死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

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第三章【死を招く者】

第十八節 無謀な我儘

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 ――ドサッ!!

 ウェーバー邸の裏庭に上から物が落ちる低い音が響く。

「――い、つっ……!」

 その音とほぼ同時だった――、ハルの痛みを含んだ苦悶の呻き声が上がった。

 仰向けの状態でその場に倒れ込んだハルの身体の上には、屋敷の屋根から身を投げ出したビアンカの姿があった。

 ハルはビアンカが屋根から身を投げ出した瞬間、何も考えられず咄嗟に駆け出した。
 そうして、ハルは己の身を呈して落ちてくるビアンカの身体を、自身の身体全体を使って受け止めていたのだ。

 だが、ハルに受け止められて地面に叩きつけられることを免れたビアンカは、目を閉じたままピクリとも動かなかった。

「おいっ!! ビアンカッ!!」

 目を閉じ、動かないビアンカに、ハルは大きく声を上げて呼びかけた。

 ハルは呼びかけをしつつ、ビアンカの身体に怪我がないかを確認する。
 ビアンカに外傷は見当たらないが、須臾しゅゆ的に受け止めはしたものの、落ちた衝撃で頭でも打ったのか。ビアンカが目を覚ます様子を見せず、ハルは狼狽ろうばいしてしまう。

「なあっ!! 勘弁してくれよ――っ!!」

 ハルは悲痛とも取れる声で、肺から絞り出すようにビアンカに呼びかけ続ける。

「う……っ」

 ハルの呼びかけに対して、ビアンカが小さく声を漏らした。
 ハルがビアンカの漏らした声に反応した途端、ビアンカは不意に目を開け、勢い良く手を地に着けて身体を起き上がらせた。

 ビアンカはどうやら転落の衝撃で、一時意識を失っていたようだった。
 ハルは突然起き上がったビアンカの様子を見て、安堵の溜息を零す。

 しかし、ビアンカはハルの安堵感などに目もくれず、その瞳をパチクリと瞬きさせ、自身の身体の状態を確認していた。

「――生きてる……?」

 ビアンカは自身の身体の様子を一頻り確認すると、ぽつりと一言。そんな言葉を零した。

「私、生きてるよ。ハルッ!!」

 ビアンカは嬉々とした声音で目の前のハルに言う。

(――庇ったんだから、当たり前だろ……)

 ハルはその場に寝転がったまま、心の中で呆れ混じりに思う。
 ハルは大きく溜息を吐き出し、思わず喜ぶビアンカを引っ叩きたい気持ちになるが、そこはグッと堪えた。

「ねえ。やっぱりハルのせいで誰かが死ぬなんてさ。ハルの気にしすぎだよ」

 ビアンカはハルが先ほど告白した内容を全く信じていなかった。

「私は死なないで、こうして生きているよ?」

 ハルはビアンカの言葉に眉を寄せる。

「お前なあ……」

 ハルは自身に伸し掛かったままのビアンカを押し退けながら上体を起こした。
 そして、そのままハルの膝の上に跨るような状態で座る形になったビアンカの身体を、ハルは抱きしめる。

「ハル……?」

 ハルからの突然の抱擁ほうようにビアンカはキョトンとした呆気に取られたような顔をしていた。

「――お前が死ななくて、良かった……」

 ビアンカを抱きしめ、ハルは苦悶混じりの声音で小さく呟く。


 ハルが自身の身を呈して屋根から身を投げたビアンカを庇っていなかったら、ビアンカは間違いなく地面に叩きつけられて命を落としていただろう。

 いくら多くの死を目にしてきたハルであろうと、自身が大切に思っている存在であるビアンカが、もし目の前で命を落とすこととなったら。

 ――きっと、俺は冷静ではいられない……。

 あまつさえビアンカが命を落とす原因が、ハル自身に宿る人を死に至らしめる呪いによって起きた事態だとしたら。ハルは永遠に生き続けることとなる今後一生を、後悔の念を抱き過ごすこととなってしまうだろう。

