死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

文字の大きさ
29 / 92
第五章【不測の事態】

第二十九節 ハルの思惑

しおりを挟む
 ノーマンによって、すぐさま用意されたリベリア公国一帯の地図をハルはテーブルの上に広げる。
 そして地図上に視線を滑らせ、ミハイルの向かった西の砦の位置と、そこから一番近い街の位置を確認する。
 その確認をしつつ、ハルはホムラからの手紙の内容に記されていた指定場所も目で追って確認をしていた。

 ハルが地図上で目的地の確認をしていると、リスタと共に一人の青年――ディーレが連れて来られた。
 ディーレはウェーバー邸の馬屋で馬の世話係を任されている、ハルとも面識のある年若い青年だった。

「――ディーレ。悪いけど、頼まれごとを受けてくれ」

 ハルの声掛けに、今の事態をリスタから説明されたのであろうディーレは神妙な面持ちで頷き、地図が広げられたテーブルに近づいてくる。

「ミハイル将軍の向かった砦はここだ。リベリア公国からだと普通行軍で一週間――、駿馬しゅんめに乗れば三日か四日で辿り着くはずだ」

 ハルは、地図を覗き込むディーレに言いながら、地図上に記される西の砦の位置を渡されていた羽ペンを使い円で囲む。

「この屋敷で一番早い駿馬しゅんめを出して、西の砦にいるミハイル将軍への報告に向かってほしい。できれば――二日でここに辿り着いてもらいたい」

「えっ?! そんなことをしたら馬が潰れちまうよっ?!」

 ハルからの突拍子もない提案に、馬に関しては誰よりも詳しいディーレが驚きの声を上げる。

「ああ――、だから馬を潰す前に一度、この街に立ち寄ってくれ。そこで新しい駿馬しゅんめを調達するんだ」

 ミハイルが向かった西の砦から少し距離のある場所に位置する街を示し、ハルはそこにも羽ペンで印をつける。

「この屋敷で一番良い駿馬しゅんめとなら破格で交換できるはずだ」

 その街は、以前に旅をして放浪をしていた頃にハルが一度立ち寄ったことのある大き目な街で、要人などが使用するための良馬を扱っている店が存在していることをハルは知っていた。

「――そのために、少し資金を調達してもらいたい」

 ハルは言いながら、今度はノーマンに目を向ける。
 ハルの言葉の意図を察したノーマンは、無言で了解を意味する頷きを見せた。

「だけど途中で新しく買った駿馬しゅんめも潰れる。そこからは悪いんだが――、足が速いっていうあんたを見込んで、自力で走って砦に向かってほしい」

 ハルの言葉にディーレは不安げな表情を浮かべ始めていた。

「……馬が潰れる頃には砦は大分近くなっているはずだから大丈夫だ」

 ディーレが戸惑い不安げにしているのに気が付いたハルは、それをうための言葉を掛けた。
 そんなハルの声掛けに、不安の表情を打ち消し、ディーレは頷く。

「ミハイル将軍にこの手紙を渡して報告をしたら――、あの方はきっと重鎧じゅうがいを脱いだ軽装の状態で駿馬しゅんめに乗って急いで戻って来てくれるはずだ」

 そう話すハルには確信があった。

 ミハイルは自身の娘――ビアンカを本当に大切に想っている。
 それ故に、このホムラからの手紙――脅迫状に書かれた内容に従い、軽装で急ぎ戻ってくだろうと。
 恐らくはミハイルのことなので、駿馬しゅんめで三日か四日はかかるであろう距離にあるリベリア公国に予定している日数よりも早く戻って来てくれるであろうことも、ハルは予測していた。

 ビアンカがホムラの手によって誘拐されたことを報告し、ミハイルがリベリア公国に戻って来るまでに――最短でも四日か五日。そうハルは考えていた。

「そうしたら、ディーレ。早速で悪いんだが、早々に向かってほしい。――今は一刻の時間も惜しい」

「……わかった。任せてくれ」

 ディーレは、ハルの真剣さを含む言葉に意を決したように返事をした。

「エマさんは防寒向けの旅装りょそうと、必要最低限の携帯食と飲み水の準備を頼みます」

「わかりました。早速、準備をさせて頂きます」

 エマもハルの指示に従い返事をし、急ぎ足でアメルやエミリア、リスタを含むメイドたちに携帯食と水の準備をするよう声を掛けると、エマ自身は旅装りょそうの準備をするために広い食堂ダイニングルームを後にしていった。


   ◇◇◇


 その後、ハルの指示の元でのウェーバー邸に仕える使用人たちの行動は早かった。


 日が傾き始める少し前の時刻――。

 ディーレはノーマンが準備をしてくれた資金と、エマたちが必要最低限に用意した携帯食などの道具を持ち、旅装りょそうを身にまとい真剣な面持ちでウェーバー邸の門の前にいた。

「――それでは、行って参ります」

 ディーレはウェーバー邸で一番足の速い駿馬しゅんめを出し、それにまたがる。

「くれぐれも頼みましたよ……」

 ウェーバー邸の使用人たちに声を掛けられ、ディーレは頷くと馬を走らせ、その場を後にした。

 この後、ディーレは夜通し馬を駆け、ミハイルの遠征地である西の砦に向かう手筈となっている。


 そんなディーレをノーマンたちと見送ったハルは、「はぁ……」っと溜息を吐き出す。

「ハル様……、貴方は一体……」

 今までハルの畏怖いふ感すら覚える気迫と、勢いのある的確な指示を受けていたノーマンが、困惑の混じった面持ちでハルに問いかけていた。
 そのノーマンの問いかけに、ハルは先ほどまでの雰囲気とは打って変わった、普段のハルと一切変わらない少年の表情で二ッと笑う。

「ただの“昔取った杵柄”ってやつですよ。旅をしていた頃に世話になった場所で教えてもらった知識や采配の技術です」

 ノーマンの問いかけにハルは苦笑気味に答えた。

「覚えた知識っていうのは……、意外と衰えないもんですね」

「はあ……?」

 ハルの返答に、ノーマンは何とも不思議そうな表情を見せ、ハルの言葉の意味を上手く理解できていない様子で声を漏らす。

 六百年以上に渡る永い旅の間に覚えたこと――、かつてハルの参戦した“群島諸国大戦”で軍師であった人物に教えてもらった戦術や奇策の知識の数々は、ハルの中で今もなお忘れられずに残っていた。

 人々が多く命を落とす――、人を死に至らしめ、死者の魂を喰らい己の命の糧とする呪いを受ける自分自身の“餌場”になると言っても過言ではない戦争をハルは嫌っていた。
 しかし、その際に培った知識が、今こうして役に立っている皮肉さをハルは感じる。

「……さあ、後はディーレが早くミハイル将軍の元に辿り着くことを願いつつ――、俺たちは待ちましょう」

 ハルはノーマンに声を掛けると、屋敷に向かってきびすを返す。

(――これで、今、ここで俺ができることは終わったな……)

 ハルは屋敷に向かって歩を進めながら、思う。

 ――あとは自分自身でできることを実行しよう。

 ハルは強い意志を、その赤茶色の瞳に宿していた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

処理中です...