死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

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第一章【友達以上の親友として】

第八節 剣術と棍術

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 先に動きを見せてきたのはビアンカからだった――。
 長い棍を片手で見事に回転させ――、ハルに飛び掛かる。

 棍術は予測外な動きを見せる武術故に、ハルは先ほどのやる気のない雰囲気とは打って変わり、真剣な眼差しで彼女の動きに注意を払う。

 ビアンカの最初の一打目をハルは身を捻りかわす――が、今度はビアンカの背中側にあった棍の先端がひるがえってハルに向ってくる。
 その動きを瞬時に見とめ――、ハルはそれを咄嗟に木剣ぼっけんで受ける。

 木同士の当たる甲高い音が響き、ハルはその手に痺れを感じた。
 それは――、遠心力を利用したかなり本気のビアンカの一撃だった。

(少し距離を取って全体の動きを見ないとまずいな)

 ハルは考え、後ろに飛び退く――。

 ビアンカの扱う棍は――全長で百七十センチメートルほどはあるだろう。その棍の中央部分を握りビアンカは取り回しを行っているため、その攻撃範囲は半径五十センチメートル強――といったところだった。

 だが、棍は長短万能の武器というのが特性なため、握りの場所を変えてしまえばその攻撃範囲は予想の長さを上回る。

 棍を武器にする相手と対峙することが初めてなハルは、相手を近づけさせにくくする性質を持つ武器に脅威を感じていた。

「はっ!!」

 ビアンカが短い掛け声と共に、棍を横に薙ぎ払ってきた。

 ハルが先ほど考えていた通り、距離を取るために飛び退いたハルの位置まで届くよう、握りの場所を動かしてきていたのがハルの目に入る。
 それを目にした瞬間――、ハルは身を屈めてビアンカの薙ぎ払いをかわし、木剣ぼっけんを構え、ビアンカに向かって跳躍した――。

 ビアンカは攻撃を避けられて驚いた顔を浮かべたが――、ハルの木剣ぼっけんでの横切りを、自身の元に引いた棍で受け止めようとする動きを見せる。

 だが、ハルの方が男である手前、ビアンカより力が強い。
 ハルの力を込めた木剣ぼっけんの横切りは棍により受け止められ、再び木同士の当たる音が辺りに響く――。

 それと同時にビアンカの身体が横切りの力を受けきれず僅かに浮かびを見せ、それに間髪入れずにハルが追撃を入れようと木剣ぼっけんを振るう――。

 しかし――、ビアンカはハルの一撃で転ばされそうになった身体を、棍の先端を地面に付けて中空に飛び上がり身を捻り一回転する――という身軽な技を見せ、その追撃を避けていた。

「うわ。なんだよ、今の……」

 思いがけないビアンカの動きに、ハルが驚愕の言葉を上げる。

 ハルの驚いた様子にビアンカは二ッと笑う。

「ゲンカク老師の訓練は伊達だてじゃないのよ」

 構えを再び取りながらビアンカは自慢げな表情を浮かべる。

 ビアンカの棍術の師匠であったゲンカクは、その筋では名の通った棍武術の達人と呼ばれていた。
 ビアンカはそんな師匠からの教えを、しっかりと自身の身に刻み込んでいたのだ。

「お前さ。本当に剣術より、そっちの方が向いてると思うぞ」

 木剣ぼっけんを構えつつ、ハルは本音を言う。

 ハルにとって、木剣ぼっけん同士での打ち合い時よりも、棍を手にしたビアンカの動きの方が普段の数倍は厄介だった。

 実際の戦闘で使う鉄や鋼で作られた剣は木剣ぼっけんよりも遥かに重いため、女性であるビアンカがその力で振り回すには不利なのもある。
 それ故に、軽い木の棒を武器とする棍術の方が、ビアンカには向いているとハルは思った。

「お褒め頂きどうも。でも、――私は剣術も使えるようになりたいのっ!!」

 ビアンカは再びハルに攻撃の姿勢を見せる。

 棍を取り回し、その両端を使いハルに打撃を与えようとする。
 だが、ハルは上手く木剣ぼっけんを使い、それを見事に受け止めていた。

 ビアンカの動きは素早いものだったが、ハルの目の良さが幸いして上手く受け止めることができていた。
 しかし――、ビアンカの振るう打撃の一撃一撃には力がこもっており、徐々に攻撃を受け止める木剣ぼっけんを握るハルの手の痺れが大きくなっていく。

 できれば先ほどのようにまた距離を取りたいハルだったが――、ビアンカの追撃がそれを許さなかった。

「ビアンカ……ッ!! マジで来ないでちょっとは手加減してくれよ……っ!!」

 達人級の棍術を振るってくるビアンカにハルは抗議の声を上げながら、彼女の棍での攻撃を木剣ぼっけんで受ける。

 ハルは剣術の訓練を受けているとはいえ、まだ素人に近い域にも関わらず、上手くビアンカの一撃を身体に食らわないように時に木剣ぼっけんで受けつつ、時にかわしつつと上手く立ち回っていた。
 だが、その行動が――ビアンカの闘争心の火に油を注いでいることに、ハル自身は気が付いてはいなかった。

 ハルの抗議の言葉にビアンカは耳を貸さず、追い打ちのように次々と動きを見せて攻撃を与えてくる。

 そのビアンカの表情は、とても生き生きしていて楽しげだった。

 そんな様子のビアンカを見て、ハルは仕方ない――と思い、先ほどまでの剣術の立ち合いの際と同じように、木剣ぼっけんしゃに構える。
 ハルの取った構えは受け流しの姿勢だった。

 ビアンカはハルの受け流しのための姿勢に気付かず、棍を振るってきた。

 ――今がチャンスだ!

