死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

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第五章【不測の事態】

第三十節 たった一人の出陣

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 月明りに夜闇が照らされる中、ハルは一人、馬を走らせていた。

 ハルは夜闇に紛れる黒い外套がいとうを身にまとい、その背には弓を。腰には矢筒と、一本の短剣をたずさえていた。

 ハルはたった一人で、ホムラからの手紙――脅迫状に添えられた簡素な地図に示されていた地へ向かっていたのだった。

 その地図に記されている地は、馬を駆けて半日と少しかかる場所である。
 その地に馬に乗って到着する頃には、ちょうど日が昇り始めた少し後の時間になるだろう――、とハルは真剣な面持ちを見せて考えていた。


 ウェーバー邸に仕えている使用人たちが、ビアンカ誘拐事件に対し、不安と焦りで右往左往とした様子を見せている中。ハルはこっそりと旅支度を整えて屋敷を抜け出した。

 ホムラから木剣ぼっけんを取りに行くようにと言われてからのビアンカ誘拐の騒ぎとなったため、ウェーバー邸にある武器及び防具の保管倉庫の鍵を返し忘れたままになっていたことが幸いしていた。
 ハルは倉庫から、以前自身が扱いを得意としていた弓一式と短剣を拝借し、馬屋から馬を一頭連れ出し、ウェーバー邸を出てきていたのだ。

 夜半を過ぎても焦燥とした雰囲気を内に抱いたウェーバー邸とは真逆の――、一般国民たちが家路に着き静かな雰囲気に包まれたリベリア公国の城下街を、ハルは誰にも見咎みとがめられることなく容易に出てくることができていた。

 夜闇に馬を出すという行為は、野生の獣に襲われたり、運が悪いと魔物と呼ばれる存在に襲われる可能性も孕んでいた。

 駿馬しゅんめほどの足の速い馬であれば襲われても振り切って逃げ切ることは可能であろう。
 しかし、ハルが連れ出したのは軍馬になるための訓練中である修練馬なため、万が一何かに襲われでもしたら応戦するしか手立てがない状態であった。

 だが、ハルは自身が乗っている馬を驚かせない程度にかもし出す殺気に似た雰囲気を内に抱いていた。
 そのためか、辺りに潜んでいるであろう獣や魔物の類が、ハルの殺気の気配を察して馬を駆るハルを襲ってくることはなかった。


 ハルは馬上で持ち出して来ていた地図を目にしつつ、星の位置や辺りに生える樹木の枝ぶりの向きで方角を確認する。

 ――「良いですか、ハル殿。夜に方角を見失いそうな場合は、あの星を目印にするんです。あの星は常に北を記していてその位置だけは、どれだけ時間が流れようとも場所を変えることはありません」

 かつて、“群島諸国大戦”で軍師を勤めていた人物から教えてもらった、夜闇の中を星の位置を確認しながら移動するための知識。

 ――「いいか、ハル坊。木っていうのはな、太陽に向かって枝や葉が元気になっていくんだ。だから、枝ぶりや葉が向いている方が南向きなんだ。もし道に迷ったら、これを目印にして進んで行くんだぞ」

 旅先で以前世話になった、山で木こりをしながら獣を狩り生活していた老夫に教えられた樹木で方角を確認するための知識。

 ハルは、それらの過去に出会った人々の言葉を思い返しつつ、馬を走らせる。

 ハルの表情には、今は焦りなどといったものは一切垣間見えず、冷静に物事の判別を行っていた。


 まさか昨日の今日で、誘拐してきたビアンカを奪還しに何者かが訪れるなどとは、流石のホムラも考え及ばないだろう。
 そして、その訪れる相手が手紙により指定していた将軍――ミハイルではなく、ハルというただの一介の少年だとも思わないはずである。
 ハルはそう判断して、単身行動に移っていた。

 それは、急ぎ西の砦から戻って来るであろうミハイルから、「待っていることができなかったのか」――と、厳しく叱責を受けることも承知の上での単独行動である。

 そうだとしても、ハルには――ミハイルが急ぎ戻って来るであろう時間さえも、今はただただ惜しいと思っていた。

(――きっと、ビアンカを助けることができても、俺は厳しく罰せられるだろうな……)

 ハルは心中で、心静かに思い馳せる。

 物事が全て上手くいき、ビアンカを奪還できたとしても、ハルは厳しく罰せられる。ハルはそのことを充分承知していた。

 その罰は、下手をすればウェーバー邸からの追放――という可能性もある。
 例え追放とならなくとも、ミハイルが当初の目的としてハルをリベリア公国に連れてきた理由――リベリア公国の将軍であるミハイルの“盾持ち”としての任からの解任という可能性もあった。

 いずれにしても、ハルは単独行動を起こしたことで重い処罰は受けるであろう。

 ――もしかしたら、ビアンカの傍らにいてやることが叶わなくなる処罰を受ける。

 そんな罰を受けてしまう可能性もハルは頭の片隅で考えていた。

(でも、ビアンカを助けるためなら――、どんな罰でも甘んじて受けよう)

 強く固い決意をその瞳に宿し、ハルは無言で馬を走らせる。


 夜が明けるまではまだまだ時間があった――。

 ハルは馬を駆け、外套がいとうひるがえしながら、様々な思いと考え――、そして目的地に到着した際の、今後の計画に心胸しんきょうを巡らせていたのだった。
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