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第一章【友達以上の親友として】
第七節 ビアンカの特技
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「お待たせっ!!」
意気揚々とした楽しげな様子でビアンカが屋敷から飛び出してきた。
ビアンカのその手には、棍術で使う木製の棍が握られていた。
それはビアンカの身の丈以上はあるやや太めの棒だった。
ハルが以前、彼女の扱う棍術の師匠であったゲンカクに聞いた話によると、この東の大陸より更に東――、海を渡った先にある小さな島国で伝わる武術で使われる物らしい。
ビアンカは“護身用”――という名目で、この武術の一つである棍術を習っていた。
棍術は長短万能の武術であり、かつ木の棒という一見武器として役立つのかと思える物を扱うのだが――、使用されている白蝋と呼ばれる柔軟性のある木の性質から、通常の木より強いしなりを生む。
それ故、地面に叩きつけてもそのしなりが衝撃を逃がして折れることがないため、意外なほどの破壊力を持つのだった。
棍術に関する知識は、過去にビアンカが棍術の訓練を受けているのを見ていて、ハルは何となくの知識として知っている。
当初は、「なんでお嬢様の“護身用”なのに棍術なんだよ」――と、内心思ったくらいだ。
「おー……」
ハルは寝転がったままだった上体を起こす。
もう剣術の訓練と鍛錬試合で疲れているため、正直言うと面倒くさい。
そんな雰囲気をハルは醸し出しているのだが――、ハルの様子を敢えて無視しているのか、本当に気が付いていないのか。ビアンカは「早く立ってよ!」とハルにせがむ。
「まあ、慌てんなって。棍、使うの久しぶりなんだろ。ちょっと身体慣らしから始めないと怪我すんぞ」
立つのが面倒くさくて、ハルは正論と言えるような言葉でビアンカを諭す。
ハルのその言葉にビアンカも「あっ、それもそうか……」――と、納得した様子を見せていた。
「そうしたら少し、身体慣らしますか……」
ビアンカは手に持っていた棍の先端を、地面にコンッと立てた――。
そこで姿勢を正し、棍を握る手とは反対の手を、静かにその棍に添えるようにして目を閉じ、「ふー……っ」と深い息を吐き出す。
そんなビアンカの様子を座り込みつつ、ハルは静かに見守っていた。
深い息を吐き出したビアンカは、フッと閉じた目を開き真剣な面持ちで、身体慣らしのための動きを始める。
始めはゆっくりとした動きで、精神を研ぎ澄ませるような眼差しを見せ、手に持った棍を両手で握り、構えを取りながら宙を滑らせる。
身体全体を使って右に左にと棍を取り回し、器用にそれを両手で回転させ――空を切る鋭い音をさせて棍を横に薙ぐ。
時に頭上で回転させ、その勢いのまま地面を叩く。乾いた音が辺りに響く――。
次に足を大きく踏み込み、中空に突きの動きを見せる。
今度は身体の前方で幾度か棍を回転させ、ビアンカ自身が跳ね上がり、大きな音をまた辺りに響かせて再度地面を叩きつけた。そして――その場で身体を捻り、再度空を薙ぎ払う。
棍を薙ぎ払う度に空を切る鋭い音が響き、ビアンカの一括りにした長い髪もそれに合わせて勢いよく翻っていく。
それは優雅で無駄のない動きで――、まるで踊っているようだとハルは思った。
ハルが見惚れてしまうほど、ビアンカの棍の取り回しは見事な動きを見せていた。
幼い頃より習っていたというその技術は、一国の将軍の娘――貴族の令嬢が戯れで行っていたものではなく、本物の武術だとハルは感じる。
ただ――、あの勢いの木の棒を叩きつけられたらさぞ痛いだろう。いや、痛いでは済まないだろう。打ち所が悪ければ下手をしたら相手が死ねるだろうとさえ思った。
ハルが考えていると、再びコンッと棍の先端を地面に付け、ビアンカは始めと同じように静かに息を吐き出した。
「うん。大丈夫だと思う」
「あの……、俺が大丈夫じゃないと思う……」
今しがた考えていた思いからの言葉を、ハルは右手を挙手するような仕草をしつつ零す。
これは相手にしたらいけないやつだ――と、本気でハルは思っていた。
「えー、大丈夫だってば。ほらほら、早く立って。勝負しよう!」
ビアンカは座り込んで動こうとしないハルの手を取り、グイグイと引っ張って無理矢理立たせた。
「うええ……、勘弁してくれよ……」
あんな動きの演武を見せられてしまっては敵う気がしないとハルは思う。
だが、ビアンカは試合を行うことを諦めた様子をまるで見せず、地面に置かれたハルの木剣を手に取り、ハルに「はい」っと声をかけながら、ポイッと投げつけた。
投げられた木剣を、ハルは器用に柄の部分を掴み取り受け取る。
そして、仕方なさそうに大きな溜息をワザとらしく零す。
言い出したら聞かないビアンカの性格をハルは良くわかっていた。
ハルは大人しくビアンカに従って木剣を構える。
そのハルの様子を目にして、ビアンカは満足げな表情を浮かべた。
「ホムラ師範代の鍛錬試合と同じ。地面に身体を先に倒した方の負け、ね」
「はいよ」
いつものホムラが行う剣術の鍛錬の試合と同じルールをビアンカは示す。
ビアンカは足を大きく開き、棍を両手で握り、棍術独特の構えを見せた。