 ハルはその一撃を木剣ぼっけんで受け、それに沿って棍の動きを流す。
 斜めに逸れていった棍を見とめ、木剣ぼっけんをビアンカに向って薙ぎ払う――が、ビアンカが不意に身を屈め――、ハルの足元で勢い良く棍を横に薙いだ。

「うおっ!!」

 ビアンカの取った行動は、足払いの一撃であった。

 予想していなかった一撃を足元に食らい、ハルは足を取られ、バランスを崩してその場に尻もちをつく。

「いってー……」

 ハルが苦悶の声を上げた。
 尻もちをついた衝撃で腰と尻、棍での一撃を食らった足にも痛みが走る。

 痛みに腰をさすりながらハルが顔を上げると、ビアンカがニンマリと笑っていた。

「やったーっ!! 勝ったっ!!」

 そう大きく声を上げるとビアンカが嬉しそうに飛び跳ねる。

「これでハルの無敗記録はストップだねっ!」

 ふふん、とビアンカは嬉しげにしてハルを見下ろす。

 ビアンカの言葉にハルは「はああ?!」と声を張り上げた。

「今のは剣術の鍛錬試合じゃないから無効だろっ?!」

「なーに言ってるの。私の勝ちは勝ちだもの。ハルは九勝一敗になりました」

「いいや、無効だっ!!」

 剣術師範代であるホムラの見ていない場所での試合――、しかも剣術と棍術の勝負なのだから今のは正規の試合にならないと主張するハルと、勝ちは勝ちだからと主張するビアンカ。
 互いに一歩も引かず――、今度は言い争う声が中庭に響き渡る。

「負けて悔しいのはわかるけど、負けを認めないのは男らしくないよ、ハル」

 ビアンカのそんな言葉に、ハルは少しムッとする。

 ハルは自身の目の前に立つビアンカの足に自らの足を伸ばし、――足払いをかける。

「きゃっ!!」

 不意打ちの足払いを受けたビアンカは短い悲鳴を上げ、バランスを崩した。

 だが――、ハルの足払いをかける角度が悪かったのか、ビアンカはよろけるようにハルの倒れている方に向かって倒れ込んできたのだった。

「うわっ!!」

 今度は予想外な倒れ方をしてきたビアンカに対して、ハルが声を上げる。

 ハルが声を上げると同時にドサッと鈍い音を立て、ビアンカはハルの上に伸し掛かるようにして倒れた。

「いててて。なんでこっちに倒れてくるんだよ、お前は……」

「急にハルが足払いするからでしょ! 危ないじゃないの!!」

 勢い良く上体を起こしたビアンカが憤慨ふんがいした様子を見せる。

「まあ、これでお互い地面に転がったから引き分けだな」

「なんでそうなるのよ!!」

 ハルは悪戯そうに笑い、斜め上の勝負の結論を言う。

 それに対してビアンカは怒るが――、はたと互いの顔の距離が近いことに気が付く。

 ――赤茶色の瞳と翡翠の瞳の目が合う。

 互いに何も言わず、暫し目を合わせていたのだが――、同時に二人は「ぷっ!」と笑いを噴き出した。

「あはははは! もう、ハルってば。滅茶苦茶慌ててるんだもん」

「そりゃ慌てもすんだろ。お前の棍術、怖すぎ」

 大笑いするビアンカに対して、ハルも笑いながら答える。

 それは俗にいう良い雰囲気などではなく、見つめ合いながら先ほどの勝負を思い返している“親友”という間柄の、目と目での会話のようなものだった。

「それにしても、凄いな。あの立ち回り。お前、絶対その武器、向いてるぞ」

 思い返してもゾッとするビアンカの俊敏な動きでの打撃の手数は、恐らく――、一対複数の人数でも十分に通用するものだろうとハルは思う。

「ハルこそ、本当目が良いんだね。攻撃を全部受け止められるとは思ってなかったよ」

 先ほどのハルの動きを思い返すように、ビアンカは口にする。

「一発くらい当ててやるつもりだったのになあ……」

 ビアンカの呟いた言葉に、ハルは「勘弁してくれよ」――と苦笑いを浮かべた。

「あんなの一撃でも当たったら骨が折れるって。受け止めるだけで手が痺れて堪んなかったんだぜ」

 ハルは未だに痺れの残る右手をフルフルと振るう仕草を見せる。

 ハルの様子にビアンカはふふっと、少女らしい笑顔を見せて笑っていた。


 暫く二人は中庭で寝転んで重なり合うようにして談笑していた。

 その様子を目にした乳母のマリアージュにビアンカが引っ張り起こされ、「年頃の娘が殿方に抱きついているなんてはしたない!」と怒られた。

 ハルまで何故か巻き添えを食って、ビアンカと一緒にその場に正座をさせられ、マリアージュの説教を受ける羽目になった。
 そんなマリアージュの説教は日が傾くまで続いていた――。
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