死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

文字の大きさ
28 / 92
第五章【不測の事態】

第二十八節 畏怖を纏う少年

しおりを挟む
 ハルの報告によりビアンカが誘拐されたことを知らされたウェーバー邸内、大きなテーブルの置かれている広い食堂ダイニングルームはざわついた雰囲気に包まれていた。

「――まさか、ホムラ様がこのようなことをされるとは……」

 ハルに手渡されたホムラからの脅迫状を目にして、長年ウェーバー邸に仕えている初老の執事――ノーマンは、青ざめた表情を見せ、信じられないといった声音で言葉を零す。

「すみません。俺がもっと注意をしていれば……」

「いいえ、ハル様のせいではありませんよ。これは――、誰にも予測できない事態でした……」

 悔しげに謝罪の言葉を口にするハルに、ノーマンは諭すように返す。


 まさに今の事態はウェーバー邸に仕えている者の、誰にも予測ができなかった事態であった。

 まさかウェーバー家の当主であるミハイルの任で、ハルとビアンカの二人に剣術の鍛錬を任されていた剣術師範代のホムラが、このような強行に出るとは。ウェーバー邸に仕えている者たちの誰にも予想ができなかった。

 それ故に、ハルに対して「どうしてくれるんだ」と、責任を追及する言葉を発する者は誰一人としていなかった。


「とにかく、急いでミハイル様にお知らせしないと……っ!!」

 メイド長――エマが焦りを窺わせる声音で声を荒げた。

「ですが――、ミハイル様の向かわれた遠方の西の砦までは一週間ほどはかかります。その間にビアンカお嬢様に何かあったら……」

「そうなる前に早く動かないと――、取り返しのつかないことになりますよっ!!」

 ノーマンが煮え切らない返答をすると、更にエマの声が大きく上がった。

「そうは言いましても……」

 エマに責められるように声を荒げられているノーマンは、困り果てたように返答の言葉を失っていた。

「だけれど……、誰がミハイル様の元にご報告に行くのですか?」

 ノーマンとエマが言い争うようにやり取りをする中、メイド――アメルがそれを止めに入るようにしつつ、疑問の言葉を口にする。

「それは――、誰が適任なのでしょうか……?」

 その場にいたメイドの一人――エミリアも疑問を口にする。

 現状のウェーバー家の当主――ミハイルが不在の中では、一番の指示司令塔となるべき存在であるはずの執事であるノーマンは、立て続けに問い詰められる方々ほうぼうからの質問に額に手を当て、こうべを落としてしまう。

「ミハイル様不在の際、一任の立場を与えられているのは貴方なのですよ、ノーマンッ!!」

 そんなノーマンに対して、エマは更に怒りに近い声を荒げていた。

 一体どうするべきだ――と、ウェーバー邸に仕える者たちが焦燥に駆られ、喧々諤々けんけんがくかくとした様子で言い争いを始めてしまっていた。

 確かにウェーバー邸に仕える立場にいる者たちにしてみれば、ウェーバー邸の令嬢であるビアンカが誘拐されたとなれば、それは大変な責任問題である。
 その責任感と焦り、そうしてミハイルに対しての申し訳なさが先立ってしまい、彼らが冷静な判断に及びつかなくなっていることを、ハルは場の雰囲気の中で感じていた。

 喧噪にも近い言い争いの様子にハルは歯噛みをし、自身の両手を強く握りしめる。


 ――ドンッ!!!

 突如として、広い食堂ダイニングルームのテーブルを勢いよく叩く大きな音が室内に響き渡った。
 その大きな音に言い争っていた面々が驚きから身をすくませて、音の出所に一斉に目を向ける。

 大きな音を立て、テーブルを勢い良く拳で叩きつけたのは――、頭を伏せた姿勢を取ったハルであった。

 その場に集まっている一同に一斉に目を向けられたハルは、一呼吸置いた後にゆっくりとした動きでこうべを垂れていた頭を上げる。
 頭を上げたハルの眼差しを目にして、一同は瞬時に恐怖に似た感情を覚えていた。

 ハルは酷く冷え切った眼差しで、言い争いをしていたウェーバー邸に仕えている使用人の面々を見据えていた。

 ハルがウェーバー邸に訪れてからのこの四年間の月日の中で、ハルと馴染みのある一同が初めて目にする眼差しで――、どこか畏怖いふに似た感覚を一同に抱かせていた。

 だが、そんな畏怖いふ感におののいている一同の様子を意に介さず、ハルは再度一息吐き出した。

「――ノーマンさん。この屋敷の中で一番馬の扱いが上手くて、足が速いのは誰ですか……?」

 ハルは至極静かな声音でノーマンに目を向け、問いかける。

「え――?」

 ハルのまとう雰囲気と、唐突な質問にノーマンは怯み、即答できなかった。
 そんなノーマンの様子を、ハルはややイラついた雰囲気で見つめる。

「それなら――、馬の世話係のディーレが馬の扱いも上手いし、確か足も速かったと思います……」

 即答できずにいたノーマンに代わり、メイド――リスタが恐々と控えめにハルの質問に返答する。
 その返答にハルは小さく頷いた。

「そうしたら、ディーレをここに呼んで来てください」

「わ、わかりましたっ!!」

 ハルの言葉にリスタは焦りを滲ませ、慌てるようにして馬屋へ向かって行く。

「ノーマンさんは代わりに、この辺り一帯の地図と、何か書く物を準備してもらえますか?」

「は、はいっ!!」

 気迫を帯びたハルの指示を受けたノーマンとリスタは、足早にハルに命じられた任に各々移っていった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

処理中です...