな」――と、微かに思う。

「どうして旅をしようと思ったの?」

「んー……、里での生活が嫌になったから……、かな?」

「退屈なところだったの?」

 質問攻めをしてくるビアンカに、ハルは思わず苦笑いを浮かべた。

「まあ、そんなところだな……」

 やや考えるようにしながら、ハルはビアンカの質問に答える。

 ビアンカの問いかけで、ハルは出身地である小さな里のことを思い出していた。


 ――ハルの出身地。

 そこは人々の生活から隔離され、深い森の中に隠されるように存在した里だった。

 ハルはその地での責務と重責、――“他人に不幸と死を撒き散らす呪いを受け継ぐ一族の長“という立場に嫌気がさし、里を逃げるように出てきていた。

 果たしてその里が未だに存在するのか、ハル自身にも分からなかった――。
 それほどの長い年月が流れていることを、何気ない少女の一言でハルは痛感する。

 ハルは無意識の内に――、革のグローブを嵌めた左手の甲に添えた右手で、その左手を強く握りしめていた。

 ――これ以上は出自の話をするのは不味いな……。

 人々の目から隠された呪われた里の話は、決して他言して良いものではない。
 その考えは里を逃げ出した身でありながら、今もハルの思考を縛り付けていた。


 ハルは話題を変えようと、ビアンカに気になっていたことを聞くことにした。

「ところで――、ビアンカはなんであんな悪戯を屋敷でするんだ……?」

 ハルは、料理番の青年がビアンカの悪戯に対し、怒っていたのを思い返す。

 ミハイルも嘆息たんそくして『悪戯をしては乳母や家庭教師たちを日々困らせている』と言っていた。
 それ故に、ビアンカが相当悪戯をしているのだろうと、ハルは推し量る。

 ハルの質問に――、ビアンカは気まずそうにして視線を泳がせていた。

「ビアンカが悪戯ばかりして困っているって。ミハイル将軍も言っていたぞ?」

 追い打ちをかけるようにハルはビアンカの返答を促す。

 ハルの促しに、ビアンカは「だって……」――と、小さく声を零した。

「遊んでくれる人がいないから、つまんなかったんだもん……」

 ビアンカは不貞腐れた様子で答えた。

 ――やっぱり、か。

 ハルはそのビアンカの言葉を黙って聞いていた。

 ハルはビアンカの内心に勘づいていたのだった。

 城下街では友達もおらず、ウェーバー邸はミハイルに仕える大人たちばかり――。
 そのような環境下で、ビアンカは遊びたい欲求を悪戯するという方法で発散しているのだろうと、ハルは思い至っていた。

「そうしたら、その悪戯も今日で卒業だな」

「え……?」

 ビアンカはハルの言葉に驚いた表情を浮かべる。
 そのビアンカの表情は、なんでだ?――と言いたげだった。

「友達の俺がいるんだからさ。もう屋敷で悪戯する必要はないだろ?」

 ハルは自分自身を指差して笑顔をビアンカに向ける。

「そう……、だね。お友達のハルが一緒なら、お家でも寂しくないね」

「だろ?」

「うん!」

 ビアンカは心底嬉しそうに笑っていた。

 表情をコロコロと変えるビアンカを、微笑ましげにハルは見つめていた。

 周りの大人たちが彼女を腫れ物に触れるように扱うせいで、寂しそうにしていたり悪戯をしたりする――。
 しかし――、本当は素直な良い子なのだと、ハルはビアンカを見ていて思う。

「そうしたらさ。料理番のお兄さんに、ちゃんと謝っておくんだぞ」

「う、うん……」

 ビアンカは歯切れの悪い返事を零す。
 ハルの言葉を聞き、自分が中央広場まで逃げて来ていた理由を、ビアンカは思い出したようだった。

「――『ごめんなさい』は魔法の言葉だ。素直に謝れる良い子なら――、あのお兄さんも許してくれるさ」

「でも……、凄く怒っていたから。大丈夫かな……」

「心配なら俺も一緒についていって見ていてやるからさ」

 心配そうなビアンカにハルは優しく言葉をかける。
 そのハルの言葉に、ビアンカは「うん」と素直に頷いた。

「ありがとう、ハル」

「友達なら当たり前だろ。さあ、屋敷に戻ろう」

 ハルはベンチから立ち上がり、ビアンカに手を差し出す。
 ハルの差し出されたその手を取って、ビアンカもベンチから立ち上がった。


   ◇◇◇


 ――ハルとビアンカはウェーバー邸へ戻り、一緒に調理場に足を運んでいた。

 ビアンカが訪れたことに気が付いた料理番の青年は、表情を険しくして身構えていた。

「今度は何の御用ですか? ビアンカお嬢様?」

 料理番の青年は自身に近寄ってきたビアンカに、警戒心を見せつつ声を掛ける。

 ビアンカは警戒した様子の青年に意を介さず、ハルが先ほど助言した通りに頭を下げた。

「ポーヴァル。悪戯して鍋にカエル入れて……、ごめんなさい!」

 ビアンカの唐突な謝罪に料理番の青年――ポーヴァルは「へ……?」っと、間の抜けた呟きを零した。

 何を言われたのか理解できていない様子をポーヴァルは見せていた。
 だが、すぐにそれが謝罪の言葉だと気が付き、驚いた表情を浮かべる。

「い、いえ。ビアンカお嬢様、そんな……、頭を上げてください」

 ポーヴァルは慌ててビアンカに頭を上げるように促す。

 ビアンカはこうべを垂れていた頭を上げ、ポーヴァルを見上げた。

「……許してくれる?」

「勿論ですよ。素直に謝ってくださるのなら、これ以上、私は何も言いません」

 ポーヴァルの言葉を聞き、ビアンカは安心した様子を見せる。

「もう悪戯はしないから。今まで本当にごめんなさい」

 ビアンカの宣言に、ポーヴァルはまた驚いたような表情を見せたが――、すぐに優しげな笑みを浮かべていた。

 ――やっぱり素直な良い子だな……。

 ビアンカとポーヴァルのやり取りを、静かに見つめるハルは満足そうに微笑んでいた。


 その後――、ビアンカは宣言した通り、ウェーバー邸に仕える者たちに悪戯をすることがなくなった。

 代わりにビアンカは、ハルと楽しげにして過ごすことが多くなっていた。
 そんな二人の様子をウェーバー邸に仕える者たちは微笑ましげ見守り、穏やかな日々が過ぎていった――。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...