そのビアンカの眼差しは真剣で、今まで仕方なさげな様子だったハルも、釣られるように真剣な様子をその瞳に宿し始めた。
意気揚々とした楽しげな様子でビアンカが屋敷から飛び出してきた。
ビアンカのその手には、棍術で使う木製の棍が握られていた。
それはビアンカの身の丈以上はあるやや太めの棒だった。
ハルが以前、彼女の扱う棍術の師匠であったゲンカクに聞いた話によると、この東の大陸より更に東――、海を渡った先にある小さな島国で伝わる武術で使われる物らしい。
ビアンカは“護身用”――という名目で、この武術の一つである棍術を習っていた。
棍術は長短万能の武術であり、かつ木の棒という一見武器として役立つのかと思える物を扱うのだが――、使用されている白蝋と呼ばれる柔軟性のある木の性質から、通常の木より強いしなりを生む。
それ故、地面に叩きつけてもそのしなりが衝撃を逃がして折れることがないため、意外なほどの破壊力を持つのだった。
棍術に関する知識は、過去にビアンカが棍術の訓練を受けているのを見ていて、ハルは何となくの知識として知っている。
当初は、「なんでお嬢様の“護身用”なのに棍術なんだよ」――と、内心思ったくらいだ。
「おー……」
ハルは寝転がったままだった上体を起こす。
もう剣術の訓練と鍛錬試合で疲れているため、正直言うと面倒くさい。
そんな雰囲気をハルは醸し出しているのだが――、ハルの様子を敢えて無視しているのか、本当に気が付いていないのか。ビアンカは「早く立ってよ!」とハルにせがむ。
「まあ、慌てんなって。棍、使うの久しぶりなんだろ。ちょっと身体慣らしから始めないと怪我すんぞ」
立つのが面倒くさくて、ハルは正論と言えるような言葉でビアンカを諭す。
ハルのその言葉にビアンカも「あっ、それもそうか……」――と、納得した様子を見せていた。
「そうしたら少し、身体慣らしますか……」
ビアンカは手に持っていた棍の先端を、地面にコンッと立てた――。
そこで姿勢を正し、棍を握る手とは反対の手を、静かにその棍に添えるようにして目を閉じ、「ふー……っ」と深い息を吐き出す。
そんなビアンカの様子を座り込みつつ、ハルは静かに見守っていた。
深い息を吐き出したビアンカは、フッと閉じた目を開き真剣な面持ちで、身体慣らしのための動きを始める。
始めはゆっくりとした動きで、精神を研ぎ澄ませるような眼差しを見せ、手に持った棍を両手で握り、構えを取りながら宙を滑らせる。
身体全体を使って右に左にと棍を取り回し、器用にそれを両手で回転させ――空を切る鋭い音をさせて棍を横に薙ぐ。
時に頭上で回転させ、その勢いのまま地面を叩く。乾いた音が辺りに響く――。
次に足を大きく踏み込み、中空に突きの動きを見せる。
今度は身体の前方で幾度か棍を回転させ、ビアンカ自身が跳ね上がり、大きな音をまた辺りに響かせて再度地面を叩きつけた。そして――その場で身体を捻り、再度空を薙ぎ払う。
棍を薙ぎ払う度に空を切る鋭い音が響き、ビアンカの一括りにした長い髪もそれに合わせて勢いよく翻っていく。
それは優雅で無駄のない動きで――、まるで踊っているようだとハルは思った。
ハルが見惚れてしまうほど、ビアンカの棍の取り回しは見事な動きを見せていた。
幼い頃より習っていたというその技術は、一国の将軍の娘――貴族の令嬢が戯れで行っていたものではなく、本物の武術だとハルは感じる。
ただ――、あの勢いの木の棒を叩きつけられたらさぞ痛いだろう。いや、痛いでは済まないだろう。打ち所が悪ければ下手をしたら相手が死ねるだろうとさえ思った。
ハルが考えていると、再びコンッと棍の先端を地面に付け、ビアンカは始めと同じように静かに息を吐き出した。
「うん。大丈夫だと思う」
「あの……、俺が大丈夫じゃないと思う……」
今しがた考えていた思いからの言葉を、ハルは右手を挙手するような仕草をしつつ零す。
これは相手にしたらいけないやつだ――と、本気でハルは思っていた。
「えー、大丈夫だってば。ほらほら、早く立って。勝負しよう!」
ビアンカは座り込んで動こうとしないハルの手を取り、グイグイと引っ張って無理矢理立たせた。
「うええ……、勘弁してくれよ……」
あんな動きの演武を見せられてしまっては敵う気がしないとハルは思う。
だが、ビアンカは試合を行うことを諦めた様子をまるで見せず、地面に置かれたハルの木剣を手に取り、ハルに「はい」っと声をかけながら、ポイッと投げつけた。
投げられた木剣を、ハルは器用に柄の部分を掴み取り受け取る。
そして、仕方なさそうに大きな溜息をワザとらしく零す。
言い出したら聞かないビアンカの性格をハルは良くわかっていた。
ハルは大人しくビアンカに従って木剣を構える。
そのハルの様子を目にして、ビアンカは満足げな表情を浮かべた。
「ホムラ師範代の鍛錬試合と同じ。地面に身体を先に倒した方の負け、ね」
「はいよ」
いつものホムラが行う剣術の鍛錬の試合と同じルールをビアンカは示す。
ビアンカは足を大きく開き、棍を両手で握り、棍術独特の構えを見せた。
そのビアンカの眼差しは真剣で、今まで仕方なさげな様子だったハルも、釣られるように真剣な様子をその瞳に宿し始めた。
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