 ハルは自らの考えにゾッとする。

 そうして、今、ビアンカを助けることができて本当に良かったと、心の底から安堵感を感じていた。


「……私は生きているよ、ハル」

 ハルの抱擁ほうようの意味を理解できていないビアンカは囁くように言うと、ハルの背中に手を回して、まるで嘆く幼子を宥めるように背中をぽんぽんっと優しく手の平で叩く。

 大きな物音と声を立てたにも関わらず、ウェーバー邸に仕える使用人たちが起き出してこなかったのが幸いした。
 暫しの間、ハルは命を宿す温かな存在であるビアンカの体温を実感するように、ビアンカを抱きしめていた。

 ビアンカを抱きしめるハルの表情は苦悩に満ちたものであったが、それが抱きすくめられているビアンカには見えてはいなかった。それがハルにとっては不幸中の幸いと言えた。

「――ねえ、ハル」

 ハルの背中を手の平で優しく叩き宥めていたビアンカが、不意に言葉を零す。
 ビアンカの声にハルはハッと我に返り、ビアンカを抱きしめていた腕の力を緩める。

 抱擁ほうようの腕を緩められたことで、ビアンカはスッと身を動かしハルの顔を覗き込んだ。
 ハルの赤茶色の瞳と、ビアンカの翡翠色の瞳が合う。

「……ここを出て行くのは止めようよ」

 ビアンカは揺らめく様子を湛えた瞳でハルを見据え、訴える。

「――そうじゃないと。私、ハルがいないのが寂しくて死んじゃうよ……?」

 ビアンカは冗談ともつかない言葉を口にした。
 だが、その翡翠色の瞳は真剣で、冗談を言っているのではなく、本心を口にしていることを物語っていた。

 そうしたビアンカの言葉にハルはこうべを垂れ、溜息を吐き出して自身の額に手を覆い被せる仕草を見せる。

「なんて脅し文句だよ……、お前……」

 ハルはビアンカの言葉に呆れてしまう。

 そうは言うものの、屋敷の屋根から身を投げる、などという突飛な行動を取るビアンカのことだ。自分がいなくなったら何をやるか本気でわからないと、ハルは痛感していた。

(傍にいても駄目。傍にいなくても駄目。一体どうしろっていうんだ――)

 ハルは頭が痛くなりそうな思いで暫し考える。

 ――なら、せめてもう少しだけでも……。

 ハルは思い、頭を上げ、ビアンカの翡翠色の瞳を見つめる。

「わかったよ。出て行くのは止める」

 ハルは静かにビアンカに告げた。
 ハルの言葉を聞いた途端、ビアンカの表情がパッと嬉しそうなものに変わった。

「やった。それが良いよ、ハル!」

「但し――、今回みたいな危ないことをするのは止めてくれ」

 嬉しそうに喜ぶビアンカに対して、ハルはいさめる。

「……流石に、気が気じゃなかったんだぞ」

「うん、わかっているよう」

 ハルのいさめの言葉にビアンカは軽く返答するが、どこまでわかっているのかハルには理解しがたかった。それ故にハルは眉を寄せる。

 今回は咄嗟にハルが駆け出し、偶々受け止める行為が間に合った。
 だが次に同じことをされてしまえば、その時には助けられる自信がハルにはなかった。

 ビアンカはそうそう同じことをやらないであろうが、全くないとは言い切れないのがビアンカの性質だとハルはわかっていた。
 それならば、なるべく近くにいて見守っていてやろう――、そうハルは心に決める。

「そうしたら部屋に戻るぞ。立てるか、ビアンカ?」

 ハルは未だに自身の膝の上に乗ったままのビアンカを立たせ、自身も立ち上がった。

 ハルは来ていた外套がいとうを脱ぐと、寝間着のローブという薄着のビアンカの肩にかけてやる。

「えへへ、ありがとう。ハル」

 そんなハルの行動にビアンカは笑顔を見せ、肩にかけられたハルの外套がいとうに袖を通した。
 体格差のあるハルの外套がいとうはビアンカには大きくぶかぶかの状態であったが、ビアンカはその前開きの部分をギュッとその手で握る。

「全く――、困ったお嬢様だよ。お前は……」

 ハルは少し呆れ気味な口ぶりをしつつも、微かな笑みを浮かべた。呆れた物言いをしながらも、その笑みは優しげだった。
 そんな優しいハルの笑顔を目にして、ビアンカも「ふふっ」と笑う。

「さあ、中に入ろう」

 ハルは言うとビアンカの肩を押すようにして、ハルが出てきた調理場の勝手口から静かに屋敷の中に戻っていった。
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